2010年12月11日土曜日

昭和15年(1940)12月31日 「花下一杯の酒に陶然として駄句の一ツも吟ずる餘裕あらば是人間の世の至楽なるべし。」(「断腸亭日乗」)

昭和15年の永井荷風の日記「断腸亭日乗」を月毎にご紹介してます。
今回は12月。
読みやすいように改行を施してあります。
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昭和15年(1940)
12月1日
   十二月初一 舊十一月三日 昨夜人より藤蔭静枝の過去の生涯を問はれ余の知るところは大畧語りきかせたり。其際曾て知りゐたる人の名など忘れ果てゝ恩返し得ざるも多し。この後月日のたつに従ひ忘るゝこと増々多くなるぺけれぽこゝに思出るまゝを識し置かんとす。静枝は本名を内田八重といふ。・・・(以下略)
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この藤蔭静枝(内田八重)という方、
荷風の二度目で最後の奥さん。
短期間で離婚となるが、その後も一時期は荷風がこの人の家に転がり込んだり、そういう関係が終わってからも音信はあったようです。
この方は、のちに藤蔭流という日舞の流派を興すほどの人で、
荷風の浮気がもとで荷風に絶縁状を叩きつけるんですが、この時の文章はキレ味のいい文章です。
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12月2
十二月初二。晴れて風なし。昏暮 土州橋(*荷風が通っている病院)よりの帰途 銀座食堂にて晩飯を命ずるに半搗米(はんつきまい)の飯を出したり。
あたりの客の様子を見るに,皆黙々としてこれを食い毫も不平不満の色をなさず。
・・・国民の柔順にして無気力なることむしろ驚くべし。
畢竟(ひっきょう)二月二十六日軍人暴動の効果なるべし
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12月5日
十二月初五。晴。昏暮銀座食堂に飰す。
・・・銀座通の商店たぺもの屋を除き大抵九時に燈を滅す。明治四十年頃の光景を思しむ。
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12月13日
十二月十三日。晴れて好き日なれば午後庭に出でゝ今年の落葉残りなく掃き寄せて焚きぬ。暮方土州橋に至り銀座に飰す。
芝ロの菓子屋の店先に人々列をつくりたるを何事かと立寄り見るに、金鍔焼くを買はむとするなり。女のみならで厳しき髯生せし男もあり。此頃はこゝのみならず玉木屋の店、不二屋の店、青柳、筑紫堂など食物賣る家の店先はいづこも難沓すること甚し。
餓鬼道の浅間しさを見るが如し。
町の角々には年賀状を廃せよ、國債を買へ、健全なる娯楽をつくれなど勝手放題出放題の事かきたる立札を出したり
電車バスともに混雑して乗ること難し。
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12月16日
 ・十二月十六日。半陰半晴。風なけれどさむし。新體詩集偏奇館吟草を編む。昏暮淺草より寺嶋町を歩み上野に飰してかへる。
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(日付けの前に「・」のある日はアヤシイ日です)
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12月17、18、19、20日
十二月十七日。・・・晝の中より世間ひつそりとして火の消えたるが如く、・・・。夜入浴後急に發熟し終夜眠らず。
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十二月十八日。病臥。
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十二月十九日。病臥。
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 十二月二十日。病臥。・・・
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12月22日
 十二月廿二日 日曜日 晴。風邪も大方癒えたれば薄暮芝口の金兵術に至り夕飯を喫す。此家のかみさんも風邪にて近くの病院に入りしと云ふ。
銀座通何といふ事なく人出おびたゞし。・・・
世上の噂をきくに、發句をつくるものども寄り合ひえ日本俳家協會とやら称する組合をつくり、反社會的また廃頽的傾向を有する發句を禁止する規約をつくりし由。
この人々は發句の根本に反社會的のものあるを知らざるが如し。
俳諧には特有なる隠遁の風致あり。隠遁と云ひ閑適と称するものは是即ち發句獨特のさびし味なり。即さびなり。
若しこれを除かば發句の妙味の大半は失はれ終るぺし。
芭蕉の生涯と、其吟味と文章とを見なば今更片言隻語を費すの要なし。
現代の日本人ほど馬鹿々々しき人間は世界になし
明治の初年赤穂浪士は兇徒嘨集の犯罪人なりとて泉岳寺の義士木像を焼かむとせしものあり。
神佛混同の嫌ありとて芝増上寺を焼きたるものあり。・・・。
昭和現代の日本人中には以上の如き感想を抱くもの多かるぺし。
野蠻人または獣類にアルコールを飲まして見れば此等日本人の感情及生理的行動を察知するに難からず。
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12月26日
十二月廿六日。晴。終日門を出でず。米屋の男米を持来ることをいやがるやうになりぬ。電話にて催促するに来年より砂糖同様切符制となる故店に米少き爲唯今のところ一二升ヅツなればお分け申すぺしと言へり。
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12月31日
十二月卅一日。晴。昏暮土州橋かきがら町を過り芝口の金兵衛に至りて飰す。主人仙台より取寄せたる餠なりとて数片を饋らる。盖しこの年の暮は白米のみならず玉子煮豆昆布〆其他新春の食物手に入り難ければなり。来年は雞肉牛肉等も不足となるべしと云ふ。十一時過家にかへる。そこら取片づけて寝につかむとする時、風俄に吹出で除夜の鐘鳴り出しぬ。RégnierのSujets et Paysagesをよむ。
今年は思がけぬ事ばかり多かりし年なりき。
米屋炭屋、菓子など商ふもの又金物木綿などの問屋すベて手堅き商人は商売行立ちがたく先祖代々の家倉を賣りしもの尠からざるに、雑誌發行人芝居興行師の如き水商賣をなすもの一人として口腹を肥さゞるはなし
石が浮んで木の葉の沈むが如し。
世態人情のすさみ行くに従ひ人の心の奥底、別に見届けむともせざるにおのづから鏡に照して見るが如き思をなせしこと幾度なるを知らず。
此の度の變乱にて戊辰の革命の真相も始めて洞察し得たるが如き心地せり。
之を要するに世の中はつまらなきものなり名声富貴は浮雲よりもはかなきものなる事を身にしみじみと思ひ知りたるに過ぎず
花下一杯の酒に陶然として駄句の一ツも吟ずる餘裕あらば是人間の世の至楽なるべし
弥次喜多の如く人生の道を行くべし。宿屋に泊り下女に戯れて恥をかゝさるゝも何のとがむる所かあらむ。
人間年老れば誰しも品行はよくなるものなり。

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「★永井荷風インデックス」をご参照下さい。
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