前泊博盛(『世界』2015.4臨時増刊 - 沖縄 何が起きているのか)
まえとまり・ひろもり 1960年生まれ。明治大学大学院政治経済学研究科博士前期課程修了(経済学修士)。琉球新報論説委員長、九州大学大学院助教授などを経て2011年から現職。著書に『もっと知りたい!本当の沖縄』(岩波ブックレット)、『沖縄と米軍基地』(角川新書)、『日米地位協定入門』(創元社)など多数。
(略)
「甘えているのは本土」 - 「沖縄は基地依存」への反論
「なぜ沖縄は米軍基地を拒否するのか」 - 本土の皆さんから、そんな質問をよく受ける。「沖縄には産業らしい産業もなく、米軍基地のおかげで経済が成り立っている」「基地依存経済なのに、基地を拒否しているのは、政府から予算を引き出すためのパフォーマンスにすぎない」との厳しい声も聞く。「米軍駐留は、日本の安全保障に不可欠で、核武装もできない日本にとって米国の核の傘は重要な意味を持つ。沖縄の皆さんには申し訳ないが、日米安保の重要性からも沖縄の米軍基地は必要不可欠」(小野寺五典・元防衛大陸)との日米安保の論理に、沖縄からは「日米安保が必要だという割には、沖縄以外の都道府県は米軍基地を受け入れようとはしない」(大田昌秀・元沖縄県知事)、「日本の国民を護るためにいるはずの米軍が、犯罪を多発し、演習事故や環境汚染、爆音被害で沖縄県民の命を奪い、脅かし続けていることの矛盾を、本土はどう説明するのか」(新崎盛暉・元沖縄大学学長)との反論も出る。
「沖縄は基地に依存し、政府の沖縄振興策に甘えている」との声に、翁長知事は那覇市長時代の二〇一二年一一月、「甘えているのは、沖縄ですか。それとも本土ですか」と反論したことがある(『朝日新聞』一一月二四日付)。
その年の衆院選で沖縄の基地問題が争点にならないことに、翁長氏は「オスプレイ反対で県民が一〇万人集まったって、本土は一顧だにしない。基地は目に見えない遠いところに置けばいい。自分のところに来るのは嫌だ。アメリカには何も言わない。いつも通りだ。沖縄は困難な闘いを戦っているんです」と怒りをぶつけている。
翁長氏を知らない本土の読者なら「基地反対を叫ぶ左翼、革新政治家の主張」と勘違いしそうな内容だが、当時の自民党県連の次期県知事の最有力候補として保守本流をいく政治家の発言。朝日新聞のインタビュー記事は大きな波紋を広げた。沖縄保守の旗手が、端的にいうと「経済支援はいらない。だから基地をどかせ」という刺激的な見出しで、全国紙の紙面を飾ったのである。そこまで沖縄の保守を、翁長氏を追い詰めたのは何か。
「僕は自民党県連の幹事長までやった人間です。沖縄問題の責任は、一義的には自民党にある。しかし、社会党や共産党に国を任せるわけにもいかない。困ったもんだとずっと思ってきた。ただ、自民党でない国民は、沖縄の基地問題に理解があると思っていた。ところが、政権交代して民主党になったら、何のことはない、民主党も全く同じことをする」
自民党に代わって政権を握った民主党の裏切り的な行為に、沖縄の保守の堪忍袋の緒が切れた。インタビューはこう続く。
「僕らはね、もう折れてしまったんです。何だ、本土の人はみんな一緒じゃないの、と。沖縄の声と合わせるように鳩山さんが『県外』と言っても一顧だにしない。沖縄で自民党とか民主党とか言っている場合じゃないなという区切りが鳩山内閣でつきました」
翁長氏は、オスプレイ配備に反対し、普天間飛行場のゲート前で赤いゼッケンを付け、反対の拳を振り上げるようになった。保守本流の政治家が、革新勢力と合流し、左翼的な行動とも思える抗議活動の先頭に立つ。翁長氏の行動に「最初はパフォーマンスかと思ったが、本当に基地反対、オスプレイ反対を主張して県民大会にも参加したのには驚いた」(社民党幹部)と、県内革新勢力も驚きをもって受け止めたほどである。
「戦争中にああいうこと(身内の戦死などの犠牲)があり、戦後も米軍の占領下でほったらかしにされても、沖縄は日本に操を尽くしてきた。なのに『沖縄さん、基地はあなた方で預かって、かわりに振興策をとればいい』などと全国市長会でも公然と言われる。論戦したら大変なことになるので、『そういうわけではないんですけどね』と言葉を濁すさびしさ。わかりますか」
その言葉のあとで、記者から次の質問が飛び出す。「でも、利益誘導こそが沖縄保守の役割ではないんですか」
「振興策を利益誘導だというなら、お互い覚悟を決めましょうよ。沖縄に経済援助などいらない。税制の優遇措置もなくしてください。そのかわり、基地は返して下さい。国土の面積の〇・六%の沖縄で、在日米軍基地の七四%を引き受ける必要は、さらさらない。いったい沖縄が日本に甘えているんですか。それとも日本が沖縄に甘えているんですか」
インタビューでは、民主党首脳陣を名指しで糾弾している。
「僕は非武装中立では、やっていけないと思っている。集団的自衛権だって認める。しかしそれと、沖縄に過重な基地負担を負わせるのは別の話だ」
沖縄の保守と本土の保守の違いについても翁長氏は次のように答えている。
「本土は、日米安保が大切。それで『尖閣を中国から守るのに、沖縄がオスプレイを配備させない』と言う。沖縄にすべてを押しつけておいて、一人前の顔をするなといいたい。これはもうイデオロギーではなく、民族の問題じゃないか。元知事の西銘順治さんが、沖縄の心はと問われ、『ヤマトンチュー(本土の人)になりたくて、なり切れない心』と言ったが、僕は分かった。ヤマトンチューになろうとしても本土が寄せ付けない」「寄せ付けないのに、自分たちの枠から外れると『中国のスパイだ』とかレッテルを貼る。民主党の前原誠司さんに聞かれた。『独立する気持ちはあるんですか』と。僕は、なでしこジャパンが優勝した時、あなたよりよっぽど涙を流したと話しました。戦後六七年間、いじめられながらも『本家』を思ってきた。なのに、基地はいやだといっても、能面みたいな顔で押しつけてくる。他ではありえないでしょう。日本の四七分の一として認めないんだったら、日本というくびきから外してちょうだいという気持ちだ」
長い引用になったが、沖縄の「保守の旗手(=翁長氏)」が、なぜ日本政府の経済援助も振興策もいらないから米軍基地を返せと言い切るようになったのか、しかも琉球独立にまで論及するほどの覚悟を決めたのか。
昨年末、翁長氏は保革の枠を超え、「イデオロギーよりアイデンティティ」「オール沖縄」の波に乗って米軍の新基地建設反対を旗頭に四つ巴の知事選を制し、新知事に就任した。知事選の中で「本土による沖縄への過重な米軍基地負担」を「明らかな沖縄差別」と告発した翁長氏は、いま「沖縄アジア経済戦略構想」の構築を新県政の沖縄経済振興の目玉に掲げ、脱基地経済に挑もうとしている。
オスプレイの撤去のみならず米軍新基地建設反対、「脱基地経済」に向けた沖縄保守経済界の新たなうねり、そして復帰四〇年を経て活動が本格化した「琉球民族独立総合研究学会ACSILs)」の発足と活発な活動も含め、米軍基地や基地経済に対する沖縄世論・民意と政治状況の大きな変化に気づかないのは安倍晋三首相だけかもしれない。
(おわり)
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