2016年11月8日火曜日

内地から見る沖縄問題 「植民地の叛乱」の構図 (池澤夏樹『朝日新聞』) ; なぜ沖縄人が土人と呼ばれたのか? 東京の政府や警察庁にあるのは、遠い植民地の叛乱という構図なのだ。・・・そう教えられてきたから公務執行中の大阪の機動隊員は「土人」といった。・・・そして松井一郎大阪府知事は「よくぞ言った」とばかりこれを追認した。

■内地から見る沖縄問題
「植民地の叛乱」の構図 
(池澤夏樹『朝日新聞』2016-11-02終わりと始まり)

 (以下に書いたことは十月三十一日の琉球新報に載せたコラムとほぼ同じ内容である。なぜ沖縄の地方紙と朝日新聞に同じことを書くか、お読みいただけばわかると思う。)

 沖縄を離れて十三年になるが、あの島々を忘れてはいない。機会を得れば行くことにしている。先日も恩納村の図書館から講演に呼ばれた。

 その前の日、急に思い立って高江を見に行くことにした。政府が米軍の意向を汲んでオスプレイなどの離着陸場(ヘリパッドと呼ばれる)を新設している現場。そのやりかたが強引すぎるとぼくは思っていた。そもそも、ヘリコプターではなく垂直離着陸機であるオスプレイの基地をヘリパッドと呼ぶのは意図的な誤訳である。

 新川ダムの先にある反対派のテントを訪れ、リーダーの山城博治さんに挨拶し、集まったみなさんを労った。翌日の土曜日には、反対派の人々二百人以上が現地に集結したと聞いた。

 数日後、ぼくは小豆島にいたのだが、大阪府警に所属する機動隊員が反対派に向かって「土人」、「シナ人」という言葉を使った、という報せが入った。

 これらは相手を侮蔑する場合のために予め用意された言葉だ。
未開の地の、文化的に劣る民が「土人」であり、日本人より劣る民族が「シナ人」。
シナは China と同源だが、しかしかつて日本人は蔑視の文脈でこの言葉を使った。
だから今も中国の人はこの語を嫌う。
使えば挑発になる。

     *

 なぜ沖縄人が土人と呼ばれたのか?

 東京の政府や警察庁にあるのは、遠い植民地の叛乱という構図なのだ。
八世紀の末、陸奥に新しい砦を造ろうとしたら、蝦夷が集まって反対と言って騒ぐ。鎮圧のために中央から五百名の軍勢を送る。

 そう教えられてきたから公務執行中の大阪の機動隊員は「土人」といった
「シナ人」という言葉も使った。
そして松井一郎大阪府知事は「よくぞ言った」とばかりこれを追認した。

 高江のヘリパッド建設に反対する理由を整理してみよう。

 1 沖縄はすでに過剰な数の軍事基地を負わされている。
県民にすれば、もうこれ以上は一メートル四方でも基地を増やしたくない。
今回の新設は北部訓練場の返還と引き替えと言うけれど、返ってくるのはもともと米軍が使っていなかった土地。
朝三暮四そのままの欺瞞である。

 2 外交と軍事は国の専管事項と国は言う。
それならば生活は国民の専管事項である。
平穏に暮らす沖縄県民の日々を乱す権限は国にはない。
日本国憲法第二十五条、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」がこれを保障している。
軍用機の騒音と事故の危険は明らかにこれに違反する。

 3 生態系への影響が大きい。
やんばるの自然林の木を二万四千本伐って四ヘクタールの空き地を作る。
やんばるの自然はまだまだ未知であり、ヤンバルクイナやノグチゲラのような新種がいないとは言えない。

 これは沖縄県民がよく知っていることである。
問題は内地の人たちの無知と無理解

     *

 「土人」発言はさすがに暴言として内地でも話題になった。多くの新聞が記事にしたし、テレビのワイドショーで取り上げるところもあった。おかげさまで大阪府知事の正直な発言が話を大きくしてくれた。

 しかし、そこまでなのだ。後は下品な週刊誌が尻馬に乗って反対する人々を更に罵ったくらい。

 朝日新聞は普段から沖縄の事情に理解を示す新聞であって、この件については二十日の朝刊の社会面で六十行ほどの記事を載せた。翌日、「差別構造が生んだ暴言」という社説を掲げた。

 そして、そこまで。

 なぜ沖縄の人たちがこの高江の基地新設にかくも反対するか? 
なぜ沖縄のメディアが辺野古と並べて高江を報じるか? 
それをていねいに解説する紙面はない。速報と、社説の総論のみ。

 この一件には(内地から言うところの)沖縄問題が集約されている。
厄介なものは沖縄に持っていけばなんとでもなる。
あそこは戦後七十一年間ずっと抑圧されてきたから抑圧慣れしている。
騒ぐのは一部の活動家ばかり、内地の機動隊で押さえ込める。
予算の分配を少し増やしてやれば県民もおとなしくなる。
送電線さえ延ばせれば、原発もみんな沖縄に集約できるのに。

 そう気づいたところで、また別の構図が見えてきた。
泊(とまり)も東通(ひがしどおり)も柏崎刈羽(かしわざきかりわ)も敦賀(つるが)も美浜(みはま)も大飯(おおい)も伊方(いかた)も玄海(げんかい)も川内(せんだい)も、実は高江である。
米軍基地と原発はよく似ている。
どちらもなくても済むもの、ない方がいいものなのだ。

 平等という原理は自由や友愛と並んで近代国家の基本理念である。
機動隊の「土人」発言は国としてみっともない、とあなたは思わないか。

『朝日新聞』



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