2015年10月1日木曜日

【美術館】「特集:藤田嗣治、全所蔵作品展示。」 当時の雑誌の中から藤田嗣治の言葉を30回に分けてご紹介していきます。 / 「フジタは細部が勝負」《自画像》《五人の裸婦》《武漢進撃》《シンガポール最後の日(ブキテマ高地)》《アッツ島玉砕》《神兵の救出到る》 / (企画担当者) — 【公式】東京国立近代美術館 広報

(ツイートの文字部分)
藤田の言葉①「他人は他人、自分は自分主義にて一切難しき規則は放棄いたし居り候。すべて独断に自由にいたし居り候。 早々 巴里 藤田嗣治」「諸家のパレット」『アトリエ』1927年3月より。

藤田の言葉②「モデルは自分の前に置いて興味を牽いた所から描き出す。自分は画布に向つて始めて引いた線を、非常に尊重する。」

「之は自分とモデルとの融合した時、創作されたもので、二度三度書き更めると今迄習得した教育、或は自分の尊敬してゐる画家の影響を受けるものだからである。」

「最初の線が誤つてゐることが分つても訂正ない事にしてゐる。この誤りは昔の規則に比準して誤つてゐるのであつて、書いた時の時間には誤りはないのだ。」「生活断片」『美之國』1929年11月より。

藤田の言葉⑤「一言附加へたいことは藝術家に対して一般が、もう少し之を重要視し、尊敬を払つて欲しいと思ふことである。」

「お上の役人方には、藝術家に対する待遇を改善する様に期待したいのである。美術こそ外国につき出して行く最もよき外交官ではないか。」「日本の美術界に希望す」『アトリエ』1934年2月より。

藤田の言葉⑦「入選しても喜ばず、落選しても泣かず、ほめられても喜ばず、けなされても怒らぬだけの心掛けが一番肝要である。」

「僕なぞも色々悪口をたたかれるがちつとも気にしない。アトリエにこもつて夢中で絵を描いてゐる間だけが自分の本当の生活だと思つてゐる。」「批評スクラツプ」『アトリエ』1934年11月より。

藤田の言葉⑨「Q 現在の美術批評に就て何ういふ御不満をお持ちでせうか」「A 作品に対しての批評望ましく個人の内生活等のスツパヌキの様な事は、何うでもいいのではありませんか」

「Q 如何なる美術批評を希望されますか」「A 恐れずにどんどん批評をする事、モンパルナス等にては批評家と画家との間に随分なぐり合ひもあるではありませんか」『アトリエ』1935年9月より。

藤田の言葉⑪「洋画の方も大分日本精神と云ふことを、やかましく言ふやうになつて来て、シユルレアリズムとか、詰り不可解な画を割合取締まるやうな方針らしいですね。」

「不可解と云ふのは要するに人心を惑はすと云ふやうな意味合…それから人間に希望がないとか何とか云ふことを破壊と云ふやうな意味に取つて、又群像なんかは集団と云ふやうな解釈から取締るとか」

「…だから、眼で見て自然らしく、不可解な所のない、見て解るものなら歓迎して居るらしいですね。」「藤田嗣治氏囲む女流作家座談会」『アトリエ』1938年4月より。

藤田の言葉⑭「実際の戦争を客観的にみると例へば軍服のボタンが外れてゐるとか、首筋に汗をかいてゐるとか色々のデイテールがある。しかしそれは戦争中は誰も感じないものだ。」

「戦争画にはさういふ主観を含めての客觀描写が必要だね。戦争画の画面はきれいではあり得ない。今までのはきれいに描き過ぎてるね。僕は主観によつて誇張していいと思ふ。」

「海が対照的にきれいだとか、波の色が鉛のやうに鈍く光るとか、縦横無尽に主観を混へて描きまくるべきだ。」「戦争画の真実とは?―現地で語る戦争画問題―」『旬刊美術新報』1942年5月より。

藤田の言葉⑰「昭南島にゐて、戦史に不滅の戦果を打ちたてたブキテマの攻略戦を描いたが幸ひに同攻略戦に参加した部隊長や将兵が澤山ゐてくれたので、こまかい武勇談などまできくことが出来た。」

「当時のままの血に濡れた服装で幸いポーズも厭はずモデルになつてくれた。そしてどうかいい絵をお画き下さいと熱心に云はれたので、僕もすつかり感激して連日ぶつ通して休まず描きまくつた。」

「僕はこれまで中南北支で今迄たびたび戦争画を描いたが、本當に凄惨な場面にぶつかつたのは今度が一番切実だつた。ゴム林の中などに入ると半紙大の大きな蝶が」

「フワリフワリと無数に英兵の骸骨のあたりから飛んで来るといつた不気味なことが多かつた。」「南方戦線の感激を山口蓬春藤田嗣治両氏の消息に聴く」『旬刊美術新報』1942年7月より。

藤田の言葉21「画面のどの部分を切り取つても絵画的の作品の美しさは失はせたくない。譬へ一枚の作品が空襲を受けた場合に、其の五分の一が残つても、十分の一が残つても

「其の画の全体が窺はれる様なマチエールの堅固さとか、色彩の良質さとかいふものを窺はれる様に注意して居る。」

「細部に亘つて正確、写実に何の誤りもなく、又大まかに見てもいい画が描きたいと、つまり寄近つて見ても、遠く離れて見てもいい画が描きたい。」

「一般の人々にも感銘を与へ、又藝術家が見ても納得の行く技術を其処に現したい。」

「私は雲間を洩る月の光とか、靄とか稲妻とか、スコールとか、風とかいふものを多く採り入れて、戦闘に更に一種の雰囲気を増さしめて居る。」

「或る戦争画の傑出せる作品は絵画の史上に於ての傑作であり得るのである。」「戦争画制作の要点」『美術』1944年5月より。

藤田の言葉27「機上から戦闘も観測した。砲火の発射、又は砲弾の着陸点の炸裂などが、音響なくして見えた事なども奇妙な印象を与へた。」

「又は模擬空中戦に参加して、他の飛行機の襲撃を受ける刹那の切迫感など、身を縮めても居耐れぬ程の圧感を感じたこともあつた。」

「地上から見上げた飛行機と、機上に居て飛行機の編隊を見る時とは、全く其の趣きを異にして居て、飛行機を画にする場合などは」

「飛行機に搭乗する機会の多ければ多い程実感を捉へ得る事が出来て、写実とか、ただ地上の飛行機の写生では、この宇宙の空中戰などは描き現はすことは出来ない様に思はれる。」「空の壮大感」『美術』1944年9月より。













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