2016年11月27日日曜日

トランプ現象 合意より分断 悪循環生む (小熊英二『朝日新聞』論壇時評2016-11-24) ; トランプの特徴は、敵を攻撃する際の派手さとは対照的に、自分の支持者像が極めて曖昧であることだ。 なぜなら、敵を攻撃することで広範な人々を糾合しているだけで、明確な支持層などないからだ。 こうした政治家は、次々と敵を作って戦いを演出するだけで、明確な方針を持たないことが多い。


トランプ現象 合意より分断 悪循環生む 
(小熊英二『朝日新聞』論壇時評2016-11-24)

 9月に全米10大学で講演した。
知識人達は「周りにトランプ支持者なんて誰もいない」「ヒラリーが勝つだろう」と言っていた。
大学では「多様性」が合言葉で、確かに肌の色や出身国の多様性はあったが、当然ながらみな高学歴だった。私は「これは危ないな」と思った。"

 今回の大統領選では階層・人種・居住地など様々なログイン前の続き分断が露呈した。
グローバル化で没落した中西部の低学歴白人男性に、トランプ支持が多いともいう。
選挙予測が外れたのは、専門家がこうした分断を軽視したためだともいわれる。

①特集「分裂する大国アメリカ」(週刊東洋経済2014年11月1日号)

 だが、そうした分断が知られていなかったわけではない。
日本でも2年前、週刊東洋経済の特集「分裂する大国アメリカ」は、深刻な経済格差と様々な分断を伝えていた(①)。
だが当時は、まさに分断が深いがゆえに、トランプの勝利はないだろうと考えられていたのである。

 2年前に次期大統領候補として挙がっていたのは、女性だが軍事に強いヒラリー・クリントン、共和党だが妻がメキシコ系のジェブ・ブッシュなどだった。
他の候補も、政策では穏健保守で属性ではマイノリティーという人が多かった。
なぜかといえば、米国は社会の分断が激しいがゆえに、そうした候補しか当選できないと考えられていたからだ。

②グレン・S・フクシマ「トランプはなぜ日本嫌いなのか」(中央公論8月号)

 実際に2012年の大統領選で、共和党のロムニー候補は出口調査で白人票の59%を得たが敗北した。翌年3月に共和党が発表した分析は、多様な有権者を取り込む必要を述べていた(②)。
その観点からすれば、社会の分断を煽るトランプが勝てるはずはなかった。

     *     *

 なぜトランプは勝ったのか。
現段階で言える範囲の私見を述べてみたい。"

" まだ集計中だが、トランプの総得票数はクリントンより少なく、12年のロムニーと大差はない。
投票率も顕著に高いとはいえないようだ。
少ない票で効果的に各州の選挙人を獲得したといえる。

 またトランプ支持者は「低所得の白人男性」に限らなかった。
米CNNの出口調査では、トランプ票は中所得以上に多く、大卒も少なくない。
階層は低くないが、アメリカ社会が悪くなったと考える人がトランプに投票した。

③山口二郎「民主主義政治の劣化が世界的に拡大している」(週刊東洋経済11月26日号)

 この二つから、トランプ勝利の最大の背景は政治不信だと考えられる。
政治不信が、過熱報道ほどには盛り上がらない投票と、幅広い階層の「反クリントン票」となって表れたのだ。
「トランプ氏の勝利というよりクリントン氏の敗北」という山口二郎の指摘は妥当と思われる(③)。

④前嶋和弘「選挙からみえるアメリカの変化」(外交37号)

 実は米国の政治不信は以前からだ。
14年の連邦議会選挙の投票率は36%の低さだ。
内外の課題が山積なのに、二大政党の対立と非難合戦で政治が動かず、連邦議会の支持率は10%台前半まで落ちていた(④)。
「嫌われ者の対決」といわれた今回の選挙はその延長上である。
経済格差は重要な背景だが、現状に無策な政治への不信の方がずっと広範なのだ。

⑤Eric Johnston ""Don't rule out a Trump-style revolt against Tokyo"" (the Japan Times 11月20日、英文)
⑥記事「与野党衝撃『未知数 魅力か』」(本紙11月10日朝刊)

 投票率低下と政治不信は日本でも共通だ。
トランプはSNSを活用して対立を煽り、米国のテレビは暴言を連発する彼を映して視聴率を伸ばしたが、橋下徹・前大阪市長はこうしたトランプの手法に理解を示している(⑤)。
選挙後に「日本維新の会」の松井一郎代表は、「率直な言葉で国民に直接語りかける政治姿勢を、一概にポピュリズムと非難すべきではない」とコメントした(⑥)

⑦松谷満「誰が橋下を支持しているのか」(世界12年7月号)

 橋下が台頭した背景には、大阪経済の停滞があった。
米国では「都市と中西部の分断」として表れたグローバル化の影響は、日本では「東京一極集中」として表れる。
そして松谷満の調査では、低所得の非正規労働者に橋下支持が多いというのは俗説で、むしろ管理職や正社員に支持が多く、政治不信や官僚不信との連関が強いという(⑦)。

 社会に格差や分断があるとき、それへの不満が選挙で表れる。
そのこと自体は否定すべきではない。
だがそうした不満や不信が、分断を煽る形で表現されるのは問題だ。
なぜなら選挙は社会に合意を創る手段であって、分断を助長して選挙に勝つのは本末転倒であるからだ。

     *     *

 実は人種や階級の分断を助長して選挙に勝つ戦術は、南部白人票を狙った70年代以降のアメリカ共和党や、イングランド中産層を狙った80年代のイギリス保守党などがとったものだ。
とくに投票率が低下すると、少数でも熱心な有権者をつかむ戦術が有効なことがある。
だがそれは、さらなる分断、政治不信、投票率の低下という悪循環を生む。

⑧マイケル・カジン「アメリカにおけるポピュリズムの歴史」(フォーリン・アフェアーズ・リポート11月号)

 そのうえトランプの特徴は、敵を攻撃する際の派手さとは対照的に、自分の支持者像が極めて曖昧であることだ(⑧)。
なぜなら、敵を攻撃することで広範な人々を糾合しているだけで、明確な支持層などないからだ。
こうした政治家は、次々と敵を作って戦いを演出するだけで、明確な方針を持たないことが多い。

⑨シャシ・タルル「ソフトパワー超大国の終焉」(ニューズウィーク日本版11月22日号)
矢野暁「大統領選で再認識 米国はもはやアジアの憧れでも手本でもない」(週刊ダイヤモンド11月26日号)

 またこうした戦術は、その国の国際的威信を低下させ、他国の政治にも悪影響を与える。
「トランプの勝利は、アメリカのイメージを粉々に破壊した」というインド国会議員の言葉、「アジアも影響を受けるに違いない。
これから世界で何が起こるのか、不安でたまらない」というシンガポールのタクシー運転手の言葉は、それを象徴している(⑨)。

 20世紀に始まった普通選挙と政党政治の時代は、曲がり角を迎えている。
その一方で社会の合意を創る必要は、かつてないほど高まっている。
分断を煽る選挙戦術は、未来を拓く道ではない。






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