朝日新聞 天声人語
2013-12-02
出身地の京都・宇治のあたりでは今も、親しみを込めた「山(やま)宣(せん)」の愛称が通じる。戦前に衆院議員として治安維持法に反対し、凶刃に倒れた山本宣治(せんじ)のことだ。〈探梅の径(みち)のほとりにゆくりなく山宣の墓所ありて手合わす〉の一首が、2年前の朝日歌壇に載っていた
▼山宣の抗した治安維持法は、戦前の言論、思想抑圧の軸とされた。可能な限り拡大解釈され、限界を超すと改悪が図られた。そんな運用ができたのは、罪とされる要件が極めて広く、曖昧(あいまい)にされていたため――と聞けば今の話に通じてくる
▼特定秘密保護法案で、キーワードの一つは「テロ」だろう。この言葉の解釈と使い方しだいで、「特定」どころか不都合なことは片っ端から秘密にできる。すなわち万能工具であり、皆を黙らす印籠(いんろう)でもある
▼不安が渦巻く中、自民党の石破幹事長が、法案反対のデモをめぐって「絶叫はテロと変わらない」という旨をブログで述べたのには驚いた。有力政治家と違って市民には、叫ばねば届かぬ声がある。権力の驕(おご)りここに至れり、の感が強い
▼法案を審議中の参議院は、怒号と混乱で「惨疑院」の様相をみせる。森担当大臣は答弁がぶれて定まらず、法案がいかに曖昧で拡大解釈しうるかを、身をもって証している
▼かくも反論沸騰の法案を、力ずくで通そうとする思い上がりは信じがたい。このままでは今週、この国は大きなカーブを曲がる。開ける景色が明るいとは思えない。かつて訪ねた山宣の墓所に、ふと思いが飛ぶ。
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