〈大逆事件に連座した3僧侶の一人、内山愚堂の年譜②(~明治41年)〉
★眞田芳憲「大逆事件と禅僧内山愚童の「仏教社会主義」と その行動の軌跡 ―禅僧愚童の抵抗の宗教的倫理と責任―」による
明治41年(1908)(34)1月1日
伊藤證信宛葉書
「僕はそれに反して近頃思想の変化を来たした、
弱者の味方たる宗教家のやり方が馬鹿気に見えて堪らぬ、昨年の暮には小田君がト翁(*トルストイ)の人道主義を送ってくれたので、ト翁のやりかたも、念をいれて調べたが、壓制な政府とボイコットすることは大賛成であるが、其個人主義はどうも壓(ママ)き足らぬ、
僕はどうしても社会的に人の上に人を頂かぬ世界を造りたくなった、
目下は其事に就て苦心して居る、その結果爆裂弾かピストルか、武器に於ては決定せぬ
いづれの政府も政府ほど暴悪な者はない、
武器を持って平民を壓しつゝ租税を奪ひつゝある、此暴悪を制する事は宗教家の力では駄目である、今の宗教家にして真個に天国の作造に心がくるならば、此政府を倒さねば駄目である、数珠つまくる其手には常に爆弾を携へつゝあらねばならぬ
僕は経巻を棄てゝ何を採らんか、こは目下の研究問題でまだ決定はせぬ」
1月1日
この日付『世界婦人』第21号「伊藤中将姦通観」
「伊藤中将姦通事件」;竹数要港部司令官の海軍中将伊藤義五郎が横須賀海軍工廠長に在職中、職工組合長藤井陽一の妻原子(当時23歳)と関係を結び、それを知った陽一が伊藤義五郎に2万5千円という巨額な慰謝料を請求。苦境に陥った伊藤が弁護士をたて陽一と共犯者矢叮三郎を告訴し、陽一と矢叮は逮捕され、横浜地方裁判所で有罪の判決を受ける。原子は自殺し、伊藤義五郎も休職を命じられるという事件。
愚童は、伊藤、藤井、原子の3人の当事者に各人各様、立場・身分・地位の違いを超えて自己の何たるかを問い、自己の尊厳に目覚めよと説く。
宗祖道元禅師は「有所得心」を戒めた。「有所得心」とは、常に自分の利益にかなうよう慮って行動する自我中心の心、人間の心の奥底に巣くう自我本位に発する名利心をいう。この名利心が真実の生き方を破り、人を壊す。
愚童は、「名誉何者ぞ、財産何者ぞ、そを争ふ御主人公なる、自身それ何者ぞ」と喝破し、「徒らに煩悶する勿れ」、「沈思黙考せよ」と説く。
宗祖が戒める「有所得心」、愚童の言う「私有制度」(金銭・財産・地位・名誉・性欲等々の一切に対する執着・渇愛・我執、換言すれば本来自己のものにあらざるものを自己のものと執着すること)の心を捨てれば、真実が見える。さあ!真実の道を歩め。さあ、臆することなく「汝が夫の使命を全ふせよ」と戒しめ、勇気づけ、励まし、信仰への道を勧める。
5月
秘密出版の計画を立て、印刷機器、活字、付属品一切を購入。
7月5日
『世界婦人』で、「僕は迚も社会主義はできない。僕は矢張り自分の最も好きな宗教の伝道をするより外はない。宗教の伝道と言っても今の宗教では無いよ」と論じる。
(7月21日
幸徳秋水、赤旗事件裁判傍聴のため高知県中村の生家を出立。東京への途中、和歌山県新宮の大石誠之助宅に滞在。住職髙木顕明の浄泉寺で講演「社会主義より見たる自然主観」において各国の社会主義の特徴を述べ、いずれも無宗教主義と結論。)
8月12日
幸徳秋水、林泉寺を訪問、2泊。その滞在中、愚童、秋水の暴力革命の可能性について同意すれども時期尚早とし、秘密出版を説く。秋水が出版を急いでいたクロポトキンの『麵麭の略取』の原稿を借りて読み、無政府主義の何たるかを知る。
秋水の林泉寺来訪で愚童に対する警察の目は一変、以後重要注意人物として警察の監視を受ける。
9月
印刷機を買うために上京。
浅草の古道具屋で活字と印刷機器を購入し、林泉寺の本尊釈迦如来像安置の須弥壇の袋戸棚を印刷場として、ランプの微光をたよりに不十分な活字と悪戦苦闘し、印刷製本という根気のいる仕事に心血を注ぐ。
9月30日
秋水宅に滞在。革命の方法を訪ねると、秋水は洋書を繙きながら、革命の際に交通機関を破壊することなどを説明したとされる。
10月末
秘密を秘密裏に印刷した『入獄記念・無政府共産・革命』を平民社へ持参し、森近運平から提供された「大阪平民新聞」の読者名簿を頼りにこれを各地の同志へ変名で発送した。しかし送付を受けた者の多くは身の危険を感じて即座に処分し、配布した5名が不敬罪に問われている。
愚堂は、『無政府共産』で「戦争は総て罪悪也、常に専制者と相場師とを利するに過ぎざる者也。故に吾人は曰ふ、決して犠牲の羊となる勿なかれ。」と論じ、国家権力に対し抵抗の非戦論を主張した。
『無政府共産』の基調は、「小作人ハナゼ苦シイカ」「迷信ヲステヨ」、「迷がさめて見よ」である。
「迷信といふは、マチガッタ考ヘヲ大事本ぞんに守っておる事を、云ふのである」
「 △諸君は地主から、田畑をつくらして。モロ(ママ)ウカラ、其お礼として小作米をヤラネばならぬ。
△諸君は、政府があればこそ、吾々百性(ママ)は安心して、仕事をしておることが出来る。其お礼として税金を、ださねばならぬ。
△諸君は、国にグン備がなければ、吾々百性(ママ)は外国の人に殺されてしまふ、それだから若い丈夫の者を、兵士にださねばならぬ。」
「此三ツのマチガッタ考へが深くシミ込んでおるから。イクラ貧乏しても、小作米と税金と子供を兵士に出すことに、ハン封(ママ)することが、出来なくなっておる。モシモ小作米を出さなく(て)も宜しい、税金をおさめなくても宜しい、かわい(い)子供を兵士に、ださなくても宜しいなどゝ云ふ者があれば、ソレハむほんにんである国賊である、などゝ云ふて其じつ自分たちの安楽自由の為に、なることを。聞く事も読む事も、せずにしまう。コゝハ一番よーく、考へて、読んでいたヾきたい」
「小作人諸君。諸君はひさしき迷信の為に、国にグンタイがなければ、民百性(ママ)は生きておられん者と信じて おったであらう、ナルホド 昔も今も、いざ戦争となれば。ぐんたいのない国はある国に亡ぼされて、しまふに極っておる、けれども之は天子だの政府だのと云ふ 大泥坊があるからなのだ、
戦争は 政府と政府とのケンクワでわないか、ツマリ泥坊と泥坊がナカマげんくわする為に、民百性(ママ)が、なんぎをするので あるから。この政府といふ、泥坊をなくしてしまへば、戦争といふ者は無くなる。戦争がなくなれば、かわい(い)子供を兵土(ママ)にださなくても宜しいと云ふことわ、スグにしれるであろう。」
「然らば、いかにして此正義を実行するやと云ふに、方法はいろいろあるが。マヅ小作人諸君としてわ、十人でも、廿人でも連合して。地主に小作米をださぬこと、政府に税金と兵士を、ださぬことを実行したまへ。諸君が之を実行すれば、正義は友を、ますものであるから、一村より一ぐんに及ぼし。一ぐんより一県にと、遂に日本全国より全世界に及ぼして。コゝニ安楽自由なる無政府共産の理想国が出来るのである。
何事も犠牲なくして、出来る者ではない。吾と思わん者は、此正義の為に、いのを(ママ)がけの、運動をせよ。」
「此小冊子は、ながきながき迷信の夢より諸を呼び醒まし。ちかい将来になさねばならぬ、吾等の革命運動を謬釈せざる為に、広くかつ深く伝道せねばならぬのでありますから、無政府共産と云ふ事が意得せられて、ダイナマイトを投ずる事をも辞せぬと云ふ人は、一人も多くに伝道して願ひたい。しかし又、之を読んでも意得の出来ぬ人は、果して現在の社会は正義の社会であるか、又吾人の理想は今の社会の満足するや否やを、深く取調べて願(い)たい。」
11月
『道徳否認論』の秘密出版。
ドイツのアナーキストであったマクス・バシンスキーの『無政府主義・道徳否認論』を翻訳した大石誠之助の訳稿の翻案。
表紙に「△財産は盗奪なり、国家と法律とは、盗物の保護者なり△道徳と宗教は泥坊の為に番頭の役を勤むる者なり△世に人を統治せんとする念よりも、尚不正なるもの唯一あり、則ち之に服従せんとするの意志なり。」
裏表紙に
△無政府主義は暴力を以て平安なるこ(個)人を脅かさんとするものに反抗す。
△こ(個)人が、なすべからざる所の罪悪は、政府も亦之を行ふべからざるものなり。
△若しも政府が、少しにても、人民の為に必要なることをなし能ふとせんか、そは人民が自ら、政府の助けを借らずして、なし能ふ所のみ。
△正直なる人間の為に、必要なる保護は、ただ国家といふ盗賊の害に対する防禦のみ。
△今の教育は、人をして上に向って卑屈従順ならしめ、下に向って傲まん不そん、ならしむるの稽古なり。
△すべての政府は最も険悪にして、又最も圧制なるものは人民の一部分によって、自由にし(支)配せらるべき所謂代ぎ(議)政体是なり。
11月3日
愛媛県亀崎の宮下太吉、『入獄・無政府共産』50部受け取り、一読して感動。
11月10日
宮下東海道線太府駅で天皇列車通過の際の大衆に『無政府共産』を配布、社会主義の伝道効果なく、天皇暗殺を決意。
11月15日
『帝国軍人座右之銘(「新兵諸君に告ぐ」)』の秘密出版。
フランスの週刊アナーキズム雑誌『ラ・ナルシー』掲載、大杉栄訳の「新兵諸君に与ふ」(『光』第28号明治39年11月25日)を翻案したもの。
「諸君よ、諸君にして若(も)し国境の外に送らるゝ事あらば、諸君は即ち貪婪(慾)飽くき(あくなき)銀行屋(や)及び投機師の犠牲たるを忘るゝ勿れ。而して諸君が病気或は負傷等の為に、帰り来らん時、諸君の母国は諸君に対して何をか為す。誠に此の母は(其コク家は)鬼婆の如き継母たる也(なり)。
是れ即ち(この故に)吾人非軍(グン)備主義者が(は)、○○○(ソウ脱営)以(モツ)て開戦の宣告に応ぜんと決したる所以也(理由なり)。」
「(来るべき革命は無政府共産。即ち政治的にも経済的にも、最も自由なる社会を造るにある。而して諸君のそう脱営は、之を成功せしむる一大原因なり。諸君希くば、それ勉めよ)」
つづく