2013年2月3日日曜日

「朝日新聞」論壇時評1月31日 「インテリジェンス 対話するのはキミだ」 高橋源一郎

「朝日新聞」論壇時評1月31日 「インテリジェンス 対話するのはキミだ」 高橋源一郎


①都築響一(2012年10月のラジオ「すっぴん!」での発言)

 ラップって知ってるよね。リズムに乗って、すごい早口で、しゃべってるみたいに、若者が歌うやつだ。
都築響一さんは、いま地方の若者たちが熱中してる音楽は、ロックでもポップスでもなくラップで、閉塞した(地方の)若い連中の、心のひだをきちんと表現できるのは、それだけなんだっていってた(①)。
そんなことまるで知らなかったな。

②ライムスター「The Choice Is Yours」
③アルバム用のプレスリリースから引用

 ぼくは、この1週間ぐらい、ライムスターの新しいアルバム「ダーティーサイエンス」をずっと聴いている。
訳すと「汚れた科学」だ。
とんでもないものを爆発させて、大地を汚した科学、なんのことだかわかるよね。
彼らは、武道館を満杯にするぐらい人気のあるラップ(正確にいうとヒップホップという文化、その音
楽のやり方がラップ)のグループで、たくさんヒット曲もある。
でも、このアルバムでは、恋愛や個人の悩みより、いまの社会で起こっていることに向かって真っすぐ突き刺さるうた(詞)をうたってる。
そして、こう訴える。

 「選ぶのはキミだ キミだ 決めるのはキミだ キミだ 考えるのはキミだ 他の誰でもないんだ・・・・・The choice is yours」(②)

 面白いのはメンバーたちが、大切なのは「インテリジェンス」って、いってることだ。
音楽なのにインテリジェンス?

 意外に思う人も多いかもしれないね。
「80年代のヒップホップはインテリジェンスな部分に成り立っていたところがあったよね。ゲットーで生まれたストリート・ミュージックなんだけど、そこに知的であろうという姿勢があるのが衝撃だった」ってメンバーのひとりもいってるけど(③)、もともとアメリカの貧しい黒人たちの間で生まれたヒップホップは、生まれながらに社会の矛盾と直面してた。
だから音楽なのに、あんた考えな、って、メッセージに溢れてる。
*   *   *   *
 いつごろからなんだろう。「インテリジェンス」とか「知性」ということばを、「現実離れした理想論をギャーギャーいってる学者」とくっつけて、胡散臭いと感じる人たちが増えたのは。
でも「インテリジェンス」っていうのは、要するに「対話ができる能力がある」ってことじゃないかな。

④池上彰「政治家の器は『答え方』でわかります」(新潮45・2月号)

 総選挙当日、「池上彰の総選挙ライブ」で、ズバズバ鋭い質問をして、政治家たちをあたふたさせた池上さんは、放送を回顧して、「どの質問も、暴走しているように見えて、実は私なりに考え抜いた発言だ」ったといってる(④)。
そして、「いまの日本の政治家は、質が低いのではないか」という批判には「政治家と真剣勝負をしてこなかった日本の政治ジャーナリズムにも、その責任の一端がある」とも。
政治家たちがダメだ、話がぜんぜん通じない、というのは簡単だし、たぶん当たっているんだろう。
けれど、政治ジャーナリストたちは、いい加減な返事ができないと彼らを恐れさせ、勉強しなきゃいけないと思わせるような質問をしてきただろうか。

 「いい質問ですね」が池上さんの口癖だ。
それは「インテリジェンスがありますね」という意味じゃないかな。
*   *   *   *
 ぼくがそんなことを考えてしまうのは、なんだか、世の中、それとは正反対の方へ向かってるみたいだからだ。

 たとえば、桜宮高校の「体罰」事件。
ぼくは、体罰や「イジメ」で怖いのは、暴力(無言の暴力も含めて)そのものじゃなく、そこには「対話」がないことだと思ってる。
つまり、「インテリジェンス」が存在しないことだ。
「インテリジェンス」のない教育って、なんなんだろう。
ぼくには、意味がわからない。

⑤「報道ステーション」での12年9月の発言から(ネットの関連サイトは、http://togetter.com/li/371521)

 麻生太郎副総連が、終末期医療をめぐって、「さっさと死ねるように」と発言して問題になった(後で取り消したけど)。
そういえば、以前も石原伸晃さんが幹事長だったとき、「尊厳死」に関して同じようなことをいっていたっけ(⑤)。
これらの発言に「ひどい」と眉をひそめることは簡単だ。
でも、ぼくは、なによりここにも「対話」のなさを感じた。
彼らと、そこで話の対象となっている人たちとの間に、超えようのない断絶があるような気がする。
「もの」とか「数」として扱われてる気がする。
ちがうよ。
みんな生きてるにんげんだ。

⑥唐鎌直義「なぜイギリスでは公的扶助が受けやすいのか」(POSSE17号)
⑦後藤道夫「生活保護の手前に、所得保障と基礎的社会サービスを」(同)
⑧布川日佐史「権利としての就労支援、出口としての中間的就労」(同)

 生活保護費の削減が決まったというニュースが流れたとき、ぼくは「POSSE」の特集を読んでいた。
唐鎌直義さん(⑥)がイギリスの同じ制度と比較をし、それから後藤道夫さん(⑦)や布川日佐史さん(⑧)が、生活保護の実態や問題点について詳細に論じている。
ほんとに勉強になった。
そして、気がついたんだ。
この国の生活保護制度って、すごく「イジメ」っぽいってことに。

⑨玄侑宗久「福島の再生なくして、何が『日本再生』か」(新潮45・1月号)

 復興構想会議に参加し、わずか10ヵ月で「解任の文書が届い」た玄侑宗久さんは「福島の再生なくして、何が『日本再生』か」で、こう書いている(⑨)。

 「この国の再生のために求めるのは、なにも特別なことではない。想像力の限界はよくわかっているから、せめて『一隅』に出向く誠意と行動力、そして無駄遣いせず、人情がわかる、普通の政府が欲しい、それだけである」

 「普通の政府」。
それは「インテリジェンスのある政府」ということだ。
そんなものがどこにある、と他人事みたいに文句をいってる場合じゃないんだよ。
「対話」をする気がない相手を、無理にでも「対話」に誘いこまなきゃなんない。
池上さんがやってるみたいにね!


論壇委員が選ぶ今月の3点

小熊英二=思想・歴史
・モフセン・マフマルパフ インタビュー「アートの力が世界を変える」(世界2月号)
・キム・ヨンヒョン、バク・サンヨン インタビュー「現代を映す韓国時代劇ドラマ」(同)
・町村敬志、五十嵐泰正 対談「新都政が超えるべきは、『石原』ではない」(POSSE17号)
酒井啓子=外交
・マハティール・ビン・モハマド インタビュー「ルックイーストはいま」(朝日新聞1月15日付朝刊)
・川上泰徳「アルジェリア人質事件で見えた『対テロ戦争』の闇」(Asahi中東マガジン1月19日)
・アンリエツト・アセオ「ジプシーは流浪の民ではない」(世界2月号)
菅原琢=政治
・レオナード・J・ショッパ「日本システムから退出する企業と個人」(フォーリン・アフェアーズ・リポート1月号)
・特集「インフレを学ぶ」(週刊エコノミスト1月15日号)
・砂原庸介「育てるべきは政党 中選挙区制の罪深さ」(週刊東洋経済2月2日号)
濱野智史=メディア
・西村幸祐、安田浩一 対談「『ネトウヨ亡国論』に異議あり!」(WiLL2月号)
・レオナード・J・ショッパ「日本システムから退出する企業と個人」(フォーリン・アフェアーズ・リポート1月号)
・山口浩「『デスブログ』といういじめ」(http://www.h-yamaguchi.net/2013/01/post-d5d7/html)
平川秀幸=科学
・舩橋晴俊「高レベル放射性廃棄物という難問への応答」(世界2月号)
・武田徹「『脱原発』への絶望の後で」(新潮45・2月号)
・纐纈一起・大木聖子「裁かれた科学者たち」(FACTA2月号)
森達也=社会
・特集「原発事故報道 なぜメディアは、自己検証できないのか?」(DAYS JAPAN1月号)
・特集「安倍首相とネトウヨの『危険すぎる関係』」(SAPIO2月号)
・「池上彰の総選挙ライブ」(12月16日、テレビ東京系)



担当記者が選ぶ注目の論点
きしむ社会の「変わらなさ」

 変化のスピードばかりに目を奪われがちな社会問題。
その根っこには、私たちの「変わらなさ」があることを改めて突きつける論考が目立った。

 『OUT』や『メタボラ』で女性や若年層の労働の現場を描いてきた桐野夏生が、小説の題材である「労働」と人生を重ね合わせたインタビュー「尊厳を持って生きること、時代を書くということ」(POSSE17号)で、生活保護バッシングの背景にある「悪平等」主義を指摘している。
「私はこんなに大変なのに頑張っているんだから、どうしてお前は頑張れないんだという発想」が、次の世代をよくしようという考えを阻害しているとみる。

 偽装請負やブラック企業、ワーキングプア・・・・・。
きしむ社会の問題を指し示す新しい言葉が数々と生み出されるなか、「フォーリン・アフェアーズ・リポート」はレオナード・J・ショッパ「日本システムから退出する企業と個人」を掲載した。
経済が停滞するなか、豊かになった市民たちは、問題解決よりも「退出」を選んでいく---。
数多くの日本社会の問題点を指摘した論考が2001年に発表されたものの再録であることが目を引く

 デフレや円高という言葉と結びつけられてきた日本経済。
「アベノミクス」への注目が集まるなか、特集「インフレを学ぶ」(週刊エコノミスト1月15日号)は、インフレの歴史や、輸入品への影響などを取り上げ、論点を改めて整理した。
町村敬志・五十嵐泰正対談「新都政が超えるべきは、『石原』ではない」(POSSE17号)は、衆院選と同日の都知事選でも問われた「石原都政」について検討。
「新自由主義」や「福祉の切り捨て」といったレッテル貼りではなく、石原慎太郎前知事の発言とは切り離し、グローバルシティー「東京」を取り巻く環境の変化を詳細に分析した。







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