2012年12月1日土曜日

「朝日新聞」論壇時評11月29日 作家高橋源一郎 「和解への道 未来からの審判 応えるには」

「朝日新聞」論壇時評11月29日 作家 高橋源一郎

和解への道 未来からの審判 応えるには


①熊谷博子『むかし原発 いま炭鉱』(3月刊)
 熊谷博子の『むかし原発 いま炭鉱』を読んだ。
ふつうは「むかし炭鉱 いま原発」だろう。
けれど、この本を読むとき、読者は、この「むかし」と「いま」の逆転を受けいれるはずだ。

 熊谷はかつて三池炭鉱のドキュメンタリーを撮り、日本一だった三池炭鉱の「その後」を撮ることが、いまに至る日本の来た道を探ることだ、と知った。
そして、滅びゆく炭鉱と連動するように成長していった原発の背景が、あまりにも似ていると感じ、この本を作った。

 熊谷は、過去を丹念に追う。
いや、「過去」ではない。
生きている人たちがいまもいるからだ。
炭じん爆発事故によるCO中毒にかかった労働者たち、強制連行されてきたおびただしい数の朝鮮や中国の労働者、そして、彼らが起こした訴訟。
これら一連の裁判の最高裁による決定は、東日本大震災が起こるわずか10日前にもあった。

 筑豊じん肺訴訟の最高裁判決で国を代表して患者たちに頭を下げたのは「原子力安全・保安院」の初代の院長だ。
資料によれば、裁判が国に問いかけたのは、「石炭政策を推し進め、炭鉱企業と共同し、劣悪な粉じん職場をつくり出し、かつ国としてじん肺防止のための対策をとらなかった責任」だった。

 熊谷は「傍線部をそれぞれ、『原発政策』『電力企業』『放射能職場』『被ばく防止』と置き換えれば、そのまま同じではないか」という。
原発問題は「むかし」からあった。
あるいは、「いま」も炭鉱問題は生きているのだ

②東郷和彦「私たちはどのような日韓関係を残したいのか」(世界12月号)
 外務省出身の東郷和彦は、日韓関係の緊張に触れて、その最大の要因は「慰安婦問題にある」とする。
そして、驚くべきことをいう。
この間題に関して、「世界の大勢」は、日本国内の議論は無意味である、としている、と。

 「慰安婦問題」に関して、この国では、「強制性」があったかどうかが議論になっている。
またその裏側には、当時の社会事情の中で「慰安所」の設置そのものは否定できないという考え方がある。
だが、あるアメリカ人は、東郷にこういう。
建国の頃アメリカは奴隷制を受け入れていたのだから、歴史的には奴隷制は当然の制度だ、という議論は、いまのアメリカではまったく受け入れられない。
過去は常に現在からの審判に向かい合わねばならないのだ、と。
その考え方によれば、狭義の「強制」がなくとも、国や社会が、結果として、弱い立場の女性に性的な奉仕を強いたなら、それは「人道に対する罪」なのである。

③朴裕河『和解のために』(2006年刊、大佛次郎論壇賞、11年に平凡社ライブラリー版)
 かつて、朴裕河(パクユハ)は『和解のために』で「教科書」「慰安婦」「靖国」「独島(竹島)」という、日韓の間にあって両者を引き裂く四つの問題の解決への道を探った。

 朴が試みたのは、真実を単純化させないために、両者の意見に徹底的に耳をかたむけることだった。
どちらにも理があり、また同時にどちらにも理のないところがあった。
たとえば、朴は、「慰安婦」問題については、日本の責任を問いつつ、同時に「娘を売り渡した養父」や「日本軍兵士でもあった朝鮮人兵士」による「慰安婦施設の利用」を指摘し、その責任を問う。
被害と加害は単純に分類できない。
時に、被害者は加害者でもあるのだ。

④朴裕河「冷戦と『独島(竹島)体制』 改めて『和解のために』」(atプラス・14号)
 その朴が、「改めて『和解のために』」と題し、「独島(竹島)」問題について発言した。
その小さな島がどちらに属するのかをめぐって、二つの国は、膨大な資料を基にその帰属を主張する。
けれど、朴はこういうのである。

 「古文書に依存して『今、ここ』を決めるようなおろかな拘束から自由になる」必要がある。
『過去』をもとに現在を考えるのではなく『未来』に向けて現在を作って」いかねばならない、と。

⑤「ハシシタ 奴の本性」(週刊朝日10月26日号)
⑥篠田博之「『週刊朝日』連載中止事件と差別表現をめぐる議論(創・12月号)
 週刊朝日による、橋下徹大阪市長に関する連載(⑤)が1回で中止になり、週刊朝日側の全面謝罪によって「事件」は幕を引いた形になった。
この間題を詳しく論じた篠田博之は、なにも解決していないのではないかと疑念を呈している(⑥)。
ぼくも半ば同感だ。
ぼくは、問題になった連載記事を読み、なんともいえないイヤな気分になった。
週刊誌側は記事中にあった差別表現について謝罪しているのだが、ぼくの感じた「イヤな気分」には別の理由がある。

 その記事は、対象となった橋下氏への嫌悪の情、あるいは憎悪に近い感情を隠していないように見えたからだった。
人々の憎しみや嫌悪をかきたてることによって相手を攻撃すること。
それは、橋下氏が労働組合や彼を批判する学者たちに対して用いたのと同じやり方だ、とぼくは感じた。
人は何かと戦おうとして、時に、それと気づかぬうちに、攻撃している相手と同じことをしている。
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 朴裕河は、責任は問われ続けなければならない、とした上で、攻撃の応酬を終わらせる鍵を握っているのは「被害者側」だ、と書いている。

 「被害者の示すべき度量と、加害者の身につけるべき慎みが出会うとき、はじめて和解は可能になるはずである」(③)

 ぼくたちの国では不満が鬱積し、その捌け口として、誰かを、あるいは何かを攻撃する言論が跋扈している。
だが、それは何も生み出さず、この国を走る亀裂を深めるだけだ。
必要なのは「和解」への道筋なのかもしれない。
だが、そのためには、相手を「理解」しようとする強い思いがなければならないのである。
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論壇委員が選ぶ今月の3点
小熊英二=思想・歴史
・田畑光永「『領有権問題』をめぐる歴史的事実」(世界12月号)
・特集「デフレの真相」(週刊エコノミスト11月20日号)
・山内明美「南三陸<感情島>」(インパクション187号)

酒井啓子=外交
・翰光「東アジアの暴力の歴史を超えて」(世界12月号)
・朴裕河「冷戦と『独島(竹島)体制』」(atプラス14号)
・飯田敬輔・河野勝・境家史郎「連続世論調査で追う 竹島・尖閣」(中央公論12月号)

菅原琢=政治
・野中尚人「解散戦略をめぐる稚拙なゲーム」(中央公論12月号)
・川口大司「賃金カーブの平坦化は不可避だ」(同)
・座談会 久田恵・水野和夫・湯浅誠・城繁幸「若者の未来を食い潰す『世代間格差』大論争」(文芸春秋12月号)

濱野智史=メディア
・ニール・ガーシェンフェルド「第三の産業革命」(フォーリン・アフェアーズ・リポート11月号)
・津田大介『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)
・坂村健「ゼロリスク」求め過剰反応した
(MSN産経ニュース http://sankei/jp.msn/affairs/news/121114/crm12111403060001-nl/htm)

平川秀幸=科学
・北林寿信「穀物価格高騰と食料安全保障」(世界12月号)
・岡田幹治「農薬蚊帳一無駄で危険な『アフリカ支援』」(同)
・なすび「切り売りされる命 原発被曝労働」l(インパクション187号)

森達也=社会
・朴裕河「冷戦と『独島(竹島)体制』」「和解のために 独島-ふたたび境界民の思考を」(atプラス14号)
・篠田博之「『週刊朝日』連載中止事件と差別表現をめぐる議論」(創12月号)
・堀川恵子「封印された鑑定記録が問いかけたこと」(世界12月号)
※敬称略、委員50音順
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担当記者が選ぶ 注目の論点
内外の「対立」を読み解く
 政策や思惑の「対立」の意味を改めて考えさせる論考が目立った。

 野中尚人「解散戦略をめぐる稚拙なゲーム」(中央公論12月号)は、首相の解散権を制約するドイツや英国などの制度を紹介し、「無制限な裁量的解散は、百害あって一利なし」という考えが背景にあると指摘する。
野田首相による「解散宣言」の前に書かれた論考だが、野党が「執拗に」解散を迫る「日本独特の奇妙な政治力学」は、その後、繰り返された。

 日中関係については、高原明生「尖閣問題をパンドラの箱にしまいなおす」(世界12月号)が、譲歩しづらい主権問題の「封印」を提案。
その上で、両国の専門家による共同研究など「積み上げ」の重要さを強調する。

 ウェブを通じた継続的な調査の結果を分析したのが、飯田敬輔・河野勝・境家史郎「連続世論調査で追う 竹島・尖閣」(中央公論12月号)。
竹島や尖閣諸島問題での政府対応の評価については「保守」「革新」という信条の違いにかかわらず、「不支持」「弱腰」との評価が多いことを示した。

 「管理職を目指さない自由を」(同)は、溝口桂一郎と海老原嗣生の対談。
最近注目を集める「40歳定年制」を議論した。
経済協力開発機構(OECD)諸国で年金支給前の定年禁止がないのは「日本と韓国だけ」(濱口)と指摘。
「欧米型の良いところを思い切って取り入れる」(海老原)「ホワイト(カラー)なノンエリートを作っていく」(溝口)などと説く。

 海外情勢では、チャールズ・キング「独立を求めるスコットランドの真意は」(フォーリン・アフェアーズ・リポート11月号)は、民族問題がなくても「独立」を目指す動きについて、「中央政府の政策に不満な地域政党にとって分離独立を求めることが、魅力的な戦略になり得る」と読み解いた。






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