シオン 2015-09-28 鎌倉
*今や謀略も不要
常に成長し続けることを要求し、環境規制に対する本格的な取り組みにはことごとく反対する経済システムは、それ自体で惨事 - 軍事、環境、金融のいずれに関するものであれ ー を途切れなく生み出す宿命にある。短期間で簡単に大儲けしたいという欲望に駆り立てられた投機的投資の拡大によって、株式、通貨、不動産の各市場が危機を生み出す装置と化したことは、アジア通貨危機やメキシコのペソ暴落、ドットコム・バブルの崩壊の際にことごとく実証された。
さらに、汚染をまき散らす再生不能エネルギー資源、すなわち化石燃料への依存も、異なった種類の危機を呼び寄せている。ひとつは自然災害(一九七五年から四・三倍に増加)、もうひとつは希少資源の支配をめぐる戦争〈イラクやアフガニスタンのみならず、ナイジェリアやコロンビア、スーダンなどでも低強度の紛争が起きている)であり、これがさらにはテロ攻撃を誘発している(二〇〇七年のある調査によれば、イラク戦争開始以降テロ攻撃の数は七倍に増えたという)。
火種は十分すぎるほどあり、策を弄して大惨事を引き起こす必要はない
気候問題にせよ政治情勢にせよ、現時点で火種は十分すぎるほどあり、もはや策を弄して大惨事を引き起こす必要はない。あらゆる点から見て、このまま進めばより激烈な惨事が到来することは間違いない。つまり市場の見えざる手に委ねれば、大惨事は次々に発生するのだ。この点に関して市場はけっして予想を裏切らない。
惨事便乗型資本主義複合体を構成する産業界は、現在の破壊的潮流を現状のまま保つために力を注いでいる
大手石油企業は長年、気候変動否定論者側に資金援助をしており、エクソン・モービルは過去一〇年間に推定で一六〇〇万ドルを投じている。
・・・災害事業請負企業と世論形成に影響力を持つシンクタンクとの癒着関係・・・。
全米公共政策研究所や安全保障政策センターなど、ワシントンの有力シンクタンクには軍事企業やセキュリティー関連企業から潤沢な資金が流れ込んでいる。これらのエリート機関が、世界は険悪で脅威に満ちており、問題は力で解決するしかないというメッセージを発信し続ければ、こうした企業にとっては願ったりかなったりだからだ。
さらにはセキュリティー産業とメディア業界との結びつきも強まりつつあり、まさにオーウェルが描いた世界を思わせる展開となっている。
二〇〇四年、デジタル通信最大手レクシスネクシスは、連邦政府や州政府と密接に連携して監視事業を行なうデータ分析企業セイシントを七億七五〇〇万ドルで買収。同じ年、NBCテレビを傘下に収めるGEは、空港などの公共施設に導入されて賛否両論を呼んでいる爆弾探知機メーカー、インビジョンを買収した。インビジョンは二〇〇一年から二〇〇六年にかけて、国土安全保障局から一五〇億ドルというこの種のものとしては他に類を見ない巨額の契約を受注した。
惨事産業界がメディアへと徐々に手を広げているこうした動きは、九〇年代に隆盛した「垂直統合」を基にした新たな異業種合併の形へと発展するのかもしれない。・・・モスクというモスクにテロリストが潜んでいる、といった具合に社会的パニックが大きくなればなるほど、テレビニュースの視聴率はアップし、生体認証装置や液体爆発物探知機の売上げも伸び、ハイテク・フェンスの需要も増える。
開かれたボーダーレスの「小さな地球」という夢物語が高収益を約束したのが九〇年代だったとすれば、二一世紀は要塞化した欧米社会の悪夢 - ジハード主義者や不法移民に包囲され、辺りを威嚇することで身を守るしかない - がそれに取って代わった。
兵器から石油、エンジニアリング、監視装置、特許薬に至るまで、じつに多くの産業が依存する惨事経済ブームを脅かすものがあるとすれば、それはこの先、気候の安定と世界の地政学的平和がある程度達成されるというシナリオにほかならない。
惨事アパルトヘイト国家としてのイスラエル
「ダボス・ジレンマ」のモデルケースとしてのイスラエル
イスラエルはこの一〇年間近く、「ダボス・ジレンマ」の小型版をいくつも体験してきた・・・。紛争やテロ攻撃の増大にもかかわらず、テルアビブの証券取引所では株価が記録的な高値を更新してきた。二〇〇五年七月にロンドン同時爆破事件が起きた際、フォックス・ニュースではある証券アナリストが、「イスラエルでは日々テロの脅威にさらされているが、市場はずっと上がり続けている」とコメントした。グローバル経済全般と同じく、イスラエルの政治状況は悲惨なものだ(と大半の人は認めている)が、同国の経済はこれまでにない好景気に沸き、二〇〇七年の経済成長率は中国やインドと肩を並べている。
(イスラエルは)・・・、二〇〇六年のレバノン侵攻や二〇〇七年のハマスのガザ地区占拠などの大きな政治的衝撃にも経済が屈しなかったからだけではなく、暴力の拡大に直接反応して大きく成長する経済システムを巧みに作り上げてきた・・・。・・・
欧米企業がグローバルなセキュリティー・ブームの到来を察知するずっと以前から、イスラエルのハイテク企業はせっせとこのセキュリティー産業の開拓に邁進しており、今日もこの分野では他の追随を許さない。
イスラエル輸出協会によれば、同国にはセキュリティー関連製品を販売する企業が三五〇社ほどあると推定され、二〇〇七年には新たに三〇社が参入したという。・・・
周辺アラブ諸国と紛争を起こし、占領地区での暴力をエスカレートしながらも一貫して経済ブームに沸くイスラエルの姿は、戦争の継続と惨事の泥沼化を前提にして成り立つ経済がいかに危険であるかを、身をもって示している・・・。
イスラエル経済と中東和平:和平が経済活性化の条件であった時代(オスロ合意まで)
・・・最後に中東和平の実現に光が差した・・・一九九〇年代初め、長い紛争に終止符を打つべきだという気運がイスラエル国内で高まった・・・。
共産主義が崩壊し、IT革命が始まりつつあったこの時期、ガザ地区やヨルダン川西岸地区でのイスラエルの暴力的占領と周辺アラブ諸国で高まるイスラエル・ボイコット運動が、同国経済の先行きを危うくするにちがいないという予見がイスラエル実業界を広く覆っていた。
世界経済に次々と「新興市場」が登場するなか、イスラエルの企業は紛争に足を引っ張られることにはもううんざりだった。地域紛争などに封じ込められるのではなく、高収益の望めるボーダーレスな世界に自分たちも加わりたい。もし政府がパレスチナとの間になんらかの和平協定を結べば、周辺諸国もポイコットを取り下げざるをえない。そうなればイスラエルは中東地域の自由貿易の拠点となるまたとないチャンスをものにできる、と考えたの・・・。
一九九三年、イスラエル商工会議所連合会のダン・ギラーマン会長・・・。
「イスラエルがただの平凡な国家になるか(中略)それとも多国籍企業が本社を置くシンガポールや香港のように、中東地域全体における流通とマーケティングの戦略的拠点になるか、今はその正念場であります。(中略)これまでとはまったく異なる経済に脱皮できるのです。(中略)今ここで迅速に行動しなければ、千載一遇の経済的機会を逃し、ゆくゆく後悔するはめになるでしょう - 「あのときにああしておけば」と」
同じ年、当時のシモン・ペレス外相は・・・、今こそ和平を実現すべきだと語った。・・・「国家間の和平を目指そうというのではない。市場の和平が重要なのだ」とペレスは言った。
その数カ月後、イツハク・ラビン・イスラエル首相とヤセル・アラファトPLO議長がホワイトハウスの庭で握手を交わし、オスロ合意が調印された。世界中が歓喜し、ペレス、ラビン、アラファトの三人は翌一九九四年のノーベル平和賞を受賞した。
だがその後、事態は暗転する。
オスロ合意は、・・・積年の問題はほとんど未解決のままだった。チュニジアに亡命していたアラファト自身、ガザへの帰還をまず交渉しなければならなかったうえ、エルサレム帰属問題やパレスチナ難民間題、ユダヤ人入植問題、そしてパレスチナの自決権に関してもイスラエル側との合意は何も取りつけていなかった。
オスロ合意とは、まさにペレス本人が言ったように「市場の和平」を推し進めれば、あとのことはそれなりにうまく収まるという考えに基づく戦略にほかならない。すなわち市場を開放してグローバル化の波に乗れば、イスラエル人もパレスチナ人も日々の生活が大きく改善されたことを実感し、「国家間の和平」交渉のための土壌も作られるはずだ - というのが、少なくともオスロ合意の意味だった。
オスロ合意の破綻:イスラエルを後退させた二つの要因
その後、合意が破綻したのにはいくつもの要因がある。・・・
和平プロセスを破綻に追い込んだ犯人は誰か、あるいは、そもそも和平実現が本当の目的だったのかをめぐる論争はよく知られており、十分な議論が尽くされてきた。しかし、イスラエルを単独主義へと後退させた二つの要因についてはほとんど理解されず、議論されることもないものの、この二つはともにシカゴ学派による自由市場経済推進運動がイスラエルで独自の形で展開したことと密接に関係している。
第一の要因は、ロシアで行なわれたショック療法実験の直接的結果として、ロシアから大量のユダヤ人移民がイスラエルへ流入してきたこと。
そして第二は、イスラエルの主要輸出品が伝統的商品やハイテク製品から、対テロ対策に関連する技術や機器へと大きく転換したことである。
この二つはオスロ・プロセスを崩壊させる大きな要因となった。すなわちロシアからの移民流人によってパレスチナ人労働力に依存する必要性が小さくなり、占領地の封鎖が行なわれる一方、セキュリティー関連のハイテク経済が急速に拡大した結果、強大な権力と資金を持つ階層の内部に、和平を放棄して「テロとの戦い」を継続し、拡大し続けていくことへの強烈な欲望が生まれたのである。
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