2026年2月18日水曜日

〈中国レアアース規制で日本企業、新規注文断る事態広がる〉 → レアアース磁石、新規注文「断らざるを得ず」中国から輸入3分の1に(朝日) / 「選挙対策では」 熱狂の南鳥島レアアース掘削、誇張いさめる声も(毎日) ← すぐに日本は資源大国になるハズでは?

 

2025年11月の高市首相国会答弁が発端となり、中国が2026年1月からレアアース輸出を規制。日本企業は輸入量を3分の1に制限され、新規注文を断らざるを得ない状況だ。経済試算では1年続くとGDP1.3%減、失業者216万人に上る可能性がある。一方、双日が豪州企業と連携しサマリウム輸入を開始するなど多角化が進み、南鳥島沖の海底資源試掘も成功した。

大杉栄とその時代年表(758) 1907(明治40)年11月10日~22日 「『読売新聞』に、白雲子「漱石の人物と其作物」掲載される。・・・人物では徳義を知らず、作物では第三流に位すると批評する。自然主義者たちの反感を代表したものというよりも、『読売新聞』の漱石への反感を露骨に主張したもので、非難と罵倒の限りを尽くしている。『読売新聞』では、明治三十九年末頃から明治四十年初めまで、入社を期待し再三「社告」を出したにも拘らず、裏切られたという感じが強かったと推定される。」(荒正人)   

 

大杉栄とその時代年表(757) 1907(明治40)年11月1日~9日 大韓帝国第2代皇帝の純宗、即位に伴い、それまでの宮殿であった慶雲宮から昌徳宮へ移る。これにより、高宗は徳寿宮(旧・慶雲宮)に取り残され、実質的な影響力を削がれる。 より続く

1907(明治40)年

11月10日

日米官憲、不敬事件取締協議。領事代理松原一雄が地方検事デブリン・移民局長ノースを訪問。

11月11日

ニューヨークの「コール」紙に「暗殺主義」全文掲載。センセーションを巻き起こす。

11月12

内相原敬、西園寺首相訪問。山県有朋系の倒閣工作への抵抗決意促す

11月12

片山潜、「渡米」創刊。

11月13

秋山真之、慶應野球部に「褌論」を贈る

11月13

大杉栄(22)、午前10時、東京控訴院第3号法廷で電車賃値上反対騒擾事件控訴審の第六回公判が開かれ結審。判決言い渡しは同月25日(月)午後1時と告げられる。午後5時閉廷。

11月14

台湾、北埔事件。

11月14

韓国皇太子李根入京。

11月14

(漱石)

「十一月十四日 (木)、森田草平・川下江村・生田長江共著『草雲雀』 (服部書店)、漱石の序文掲げ刊行される。

藤岡作太郎宛手紙に『虞美人草』推質の礼をのべる。」(荒正人、前掲書)

11月14

[露暦11月1日]第3国会開会。富裕階級優遇の選挙法で反革命派が勢力を得る。

11月中旬

渡米中の東大高橋教授、在米無政府主義者の動静報告。

11月15

西川光二郎、「社会新聞」と「日本平民新聞」との関係断絶を森近運平に通告。

11月15

福田英子「羽織紐着の教訓」(「世界婦人」第19号)

11月15

大杉栄(22)、神田区三崎町の吉田屋で開かれた出獄歓迎を兼ねた金曜後援会(第11回)に参加。山川均が歓迎の辞を述べる。

16日、神田区和強学堂で開かれた日本エスペラント協会第2回大会で、引き続き評議員に選ばれる。

17日午後7時、神田区三崎町の「週刊社会新聞」編集部で開かれた大杉栄君出獄歓迎を兼ねた社会主義研究会に出席。西川光二郎が講演。田添鉄二、鈴木楯夫、岡千代彦、松崎源吉、半田一郎、斎藤兼治郎が歓迎の辞を述べ、その後に大杉が謝辞を述べる。茶華の饗応があった。10時散会。参加者70名。"

11月15

岡倉天心(44)、横浜港から出航、第3回目のボストン美術館勤務のためアメリカに向かう。

41年7月、ヨーロッパからシベリア鉄道経由で、中国の北京を回って帰国。

11月16

米、オクラホマ州、合衆国加盟(46番目)。

11月16

アメリカ合衆国が日本人労働者移民の渡航制限を要請する。

11月17

大韓協会結成。大韓自強会の後継団体。抗日路線貫徹出来ず。

11月17

西川光二郎、田添鉄二、片山潜の分裂声明。「社会新聞」第25号。

片山潜 ; 「幸徳兄今日の立場は明に無政府主義の立場なり・・・堺兄は準無政府主義なり・・・余は両兄らと一切の関係を絶つべし」と断言。

11月17

(漱石)

「十一月十七日 (日)、松根豊次郎(東洋城) (赤坂区表町一丁目一番地、現・港区元赤坂一丁日) を訪ねようと外出する。途中で高浜虚子に会い、牛肉馳走になり、松根宅を訪ねることを中止する。

『読売新聞』に、白雲子「漱石の人物と其作物」掲載される。

十一月十八日 (月)、文芸協会から演芸会の特等席の招待券(一円五十銭) を貰う。(推定) 高浜虚子宛葉書で、この招待券を貰っていたら一緒に行きたい。一人でなら、それほど行きたくないと伝える。

十一月二十二日(金)、文芸協会の演芸会から高浜虚子に招待券が来ていないとの返事で、行かぬことにする。


『読売』記事;人物では徳義を知らず、作物では第三流に位すると批評する。自然主義者たちの反感を代表したものというよりも、『読売新聞』の漱石への反感を露骨に主張したもので、非難と罵倒の限りを尽くしている。『読売新聞』では、明治三十九年末頃から明治四十年初めまで、入社を期待し再三「社告」を出したにも拘らず、裏切られたという感じが強かったと推定される。この日、漱石が『読売新聞』を読んだかどうか分らめが、読んだとすれば不愉快になり、松根東洋城を訪れることになったのであろう。高浜虚子との問でも、この文章は話題になったと想像される。もし、この日に読まなかったとしても、誰かに教えられ数日以内には読んだと思われる。」(荒正人、前掲書)

11月19

浪花千栄子、誕生。

11月21

大阪の活版技工組合加盟70工場で賃上げ要求。

23日、同じく20工場の職工700人同盟罷業。

11月22

文芸協会第2回大会開催(東京本郷座)。

シェイクスピア作、坪内逍遥訳『ハムレット』(5幕)上演。翻訳による初演。他に、杉谷代水作「大極殿」と逍遙作「新曲浦島」。4 日間、ほぼ満員であったものの、財政的には赤字で、逍遥が全額個人負担した。

上演された『ハムレット』については、漱石『三四郎』に取り入れられている。


此ハムレットは動作が全く軽快で、心持が好い。舞台の上を大に動いて、又大いに動かせる。能掛りの入鹿とは大変趣を異にしてゐる。ことに、ある時、ある場合に、舞台の真中に立って、手を拡げて見たり、空を睨んで見たりするときは、観客の眼中に外のものは一切入り込む余地のない位強烈な刺激を与へる。其代り台詞は日本語である。西洋語を日本語に訳した日本語である。口調には抑揚がある。節奏もある。ある所は能弁過ぎると思はれる位流暢に出る。文章も立派である。それでゐて、気が乗らない。三四郎はハムレットがもう少し日本人じみた事を言って呉れれば好いと思った。御母さん、それぢゃ御父さんに済まないぢゃありませんかと言ひさうな所で、急にアポロ抔を引合に出して、呑気に遣って仕舞ふ。

「十一月(日不詳)、本郷座に、文芸協会演芸部第二回公演を見に行く。(推定)


『大極殿』(三場)・『ハムレット』(五幕八場)・『新曲浦島』(二幕)が公演される。どれを見たか不明であるが、『ハムレット』は見たらしい。(『三四郎』からの推定)」(荒正人、前掲書)

11月22

夜、金曜講演会(第12回、神田区三崎町・吉田屋)で、大杉栄(22)、「獄中の研究」を講演。堺利彦の講演中、福田狂ニらの妨害にあう。

その後、大杉ら40名(来会者60名中)は、分派問題の現状に関する協議会を開く。大杉、安井有恒(青山学院事務員)、山川均、椎橋重吉(元平民新聞社員)の4名提出決議案(「在京同志の決議」)を採択。賛成37名で可決。のち全国の同志に配布する。


つづく

〈高市首相の消費税減税公約に過去ブログ検証で批判集中〉 〈プレジデント誌に検証され、高市首相の公式ブログを全削除(ウソがバレたので証拠隠滅)〉 高市首相「無責任な減税しない」、国債発行抑える 単独インタビュー(日経) ← 「責任ある積極財政」は言うが、「責任ある減税」とは言わない / 「消費減税は私の悲願」は真っ赤なウソ…公式ブログ記事1000本を検証して判明「増税政治家・高市早苗」の正体(プレジデント)

 

 

プレジデントオンラインの記事が、高市首相の公式ブログ約1000本を検証し、選挙公約の「消費減税は悲願」に過去の痕跡がないと指摘。
一方、消費税10%引き上げを財政再建に必要と肯定的に繰り返していた内容が明らかになり、記事公開直後に公式サイトのコラムページがすべて削除された。
X上で批判が広がる中、政府は国民会議を立ち上げ公約実現を急ぐ方針を打ち出し、施政方針演説原案で夏前の中間まとめと法案提出を明記した。
過去発言との整合性が問われ、政治の信頼をめぐる注目が集まっている。

 

 

2月8日の衆院選で自民党が勝利した高市早苗首相は、公約で食料品の消費税を2年間ゼロにする方針を発表し、夏前の中間まとめを目指すと述べました。しかし、2025年12月の日経新聞インタビューで「無責任な減税ではない」と語った過去発言が再拡散され、「嘘つき」との批判が相次いでいます。
一方、擁護派は文脈の違いを指摘し、与党内では給付付き税額控除との組み合わせで実現に向けた議論が進んでいます。
この公約の行方が、高市政権の実行力を試す試金石となりそうです。 

(このストーリーは、Xのポストの要約であり、時間の経過とともに新しくなります。Grokは間違えることがあるため、アウトプットが事実かどうかを確認してください)

2026年2月17日火曜日

高市首相が意欲を示す「スパイ防止法」の制定はなぜ危ないのか/「中島岳志と解く」(武田砂鉄ラジオマガジン) / スパイ防止法は「世界を敵と味方に二分する」 (神奈川新聞);〈戦争に反対すると「スパイじゃないか」と思われるようになり、戦争反対と言えなくするのです。勝共連合が全国でまいてるビラには「スパイ防止法に反対してる人はスパイだ」とある〉

大杉栄とその時代年表(757) 1907(明治40)年11月1日~9日 大韓帝国第2代皇帝の純宗、即位に伴い、それまでの宮殿であった慶雲宮から昌徳宮へ移る。これにより、高宗は徳寿宮(旧・慶雲宮)に取り残され、実質的な影響力を削がれる。

 

高宗と純宗

大杉栄とその時代年表(756) 1907(明治40)年10月20日~31日 第1回文部省美術展覧会(「文展」)開催。上野勧業博物館、~11月20日 日本画99点、西洋画91、彫刻16。新海竹太郎「ゆあみ」、和田三造「南風」、菱田春草「賢首菩薩」、下村観山「木の間の秋」ほか。 より続く

1907(明治40)年

11月

韓国、大韓帝国第2代皇帝の純宗、即位に伴い、それまでの宮殿であった慶雲宮から昌徳宮(チャンドックン)へ移る。これにより、高宗は徳寿宮(旧・慶雲宮)に取り残され、実質的な影響力を削がれる。 

昌徳宮への遷宮は、単なる住居の変更ではなく、新皇帝の即位とそれに伴う政治的枠組みの再編、特に日本による保護国化の過程における象徴的な出来事。

純宗は昌徳宮を活動拠点とし、韓国併合へ至る激動の時代を迎えることになる。

11月

韓国、義兵軍は徐々に追い詰められ、この月、李麟栄の原州部隊は朝鮮全土の義兵将に向けて、「12月中に兵を率いて京畿道楊州に集結せよ」との檄を飛ばす。楊州はソウルの北方に位置し、現在は維楊里と呼ばれる。

この呼びかけに応えて義兵部隊1万余名が揚州に集結し、そこで会議が開かれ、「十三道倡義軍」結成を決定。総大将李麟栄、軍師長許薦(コウィ)を選出し、1月に漢城に進攻することを決議した。李麟栄は「義兵は純然たる愛国血団である」とし、各国領事館に「万国公法上の交戦団体としての承認」を要請した。

翌1908年1月、十三道倡義軍先発隊300名が漢城東大門外30里まで進むが、日本軍の攻撃が開始され、義兵部隊はあっけなく敗退する。李麟栄は「父の喪に服すため」戦線を離脱。

11月

満鉄、図書取扱規程、制定(調査部所管)。

11月

日本人向けに「満洲日日新聞」、刊行。

11月

森近運平、堺利彦、『社会主義綱要』刊行。発禁処分。

11月

金子筑水「自然主義論」(「新小説」)

11月

狂句「気位は目白台より高くなり」(霞舟、「新小説」)。草創期の日本女子大(校長成瀬仁蔵)を揶揄。

11月

大阪でペスト流行。

11月

(漱石)

「十一月 (日不詳)、長塚節の写生文「佐渡ケ島」(『ホトトギス』第十一巻第十四号 十一月一日発行) を読み感嘆する。」(荒正人、前掲書)

11月

荷風、「アメリカ物語」を脱稿して巌谷小波に送り出版を依頼。

11月

レーニン、ロシア脱出。ジュネーブ亡命。~'17年4月迄9年間。

11月

英客船モーレタニア号処女航海、以後20年間、速力と総トン数で客船として世界最大を誇る。ルシタニア号の姉妹船。

11月1日

韓国、第3次日韓協約により、在韓国日本人警察官吏はすべて韓国警察官に任命。

11月1日

室蘭、初の民間製鉄所の日本製鋼所が設立。

11月3日

幸徳秋水、帰郷途上、大阪平民社で歓迎会。森近運平・小松丑治・竹田九平・岡本頴一郎・三浦安太郎・松尾卯一太・荒畑寒村・百瀬晋など参加。

4日、大阪から別府に向かう。温泉逗留し、23日、別府発。24日、宿毛港着。

11月3日

2代目野村徳七主催天長節パーティー。大阪。200余出席。

11月3日

(漱石)

「十一月三日 (日)、天長節。『東京朝日新聞』 (特集号) 社会面に、「佗住居作らぬ菊を憐めり」「白菊や書院へ通る腰のもの」「草庵の垣にひまある黄菊かな」「旗一筆菊のなかなる主人かな」と詠む。『読売新聞』の「書斎の装飾」(ニ)として、「光線の足らぬ書斎」 (夏目漱石氏の書斎)掲載される。

記者の探訪記事であろう。書棚の高低は様々で薄暗いと書かれている。書斎の装飾についての質問に対し、〝装飾などは浪人の身として考えてみたこともない。〞と答える。年俸三千円もありながらと反感を露骨に示している。」(荒正人、前掲書)


11月3日

天長節不敬事件サンフランシスコ、「暗殺主義」第1号「日本皇帝睦仁君ニ与フ」、日本領事館正面玄関ポーチ、オークランドやバークレーの日本人街の銀行・学校・集会所に貼り出される。竹内鉄五郎起草、小成田恒郎教唆、岩佐作太郎・倉持善三郎らも関与。日本へも密送される。領事代理松原一雄は、この日外務省に速報、4日に詳報を送る。

11月5日

啄木(21)義兄山本千三郎北海道帝国鉄道管理局岩見沢駅長に就任。

11月5日

大杉栄(22)の山川均宛書簡(「獄中消息」一〇月一三日付」)が「日本平民新聞」に掲載される

11月6日

啄木(21)、この日、花園町畑14の借家に移る。

16日、「小樽日邦」白石社長、啄木の言を容れ岩泉主筆解任。社内は動揺する。

19日、「主筆江東氏を送る」(「小樽日報」掲載)。

20日、啄木の推薦で、沢田信太郎、北海道庁を辞して、編集長として着任。   

11月7日

上海、宋教仁・譚人鳳・居正・趙正ら孫文反対派、中国同盟会中部総会組織。宋教仁は孫文の「両広革命」論批判。自らは「長江革命」論唱える。

11月8日

(漱石)

「十一月八日 (金)、宝生新に謡曲習う。(毎週金嘱目を稽古日とする。謝礼は五円だったらしい)

十一月九日 (土)、夜、高浜虚子の『鶏頭』の序の構想を練る。

十一月九日 (土)以後十一月末までの聞(推定)、安倍能成、野上豊一郎に勧められ訪ねて来る。(十一月十四日 (木)・二十一日(木)・二十八日 (木) の木曜会であったかもしれぬ。(安倍能成『我が生ひ立ち』))

十一月十日(日)、午前十時頃から午後四時まで、高浜虚子の『鶏頭』序を書く。(四百字詰原稿用紙で、十五枚余り)

十一月十日 (日)前後、『文藝評論』(講義「十八世紀英文學」)の訂正を始める。(十二月十日 (火)前後(日不詳)、完成する。(小宮豊隆))


『鶏頭』;写生文の主張を実践した代表的短篇。『風流懺法』とともに名作として名高い。高浜虚子の畑女短篇集『鶏頭』 (明治四十一年一月一日 春陽堂刊) に他八筋とともに収録され、漱石は二十八ページに及ぶ序文を掲げる。」(荒正人、前掲書)


11月8日

偶然、外遊中の東大教授高橋作衛(国際法学者)がサンフランシスコに立ち寄り、領事館スパイ川崎巳之太郎(「新世界」記者、サンフランシスコ日本人会幹事)・巽鉄男(オークランド日本人会幹事)から全貌を知らされ、東大教授穂積陳重~弟東大教授穂積八束を通じて元老山縣に報告。山縣は、翌41年1月上旬頃、高橋情報を要所に流し西園寺内閣を揺さぶる謀略(社会主義者取締りが緩慢である)を開始。

11月9日

大杉栄の出所を迎えるため、堀保子が菅野すが、坂本清馬とともに巣鴨監獄前の旅館・下宿兼茶屋の守田館に泊る。

10日早朝、大杉、巣鴨監獄から出獄

午前8時から牛込区牛込赤木元町の貸席清風亭で劉師培らが開いていた社会主義講習会(第五回)に出席し、「バクーニンの連邦主義」を講演。午後1時散会。参加者約100名(張継ら)


つづく

離反相次ぐトランプの共和党、春の予備選が終わればさらに増える(マッシー下院議員)(ニューズウィーク日本版);<トランプに不満を抱いている共和党議員は水面下に多くいると、同党のマッシー下院議員は言う。中間選挙へ向けた共和党の予備選さえ終われば、トランプも怖くなくなり表に出てくる可能性もある>

2026年2月16日月曜日

アメリカ国土安全保障省は、Google、Reddit、Discord、FacebookとInstagramを所有するMetaなどに、ICEを批判するSNSアカウントのメアド、電話番号、その他のデータの提出を命じた。X(ツイッター)はとっくに提出済だろう。もはや移民かどうか関係なくすべての反トランプのアメリカ住民が監視の対象になる。(町山智浩)

大統領の圧力、大富豪の転向、大手紙の苦境 政権急接近で読者離れ、社員3割削減 ワシントン・ポスト(朝日) / ほぼ全ての新聞が消えていく...ニュースメディア衰退の背景にある「根深い要因」(ニューズウィーク日本版) / 大規模リストラのワシントン・ポスト メディア苦境とベゾス氏の変化(朝日) / ワシントンポスト凋落とNYタイムズ独走の理由 (津山恵子); 米メディア界を揺るがしたワシントン・ポストの大量解雇。かつての栄光から一転、なぜ「崖っぷち」に立たされたのか。読者離れやAI導入の迷走、ベゾス体制下の誤算を徹底分析。ニューヨーク・タイムズとの決定的な差を浮き彫りにし、メディアの未来を考察する。

 

<社説>首相の改憲意欲 多数派の強行許されぬ:北海道新聞デジタル 「憲法を変えなければ国が行き詰まるほどの重大問題に直面しているわけではない。数の力と『改革』のムードに流されるような改憲論議は危うい」 / 選挙期間中、「改憲」については街頭では一度もなく、上越市での支持者を集めた演説会で一回触れたきり。 / NHKの党首討論はトンヅラだし!  

「政治系のショート動画作成で月収400万円」 高市旋風を生み出したのは広告動画だけではなかった 「政治的な立場から応援しているわけではない」(デイリー新潮) / 「選挙中、最も収益の上がるコンテンツは高市氏を絶賛する動画だった。2週間で100万円堅く稼げる」自民党へはポジティブ投稿、中道へはネガティブ投稿。 / “飲み代のために選挙動画”も?広告は倍に? SNS選挙で何が(NHK) / 「毎日目にして親近感」SNSの高市首相人気、自民大勝の一因か…公示後フォロワー急増で他党首圧倒・動画再生回数も(読売)