2025年4月4日金曜日

自民・萩生田氏ら処分満了 「裏金」議員、石破首相と距離(時事); 多くは石破茂首相と距離を置いており、低空飛行が続く政権の波乱要因となる可能性もあります / 裏金議員 処分満了で要職復帰? 自民内からも「勘違い甚だしい」(東京);「党関係者によると、すでにある旧安倍派幹部には党政調の調査会などの顧問が打診されたという」  「裏金事件の真相解明は道半ば」

 

大杉栄とその時代年表(455) 1903(明治36)年9月1日~10日 「鏡子が帰宅したのは、夏休みも終わる九月初句である。実家の母が形式上謝罪に行き、漱石は簡単にそれを受け入れた。掛り付けの甘子医師が東大の呉秀三に紹介し、鏡子は「あゝいふ病気は一生なほり切るといふことがないものだ」、治ったと思うのは一時の沈静で、きっと再発すると宣告されたそうだ。・・・鏡子は彼の病気の性質を知り、虐待されでも決して離れない覚悟で漱石の許に戻った。」(十川信介『夏目漱石』)

 

呉 秀三

大杉栄とその時代年表(454) 1903(明治36)年8月15日~31日 東京初の路面電車 「新橋品川間の電車開通・・・昨日午前五時三十分愈々電車運転を開始せり。・・・是より先き会社にては、従来雇用したる鉄道馬車の馭者中より運転手を選抜し浜松町なる新設会社構内に於いて運転上の練習をなさしめ既に百名の卒業者を出したるのみか、今日に至るまで、数回新橋品川間の試運転を実行したることとて、昨日は開業第一日なりにも拘らず、更に少しの故障もなく、午前五時先づ会社長及び担当技師を始め重なる会社員一同数台の電車に乗って新橋及び品川の両方面に向ひ、何れも其終局点に下車したる後始めて、普通乗客の乗車を許し、・・・」(「時事新報」8月23日) より続く

1903(明治36)年

9月

この頃、満州各地のロシアの軍備強化。旅順口では、守備隊は1万3千が2万に増加、湾口防衛のための強固な砲台構築。

9月

矢野文雄(54)、「社会主義全集」刊行。前年には小説「新社会」を発表して反響を呼び、社会主義講演会にも参加。

9月

漱石、新学年からシェイクスピア作品の講読と、「文学論」講読とを始める。「文学論」は難解な抽象論が続き、学生たちを当惑させが、シェイクスピア講読は大変好評で、多くの学生がその教室に詰めかけた。この新学年から東大の英文科に入った森田米松は、難かしそうな「文学論」を聴講せずに、シェイクスピアの講読だけを聞いていた。

9月

大杉栄(18)、外国語学校仏語科(選科)に入る。明治38年7月卒業。

9月

北一輝(20、武蔵坊弁慶)「鉄幹と晶子」(「明星」)

9月

松岡荒村「山上憶良が貧窮問答の歌を読む」(「社会主義」)

9月

永井荷風『女優ナゝ』を新声社より刊行。

9月

数奇屋橋~神田橋間に東京市街鉄道(街鉄)開通。外濠沿いを走る。1区間3銭。

9月

谷中村、川辺・利島両村大洪水。

9月

トロツキー、メンシェヴィキ指導部に選出。プレハーノフの尽力でボルシェヴィキから奪回した「イスクラ」再開。

9月1日

山中峯太郎、中央幼年学校に入学。同期に広島地方幼年学校から来た阿南惟幾、1期上に東條英機。

9月1日

(露暦8/19)露、ペテルブルク警保局特別部長ズバートフ、免職。

9月2日

京都の二井商会、京都駅~堀川中立売間、祇園~堀川中立売間の乗合自動車営業開始。

9月2日

日本書籍株式会社創立。国定教科書の出版の9割以上を独占。社長大橋新太郎、資本金100万円。

9月3日

津田真道(74)、没。官僚・法学者、新律綱領編纂に参画。

9月3日

駐日韓国公使高永喜、小村外相に韓国中立保障要請。

26日、小村外相、平和維持と友好に努力している現在、戦争を口にし中立を論ずるは「時機に適せざる義」と回答をはぐらかす。事実上の拒否。

9月5日

棟方志功、誕生。

9月6日

北京、ロシア公使レッサル、清国に対し満州撤兵のための7条件を撤回し、新要求を提出。清国はこれを拒絶。

9月7日

清国、商部を設置。

9月7日

小村寿太郎外相、日露交渉地を東京に移転するというロシアの提議に同意を訓令。

9月8日

オスマン帝国軍がブルガリアで数千人を虐殺したと伝えられる。

14日 ブルガリア政府は列強にマケドニア介入を要請。

25日、イギリス、オーストリアとロシアの解決案支持表明。

9月10日

論説「満韓交換の風説を破る」(「皇城新聞」)。日露協商を暴露。日露の「保護属邦」ではなく、「東洋の一独立帝国」である韓国を「日露両国が勝手に交換をいう」不当・無礼を痛憤する。

9月10日

福島県岩城郡内郷村の入山炭坑坑夫1千人、虐待に対して暴動。

9月10日頃

別居していた漱石の妻鏡子が戻る


「九月十日(木)前後(推定)、鏡、戻り、再び一緒に住む。別居生活終る。」(荒正人、前掲書)


9月14日付の菅虎雄あての手紙に、「・・・愚妻先日より叉帰宅致居候。大なる腹をかゝへて起居自在ならず、如何なる美人も孕むという事は甚だ美術的ならぬものに候。況んや荊妻(けいさい)に於てをやかね」とあり、鏡子と子供たちが帰宅したのは9月10日前後のことと推定される。


「鏡子が帰宅したのは、夏休みも終わる九月初句である。実家の母が形式上謝罪に行き、漱石は簡単にそれを受け入れた。掛り付けの甘子医師が東大の呉秀三に紹介し、鏡子は「あゝいふ病気は一生なほり切るといふことがないものだ」、治ったと思うのは一時の沈静で、きっと再発すると宣告されたそうだ。漱石は熊本を辞めるに際して、ロンドンで一度出会った呉に神経衰弱の「診断書を書で呉る様依頼して」欲しいと菅に手紙を書いているから、それが実現していたとすれば、二度目の診断である。 

鏡子は彼の病気の性質を知り、虐待されでも決して離れない覚悟で漱石の許に戻った。」(十川信介『夏目漱石』(岩波新書))

「かう思ひまして、どんな具合かしらと時々行ってはのぞいて見ますが、いつ行ってみてもどうも御機嫌甚だうるはしくありません。さらばといってこの儘いつまでかうしてゐるわけにも行かず、どうしたものかと思つてをりますと、夏目の兄さんが、これは昔風の考から、私が、むきにこの儘離籍でもすると思はれたものか、夏目のためを思ひ、私のためを思って、どうか別れるの何のといはず、その儘黙つて怒らずにかへつてやつてくれ、とかういふお話なのです。で私も、別に怒ってゐるわけではなし、夫婦別れをしようといぶのぢやなし、虐待されたからといつて、それは誰からでもない自分の夫だから、そんなことで人様に御迷惑はかけないつもりですが、ただああいふ頭で、子供がやかましいといつてはいちめられたり打たれたりしたのでは、第一子供のためにもよくないし、また自分の頭も悪くする一方に違びないから、そこで一時遠ざかつてかうして別居してみたのだけれども、さっぱり験(げん)がない、とすれば元どほり帰るよりほかに仕方ありません。どうか兄さんから話の口を切って戴きたい、あやまつて帰ることにするからといふので、兄さんから夏目に、私がかへりたいと言つてるからととりなして下すつたたわけです。

すると夏目が、

「つまり両方で神経衰弱なんだ。帰りたいといふなら、そんなら帰って来るがいい。が、大体中根の家では子供を甘やかせて我が儘に育て過ぎる。だから鏡子なんぞもあのとほり我が儘で、自分のやりたい放題をやる」と、申しますので、兄さんも、

「ほかの姉妹はどうか知らんが、鏡子さんはあんたの奥さんぢやないか。細君のことなら強情であらうと我が儘であらうと、自分のいいやうに教育したらいいちやないか」

とか何とか言つたやうな按排だつたさうです。そこで母を煩はしまして、母から夏目にどうかまあといった具合にあやまってもらって、そこでやうやく千駄木に帰ることになりました。母には別につけつけ文句も言はなかったさうです。私はこの時今度はどんなことがあつても決して動くまいといふ決心をして参りました。これは九月のことで、まづこの事件はここで一段落がつきました」(『漱石の恩ひ出』-一九「別居」)


つづく

トランプの関税計算式に「経済的合理性なし」「信じがたいほど愚か」と専門家酷評(Forbes JAPAN); SNS投稿や報道各社の分析によると、関税率はその国の対米貿易黒字額を対米総輸出額で割ったものに0.5を掛けるという、はるかに単純な計算に基づいていることが判明した

 

2025年4月3日木曜日

菜種梅雨続く 冷たい雨の日が続く 東京に出たサクラ(ソメイヨシノ)満開宣言は、横浜ではまだ出ていない。大半のサクラはまだまだ元気だけど、一部では散り始めも、、、 2025-04-03

 4月3日(木)雨時々曇り

菜種梅雨というそうだが、このところ冷たい雨の日が続いている。

東京に出たサクラ(ソメイヨシノ)満開宣言が、横浜ではまだ出ていない。明日には出るかもしれないが、大半の花はまだまだ元気だけど、一部では散り始めもある、、、

▼誰も居ない雨の公園とサクラ


▼雨に打たれても元気なソメイヨシノ




トランプ関税はアメリカの世帯平均所得を年60万円削りかねない――米イエール大学(ニューズウィーク日本版); <幅広い輸入品に20%の関税を課したとすれば、アメリカの消費者物価は2.1~2.6%上昇し、可処分所得は減少し、景気後退に陥る可能性が高い> / 得意げに発表した相互関税はトランプのオウンゴールになる;<専門家も国民も、多くの輸入品に高関税を課せば、物価の安定という自らの公約に逆行する結果を招くと言っているのに、関税の力を過信するトランプは耳を貸さなかった>      

 



 

コメがあと5袋しかない…フードバンクに「緊急事態」 在庫不足は子ども食堂や野宿の人、外国人を苦しめる(東京 有料記事); ◆農家からの寄付がパタリとなくなった ◆「1日1食の人もいる」

〈「東京支局の公式認定」。そう題された1996年3月の文書、、、〉 CIA東京支局の存在、日米が公表に反対 ケネディ暗殺文書で判明(朝日);《CIA東京支局の存在が公になれば、否定してきた過去の日本政府の立場と矛盾し、自民党が左派からの攻撃を受けるとの懸念も示され、「沖縄の米軍基地問題をめぐる交渉が続くなか、米国の活動に関する疑問を招くような事態は避けるべきだ」とされた》

大杉栄とその時代年表(454) 1903(明治36)年8月15日~31日 東京初の路面電車 「新橋品川間の電車開通・・・昨日午前五時三十分愈々電車運転を開始せり。・・・是より先き会社にては、従来雇用したる鉄道馬車の馭者中より運転手を選抜し浜松町なる新設会社構内に於いて運転上の練習をなさしめ既に百名の卒業者を出したるのみか、今日に至るまで、数回新橋品川間の試運転を実行したることとて、昨日は開業第一日なりにも拘らず、更に少しの故障もなく、午前五時先づ会社長及び担当技師を始め重なる会社員一同数台の電車に乗って新橋及び品川の両方面に向ひ、何れも其終局点に下車したる後始めて、普通乗客の乗車を許し、・・・」(「時事新報」8月23日)

 

明治44(1911)年頃、丸の内を走る路面電車

大杉栄とその時代年表(453) 1903(明治36)年8月1日~12日 この夏から、横須賀海軍造船廠では異常な労働強化 日清戦争当時のことを知っている老職工たちは、すぐにその意味をさとった。 政府は、民間の主戦論者に攻撃されても容易にロシアに対する態度を明らかにせず、桂内閣の軟弱外交と言って罵られていたが、この年の夏、軍部と内閣とが、いよいよ開戦の決定をした。 労働は強化されたが、職工の収入はそれだけ殖えた。労働者たちの多くは、大多数の新聞の主戦論に煽られて好戦的にもなっていたので、一種の熱狂的な空気が造船廠を満たしていた。 より続く

1903(明治36)年

8月15日

熊本での社会主義講演会、解散させられる。

「万朝報」(16日付け)は、15日午後9時19分熊本発として、「今夕片山潜一行当地三年坂耶蘇教会堂にて社会主義講演会を開き会主旨を述ぶるに当り解散せられたり」と報じる。


「連日の電報欄に記せる如く、去月、四国、中国、九州、各地を遊説せる社会主義者片山潜一行は到処其演説を中止され、解散され、或は辻々に貼れる広告紙を警官の為めに剥取られ、或は其筋の内命なりとて、会場の貸与を拒絶され、或は末だ開会に至らざるに、警官の為めに、数百の聴衆を遂帰さるゝに至れり。読者は之を見て果して如何の感を為すや。憲法あり、参政権あり、新聞の発行停止は廃せられ、出版も亦多少の自由ある世の中に、独り演説のみ圧制せらる、何ぞ如此く甚だしきや。独り社会主義の演説のみ迫害せらるゝ、何ぞ如此く甚だしきや、真に奇怪千万の現象に非ずや。上に如此暴虐の政府あり、吾人は多数人民の権利の保持拡張の為めに、却つて益々社会主義唱道の必要を感ぜずんばあらず。・・・」(「万朝報」8月12日)

8月20日

私立日本法律学校、専門学校として認可。私立日本大学に改称。

25日 明治法律学校、明治大学と改称。

8月20日

愛知県、初の乗合自動車営業取締規則制定。

8月21日

幸徳秋水「二者一をとれ」(「万朝報」)。帝国主義か社会主義かの選択迫る。

この月、北海道に遊説。「小樽新聞」碧川企救男に小樽に迎えられる。

8月21日

日本鉄道、上野~青森間直行列車に寝台食堂車を連結。

8月21日

英エドワード7世、ウィーン訪問。

8月22日

東京電気鉄道(東京馬車鉄道が改称)、品川~新橋間の市街電車の運行開始。東京初の路面電車。京都には、明治28年から電車が走っているが、東京では明治13年以来の鉄道馬車が、新橋・上野をつなぐ重要な交通機関であった。


「新橋品川間の電車開通・・・昨日午前五時三十分愈々(いよいよ)電車運転を開始せり。東京に於ける電車の運転は之を以て嚆矢となすこと故、聊か其状況を記さんに、是より先き会社にては、従来雇用したる鉄道馬車の馭者中より運転手を選抜し浜松町なる新設会社構内に於いて運転上の練習をなさしめ既に百名の卒業者を出したるのみか、今日に至るまで、数回新橋品川間の試運転を実行したることとて、昨日は開業第一日なりにも拘らず、更に少しの故障もなく、午前五時先づ会社長及び担当技師を始め重なる会社員一同数台の電車に乗って新橋及び品川の両方面に向ひ、何れも其終局点に下車したる後始めて、普通乗客の乗車を許し、又会社にては芝口一丁目、芝赤門前即ち会社入口及び品川停車場外数筒所に大国旗を交叉して、祝意を表し、尚ほ大門前には『今日より電車鉄道の運転を開始致し候』と云へる掲示をなしたり。・・・」(「時事新報」8月23日)

8月22日

「福島民報」紙上で社会主義についての論争。20日間におよぶ。

8月22日

漱石、家の改修を計画

「鏡子が帰る前であろうか、八月二十二日、漱石は大家の斎藤喜助、すなわち仙台二高に赴任した斎藤阿具の父に、家の修繕について書きおくつた。その内容は、今日井戸替えの着手を差配に頼んだが、どちらがどう金を出すかがはっきりしないうちはできないといわれた、自分も応分の負担をするし、夏目と斎藤で不都合のないようにするからとにかくはじめてくれ、というものだった。それにつづけて、「実は井戸のみならず所々すこぶる破損いたしおるにつき左の箇所御修復くだされ候えは井戸換えの方に五円程出金いたすべく候」と書いている。

その直してもらいたいところとは、

一 流しのたたきの破損、湯殿の壁の破損

二 玄関のひさしの葺き替え

三 樋竹(といだけ)の腐食

四 台所のひさしのくされたる所

五 湯殿のガラス障子の破損

六 郁文館と小生後園との垣(人のむやみに出入りする所)

と、かなり細かい。そのころ東京では持家は少なく、借地借家がもっぱらであった。それも地主と大家がちがう場合も多かっだ。漱石の家と道をはさんで反対側は太田子爵の屋敷を中心に、西片町の阿部家ほどではなかったが太田家も借地経常に乗り出していた。借家の多い場合は専従の差配を置いたものだが、漱石邸の場合は家主の斎藤が仙台にいることから、今でいう不動産屋のような人に管理を頼んだのであろう。それが差配である。

手紙からいくつかのことがわかる。まず水道でなく井戸を用いていたこと。夏になると水に当たらないように、よりいい水の出る清潔な場所を求めて井戸を掘り変えることが行われた。」(森まゆみ『千駄木の漱石』)

8月23日

露ラムスドルフ外相、日露交渉地を東京に移す提議。

8月25日

私立明治法律学校、専門学校令による私立明治大学と改称、認可される。

8月25日

有島武郎(25)、横浜港から伊予丸で出航、森本厚吉と共にアメリカ留学に向かう。

9月8日シアトル着。ハーヴァフォールド大学大学院で3年間、経済・歴史を専攻。フランセス・クローウェルと知り合う。40年4月11日ヨーロッパを回って帰国。森本は、新渡戸稲造の母校ジョン・ホプキンス大学に入学。

弟の壬生馬(21、学習院中等科を経て外国語学校伊大利語科に在学)が、横浜へ行って荷物や貨幣の両替等の世話をし、また船中の読みものとして、島崎藤村の「若菜集」「一葉舟」を兄に贈る。壬生馬は熱心な島崎藤村の読者で、明治34年夏には小諸に出かけて藤村に逢っていた。

9月14日、シカゴで友人の森広と会い、彼が結婚する予定であった佐々城信子(有島が彼女の渡米の面倒をみてやった)のその後の消息を知る。

8月26日

小村寿太郎外相、駐韓国公使林権助に対し韓国皇帝にロシアとの竜岩浦(龍嚴浦)租借契約を拒絶するよう要請せよと訓令。

8月26日

シーボルト娘・女医楠本イネ(76)、没。

8月26日

フィリピン、官費米国留学制度成立。1912年までに200名以上が留学、各界の指導者に。

8月29

私立和仏法律学校、専門学校令による私立法政大学と改称、認可される。

8月29

ロシア皇帝ニコライ2世、穏健派蔵相ウィッテ解任。満州・朝鮮への武力進出を狙うベゾブラーゾフ派勝利。

30日、極東特別委員会設置指示。極東政策最高決定機関。

8月30

斉藤紀一、東京青山に脳神経系の青山病院開業。

8月31

英エドワード7世、ウィーン訪問。

8月下旬

伊藤・山県ら元老5人と桂・小村ら主要閣僚の出席した御前会議でロシアとの交渉方針を決め、その後の閣議で追認。

日本は韓国に対する独断的勢力圏をロシアに対し要求、ロシアには、鉄道経営に限定して満州における「特殊な利益」を承認するにすぎないもの。ロシアに対し非常に強硬。


つづく


トランプ氏支持率2期目で最低の43%、関税や情報管理で厳しい評価(ロイター)

2025年4月2日水曜日

「物理学者が使い捨て携帯電話を必要とする時、米国が変わったことがわかる」(The Guardian); 海外の国際的カンファレンスに出席する際、プリペイド携帯や低性能格安ノートPCを持って行く研究者が増えてるとか。帰国した時に中を調べられて要らぬ嫌疑かけられるの恐れてる

米激戦州の判事選、民主系が勝利 「マスク効果」乏しく(日経) / BBCニュース - 米ウィスコンシン州最高裁判事選、リベラル派が勝利 マスク氏の影響力及ばず / 1日に実施されたウィスコンシン州最高裁判事選挙で、リベラル派のスーザン・クロフォード氏が共和党トランプ熱烈支持候補を破り圧勝。イーロン・マスクはクロフォード落選運動に私費2500万ドル以上を出資、さらにクロフォード反対署名1件につき100ドルを払うと公言していた。(The New York Times)    

 




 

「防衛費のため借金」は絶対しないはずだったのに…3年で2兆円も国債発行 「それを許す雰囲気」が危ない?(東京); これは重要な記事。防衛費増額の財源として建設国債をあてる"禁じ手"が膨張している問題。国民の生活防衛のための消費税減税は財源を理由に拒むのに、防衛費だけは財源を無視して増額する自公政権。それを可能にしているのが、この建設国債の流用。国会でもっと議論すべき問題だと思う。(布施祐仁)    

保護移民を誤って強制送還 現地で収監、帰国させず―米政権(時事); 米メディアは、トランプ政権がギャング組織のメンバーら261人をエルサルバドルへ強制送還した際、誤って保護資格を持つ移民男性も一緒に送還していたと報じました。 政権側は過失を認めながらも、男性が既に同国の刑務所に収監され、帰国させることはできないとしています。