(『朝日新聞』論壇時評2014-07-31)
イスラエルの侵攻でパレスチナに千人以上の死者が出た。ウクライナでは民間航空機が撃墜され、300人近くの乗客が亡くなった。なにかをいいたいと思うが、すぐことばにはならない。発言する権利があるのか、もし発言するとしたら、もっと他のことについてではないか、とも思う。そして、なにもいわずに時が過ぎる。
■ ■
現代思想7月号「ロシア」特集を読んだ。
混迷するロシアの現在について専門家の意見が多く載って、ためになる。
けれど、どこかもどかしさが残った。
その中で、目を見張る思いで読んだ、一連の文章があった。
書き手には、現代ロシア文学のファンなら胸がときめく名前が並んでいる。
政治・社会を論じる特集に、なぜ作家たちが大挙、参加しているのか。
①リュドミラ・ウリツカヤ「クリミア情勢について」(現代思想7月号)
リュドミラ・ウリツカヤは、ウクライナからロシアに併合されたクリミアについて書いた文章を、小さいときから夏の数カ月を過ごしたその地の小さな町の思い出から始めている(①)。
クリミアは、多くの民族の行き交う場所だった。
「かつてこの由緒ある地に住んだすべての民族がこの地で平和に暮らせるようになることを願っています・・・・・胸に手を当てて言いましょう - 私個人としては行政的にクリミアがどの国に属そうと構いません。平和であればいいのです」
②沼野充義・塩川伸明「ウクライナ危機の深層を読む」(同)
沼野充義は、民族主義の高揚の中で(クリミア編入の議会決定に反対したのは上・下院を通じて僅か一人)、いまロシアは「反対だと声を上げたら袋だたきにあってしまう」怖い状況であり、ウリツカヤを筆頭とする、ウクライナの立場も理解しようとするリベラルな作家たちは「売国奴」や「非国民」と攻撃の対象になりつつあるとした(②)。
他人事(ひとごと)とは思えない。それでも、彼(女)らが発言をやめないのは、作家としての責務と考えているからだろう。
作家としての責務とは何か。
それは、彼(女)らを攻撃している者たちが考えるより、現実はずっと複雑で、豊かであると伝えることだ。
その文章の中の、ロシア・クリミア・ウクライナは、数千キロ離れた、異なった国の読者の胸にも鮮やかに浮かび上がるのである。
ウリツカヤは「当面は戦争が続きます。ウクライナで起こったような自動小銃と装甲車による戦争ではありません。戦争は秘かに続けられます」と書いた。
③ミハイル・シーシキン「小さな家」(同)
ミハイル・シーシキンも「二一世紀に、もはや『遠くのどこかの国とどこかの国がしている戦争』などありえない。すべての戦争がヨーロッパに住む私たち自身に関わる。そしてその戦争が始まっている」と書いている(③)。
作家たちは、目に見える戦争だけではなく、わたしたちは既に「見えない戦争」に巻き込まれている、と書いている。
格差、貧困、環境、さまざまな理由で、人々は倒れてゆく。
それもまた「戦争」だ。
彼らを倒した「見えない銃弾」を放った者がどこかにいるのである。
■ ■
④今日マチ子『いちご戦争』(今月刊行)
「ひめゆり学徒隊」の悲劇を現代マンガにした(その後、舞台化もされた)今日マチ子の新作『いちご戦争』が刊行された(④)。
小さな本の中に、不思議な世界が詰め込まれている。
登場するのは少女ばかりで、少女たちは、いま「戦争」の只中にいる。
武器は巨大ないちごやチョコレート菓子や爪楊枝で、防衛のための鉄条網を支えているのは杭ではなく、ケーキの上に載っているロウソクだ。撃沈されたマシュマロの軍艦に乗っていた少女は、死んでココアの海に沈んでゆくのである。
「いま、戦争中だ」という少女の思いは、その時期特有の甘い夢、あるいは妄想なのだろうか?
作家たちは、繊細な感受性で「現代の戦争」を嗅ぎつけ、それをことばにする。
もしかしたら、少女たちは、作家たちよりもさらに繊細なアンテナを持っていて、社会の深部から発する、ことばにならない微弱な不安をキャッチしているのかもしれない。
⑤トマ・ピケティ『21世紀の資本論』(未邦訳、仮題)
⑥トマ・ピケティ「格差の現実を直視せよ」(週刊東洋経済7月26日号)
⑦カール・マルクス『資本論』
⑧赤木昭夫「ピケティ・パニック」(世界8月号)
いま世界中で話題の書、ピケティの『21世紀の資本論』(⑤)の記事が、著者本人のインタビュー(⑥)も含めて、掲載されはじめた。この、マルクスの『資本論』(⑦)を意識した、英語版で700ページを超える経済学の本が異例のベストセラーになったのは、現代の社会の核心をつく問題提起を行ったからだ。ピケティは、20以上の国の3世紀にわたるデータを集め、富める者はますます富み、そうでない者との格差は開き続けるだろうと書いた。
赤木昭夫は、ピケティで注目すべきなのは、多くの学問が専門という名の下にその内部に閉じこもろうとしている中で、「広大なテーマへ」野心的に取り組もうとしたことだ、としている(⑧)。
45年前、学生運動で逮捕・起訴され、拘置所にいたわたしは、その7カ月の間、まず『資本論』を読もうと思った。時間だけはたっぷりあったのだ。読み始めて、すぐにわたしはとまどった。それが「経済学」の本に留まらないことがすぐにわかったからだ。その本の中で著者は、世界全体を丸ごと理解しようとしていた。まるで、作家や詩人のように馬鹿げた野心の持ち主だ、とわたしは思った。その後、わたしは作家になったが、「作家としての野心の大きさ」でも、この人には敵(かな)わないと感じる。
人々が攻撃的になるのは、視野を狭くしているからだ。世界を、広く、深く、複雑なものとして見ることを忘れないようにしたい。いま、強く、そう思う。
論壇委員が選ぶ今月の3点
小熊英二=思想・歴史
・アナスタシア・リャプチュク「正しい革命?」(現代思想7月号)
・高岡豊「『イラクとシャームのイスラーム国』は何に挑戦しているか」(世界8月号)
・川村遼平「若者の労働実態を踏まえた労働法教育を」(POSSE23号)
酒井啓子=外交
・宇山智彦「変質するロシアがユーラシアに広げる不安」(現代思想7月号)
・リュドミラ・ウリツカヤ「クリミア情勢について」(同)
・高岡豊「『イラクとシャームのイスラーム国』は何に挑戦しているか」(世界8月号)
菅原琢=政治
・「笑う沖縄-百年の物語」(NHKBSプレミアムで7月2日再放送。初放送は11年2月25日)
・特集「自衛隊と軍事ビジネスの秘密」(週刊ダイヤモンド6月21日号)
・佐々木実・井手英策 対談「『土建国家』と規制改革の果てから」(世界8月号)
濱野智史=メディア
・松尾豊・村上憲郎 対談「AI、いかにしてグーグルに勝つか」(Voice8月号)
・E・ブラインジョルフソン、A・マカフィー、M・スペンス「デジタル経済が経済・社会構造を変える」(フォーリン・アフェアーズ・リポート7月号)
・ジョン・ギャッパー「我々はフェイスブックがテストしてきた商品だ」(JBpress http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41136 英FT紙を転載)
平川秀幸=科学
・「『原発差し止め』裁判所を舐めるな」(FACTA7月号)
・新井紀子「ホワイトカラーの職場はロボットに奪われる」(文芸春秋8月号)
・ブラインジョルフソンほか「デジタル経済が経済・社会構造を変える」(フォーリン・アフェアーズ・リポート7月号)
森達也=社会
・「集団的自衛権・菅官房長官に問う」(NHKクローズアップ現代で7月3日放送)
・蓮池透「拉致被害者と家族は政治の道具にされている」(SIGHT8月増刊号)
・宮崎哲弥「命のユースティティア」(週刊文春6月12・19日号「時々砲弾」)
担当記者が選ぶ注目の論点
ロボットは雇用を奪うのか
ITと結びつき、目覚ましい発展を続けるロボット技術。機械は人間の雇用を奪うのか、という古くて新しい問題を改めて考える論考が目を引いた。
エリック・ブラインジョルフソンほか「デジタル経済が経済・社会構造を変える」(フォーリン・アフェアーズ・リポート7月号)は人工知能、ロボットなどを駆使した「オートメーンョン化という潮流」によって、世界経済が激変する未来図を描いた。
「今後重要になっていく生産要素はアイディアであり、これが労働や資本以上の価値をもつようになる」ことで、優れたアイデアを持つ「非常に少数の勝者が富の多くを手にし・・・その他大勢の人々は低所得に甘んじることになる」。
新井紀子「ホワイトカラーの職場はロボットに奪われる」(文芸春秋8月号)は「コンピュータにできないことや苦手なことを知り、そこを集中的に学習していかなければ、人間の仕事はなくなってしまいます」。
雇用を奪うような機械化の背景にある、経済成長至上主義を批判したのが、ハーマン・デイリー「『定常経済』へ、いまこそ移行すべきとき」(聞き手・枝広淳子、世界8月号)。
「完全雇用が目的で、成長はその手段であったはずなのに、今では成長が目的化している」。「考えるべきことは、『経済成長は私たちを豊かにしているのか、それとも貧しくしているのか』ということ」と問いかける。
一方、トム・パレット「未来を担う群ロボットの可能性」(ニューズウィーク日本版7月1日号)はプラスの面に目を向ける。アリの群れのように、集団で自立的に働く小型ロボットの技術が急速に進歩していることを報告。
深海や火星のように「普通なら人間が住めない危険な環境にまで文明を広め、難問を解決する新たな道を切り開くはずだ」。
(おわり)
0 件のコメント:
コメントを投稿