2014年8月19日火曜日

「自覚的で明快な思想の表現者」としての護憲派天皇(皇后)を護れ、というのはおかしいことだろうか? (池澤夏樹さんと室謙二さんの論考を読んで)

『朝日新聞』(夕刊)のコラムに池澤夏樹さんの「終わりと始まり」というコラムがある。
たびたび福島原発事故をテーマ取り上げ、反原発・脱原発を主張されてきた。
かなりの直球である。変化球とかクセ球はあまりない。

先日8月6日の当コラムの見出しは、「弱者の傍らに身を置く 自覚的で明快な思い」とあり、天皇・皇后を「自覚的で明快な思想の表現者」として讃えている。
基本、賛成。
だが・・・。

以下に当該個所を引用する。

<引用>

 (略)

 七月二十二日、今上と皇后の両陛下は宮城県登米市にある国立のハンセン病療養所「東北新生園」を訪れられた。これで全国に十四カ所ある療養所すべての元患者に会われたことになる。

 六月には沖縄に行って、沈没した学童疎開船「対馬丸」の記念館を訪れられた。戦争で死んだ子供たちを弔い、今も戦争の荷を負う沖縄の人々の声を聞かれた。

 昨年の十月には水俣に行って患者たちに会われている。

 東日本大震災については直後から何度となく避難所を訪問して被災した人たちを慰問された。
 これはどういうことだろう。我々は、史上かつて例のない新しい天皇の姿を見ているのではないだろうか。

 日本国悪法のもとで天皇にはいかなる政治権力もない。時の政府の政策についてコメントしない。折に触れての短い「お言葉」以外には思いを公言されることはない。行政の担当者に鋭い質問を発しても、形ばかりのぬるい回答への感想は口にされない。

 つまり、天皇は言論という道具を奪われている。しかしこの国に生きる一人として、思うところは多々あるだろう。その思いを言論で表すことができないが行動で表すことはできる。国民はそれを読み解くことができる。

■   ■

 八十歳の今上と七十九歳の皇后が頻繁に、熱心に、日本国中を走り回っておられる。訪れる先の選択にはいかなる原理があるか?

 みな弱者なのだ。

 責任なきままに不幸な人生を強いられた者たち。何もわからないうちに船に乗せられて見知らぬ内地に運ばれる途中の海で溺れて死んだ八百名近い子供たち、日々の糧として魚を食べていて辛い病気になった漁民、津波に襲われて家族と住居を失ったまま支援も薄い被災者。

 今の日本では強者の声ばかりが耳に響く。それにすり寄って利を得ようという連中のふるまいも見苦しい。経済原理だけの視野狭窄に陥った人たちがどんどんことを決めているから、強者はいよいよ強くなり弱者はひたすら惨めになる。

 強者は必ず弱者を生む。いや、ことは相対的であって、弱者がいなければ強者は存在し得ない。水俣ではチッソと国家が強すぎた分だけ漁民は弱すぎた。ぼくも含めて国民はたぶん無自覚なままにチッソの側にいたのだろう。

 今上と皇后は、自分たちは日本国憲法が決める範囲内で、徹底して弱者の傍らに身を置く、と行動を通じて表明しておられる。お二人に実権はない。いかなる行政的な指示も出されない。もちろん病気が治るわけでもない。

 しかしこれほど自覚的で明快な思想の表現者である天皇をこの国の民が戴いたことはなかった。

<引用おわり>

かなり物足りない。
社会不安(不安定)に対する、安定剤としての皇室の役割があるとするなら、上の池澤さんの論は残念ながらその安定剤としての域を脱していない。
安定剤では、「強者はいよいよ強くなり弱者はひたすら惨めになる」状況は、なんら改善されない。
池澤さんも「もちろん病気が治るわけでもない」とおっしゃってる。

震災被災者に心を傾け、何度も足を運び、直接人々に触れようとする、それを無駄だと言っているのではない。
多くの人が感動しているのも事実だ。

で、何が物足りないのか、と言えば、それは、せっかく天皇・皇后を「自覚的で明快な思想の表現者」と讃えるならば、一歩進んで、その天皇(皇后)を攻撃する者から護る盾の論陣を張って貰いたかった、ということ。

「自覚的で明快な思想の表現者」としての天皇・皇后の昨年からの言動から、「護憲派」「憲法擁護派」という一側面が見える。
それはワタクシのみならず、「保守派(右派)」論客とて同じようで、つい最近、ある者がそれを批判したという。
多分、牽制球なのだろう。

「「参加する心」が不安と否認を開く タモリの言葉・安倍首相の言葉・天皇皇后の言葉」(室謙二 『世界』8月号)に、そのことが書かれてあるので、当該個所を引用させて戴く。

<引用>

■天皇皇后の言葉

 (略)

 地震と原発事故あるいは日本国憲法について、安倍首相とは違う言葉の使い方はいくらもありうる。そのひとつの例を教えてくれたのは、保守派の論客であった。彼が天皇皇后の言葉を批判した。それで私は、天皇皇后の地震と原発についての言葉、現憲法についての言葉を読んだ。八木秀次(麗澤大学教授)は、『正論』(二〇一四年五月号)に次のような論点の文章を書いている。

 天皇皇后は安倍首相の憲法に関する考えと自民党の憲法改正案を誤解している、天皇皇后に間違った情報を伝えている人がいるのではないか。天皇皇后の現在の憲法の評価の言葉は、安倍内閣がすすめようとしている憲法改正への懸念へのように国民にはうけとられかねない。こういうことは、現憲法では許されない天皇の政治的な行いではないか。これは宮内庁のマネージメントの失敗である - 。八木秀次は、「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務め、第一次安倍内閣のときのプレーンでもあったらしい。こういう保守主義者(私の考える保守主義とはかけ離れているが)が、天皇皇后の言葉を批判しているということに驚いた。現憲法を肯定するものは、天皇皇后でも批判の対象になる時代になったのか?

 「天皇陛下お誕生日に際し(平成二五年)」という記者会見の記録では、天皇はまず「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、まもるべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」と平和と民主主義と憲法を評価する。そして「戦後六〇年を越す歳月を経、今日、日本には束日本大震災のような大きな災害にたいしても、人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力するひとびとが育っていることを、本当に心強く思っています」と言っている。「平和と民主主義」と憲法から、大災害に対して人の絆をもって冷静に対処するいまのひとびとと社会を一貫したつながりを持つものとしてとらえているのである。

 これらの言葉はきわめて明快で、戦後の平和と民主主義から生まれた憲法を評価して、天皇はそれに従うということである。また戦後の民主主義にアメリカが関わったことを「当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならない」と肯定的にとらえている。これらは、アメリカによって作られた憲法を改正すべきだとする八木秀次の考え(それは安倍と中曽根の考えでもあるが)とは全く違う。

 天皇は、天皇を象徴と定義する「平和と民主主義」の現憲法に従うと言い、天皇の言葉は現憲法改正の差し障りになると安倍首相のプレーンであった八木は批判する。日本ではまったく不思議な逆転が起こっている。

 皇后の言葉もまた明快なものである。「皇后陛下お誕生日に際し(平成二五年)」では、まず福島原発事故で現場の指揮をとった吉田元所長の死を悼み、原発事故の風化と地球温暖化を危惧したあとに、話は憲法に向かう。

 「かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた『五日市憲法草案』のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治二二年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける権利、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、二〇四条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地に少なくとも四〇数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いにふれ、深い感銘を覚えたことでした」

 私は天皇皇后を、天皇皇后であるからと特別に敬愛するものでもなく、また天皇皇后であるからと敬愛しないものでもない。安倍首相の言葉を学んでいるうちに、その反対側の天皇皇后の言葉を、保守派の八木秀次に教えられて偶然に読んだだけであった。しかしこれらの言葉は、安倍の言葉のように効果と操作だけを考えたものではなく、現実を無視することなく、天皇皇后としてではなくて、人間として福島の問題に率直にふれている。

 八木秀次は、皇后が五日市憲法草案を取り上げたことが気に入らない。あれは左翼・護憲派が持ち上げる憲法草案ではないかと言う。八木は皇后が書き記す、ひとびとが下から作り上げた憲法草案の、明治から現憲法につながる民主主義の伝統を好ましく思わないのであろう。また、天皇皇后と宮内庁の、葬儀の簡略化と御陵の縮小の方針に文句をつけている。これは皇后が、引用しなかったが、親しい友人たちの死と自分の老齢(死)について率直に語ったことに対する反感であろう。八木にとって天皇皇后が、人間らしくあってはいけないようである。

<引用おわり>

室さんも驚かれている。

「現憲法を肯定するものは、天皇皇后でも批判の対象になる時代になった」のだ。
「憲法擁護」を主張する者は「サヨク」とされつつあるようだ。
天皇(皇后)でもか。

安倍政権の政治は「クーデタ」である、というのがよくわかる。

で、・・・
「自覚的で明快な思想の表現者」としての護憲派天皇(皇后)を護れ、というのはおかしいことだろうか?

もし、これが「おかしい」としても、おかしいのは実は安倍の「時代」の方だろう。

決しておかしいことではなく、池澤さんと室さんの論考を読むと、こうなってしまわないか。


以下、昨年来の「黙翁」内の関連記事。

一番上、佐野市郷土博物館の件は、山本太郎議員の「直訴状」と関連付けるのはうがちすぎだろうか。
あの時、皇后は天皇の肘をそっと押して、「直訴状」を受け取るよう促しているように見えたのだが・・・。

天皇と皇后、佐野市郷土博物館で、田中正造が明治天皇に宛てた直訴状や、田中正造の日記、佐野市の歴史などを見て周った。 / 「この赤いのが訂正ね」。天皇陛下は、・・・、メガネをかけ、赤い訂正印が各所に押された推敲の跡を確かめるように見入った。・・・


【「天皇という立場、孤独とも思える」 天皇陛下会見全文】 ← 昨今の政治状況に対して、全体にかなり踏み込んだ発言ではないか。「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、…」 ← 護憲宣言だ


天皇の憲法発言に秘められた 安倍政権への強いメッセージ(週刊文春WEB):「日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」


皇后さま、79歳誕生日…質問とご回答の全文 : 「五日市憲法草案」 「長い鎖国を経た十九世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。」


ベアテ・シロタ・ゴードンさんの追悼式 美智子皇后がメッセージを寄せる 「戦後社会における日本女性の権利のためにゴードンさんが果たした役割を重視しており、その功績が日本で長年にわたって記憶されると信じている」


【追加】





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