「中間層復活 それしかない」
元アメリカ労働長官、カリフォルニア大教授ロバート・ライシュ
「朝日新聞」1月1日
「100年に1度の危機」と呼ばれたリーマン・ショックから4年あまり。
米国は高い失業率と政府の借金に頭を抱え、欧州ではなおユーロ通貨危機がくすぶる。
一時は救世主と見られた中国など新興国は輸出がふるわず、日本の成長にも影を落とし始めた。
この先、世界経済はどうなっていくのか。
処方箋はあるのか。
各国の有識者にシリーズで聞く。
1回目は、米国の元労働長官で、カリフォルニア大教授のロバート・ライシュ氏。
---米国経済の現状を、どうみていますか。
回復の足取りは、きわめて遅い。
中間所得層が失われつつあることが大きい。
米国の経済の7割は、個人消費に依存しているが、その担い手である中間層が、もはや経済を持続的に回していくだけの購買力を持ちえていない。
---なぜそうなってきたのでしょうか。
この傾向が始まったのは1970年代後半からだ。
中間層は消費を続けるために、まずは主婦などの女性が働きに出た。
次に、多くの人が長い時間働くようになった。
それでも足りないので、多くの人は住宅などを担保にお金を借りて消費に回した。
住宅価格が上がっている限り、それは足りないお金を補うことに役立った。
やがて住宅バブルははじけ、借り入れすらできなくなった。
2007年には国民の総所得の4分の1が人口の1%に集まっているが、これほどまでに一極集中したのは大恐慌直前の1928年以来のことだ。
それほど、いまの米国は所得の格差が拡大している。
元気な消費者がいなければ企業は投資しない。
雇用も増やそうとしない。
米国経済が、再び力強い成長の軌道にのるには、中間層の復活こそがカギになる。
それ以外に方法はない。
格差をそのままにすれば、いずれ政治的な不満として噴き出てくるだろう。
---政治的な不満とは、どんな形であらわれるのでしょうか。
格差がうまく是正されないと、極端な主張をもった『第三極』が台頭しかねないとみている。
3年後の16年、もしくは、その先の20年の米国の大統領選挙では、既存の民主党でもない共和党でもない、新しい政治勢力が国民の支持を得て、勢力を伸ばすこともありうる。
最近は(保守の大衆運動である)『茶会』(ティーパーティー)のような極石が、連邦政府そのものを敵対視し支持を得てきた。
米国では、こうした極端な政策は受け入れられてこなかった。
茶会は一例だが、国民の政治への怒りが募ると、こうした極端な主張が力を持ってくる。
---オバマ大統領は、雇用を増やし、米景気を元気づけるために「製造業の復活」を掲げています。
この先も、米国では多くの製造業が生まれるだろうが、それが劇的に復活することはないと思うし、雇用を増やすことに直接は、つながりにくい。
製造業の製造ラインは今後ますますロボットなどでオートメーション(自動)化されていくので、多くの人手を必要としなくなる。
生産拠点も海外に多い。
(オバマ氏の主張は)理解するものの、必ずしも正しくない。
---米国のような経済格差は、世界的に広がっているのでしょうか。
格差拡大の傾向は、すでに多くの国でみられる。
中国やロシア、インドなど新興国でも富が富裕層に集まる傾向がみられ、実際、こうした国の経済成長も鈍くなっている。
米国ほどひどくはないが、私は、日本でも格差の広がりは無視できないと考えている。
---中間層を復活させるには、どうすればよいのでしょうか。
米国では、新しい仕事をうまく見つけられる再雇用制度や、所得階層が低い人たちへの教育の充実、公的医寮保険の対象を広げることなどが考えられる。
私は11月の大統領選の結果に希望をみた。
(オバマ氏が再選されたということは)米国民は例えば富裕層への増税などを望んでいるというシグナルだ。
格差が広がっていることをふまえれば、富裕層の最高税率引き上げなどは理にかなっている。
私が主張し続けたいのは、経済は(だれかの利益が増えると、その分、別の人の損失が増える)ゼロサム・ゲームではないということだ。
経済がもっとよくなれば、いまは富が集まっている富裕層にとってもよいはずだ。
---回復が鈍いとはいえ、米国経済は年2%前後の成長をしています。
強さの秘密は、起業したスモールビジネスが育ち、ベンチャー企業への投資活動などが活発なことだ。
これらが経済活動の『主力エンジン』の一つになっている。
イノベーション(技術革新)は、経済の成長にとって、きわめて重要なものだ。
残念ながら、日本にはそれがない。
80年代にを訪ねたが、当時は新しい製品があふれ、米国人は日本に打ち負かされると本気で心配していたほどだ。
ただ、日本には、人的資源があり、多くの金融資産もある。
(国内総生産=GDPで)中国に追い抜かれたとはいえ、いまも世界3位の経済大国だ。
強さを取り戻すことは十分に可能だと思っている。
<おわり>
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