2015年1月27日火曜日

「中東の親日感情を壊すな」常岡浩介(『朝日新聞』) : 「安倍晋三首相の勇ましい言葉が、今回の事件の一因になったと私は考えています」 「その点で心配なのが、武器輸出も進める安倍首相の「積極的平和主義」が今後、具体化していったときです。平和国家ニッポンのイメージが失われたとき、そのリスクを背負わされるのは海外で働くNGOであり、観光客であり、国民です。」


「中東の親日感情を壊すな」常岡浩介(『朝日新聞』2015-01-26)
69年生まれ。NBC長崎放送記者をへてフリーに。ロシアや中央アジア、中東を取材。10年にはアフガニスタン政府系勢力に5ヵ月拘束された。近く「イスラム国とは何か」を出版予定。

 安倍晋三首相の勇ましい言葉が、今回の事件の一因になったと私は考えています。17日に訪問先のエジプトで、「イスラム国」への対応として難民支援などに総額2億㌦の無償資金協力を行うことを発表したときです。

 これ自体は民生支援であり、人道的ないい内容だと思うんですよ。ところが首相は演説で、「ISIL(「イスラム国」の別称)と闘う周辺各国を支援する」とうたい上げた。イラクの英字メディアも、そこを見出しにとりました。

 すでに日本人の人質をとっていた「イスラム国」は、きっと手ぐすね引いて身代金を要求する機会をうかがっていたはずです。そのさなかに、敵対的な言葉が首相の口から飛び出した。思慮の足りない、浅はかな言動だったと思います。

 そもそも、湯川遥菜さんが拘束されたのは昨年8月でした。後藤健二さんの誘拐情報も、昨年11月には政府が把握していたのは間違いない。今回、ネットで2人の映像が公開されると、政府は慌てて現地対策本部を立ち上げましたが、ではこの間、いったい何をしていたのでしょうか。きちんと対応していたのでしょうか。私には貴重な時間を無駄にしていたように思えてなりません。

 私は昨年9月、「イスラム国」が支配するラッカに入りました。拘束された湯川さんの裁判に立ち会うよう「イスラム国」側から求められたためです。実は湯川さんはイスラム教に改宗しており、そのほか有利な交渉材料もあったのに、言葉の問題もあって伝わっていなかった。私は現地できちんと説明すれば解放の可能性はある、と思っていました。

 あいにく裁判は延期になり、いったん帰国して10月に再び現地入りしようとした。その矢先に、私は警視庁の家宅摸索を受けたのです。北海道大学の学生が「イスラム国」の戦闘に加わろうとしたとして、私戦予備・陰謀の疑いで事情聴取された際です。パソコンや携帯など62点を押収され、「イスラム国」との連絡もできなくなってしまいました。

 あの邪魔さえなければ、湯川さんを救えたかもしれない。そうすれば後藤さんも無理して現地入りする必要がなかった。その可能性を思うと本当に悔しく、腹立たしくてなりません。

 北大生を紹介されたのは、その2ヵ月も前でした。同行取材することになったのですが、海外旅行をしたこともなく、イスラムへの関心も見られず、本当は現実逃避型で現地に行く意志はないんだなと思った。案の定、8月の出発直前にキャンセルになりました。

 そんな若者であることは、警察も重々承知していたはずなんです。何度も接触していましたから。ところが公安は、まるで「イスラム国」のリクルートの手が日本にも伸びているかのような大げさな「事件」にして発表した。これが欺瞞だったのは、北大生を含め一人も、いまだに送検すらされていないのを見れば明らかでしょう。国際テロを担当する外事3課は5年前、内部情報の大量流出事件を起こして醜態をさらした。何とか存在意義を示したかったのでしょう。

 私もいままで、あちらこちらで政府系の武装勢力に拘束された経験があります。その度に思ったのは、日本が民主主義国でよかった、ということです。取材データを集めたハードディスクは日本に置いてあるから大丈夫だ、という絶対的な安心感があった。ロシアもパキスタンもジャーナリストをがんがん捕まえているけれど、日本はそんなことはしない。最後の最後は民主主義の守り手である、と。やっぱり日本の警察を信頼していたんですよ。その信頼が崩壊した、と思った。自分のパソコン類がごっそり押収されていくのを見たときです。

 今回の人質事件で恐ろしいのは、日本でも反イスラム感情が広がることです。そういう社会の変化に便乗した捜査が行われることです。不安や恐怖、不信が広がり、社会がバラバラになっては、それこそテロリストたちの思うつぼです。

 むしろ気をつけるべきは、不要なリスクを作り出さないことでしょう。その点で心配なのが、武器輸出も進める安倍首相の「積極的平和主義」が今後、具体化していったときです。平和国家ニッポンのイメージが失われたとき、そのリスクを背負わされるのは海外で働くNGOであり、観光客であり、国民です。

 今回の事件はあくまで、海外の危険地域でテロに巻き込まれた例外的なケースです。日本は世界でも一番、イスラム過激派のテロを受けるリスクが低い国だと、私は今でも思っています。中東で取材していると、「日本人だからおごる」「原爆投下の被害から復興したすごい国だ」と言ってくれる人によく出会う。「米国を敵とする仲間同士じゃないか」という人さえいます。そういう勘違いも含めた親日感情が、壊されていっていいのでしょうか。   (聞き手・萩一晶)





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