2016年3月12日土曜日

熊  (壷井繁治) ; 三月なかばだというのに 今朝は珍らしい大雪だ / 「彼岸の入に雪を見るも亦亂世の為なるぺし。」(永井荷風「断腸亭日乗」昭和19年3月18日)

2015-01 京都府庁
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熊  壷井繁治


三月なかばだというのに
今朝は珍らしい大雪だ
長靴をはいて
雪の中をざくざく歩くと
これはまたわが足跡のなんと大きなこと
東京のまん中で熊になった
人間は居らぬか
人間といふ奴は居らぬか


    『壷井繁治詩集』(真理社、1948)
    初出未詳。『壷井繁治詩集』作品年譜に、「一九四四年三月」とある。


1944(昭和19年)3月18日は日曜日で、彼岸の入りだというのに雪だったようだ。

戦争体制に組み込まれてしまった自分がいる。
詩人は叫ぶ。
「人間」はどこに行った、と。

永井荷風は言う、
彼岸の入に雪を見るも亦亂世の為なるぺし。」(「断腸亭日乗」昭和19年3月18日)
と。

三月十八日。午後谷町の郵便局に行く。雨ふりゐたれど雲切れしたれはやがて霽るゝならむと思ひて淺草に行き観音堂の御籤を引くに吉を得たり。余空襲の際蔵書及草稿の安否心にかゝり居たれば運命の如何を占ひたしと思ひたるなり。今日余は既にその長寿なるを喜ばざるものなれど蔵書と草稿とは友人諸子にわかちて贈りたしと思へるなり。観世音の守札二三枚を購ひオペラ館に至り踊子にわかち與ふ。夕方五時頃地下鐡にて新橋に至り市電に乗かへむとて街上に出るに天候一変して雪吹雪となれり。彼岸の入に雪を見るも亦亂世の為なるぺし。
〔欄外朱書〕町の角々ニ疎開勧告ノ触書出ヅ








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