2013年12月14日土曜日

【石破発言再び】権力側がこんな認識とは (高知新聞社説) : 「秘密情報の報道に自制を求め、報道する側をけん制する姿勢は変わっていない」「報道の自由や国民の知る権利など基本的人権についての認識の甘さを示しているのでは」

高知新聞 社説
【石破発言再び】権力側がこんな認識とは
2013年12月14日08時13分

 政権与党の幹事長ともあろう人が、憲法に保障された基本的人権への認識不足を露呈するとは驚きだ。自民党の石破幹事長が、特定秘密保護法で漏えいが禁じられている秘密を報道機関が報じた場合、処罰対象になる可能性に言及した。

 石破氏はすぐに発言を撤回したが、翌日には秘密情報の報道自制を求める考えを表明した。石破氏は先月末にも、大音量の市民デモを「テロ行為」になぞらえ、撤回したばかりだ。

 石破氏の報道に関する発言は、「国の安全が極めて危機にひんするのであれば、常識的に考えた場合、その行為は何らかの方向で抑制されることになる」というものだ。石破氏は発言を撤回し、報道に「抑制は求めない」と訂正した。

 しかし石破氏はその翌日、「報道機関が特定秘密を合法的に知ったとき、外へ出すと国の安全に大きな影響があると分かっているが報道する。(その結果)大勢の人が死んだとなれば、それはどうだろう」と述べた。

 秘密情報の報道に自制を求め、報道する側をけん制する姿勢は変わっていない。

 秘密保護法は取材行為に関し、違法や著しく不当な方法によらなければ、正当な業務行為だとし、処罰の対象から除外する。また、取得した情報を報道した場合の罰則規定はない。

 規定からすれば、報道に抑制を求めた発言を撤回するのは当然だ。では「大勢の人が死んだ」場合など極端な例を持ち出し、報道に自制を求めるのは適当かというと、そうではない。

 報道機関は政府や与党などから「抑制」や「自制」を求められるものではない。報道の自由は憲法で保障されており、報道するかどうかは報道機関自身が決める。

 その際には国民の生命や公益性などを考慮し、慎重に判断する必要があることは言うまでもない。石破氏が例示する暗号のような情報を入手し、明らかにしても、国民の知る権利にこたえたことにはならず、そのようなことをする報道機関があるとは思えない。

 石破氏の一連の発言は、報道の自由や国民の知る権利など、基本的人権についての認識の甘さを示しているのではないか。それはまた、解釈次第でどうにでもなる秘密の範囲など、秘密保護法の危険性を、あらためて浮き彫りにする。

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