2012年1月13日金曜日

昭和17年(1942)1月23日 「塵紙懐紙なくなり銭湯休日多くなる。戦勝国婦女子の不潔なること察すべきなり。」(永井荷風「断腸亭日乗」)

鎌倉 本覚寺(2012-01-04)
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昭和17年(1942)
1月10日
一月十日。晴。徴邪家に在り。
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1月11日
一月十一日。晴又陰。大伍君葬式に行きたしと思ひしが風邪行くこと能はず。蓐中小説の稿をつぐ 此日日曜日
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1月12日
・一月十二日。夜金兵衛に飰して淺草に至る。歸途雪繽紛。家に至るに庭樹既に白し。
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1月13日
一月十三日。晴後に陰。午後中河與一氏来訪。その経営する雑誌文藝世紀四千部位賣れる由。珈琲牛酪を贈らる。
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1月14日
一月十四日。晴。昨来寒気殊に激し。正午近藤経一氏来訪。
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1月15日
一月十五日。晴。昏暮土州橋に至る。日高氏書あり。
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1月16日
一月十六日。晴。熱海大洋ホテル主人木戸氏に書を寄す。平井猪場二生の行動につきてなり。
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1月17日
一月十七日。晴。寒気激甚。夜オペラ館楽屋に遊ぶ。歸途金兵衛に飰す。
来月より衣類呉服も物も切符制になるとの噂なり。
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1月18日
一月十八日。晴。家を出でず 日曜日
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1月19日
一月十九日。晴。夜金兵衛に飰す。
人の話に玉の井亀戸の銘酒屋にてはお客に一圓の少額債券を買はせる由
これはこの色町にては藝者娼妓の如く揚代に遊興税を附加すること能はざるを以て政府はその代りとして一圓債券を賣付けることにせしなりと云ふ。
窮状憫むぺし。
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1月20日
・一月二十日。晴。二階の水道鉛管氷結のため破裂し水台所女部屋に漏れ落つ。水管屋へ電話かけしが明日ならでは來り難しと云ふ。夜淺草に飰す。
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1月21日
一月廿一日。晴。水管屋の職人二名來り水道鉛管の修繕をなす。
隣組の人菓子切符一人前弐拾銭分を持來る。
夜金兵衛に夕餉を喫す。
衣類の制限一人前若干の事いよいよ決定せられ來月一日までは靴足袋襯衣ふんどしなども買ふこと能はざる由なり
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1月22日
一月廿二日。晴。食料品を得むとて午後日本橋通を歩す。
白木屋前の露店に人々行列をつくりたれば何かと見るに軽焼煎餅を買はむとするなり。
市中の呉服屋洋品店一軒残らず戸を閉めたり。靴帽子屋は例外なりとて平日通り店をあけ居れり。
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1月23日
一月廿三日。八日頃の月よし。金兵衛に至りて夕餉を食す。
塵紙石鹸歯磨配給切符制になるべしとの風説あり。
市中より此等の品昨夜中に消失せたりと云
塵紙懐紙なくなり銭湯休日多くなる。
戦勝国婦女子の不潔なること察すべきなり
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1月24日
一月廿四日。晴れて寒気稍寛なり。午後太洋旅館主人來訪。共に出でゝ銀座食堂に飯し淺草オペラ館楽屋を訪ふ。
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1月25日
一月廿五日。晴。終日家に在り。小説浮沈執筆 日曜日
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1月26日
・一月廿六日。晴れて暖なり。昏暮土州橋醫院に行く。院長の曰くこの頃食料品不足のためヴィタミン欠乏し病に抵抗する力薄弱となりしもの甚多し。補充の注射をなして萬一に備ふべしと。歸途淺草に至りて飰す。
町の噂に玉の井亀井戸の女も一週間に一日ヅゝ朝十一時より午後三時まで附近の工場に赴き箱張りをなすと云。
市中の藝者は既に去年より見番に集り紙張箱張り等の仕事をなしゐる由。
〔欄外朱書〕後日ノ噂ニ玉ノ井ノ女工場ニハ行カズ一軒ニテ一週ニ一回組合事務所三階ニテ箱ヲ張ルナリト云
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1月27日
一月廿七日。晝の中の暖きに似ず夜は寒くなりぬ。初更淺草に至らむとする途中菅原氏夫婦に逢ひオペラ楽屋に行く。終演後丸三屋に少憩して家にかへれば夜半に近し。火鉢にて粥を煮食事をなして寝に就く。月窓を照す。
粥を煮てしのぐ寒さや夜半の鐘
香焚くや 物煮し後の古火鉢
ひとり居も馴れゝばたのしかぷら汁
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1月28日
一月廿八日。晴れてまた寒し。午後銀座通買物。
資生堂洋食店モナミ其他休業する飲食店迫々目につくやうになりぬ。土橋のヱイワンは既に閉店せし由噂あり。
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1月29日
一月廿九日。晴。町會より衣類購求切符を贈り來る。夜金兵衛に飰す。寒月皎々。
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1月30日
一月三十日。風吹きすさみて寒し。夜金兵衛に飰す。
清潭に逢ふ。木挽町二月の狂言は小町屋宗七博多小女郎浪枕の書直しなり。羽左衛門近松風の台詞言ひ馴れざる為稽古の際岡君に向ひ勝手放題の暴言を吐きしと云。
また情報局より芝居の人を呼出し中佐某なるもの上杉謙信を芝居にせよ。謙信の兵を動かせしは前後七度皆義に基きたり。名将と謂ふぺしと申聞せし由。輝虎入道親を殺したることは中佐某知らざるにや。芝居にては吉田絃次郎氏に謙信の作をたのみしと云。
今宵も寒月晝の如し。
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1月31日
一月三十一日。晴。昏暮土州橋より淺草に行く。
寒月まどかなれば十五夜前後なるぺし。それにつけても陰暦の何月にや。
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1月23日、一夜にして、「塵紙石鹸歯磨」が「市中より」「消失せた」らしい。
「塵紙懐紙なくなり銭湯休日多くなる。
戦勝国婦女子の不潔なること察すべきなり。」
戦勝国」という皮肉。


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