1908(明治41)年
この年
韓国、反日義兵闘争の高揚。
朝鮮駐在日本軍司令部編「朝鮮暴徒討伐誌」。
明治40年中の戦闘回数323・暴徒兵4万4,116(内死者3,627)。
41年は戦闘回数1,451・暴徒兵6万9,832(内死者1万1,562)。
この年
1908年(明治41年)の長谷川利行(17歳)
耐久中学3年のとき、同学年生薗悌次郎、紀南新聞記者井上豊太郎、浜田峯太郎とで同人雑誌を発行。小説、詩、短歌など多作する。
「当時、長谷川君は繁児と云ふ奇妙な雅号で、その因縁を問ひただしても答えず、ただ恋人に因めるものを云つたやうに思ふ」(薗悌次郎「思ひの記」)。
雑誌を機縁に上級生金沢種美と交友。
「「人として彼(註・長谷川利行)を知ったのは、私達の中学時代、即ち明治四十年前後であり、彼は私より三つ程も若く、私が五年、彼が三年の頃である。絵を習つてゐるといふことであつたが、私達が知り合つたのは共に文学少年としてであつた。彼が紀州の耐久中学生でゐながら小さな雑誌を出してゐたのに、友人の紹介で歌や評論を寄せたのが、私と彼との繁りである。彼は時に歌も詠んだが、最もその才能をみせたのは創作であつた。これが田舎の中学生の作品かと思はれるほどコクのある作品を書いたが、文章には可成り飛躍性があつて晦渋に陥つてゐるとおもへるものもなくはなかつたが、彼が順調に素養を積めば恐るべき作家にならうと思つたのだが、何時の間にやら雑誌も廃刊して爾後消息を不通にしてしまつた」(金沢種美(高崎正男『長谷川利行画集』明治美術研究所刊))。
夏休みには帰郷せず、同人雑誌仲間と浜田峯太郎の実家、日高郡和田村和田に遊ぶ。
この年
米国ピアソン財団、(メキシコの)タンピコ南方で大油田発見。権利をロイアル・ダッチ・シェルに譲渡
スタンダード石油も進出。石油開発ラッシュ。米国資本は,鉱山62%、石油40%、鉄道幹線の殆どを支配下に。
1月
韓国、裁判所構成法施行
1月
安東電気株式会社創立。
1月
都府をはじめとした近畿地方、東京に天然痘患者が拡大。1月の間で患者数1万8,000人、死者6,000人
1月
新村忠雄が中心となり信濃社会主義研究会、結成。
1月
小林多喜二(5)一家、小樽区若竹町に住居をさだめ、両親は伯父の経営していた三塁パン店の支店を開く。
5月、若竹町を起点に小樽港第2期築港工事が数年の予定で始まる。
若竹町18番地で伯父の三星パン店の支店(駄菓子屋に近く、パンと自家製の餅の類を売る店)を開く。父は朝暗いうちから、小樽の中央寄りにある新富町の伯父の製パン工場に、パンの仕入れに行き、早朝までに帰って来て、出がけの労働者や学生に自分の店でそれを売り、昼には土工たちに浜までパンを売りに行く。彼らの家は、小樽南端にあり、周りは貧民が多く、大きな商いにはならず、小林家は秋田から小樽に出てきたが、豊かにはならず。
1月
満鉄東京支社に満州・朝鮮歴史地理調査部設置
1月
輿謝野晶子(30)「婦人と思想」(「太陽」)。
1月
田山花袋「一兵卒」、正宗白鳥「何処へ」(~4月、10月刊行)、島村抱月「文芸上の自然主義」(「早稲田文学」)。この号には白松南山・相馬御風・中村星湖・片上天弦らも執筆。
1月
広津柳浪「是か非か」(「文藝倶楽部」)。自然主義、とりわけ「蒲団」の花袋を攻撃。
3月、花袋は「新潮」で反論。
「新潮」4月号では鏡花が自然主義批判。
1月
水野蝶郎「再会」(「新思潮」)。小山内薫の「新思潮」には、蒲原有明、薄田泣菫、北原白秋、岩野泡鳴、小栗風葉などが執筆。既に、泣菫は「新思潮」に自然派風に詩を発表。有明・泣菫らも鉄幹により世に出る。
1月
国木田独歩「竹の木戸」(「中央公論」)
1月
長谷川天渓『現実暴露の悲哀』(『太陽』)。
7月、『自然主義』刊行。
1月
二葉亭四迷、亡命ロシア人ポドパフが創刊した雑誌「東洋」に、森鴎外「舞姫」ロシア語訳を掲載。ついで独歩「牛肉と馬鈴薯」を翻訳・掲載。
1月
「(一月、森田草平、「閨秀文学会」の最初の雑誌に、平塚明子が初めて発表した「愛の末日」について、長い批評を発表する。煤煙事件の発端になる。)」(荒正人、前掲書)
1月
『冒険世界』、『音楽会』創刊。
1月
『婦人の友』創刊(『家庭の友』改)。
1月
2世市川左団次・松居松葉、欧州演劇視察より帰国、明治座で革新興行。
松葉「袈裟と盛遠」、坪内逍遥訳「ベニスの商人」など。市川翠扇・旭梅ら女優参加。
1月
佐藤紅緑「東風物語」初演。東京座、新派大合同。
1月
大工原銀太郎、酸性土壌論。『農事試験場報告』37号。土壌酸性の原因、性質、酸性土壌の分布に関する研究。
1月
長崎三菱造船罷業。
1月
長野県、女教員妊娠規定を定める。初めて産前産後2ヵ月を有給休養とする。
1月
グスタフ・マーラー、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場デビュー。
1月
メキシコ、ディアス、米ジャーナリストのクルールマンと記者会見。次期大統領選への不出馬と反対党設立の自由を声明(クリールマン宣言)。コラルへの政権禅譲と院政継続を狙ったディアスの声明は与党内からも反発を招く。
1月
ハンス・プルマンら支持者たち、セーヴル通り56番地に美術教室(アカデミー・マチス)を開校、アンリ・マチス(39)が教える。
つづく

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