平川濠 平川橋 2014-08-19
*永保2年(1082)
この年
・源義国、義家3男として誕生。
幼名は普賢丸。京で育つ。母は中宮亮藤原有綱(基綱)の娘。中宮亮藤原有綱は中央の中流貴族の日野流藤原氏 (後に足利将軍家と婚姻を結ぶ日野氏の庶流)と考えられる。
近代足利市史は、日野氏は上野の知行国司であり、 義国の上野進出に際して有利であったろうとする。(1091年誕生説もあり)
*
・ムラービト朝アミールのユースフ・イブン・ターシュフィーン(位1061~1106)、チュニス征服(マグレブ征服の一環)。
*
・サラゴーサ王国バヌー・フード朝アフマド・アル・ムクタディル王、没(位1046~1082)。
サラゴーサ王は息子ユースフ・アル・ムータミン(位1082~1085)。
レリダ王兼デニア王はもう1人の息子ムンズィル・アル・ハーイブ(位1082~1090)が相続。
*
・カスティーリャ王アルフォンソ6世、セビーリャ王ムータミド(位1069~1091)への報復遠征。
セビーリャ王ムータミド、カスティーリャ王アルフォンソ6世に低品位の貨幣で貢納。
アルフォンソ6世使者イブン・サリーブの抗議に対し、セビーリャ王ムータミド、イブン・サリーブを磔刑。
アルフォンソ6世、ムータミドに対する報復遠征、ベージャ、ニエブラ、メディーナ・シドニア、セビーリャを荒らしイベリア半島最南端タリーファまで到達。
*
・エル・シッド(サラゴーサ王傭兵)、アルメナールでアラゴン・レリダ同盟軍を破る。1083年モレーリャでアラゴン・レリダ同盟軍を破る。
*
・バルセローナ伯ラモン・ベレンゲール2世、没(位1076~1082)。
共同統治者ベレンゲール・ラモン2世(位1076~1096)、単独統治開始。
*
・リエージュ司教、「神の休戦」宣布。
*
・ボヘムンドゥス(ロベール・ギスカール息子)指揮の東ローマ遠征軍戦績。
アクリス(オクリド)、ベッロイア(ヴェリア)、セルビア、ボディナ、モグレナ、ペラゴニア、ヅィビスコス、トリカラを占領。
1083年ラリッサ郊外で敗北、イタリア帰国。
*
・ヴェネツィア、東ローマ皇帝アレクシオス1世より諸権利獲得。
帝国内での無制限自由な交易、関税完全免除、商館開設権利、コンスタンティノープル中心地の金角湾沿いに、治外法権ヴェネツィア居住区、ヴェネツィア船専用船着場設置。
ビザンチン領(トラキア、マケドニア、ギリシア、小アジアからシリアを含む東地中海地方のほぼ全域)での自由通商とビザンチン商人と同等の権利(関税の全額免除)の待遇。
以後、コンスタンティノープルに続々ヴェネツィア商社の支店開設。
当時のコンスタンティノープルにヴェネツィア人 1万人、ヴェネツィアの成年男子の1/3 がコンスタンティノープルを根拠地に商売 。
*
2月
・~4月、皇帝ハインリヒ4世、2度目のローマ包囲、失敗。
フィレンツェを除く諸都市がハインリヒ4世につく。
*
2月21日
・ロベール・ギスカール軍、アドリア海に面する東ローマの町デュラキオンを陥落。
*
4月
・ロベール・ギスカール、教皇グレゴリウス7世より「助けを求める手紙」を受け、ギリシアを先妻の子ボエモンドに任せ、イタリアに引き返し、帰国。
ローマ到着は皇帝ハインリヒ4世のドイツ帰国後。
アプーリアにとって返し、反乱鎮圧に全精力を傾ける。反乱鎮圧難航、2年間を要す(1082~1084)。
*
6月16日
・円宗寺法華会の用途料として、越前国は米30石を毎年正月以前に進納するようとの永宣旨あり。
*
8月3日
・「大宋商客」楊宥が献上した鸚鵡を越前国司某に命じて進上させる。
8日、白河天皇、献上された鸚鵡を見る。
9月11日鸚鵡を返却。
*
10月17日
・熊野の僧徒、神輿を奉じて入京し強訴。
*
年末
・カスティーリャ王アルフォンソ6世、サラゴーサ遠征。
甥サラゴーサ王ムータミンに対して王位を要求したムザッファルを援助。
ムザッファル死亡し、アルフォンソ6世、ルエダで暗殺を辛うじて免れる。
ルエダ・デ・ハロン城代がムザッファルにつくためアルフォンソ6世に城を引き渡すことになるが、アルフォンソ6世がルエダに到着したとき、ムザッファルが死亡、城代はムータミン側に寝返る。
アルフォンソ6世、城を明け渡すふりをして、城代の暗殺計画から辛うじて免れるが、多くの家臣が殺される。
*
*
永保3年(1083)8月
この年
・ウィリアム制服王長男ロベール、再び攻勢。
デンマーク王クヌート、フランドル伯ロベール、ノルウェー王オラーフが同盟、イギリス侵攻を準備。しかし、この大同盟は内紛のため解散。
*
・故ハンガリー王イシュトヴァーンとハンガリーのキリスト教化のために殉教したヴェネツィア人ゲッレールトが聖人に列せられる。
*
・ロゲリウス1世庶子ヨルダヌス(1092年没)、ロゲリウス1世よりシチリア島管理を委される。
*
・ボヘムンドゥス(ボエモンド、ロベール・ギスカール息子)の東ローマ遠征軍、ラリッサ郊外で敗北、イタリアに帰国。
*
・アラゴン王兼ナバーラ王サンチョ・ラミーレス(位1063~1094)、フランス十字軍の援助を得てグラウスを奪取、ボレーアを攻略。
その後、再びイスラム教徒に奪われ、1101年やっとアラゴンが再攻略。
*
・エル・シッド(サラゴーサ王傭兵)、モレーリャでアラゴン・レリダ同盟軍を破る。
*
・この頃、ロゲリウス1世、ロベール・ギスカールと共にギリシア人のパレルモ大司教を廃し、アルケリウスを叙任。
ロゲリウス1世、1080年~1090年、シチリア島に多くの司教区創設。
1080年12月トロイーナ司教区創設。最初のトロイーナ司教ロベルトゥス。
1083年頃、ギリシア人パレルモ大司教廃位。アルケリウスを叙任。アグリジェント司教にゲルランドゥス(ナルボンヌ生まれ)。マザーラ司教にルーアンのステファヌス。シラクーザ司教にプロヴァンスのロゲリウス。カターニア司教にブルターニュのアンゲリウス。
1096年メッシーナ司教区がトロイーナ司教区に併合。
1096年スクイラーチェ司教創設。教皇特使、最初の司教ヨハンネス・ニケフォロス叙任。
*
2月28日
・富士山噴火。
*
3月28日
・ 富士山が噴火。
*
3月29日
・千葉常重、誕生。
千葉氏初代。父は平常兼。母は常陸大掾家の一族・鳥海三郎忠衡の女。官位は正六位上・下総権介、千葉庄検非違使所。通称は千葉介。
*
6月2日
・皇帝ハインリヒ4世、3度目のローマ包囲。
ティベール川迄の全市街がハインリヒ4世の手中に落ちる。
教皇グレゴリウス7世、サン・タンジェロに籠城、降服拒否。平和を期待していたローマ市民失望。枢機卿13人、グレゴリウス7世を見捨てる。
*
*
*
0 件のコメント:
コメントを投稿