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2025年9月17日水曜日

東京国立近代美術館(竹橋)で開催中の《記録をひらく 記憶をつむぐ》展に行ってきた 夕方からは明月庵銀座田中屋さんで同級生交歓 2025-09-15

9月15日(月)

この日、午後遅くから銀座で同級生交歓の予定があり、その前に竹橋の東京国立近代美術館で開催中の《記録をひらく 記憶をつむぐ》展に行ってきた。
この近くに10年間ほど勤めていて、いつもこの前を通っていたので、非常に懐かしかった。
連休中ということもあり、館内は予想以上に混雑していた。
21日(日)朝のNHK『日曜美術館』で特集されるそうなので、直後はもっと混むのではないだろうか。

展示は、戦争画関連の「コレクションを中心とした特集」ということもあり、知ってる作品も多かった。

詳細は、下記したWeb情報が、キレイに纏めてくれている。
 

▼館内の様子


▼梅原龍三郎《北京秋天》1942年

▼猪熊弦一郎《長江埠の子供たち》1941年
子供たちの冷たい視線、、、


▼藤田嗣治《神兵の救出到る》1944年
オランダからの解放なのに、、、怯えているメイドさん


▼フェルナンド・アモルソロ《バターンの少女》1942年
「20世紀のフィリピンを代表する国民画家のひとり」
「日本軍への抵抗の意思を示す絵画を多数制作」
「1967年に切手の図柄に採用されています」

▼藤田嗣治《サイパン島同胞臣節を全うす》1945年




▼藤田嗣治《哈爾哈河畔之戦闘》1941年
ノモンハン事件
「作品の発注者である予備役中将・荻洲立兵はノモンハンで戦死した部下の鎮魂のために、藤田に制作を依頼」

▼藤田嗣治《アッツ島玉砕》1943年

▼「殺すな」(「ワシントン・ポスト」1967年4月3日) 文字は岡本太郎による「

▼おわりに



▼明月庵銀座田中屋さんで同級生交歓


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2025年9月10日水曜日

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2025年8月21日木曜日

「チラシ・図録なし」の戦争画展、その真相とは? 東京国立近代美術館の担当者に「異例」の対応について聞いた【戦後80年特集】

2025年1月17日金曜日

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2025年1月14日火曜日

李恢成さんが亡くなられた。享年89歳。RIP

 

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2024年10月15日火曜日

神奈川県立近代美術館鎌倉別館 コレクション展 ゴヤ版画集《戦争の惨禍》(初版80点全点) 1《来たるべきものへの悲しき予感》 ~ 80《彼女はよみがえるだろうか?》 2024-10-14

10月14日(月、昨日)晴れ

神奈川県立近代美術館鎌倉別館で開催されているゴヤの版画《戦争の惨禍》展覧会に行ってきた。

まるで、

「人間はかくも残酷になれるものなのか?」

「真理、正義、自由は死んだのか?」

という老画家ゴヤの怒りと嘆きが聞えるようだった。



〈今回はほぼすべてが収蔵品のため、僅かの例外以外は写真OK〉





〈『戦争の惨禍』の構成〉

〈最後の二枚の絵⓵;真理、正義、自由死んだ〉

〈最後の二枚の絵②;真理、正義、自由は甦るだろうか?、と問いかけ〉

〈美術館ツイッターによる作品紹介〉


〈堀田善衛『ゴヤ』より〉


堀田善衛『ゴヤ』(96)「戦争の惨禍」(1) 「歴史のかかる光景に接していると、私もがゴヤとともに人間に絶望をしなければならなくなる。 この絶望を越えて、なおも生きて行くことが出来るためには、人間がかかるものであることを身に徹して認識し、表現してかからねばならぬ。」

堀田善衛『ゴヤ』(97)「戦争の惨禍」(2) 第一次サラゴーサ包囲戦  「かくて六一日間にわたる、細い路地で家々を、各階を、各室を争う、酷烈な市街戦が終った。この戦いに従事したフランスの将軍や兵の回想録は、そのほとんどがサラゴーサ市民の英雄的かつ献身的な郷土愛を称えている」

堀田善衛『ゴヤ』(98)「戦争の惨禍」(3終) 「”独立”戦争は”半島”を英国の植民地にしてしまい、スペインの諸植民地は、今度は英国帝国主義の二重植民地に仕立てなおされてしまった。」

堀田善衛『ゴヤ』(101)「続・戦争の惨禍」(1) 1808年12月~第二次サラゴーサ包囲戦 「ゴヤもまた被包囲者心理の中にあって、この「民衆」の行為を是認する心境にあったことをあかし立てていはしないだろうか。」

堀田善衛『ゴヤ』(102)「続・戦争の惨禍」(2) 『戦争の惨禍』三三番の詞書「これ以上何が出来るか」というゴヤの問いを背に負って、われわれは”絶望”などということばでは間尺のあわぬ、惨憺たる人間の惨禍に、ゴヤとともに直面して行かねばならなくなる。

堀田善衛『ゴヤ』(103)「続・戦争の惨禍」(3終) ナポレオンに制覇された諸国の人民にとっての悲劇は、征服者ナポレオンの政治こそが、革命的、民主的、進歩的であり、それなくしては政治も経済も文化も前進しえぬことは明瞭なことであるのに、しかもなお”独立”を求めるとなれば、それはどうしても絶対王制、貴族、教会の支配という旧制度への”復帰”という、超反動的なことにならざるをえないという辛さにあった。

堀田善衛『ゴヤ』(113)「版画集『戦争の惨禍』」(1) 「彼の理性は、この戦争の惨禍を前にしての人間の弱さ、無力な怒りと悲しみなどを記録することの空しさ加減を恐らくは明らかに告げていたであろう。」

【閲覧注意;全てゴヤの版画作品ですが一部に残虐な光景があります】 堀田善衛『ゴヤ』(114)「版画集『戦争の惨禍』」(2)「この老画家の、人間としての真の偉大さ - という言葉を私は敢て使いたいと思う ー は、人間のやらかす所業の一切に耐えて、現実としてのこの怪獣をあえて描き出し、なおかつ、これを如何にしてでも押しとどめようとする、無名の、足腰ともに逞しい女性をこの怪獣にとりつかせたところにあるであろう。」

堀田善衛『ゴヤ』(115)「版画集『戦争の惨禍』」(3)「この「私がこれを見た」という詞書は、この版画集全体の副題であってもよく、またこの画家、ゴヤの全生涯のそれであってもふさわしいものである。 時代の証言者としての芸術家、という、存在のあり様は、ここに全的に成立しているのである。」

堀田善衛『ゴヤ』(116)「版画集『戦争の惨禍』」(4)「戦争には果たして、本当に勝利というものはあるものなのだろうか。死者にとって、勝利とは何か、敗北とは何であろうか。生き残った者にとっても、とりわけて女性や子供にとって勝利とは何であろうか。ナポレオンは「戦争をして戦争を営ましめる」と言ったが、戦争には、本当は戦争だけしかありはしないのだというのが、歴史のもう一つ奥の真実なのではなかったか。」

堀田善衛『ゴヤ』(117)「版画集『戦争の惨禍』」(5)「現代の開始期の、まさにその時に当ってゴヤによって深刻な警告を受けていながら、あたかも聾者ででもあるかのようにして一向に聴き入れようとせず、殺戮に殺戮を重ねて来たのは、われわれの歴史そのものなのである。「答は汝にあり」。 ここで聾者なのはゴヤではない。」


2024年10月9日水曜日

廃品業者が地下室で見つけた絵、専門家は「本物のピカソ」(CNN)

2024年3月18日月曜日

「光る君へ」の記憶も新しく。藤原公任がテーマごとに優れた漢詩と和歌を選んだ『和漢朗詠集』の伝藤原行成の雲紙本(平安時代)から、藤原定家筆の国宝「更級日記」、伝狩野永徳「源氏物語図屏風」まで。皇居三の丸尚蔵館開館記念展「皇室のみやび」第3期「近世の御所を飾った品々」が3月12日開幕。  

2024年3月12日火曜日

美術館はこれまでも抗議活動の場であった。国立西洋美術館で起きた抗議を機に、海外の事例や理論的な積み重ねを解説(文:五野井郁夫) / 出品作家、ガザ侵攻に抗議活動 国立西洋美術館、警察が監視(毎日) / 国立西洋美術館でパレスチナ侵攻などに抗議 企画展の出品作家ら(朝日) / 国立西洋美術館の中で、展覧会出品作家有志によるデモ。 明日開幕の「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?――国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」の内覧会中。 美術館のオフィシャルパートナー、川崎重工株式会社によるイスラエルの武器輸入を問題視 / 【飯山由貴がイスラエルのパレスチナ侵攻と同館スポンサーの川崎重工に抗議】 国立西洋美術館で行われた展覧会の記者向け内覧で、参加作家の飯山由貴がイスラエルのパレスチナ侵攻ならびに同館スポンサーの川崎重工への抗議を行いました。      



 

2021年12月16日木曜日

世田谷美術館で開催中の《グランマ・モーゼス展 素敵な100年人生》 晩秋の砧公園散歩 2021-12-16

 12月16日(木)、はれ

今日は世田谷美術館で開催中の《グランマ・モーゼス展 素敵な100年人生》に行ってきた。全くそんな環境で生活したことはないのに、どこか郷愁のようなものを感じさせる作品。予想以上の人の入りに驚いた。人気あるんだ。

東戸塚からは武蔵小杉と武蔵溝の口の2回乗り換えで、東急田園都市線用賀駅で下車。軽くランチして、砧公園内にある美術館へは徒歩で。美術館後に公園を散歩したので今日の総歩数は1万6千歩。



〈作品はこんな感じ〉




〈晩秋の砧公園〉






2021年10月26日火曜日

白土三平氏逝去。4日後、弟の岡本鉄二氏逝去。父の岡本唐貴はプロレタリア画家で小林多喜二の同志であった。

 

2021年5月25日火曜日

平塚美術館で開催中の川瀬巴水展/柳原義達展に行ってきた 2021-05-25

 5月25日(火)、はれ

今日は欧州某国に単身赴任中の長男の誕生日。順調に、元気にやってるらしい。

先週来苦闘していたワクチン予約、今朝、ウソのように簡単に二人分、しかも自宅から徒歩10分ちょっとの第一希望会場で取れた。

朝9時、どうせダメだろうけど、ま、一応のリサーチも兼ねて予約サイトを眺めてたら、あろうことか!カレンダー上に今まで見たことのないOKマークの〇がズラッと並んでるではないか。慌てて予約作業を進めながら、家人にもそれを伝えて、結局、2人分をゲット。偶然というか出会いがしらにヒットしたって感じかな。97万人の老人を、しかも情報装備やリテラシーの異なる人たちを一斉ヨーイドンで競わせる愚策!

もともと、今日は平塚美術館の川瀬巴水展に行く予定をしていたのだが、お昼のお寿司屋さんで戴いた「ナマ中」の美味しかったこと! 平塚は禁酒法が布かれていないのだ!

▼川瀬巴水展



▼写真OKの作品
《金沢下本多町(大正10年)》

▼《芝増上寺(大正10年)》

▼《馬入川(昭和6年)》

▼《鶴が岡八幡宮(昭和6年)》

▼《増上寺の雪(昭和28年)》





▼美術館内外



▼街の紫陽花


▼お昼はお寿司で、、、
平塚は禁酒令が布かれていない!