原爆が投下された直後の広島・長崎を調査したのは、日本では「日米合同調査団」とされている。しかしアメリカの公式文書では、それは「アメリカ軍合同調査委員会」と称される。この一例が示すように、調査を行った主体についてすら日本で正しく理解されているとは言えないのである。① — 放射線被曝の歴史 (@YNakagawa_bot) 2013, 11月 27
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