2021年6月17日木曜日

『絶望死のアメリカ』を読む(1) 著者 概要(「はじめに」による) 目次 書評3つ

 


アン・ケース、アンガス・ディートン(著)、松本裕 (翻訳) 

『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』(みすず書房)

原題=DEATHS OF DESPAIR AND THE FUTURE OF CAPITALISM

《著者》

アン・ケース(Anne Case)

プリンストン大学経済学・公共問題名誉教授。専門は医療経済学。2003年、小児期の経済状態と健康状態の関係についての研究で国際医療経済学会のケネス・J・アロー賞を受賞。2016年、中年期の罹患率と死亡率についての研究で米国科学アカデミー紀要のコザレリ賞を受賞。現在、アメリカ国家科学賞大統領諮問委員、国家統計大統領諮問委員を務める。


アンガス・ディートン(Angus Deaton)

プリンストン大学経済学・国際問題名誉教授。南カルフォルニア大学経済学学長教授。専門は、貧困、不平等、医療、経済開発。2015年、「消費、貧困、福祉」に関する分析でノーベル経済学賞を受賞。邦訳書『大脱出』(2014、みすず書房)。

《概要》

「はじめに」より

調査の過程で、中年の白人アメリカ人の自殺率が急速に増えていることがわかった。それに、もうひとつ困惑するような事実も判明した。中年の白人アメリカ人は、ほかの形でも苦しんでいたのだ。彼らには、病みと病気の報告例も多かった。・・・・・

・・・・・私たちはアメリカ疾病予防管理センター(CDC)でデータをダウンロードし、計算してみた。驚いたことに、中年の白人の間で増えていたのは自殺率だけではなかった。すべての死因による死亡率が増えていたのだ。・・・・・

(略)

・・・・・死亡率全体の変化の原因となるほど、自殺の数は多くない。そこで、ほかの原因に目を向けてみた。意外にも、「中毒事故」が大きな要因を占めていた。・・・・・私たちが(当時)知らなかったのは、「中毒事故」という区分には薬物の過剰摂取も含まれること、そして鎮痛剤として確立され、今も急速に普及しつつあるオピオイドによる死亡が蔓延していたという事実だった。アルコール性肝疾患による死亡率も急増していたので、もっとも増加率の高い死因は三つに絞られた。自殺、薬物の過剰摂取、そしてアルコール性肝疾患だ。これらの死因はすべて自ら招いたものだ。手っ取り早い方法は銃。より時間がかかり、より確実性が低いのは薬物中毒。さらに時間がかかるのはアルコール中毒だ。私たちは、これらを「絶望死」と呼ぶことにした。・・・・・

本書はこれらの死と、それによって死に向かっている人々についての本だ。・・・・・

《目次》

序文

はじめに──午後の死


第Ⅰ部 序章としての過去

第1章 嵐の前の静けさ

生と死を記録する

死亡率の変わりゆく側面

生物学と生活習慣


第2章 バラバラになる

アメリカの例外論。過去との決別。置き去りにされる下層民──さまざまな事実

死亡率の地理学

持ちこされる問題──年齢とコホート効果


第3章 絶望死

だが、ほかにも何かが起こっているはずだ

中年期にだけではない──若いアメリカ人の絶望死


第Ⅱ部 戦場を解剖する

第4章 高学歴者(と低学歴者)の生と死

教育が人生に与える影響

教育と能力主義

死と教育

誕生という運命


第5章 黒人と白人の死

黒人と白人の死亡率──さまざまな事実

絶望死の今般エピデミックにおける黒人と白人

アフリカ系アメリカ人の絶望


第6章 生者の健康

生者の健康を測る

生者の状態──健康についての自己申告

生者の状態──ほかの指標

働く能力

まとめ


第7章 悲惨で謎めいた痛み

アメリカの痛み

痛みについてのさまざまな事実

痛みが増加する原因と結果


第8章 自殺、薬物、アルコール

自殺

ドラッグとアルコール


第9章 オピオイド

オピオイド

どうしてこんなことになったのか?

エピデミックと絶望死

企業の力と個人の幸福


第Ⅲ部 経済はどう関係してくるのか?

第10章 迷い道──貧困、所得、大不況

貧困

不平等

所得と大不況

ヨーロッパにおける不景気、緊縮、死亡率

死と産業空洞化

大不況リターンズ


第11章 職場で広がる距離

1基のエスカレーターが2基になり、そのうち1基が止まった

成長、所得不平等、賃金

収入と賃金

低下と停滞を誇張しているか?

労働人口への出入り

変化する低学歴層の仕事の質


第12章 家庭に広がる格差

結婚

子育て

コミュニティ

人は自分の人生をどのように評価するのか?

まとめ


第Ⅳ部 なぜ資本主義はこれほど多くを見捨てているのか?

第13章 命をむしばむアメリカ医療

医療支出と健康成果

アメリカ人は払った額に対して何を受け取っているのか?

お金はどこへ?

誰が支払う? 高額医療費の帰結

なぜ医療はこんなに難しいのか?

みかじめ料?


第14章 資本主義、移民、ロボット、中国

移民と移住

グローバル化、貿易、イノベーション、ロボット

政策とグローバル化

アメリカのセーフティネット──グローバル化と人種


第15章 企業、消費者、労働者

アメリカ資本主義、今昔

独占と寡占──過剰請求力

市場支配力が蔓延している証拠

市場支配力は修正するべき現代の問題なのか?

労働市場と買い手独占──不当賃金力

厳しくなる職場、衰退する組合

企業の行動

ワシントンでの企業と労働

企業と労働者、まとめ


第16章 どうすればいいのか?

オピオイド

医療

コーポレート・ガバナンス

税制と給付政策

反トラスト

賃金政策

レントシーキング

教育

ほかの富裕国に対する教訓

失敗ではなく未来へ


謝辞

索引

原注


《書評1》

朝日新聞(2021年03月20日)書評

「絶望死のアメリカ」他1冊 心身損なう困窮を招く学歴格差


 トランプ政権の成立の背景として、米国の白人労働者の困窮は日本でも伝えられてきた。『絶望死のアメリカ』は、それが死亡率の上昇にまでに至っているという事態の深刻さの全体像をデータで描き出すとともに、資本主義のありかたとの関係を論じている。

(略)

 著者らが絶望死と呼ぶのは、薬物、自殺、アルコールという三つの要因による死だ。この増加が、1999年以降、45~54歳の非ヒスパニック系白人の死亡率を反転上昇させているという。

 健康悪化に襲われているのは白人内でも低学歴の労働階級だ。本書には学士号の有無でデータを比べたグラフが多数並ぶ。死亡率に加え、健康状態の自己評価、深刻な心理的苦痛、昨日痛みを感じた人の割合、飲酒時の平均的杯数。学士号未満ではどの数値も悪く、その度合いが増している。

 なぜ薬物や酒に追い込まれるのか。平均所得、雇用比率、結婚、教会への参加率、人生への自己評価。いずれも学歴での分断が広がる。学士号未満の層では、賃金や仕事の質の劣化に加え、家族や職場、コミュニティを基盤にした生活様式の崩壊が進行している。

 労働階級の衰退と絶望。その原因の筆頭に挙げられるのは、米国の医療制度だ。中毒死を起こす鎮痛剤(オピオイド)を合法的に蔓延(まんえん)させただけではない。巨額の医療負担が業界の利益に消え、貧乏人から金持ちへの「上への再分配」が起きている。米国経済のあちこちで横行するこうした「明らかな不正義」に焦点をあてた改革は、左右両翼から支持されうるというのが著者らの主張だ。

(略)


《書評2》

日経新聞(2021年3月13日)

絶望死のアメリカ アン・ケース、アンガス・ディートン著

医療制度から解く米の病理

米国のトランプ前大統領を支持した白人労働者の困窮は多方面で論じられてきた。本書は貧困と医療経済を専門にした2人の米経済学者による研究で、安直なトランプ論ではない。バイデン氏に引き継がれた米国の病理が見事に分析されている。


著者は白人中年の死亡率の高さを手掛かりに米国の資本主義の歪(ひず)みを可視化する。白人中年の死因で増加率が高いのは、自殺、オピオイド系鎮痛剤など薬物の過剰摂取、アルコール性肝疾患だ。本書が「絶望死」と名付けるこれらの犠牲者は圧倒的に高卒以下の層に偏っている。学歴による分断は鮮明だ。


世界共通の資本主義の問題と米国特有の課題は切り分けて論じられる。米国の特徴は人種問題とセーフティーネットの欠如だが、それ以上に問題なのが欠陥に満ちた医療制度である。オバマ政権が導入した新たな保険制度の後でも大量の無保険者がいるが、最大の問題は莫大な医療コストだ。それが「経済にとって維持不可能な重荷となって、賃金を引き下げ、いい仕事を減らし」、政府が提供する「教育、インフラといった公共財と公共サービス向けの資金を食いつぶしている」と著者は説く。

(略)


《書評3》

WEB本の雑誌 新刊めったくりガイド

分断と格差が生み出す『絶望死のアメリカ』

文=冬木糸一


 アメリカ人の平均寿命が、二〇一五年から三年連続で減少し、先進国の中でも異例といえる動きを示している。その大きな要因として挙げられているのが、自殺、薬物依存、アルコール関連疾患の三つをまとめた絶望死と呼ばれる死因で、これが現在アメリカ人、中でも働き盛りの中年の白人男女の命を蝕んでいる。いったいアメリカで今何が起こっているのか。その実態を描き出していくのが、アン・ケース、アンガス・ディートン『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』(松本裕訳/みすず書房)だ。


 問題は絶望死そのものというより、これが明らかにする国内の分断だ。たとえば、絶望死の内訳をみていくと、死者が増えているのは四年制の大学に行っていない層だとわかる。この層では、九五年から二〇年の間で絶望死が十万人あたり三七人から一三七人に増えていて、学士号を持つ層ではそのリスクはほとんど変わっていない。また、四五〜五四歳の白人死亡率は九〇年代の前半から一定を維持しているように見えるが、学士号未満の白人は死亡率が二五%増加していて、学士号を持つ白人は四〇%も減少しているという、極端な学歴格差が存在している。その背景には、グローバル化による工場移転、自動化による労働の減少など様々な要因が考えられるが、絶望死の増加は先進国ではアメリカだけで起こっていることだ。なぜこれがアメリカで起こっているのか。その原因としては、慢性的な痛みに対して過剰に処方されている薬物オピオイドの存在や、先進諸国と比べて約三倍も高額な薬剤をはじめとする医療システムの問題が複雑に絡み合っている。中毒者を増やすことで利益を増やす製薬会社、ロビィ活動に金をかけることで、より金持ちが優遇されていくシステムなど、本書の議論はみな資本主義の失敗に繋がっている。アメリカが現在の苦境を乗り越えることができるのか、我々が同じ道を進まないようにするために何をしたらいいのかなど、多くの問いかけと答えを内包した一冊だ。

(略)


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