2011年6月12日日曜日
不始末の後始末(2) 「玄海原発の再開 国が理解求める」
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ふつうは、人であれ企業であれ国家であれ、とんでもない不始末をしでかした後は、暫くはおとなしくしておくものである、 ・・・、と思うが、 6月10日付け「朝日新聞」に以下の記事。 見出し 「 玄海原発の再開 国が理解求める 」 記事 「九州電力玄海原発(佐賀県玄...
「刈り捨てる生茶の匂いを嗅ぎながら農の人嘆く原発汚染」(喜多功) (「朝日歌壇」6月12日)
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「朝日歌壇」6月12日より 刈り捨てる生茶の匂いを嗅ぎながら農の人嘆く原発汚染 (三重県)喜多 功 「原発に馬も豚っこも牛も皆殺(や)られちまっただどうしようもねべ」 (神栖市) 寺崎 尚 ポポポポーンとあいさつしようお日様に脱原発のCM見たい ...
明治7年(1874)8月10日~9月3日 参議兼内務卿大久保利通、岩倉の変心により台湾問題交渉で清国派遣全権弁理大臣に任命される [一葉2歳]
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明治7年(1874)8月 この月 ・秋田県士族田崎秀親、ドイツ代弁領事ハーベルを箱根で殺害。 * ・高知県士族中江篤助(兆民)、東京府知事に対し、東京の第3大区3小区中6番町45番地に仏文学の家塾を開きたいとの願書(「家塾開業願」)を提出。 この年3月、文部省は、「帰朝...
永禄4年(1561)11月2日~12月25日 武田信玄、北条氏康と呼応して西上野に本格的侵攻 [信長28歳]
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永禄4年(1561)11月 この月 ・音明城(那賀郡)主の福屋隆兼、反旗を翻し、支城の川上松山城に籠る。 毛利元就、隆兼の属城中ノ村・矢山城(邑智郡)を落とす。 * ・北条氏康、武蔵松山城を攻撃。上杉政虎は直ちに兵を率いて出陣。 27日、政虎、武蔵生山で北条軍を破る。...
2011年6月11日土曜日
「我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。」(村上春樹)
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作家村上春樹氏は、6月9日、バルセロナでのカタルーニャ国際賞授賞式のスピーチ「非現実的な夢想家として」において、福島の原発事故に触れて、 今まで 「原発に疑問を呈する人々には、「 非現実的な夢想家 」というレッテルが貼られて」きた が、 今こそ、 「我々は力強い足取り...
2011年6月10日金曜日
東京 北の丸公園 子鴨たちの自立
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今日(6月11日)は一日中くもり。夜は小雨。 昼休み北の丸公園散歩も早々に切り上げようかと思っていましたが、工芸館近くの池に何やら人だかりができていました。 見ると、 先(5月30日)にご紹介した子鴨たち が、それぞれ単独行動を始めていました。 目視したところでは母鴨の...
「小生もある点に於て社界主義故、堺枯川氏と同列に加はりと新聞に出ても、毫も驚ろく事無之候。」(夏目漱石)
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「猫」が繋ぐ漱石と堺利彦の縁 「吾輩は猫である」(一)から(六)までの私的読書ノートを掲載してきましたが、今回は「猫」が結んだ夏目漱石と堺利彦の縁について。 * * 明治38年(1905)1月から漱石(39歳)は「ホトトギス」に「猫」を連載し、好評を博します。 そ...
2011年6月9日木曜日
東京 江戸城 東御苑 二の丸庭園のハナショウブ(花菖蒲) (4) 今週末は絶好調
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今日(6月9日)は、昼過ぎまでは晴天。 今日も東御苑の二の丸庭園に行きました。 東御苑は金曜と月曜がお休みなので、連日になりますが今日も出かけました。 花菖蒲はどんどん花開き、今週末は絶好調じゃないでしょうか。 ギャラリーの皆さんも、感歎の声しきりです。 カメラの砲列...
2011年6月8日水曜日
東京 江戸城 東御苑 二の丸庭園のハナショウブ(花菖蒲) (3) いよいよ見頃に
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昨日(6月7日)は一日中くもり空 気温は低めで涼しいくらい お昼に江戸城の菖蒲園へ。 花の数も増えて、いよいよ今週末は見ごろでしょうか。 いまは、早咲きのものがピークを迎えているころです。 ギャラリーは、団体さんがお帰りになって、少なくなったところでも、以下の写真の...
2011年6月6日月曜日
「原発の大事故千年に一度のみと。三十二年に三度起こりし」(諏訪兼位) 「朝日歌壇」6月6日
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6月6日「朝日歌壇」より 原発の大事故千年に一度のみと。三十二年に三度起こりし (諏訪兼位) 心平のモリアオガエルも被曝危機もう聞けぬのかケルルンクック (若島安子) 原発が停止になればきのうより茶畑眩し牧之原台地 (篠原三郎) 土...
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