2023年12月15日金曜日

〈100年前の世界155〉大正12(1923)年 大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺(Ⅻ) 佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」(新潮社)より 11月24日 第6回軍法会議 論告求刑 12月8日 判決

 

大杉・野枝らとともに殺害された橘宗一

〈100年前の世界154〉大正12(1923)年 大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺(Ⅺ) 佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」(新潮社)より 11月16日 第2回~第5回軍法会議 橘宗一殺害を自首した3人は命令は軍の上層部からだったとほのめかす供述をする(甘粕の単独犯行を否定) より続く

大正12(1923)年 大杉栄・伊藤野枝・橘宗一虐殺(Ⅻ) 

佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」(新潮社)より 


11月24日

第6回軍法会議。結審、論告求刑。

甘粕正彦=懲役15年、森慶治郎=懲役5年、鴨志田安五郎=懲役2年、本多重雄=同、平井利一=懲役1年6月。


12月8日

判決。

甘粕=懲役10年、森=懲役3年、鴨志田以下3被告=無罪。

(宗一殺害に関与したとして自首してきた東京憲兵隊の3人が無罪ということは、宗一少年は誰にも殺されなかったことになる。)

〈主文

被告(甘粕)正彦を懲役十年に処す

被告(森)慶治郎を懲役三年に処す

被告(平井)利一、同(鴨志田)安五郎、同(本多)重雄は各無罪

理由

被告(甘粕)正彦、同(森)慶治郎はさきに現役中、正彦は東京憲兵隊渋谷憲兵分隊長兼麹町憲兵分隊長、また慶治郎は東京憲兵隊本部特別高等課係の職を奉じ、各その勤務に従事しおりところ、正彦はかねて社会主義に関し研究を遂げたる結果、該主義の国家に対し有害なるを認め、殊に無政府主義のごときはすべての権力を否認し、光輝あるわが国体と相容れざる主張にして、これら主義者の言動は到底黙視、放任すべきものにあらずとの信念を抱くにいたれり。

たまたま大正十二年九月一日、関東地方に未曾有の大震火災起こるに際し、不逞鮮人等はこれを好機として放火、暴動の挙に出るとの流言喧伝せられ、同月二日、大正十二年勅令第三百九十九号の布告を見るにいたりともいえども、爾来各所に殺人、放火等の事実頻発し、帝都およびその付近住民の不安、興奮はその極に適して、社会の変異予測しがたきものあり〉


〈しかしてこれらの不逞の徒の背後には社会主義者活動せりとの世評もっぱら行われ、且つ職務上恐怖すべき種々の情報を耳にしたる(甘粕)正彦は、主義者の多くが警察署に検束せられたるに拘わらず、その最も危険視する無政府主義者の巨頭大杉栄の検束せられざることを知るに及び、同人一派が軍隊警備撤去後秩序未だ整わず、糧食等の配給不十分なる時に乗じていかなる不逞行為に出ずるも測りがたしとなして憂慮措くあたわず。

この際、同人を殺害するはすなわち国家の禍根を芟除(せんじょ)するものと信じ、ひそかにその機会をうかがいおりたるに、大杉には尾行巡査の従うありて容易に目的を達しがたきを遺憾となせる折柄、大杉をやっつけたき意嚮淀橋署にありとのことを聞き込みたるより、(森)慶治郎に意中を洩らし、これが事実を確かめたるに、同月十五日朝、慶治郎が同警察の意嚮なりとて復命したるところは、この際、憲兵隊の手にて大杉をやっつけてくれらば、尾行解除その他の援助をなすべく、なお震災後大杉は夕刻小児を伴い戸山ケ原に散歩することありというにありて、これ畢竟殺害を暗示するものと推し、ここに絶好の機を得たりとして断然大杉を殺害すべきことを決意し、慶治郎と共謀の上、右戸山ケ原において大杉を殺害せんと欲し、同日午後五時半頃、正彦、慶治郎の両名は情を告げずして部下たる被告(鴨志田)安五郎、同(本多)重雄の両名を伴いて東京府豊多摩郡淀橋町大字柏木二百七十二番地なる大杉の居宅付近に張り込みいたるも、同人の外出せざりしため、その目的を達せず〉


*甘粕は流言蜚語に惑わされる単細胞の青年将校として描かれている。

*淀橋署が事件に関与していることが記されている。しかし、淀橋署の松元警部補・滋野巡査部長は無罪となった。

〈次いで翌十六日、午後二時半頃、(甘粕)正彦と(森)慶治郎は前日と同一の目的の下に情を知らざる部下被告(平井)利一および前記(本多)重雄の両名を伴い、再び右大杉の居宅付近に至りし時、淀橋警察署員より大杉は同日午前十時頃内縁の妻伊藤野枝とともに外出せるも、夕刻には帰宅すべき由を聞知せしより、大杉居宅付近の道路上においてその帰来するのを待ち受けたるが、同日午後五時頃、大杉は野枝及び甥橘宗一当七歳とともに前記張り込みの地点に来たれりより、正彦、慶治郎の両名は打ち合わせの上、大杉に向かい取り調べたきことある旨を告げて憲兵隊に同行を求め(後略)〉


大杉と野枝の殺害状況は甘粕供述や検察官調書と同じ。

〈これを法律に照らすに、被告(甘粕)正彦、同(森)慶治郎の大杉及び野枝殺害の所為並びに上等兵をして宗一を殺害せしめたる所為は、各刑法第六十条、同第百九十九条、同第五十五条に該当するを以って、各その所定刑範囲内に於いていずれも有期懲役刑を選択し、被告正彦を懲役十年、被告慶治郎を懲役三年に処すべく、被告(鴨志田)安五郎、同(本多)重雄の各所為は罪となるべき事実を知らずして犯したるものにして、すなわち罪を犯すの意なき行為なるを以って、各同法第三十八条第一項前段、陸軍軍法会議法第四百三条に則り処分すべく、被告(平井)利一が野枝及び宗一の殺害せらるるに際し、その情を知りて之が見張りをなしたるとの公訴事実については、被告が現場付近に居合わせたるは明らかなるも、その情を知って見張りをなしたる点に於いてこれを認むべき証憑十分ならざるを以って、陸軍軍法会議法第四百三条により、同被告に対し無罪を言い渡すべきものとす。よって主文のごとく判決す。〉


つづく


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