2018年11月29日木曜日

見頃を迎えた北の丸公園のモミジの紅葉 2018-11-28

11月28日(水)
北の丸公園のモミジが見頃を迎えた。
ピークはもう少し先だと思うけれど、あっという間にピークは過ぎるので気をつけないと。
モミジの紅葉が一段と進んできた北の丸公園 2018-11-30





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沖縄県民投票、辺野古移設工事に影響ない=菅官房長官 ; 菅官房長官、沖縄の県民投票の結果が工事に影響することは「まったくない」と言ったらしい。すごいな…。少しでも民主主義者のフリをするなら、今の段階では「見守りたい」とか言いますよね。ますます占領地の高等弁務官の顔を剥き出しに。— 布施祐仁


両陛下が外国人労働者ら激励 語学支援の現場視察 / 両陛下、外国人学習支援センターへ「大変でしたでしょ」 ← 私的な旅行での行動、明らかに国会を意識した行動 / 入管法審議紛糾の最中「日本で幸せになって」【「天皇」「皇后」安倍政権に〝やんわり〟皮肉!?】外国人を人間扱いしない政治へのアンチテーゼ










技能実習生「助けてほしい」(テレビ東京2018/11/28);「縫製業の実習生として働いているカンボジア人の女性は、基本給6万円で、残業代も当初300円だった」 / 戦時中の話じゃない。2018年の安倍政権下の日本。大日本帝国が戦時中のアジア人労務者に対し行った搾取や酷使と何が違うのか。(山崎雅弘) / 技能実習生に賃金未払いか 長時間労働も、岐阜の会社(日経新聞); 社長は未払い賃金があることを認め「他の会社も同じことをやっているのでいいと思った」と説明しているという





奈良公園の歴史と自然を破壊するホテル建設に反対 アウトドアメーカー・モンベルの会長が、赤旗に登場


2018年11月28日水曜日

皇居東御苑の紅葉 2018-11-28

11月28日(水)はれ
週間予報では曇りとか雨だったのに、一転して晴れ。
昼休み、皇居東御苑を散歩。
紅葉が進んでいる。
この一週間中にはピークが来るんだろう。







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衆院・本会議「山下貴司・法務大臣の不信任決議案」趣旨弁明 山井議員 ; 「皆さん、この法律を無視した劣悪な労働は技能実習生という立場の人だけの話じゃない。 彼らもこの日本で私たちと同じように働いている人なんだ! これを放置すれば私たち日本人も必ず同じ目に遭わされる事になる」








醜悪な政治家 ; 「ざまあみろ」目付きの山下 国会いらない発言する平沢.....





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恒例、同期と昼呑み 2018-11-27

11月27日(火)はれ(昨日)
恒例、同期と昼呑み。
Sさんのお母さんが亡くなられたので、延び延びになってたもの。8月以来だ。
それと今回からNさんが参加。
ずっとメンバだったYさんが昨年7月急逝されたので、昼呑みメンバはSさんと2人になってたが、ひょんなことでNさんが入ることになった。

大船で昼の12時から開始、それで、二軒目を終えて5時半の電車で帰宅した。
量的にもおとなしい呑み会だった。

実は、ここ数日来、喉の調子がおかしくて、当日はそれが鼻に拡大していた。
朝方(早朝)は、喉はガラガラ、鼻はクシャクシャだった。
家を出る直前まで寝ていて、それらの症状が引いていったので、いざ出陣となった次第。
呑んでる間はそんなことすっかり忘れてたけど(ま、つまりその程度だったということではあるが)、帰宅して風呂から出たあたりから、また喉ガラガラ、鼻グシャグシャが再発した。
そんなこんなで、昨日は夜8時半には寝てしまった。
ただ、早く寝ると起きるのも早い。
第一寝ざめは夜中の1時だった。しかも、喉鼻最悪。
6時半頃まで、寝たり起きたりを繰り返して、今日はいつも通り出勤した。
今も喉は調子悪い。





2018年11月26日月曜日

北の丸公園のモミジの紅葉がいよいよ始まった 2018-11-26

11月26日、はれ
北の丸公園のモミジの紅葉がいよいよ始まった。
一週間以内にはピークが来るのではないか。








安倍晋三の不真面目な態度 ; 山尾議員 「外国人には拡大をしない『特段の技能・技術・経験を必要としない労働』は誰が担うことになるのか?」 安倍首相「それが誰かについて今ここで答弁することはできない」 ← 答弁できないと言っておきながら、無内容な話をベラベラと..... / 外遊先が決まってないのに日程は決まっている? 外交日程の紙を配った配ってないで審議ストップ 安倍晋三ヘラヘラ笑い 結局、河野太郎が陳謝     







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衆院予算委(11/26) 逢坂誠二「実態は後から教えます、法律だけ通してくれ、後は白紙委任してくれ、こんな無責任なこと、立法府としてやれませんよ!」


大正12年(1923)9月2日(その30)「先刻、大塚の火薬庫を襲撃した朝鮮人の一隊が2千人ばかり、軍隊に追われて約20分後にはこの方面へ逃げて来ますから、みなさん警備について下さい」 すると約10分もたつかたたないうちに、また別の方面から伝令が来る。 「先刻、赤羽の火薬庫を襲撃した朝鮮人の一隊2千人が、軍隊に追われて約10分の後にはこの方面へ退却して来ますから、みなさん警備について下さい」

【増補改訂Ⅲ】大正12年(1923)9月2日(その29)「.....大塚警察署に青年たちに連行された。警察に行っても話にならない。「今日殺す」「明日殺す」という話ばかり。半分死んだような人が新しく入れられてくるのを見て、信じないわけにはいかなかった。これは私も殺されると思った。あんまり殴られて、いまは腰がいたくて階段も登れない。.....」
から続く

大正12年(1923)9月2日
〈1100の証言;文京区/小石川〉
生方敏郎〔随筆家〕
〔2日午後3時、音羽3丁目で〕「あれ。泥棒が捕まえられて来た」と老人が囁いた。〔略〕阿久津はすぐに席から駆け下りて、様子を見に警察の中へ入って行った。しばらくして出て来て、「放火です。朝鮮人が放火したんです」
放火と聞いて、私たちはゾツとした。〔略〕あれあれと言う中に、また一人連れられて来た。今度のは、腰に縄をつけて縄の端をお巡りさんが持っていた。その後から子供や群衆がゾロゾロついて来た。落人たちも足を止め、皆振り向いてその方を見ていた。「太い野郎だ。火つけ道具を持ってやがる」と誰かが言う。なるほど彼の手には、5月のお節句にたべる熊笹で三角に長く包んであるちまきのような格好のものを持っていた。「ハハア。あれに火をつけて、ボンと投げるんだな」「何でしょうね」「大方、綿に石油を浸した物か何かがあの中に入っているんでしょう。恐ろしいことをする奴があるなあ」
それからは後から後から捕えられて来た。〔略〕私の知っている少年が、「僕、彼奴の捕まる始めから見ていたんだよ。彼奴8丁目の材木屋の倒れ掛っている材木の中にもぐり込んで火を点けているところを、近所の子供に見つけられたんだ。なかなか捕まらないのをやっとのことで捕まえたんだよ」と語った。
〔略〕5、6人目に来た者は小倉の詰襟の服を着ていたが、私はたしかに学生だと思った。その中に誰かが「社会主義者の火付けだ」と叫んだ。先刻の少年はじっとその学生を見ていたが、「おや。あれは早稲田中学の生徒だよ。3年級にいる人だ」と言った。私はまさかと思ったから、「間違いじゃないかね」と疑って言った(けれどもそれは少年の目の間違いではなかった。ただし彼は人々が放火犯人を殴るのを見て、「君らが殴るには及ばない、驚官に渡すがいいじゃないか」と言ったのを、聞きとがめられて、共犯者の嫌疑を受けて連れて来られたのだ。取調べの結果たちまち釈放された)。中には高手小手に縛められて来た者もあった。巡査がついているだけで何の拘束も受けずに来た者もあった。3人5人ずつ一かたまりに連れて来られたのもあれば、10人一度に自動車にのせて運ばれたものもあった。私は24人までは数えたが、それから先は数えつくされなかった。

〔略〕向う横丁、即ち私の家へ入る小路へと人がバラバラと駆け込んだ。朝鮮人が逃げ込んだというのだ。私は思わず立ち上った。家には赤ン坊と産婦と看護婦ばかりを残してあるのだ。追い詰められた朝鮮人がもしやそこへ逃げこんだら、家人の驚きはどんなだろう。裏には物置もある。そこへ忍ばれ放火でもされたらそれこそ一大事だ。こう思った瞬間に、私は子供を傍にいた近所の人々に托しておいて、自分だけ帰宅した。家の中は静かだった。

〔略〕お向うの家では、奥さんとお嬢さんとで雑巾を持って板塀を拭いていた。私はちょっとそれが不思議に思われたので、失礼とは思ったが立止って見ていた。奥さんたちは私に会釈して、「まあ。恐ろしいじゃございませんか。これが放火のしるしなんですと。そんな真似をされちやたまらないから、今一生懸命消しているところなんですよ」 私はその印を見せてもらった。英語のKという字を左向きに書いたような、得体の知れぬ符牒だった。朝鮮の文字かも知れぬ、と後になって皆が言っていた。
私はまず自分の家の塀をよく見たが、何も書いてなかった。お隣りの塀を見ると、明らかに2個所までも書いてあった。私たちの声をききつけてお隣りの小母さんが家から出て来た。「小母さん。やられてますぜ」と私が言ったので、小母さんもびっくりしてその印を見ていた。

〔略。2日夕方〕阿久津が外から駆け込んで来た。「先生。大変です。もうどうしても一刻も早くどこかへお逃げなさい。前の山へ朝鮮人が30人入って、爆弾を持って警察の巡査とここで戦争するのだそうです」と息せきあえず言った。そして庭へ回って子供の蝉取りのもち竿を取り出し、「私にも手伝って防げ、といいますから、これで竹槍をこしらえてもいいですか」と訊いた。私は、「馬鹿馬鹿。それは兵隊と巡査の仕事だ。我々足手まといを多く抱えている弱者の手を下すべきことじゃない。明哲身を保つ、という言葉を知らないか」と大声で叱った。〔略〕更に、「馬鹿なこと言うなよ。先刻から捕まえられて来た朝鮮人を見ると、一人だって刀も槍も持っていやしない。棍棒すら持っていないじゃないか」「今は先生。そんな議論をしている時じゃありません。〔略〕前の家でもお隣りでも皆立ち退いてしまいました」「何、みんな立ち退いた」と私はそれには驚いた。〔略〕私はうろたえて表通りの方へ出ようとすると、郵便局の裏の細い路からお隣りの小母さんが出て来るのと出逢った。「皆な立ち退くのですって」「はい、もう子供たちは立ち退かせました。前の山へ朝鮮人が沢山入ったそうで、ここで何か恐ろしいことが始まるかも知れないそうです」と早口に小母さんは答えた。手には大きな風呂敷色を抱えていた。
(生方敏郎『明治大正見聞史』中央公論社、1978年)

江口渙〔作家〕
〔2日〕夜、7時ごろ、やっと丸山町の弟の家につくと、街頭には、早くも自警団がこん棒や竹やりをもって警備していた。そして、多勢の朝鮮人が暴動を起し放火掠奪して歩き、それを背後から社会主義者がせんどうしている、という噂で街は殺気立っていた。私も弟といっしょに、自警団の中にまじって警備についた。実はこれらの流言がはたしてどこまで真実であるかをたしかめようとするためであった。
最初の夜の流言は大たい次のようなものであった。「本所深川では朝鮮人の親分達がすっぱだかで馬にのり、日本刀をふりかざして指揮をしては、部下の何百何千という朝鮮人に放火略奪をさせている」とか、「朝鮮人はみんなピストル日本刀爆弾をもち、缶詰のあき缶にぼろをつめたのを投げては放火をして歩いているから気をつけろ」とか、「朝鮮人の女が爆弾を入れた小箪笥を背中にしょって行くと、男がその後からついて歩いて、箪笥の引き出しから爆弾をとり出しては、ボンボンと両側の家になげ込む。現に、上野広小路の伊東松坂屋は、そういう爆弾のひとつで一瞬に爆破された」とか、「日本人の女社会主義者が軒から軒を飛びわたっては、火をかけて歩くから屋上をも警戒しろ」とか、「女の社会主義者が井戸に毒を入れて歩いているから井戸水をのむな」とか、こういう伝達を、竹やりを持ったり日本刀をさげた伝令が、向うの街角の自警団からこちらの街角の自警団まで、夜どおし引っきりなしにつたえて来るのだ。夜中の3時頃には、次のような伝達さえ来た。
「先刻、大塚の火薬庫を襲撃した朝鮮人の一隊が2千人ばかり、軍隊に追われて約20分後にはこの方面へ逃げて来ますから、みなさん警備について下さい」
すると約10分もたつかたたないうちに、また別の方面から伝令が来る。
「先刻、赤羽の火薬庫を襲撃した朝鮮人の一隊2千人が、軍隊に追われて約10分の後にはこの方面へ退却して来ますから、みなさん警備について下さい」
それを聞いた私はそばにいる弟に「これは全然でたらめだよ。今、大塚の火薬庫は何所かへ移転してあとには何もないよ。引っ越したあとの空地なんか襲撃する馬鹿はいないはずだ。これはたしかにでたらめだ。また、何かの間違いで襲撃したとしても、赤羽と大塚とあんなに離れた場所から2組の朝鮮人がしかも同じ人数の2千人が同時に軍隊に追われて、たった10分か20分の差でこんな丸山町まで同時に退却して来るなんて、そんなことは断じてあり得ない。これは明らかに今夜のこの不安と動揺に乗じて、一そう人心を混乱させようとする者の陰謀だよ。朝鮮人の暴動よりもそういう陰謀の方を遥かに警戒する必要がある」と、いうと私の弟は見る見る顔色を変えた。そして「今、そんなことをいうと自警団に半殺しの目にあわされるから、どうかそれだけは止して下さい」とさえぎるので、止むなく口をつぐんだ。だがこのような人心混乱策が、たしかに右翼団体か、軍部の策動であると私は直感した。「社会主義者と朝鮮人とが一団になって、暴動を起し、放火、掠奪いたらざるなく、いつ革命が起こるかわからない」という流言は、このようにして一夜のうちに、全東京から京浜地区、横浜、神奈川までもひろがって行ったのである。
大地震に家を失い、食を失い、一夜にして流亡の民と化した市民達は、もうそれだけでも、平生の知性や良識をふり落して、すっかり殺気立っていた。そこへこのような流言の嵐が吹きまくったのだからたまらない。たちまち、狂暴きわまる暴民と化して、朝鮮人と見たらうむをいわせず叩き殺しにかかったのだ。ことに憲兵は、社会主義者を眼のかたきにしては、片っ端から留置場へ叩きこんだ。
(江口渙『わが文学半生記』青木書店、1953年)

喜田貞吉〔歴史学者〕
〔2日、小石川東青柳町で〕誰言うとはなく、この火事は震災の為ばかりではなく、不逞の徒の所為だとの噂が伝わる。道の辻々には火の元注意の掲示と共に、放火警戒の宣伝ビラが貼り出される。はては○○の名を以て、「放火せんとする無頼の徒ありとの風聞あり、各自警戒を厳にし、検挙の為に積極的後援を望む」というような注意書までが見え出した。市民の興奮はその極に達した。誰が指揮するともなく各自棍棒・竹槍等を携帯して警固に出かける。無論自分もその中の一人だ。中には短刀や抜身の槍などと物騒なものを持ち出す連中もある。道の辻々を警めて、一々通行人を誰何する。
何所では爆弾携帯の壮漢が捕われたの、何所では揮発油入の瓶を持っていた婦人が縛られたの、現に放火の現行犯が押えられるのを見て来たのと、誠らしい噂に人々が目を丸うする。牛乳配達者に気をつけよ、牛乳缶の中へ揮発油を入れているかも知れぬ、在郷軍人の服を着ているからとて、避難者の風体をしているからとて、それで決して油断をするな、救護班の腕章をつけて誤魔化している不逞漢があるそうな、婦人小児だとて安心してはならぬ、と、およそ自分等の知人以外のものは、ひとまず以て放火犯人の連累と見て警戒せよというのだ。
ことに自分等の東青柳町は、その背後に通称大塚の火薬庫なる兵器廠があるので、それを爆破すべく不逞の徒が念がけているという風説に、一層神経を鋭くさせられる。裏の空地を挟んだ火薬庫の崖の薮の中へ、怪しいものが入り込んだと誰かが言い出した。人々は手に手に獲物〔得物〕を提げて群集する。騎馬の憲兵が数騎右往左往に駆けまわる。その物騒な事ったらない。
(略)
「喜田さんの宅へ○○が放火した」と大声に呼ぶものがある。折から麦湯を沸かしていた妻が戸を開けに行こうとするうちに、早くも20〜00人の町内の衆が、それをも待たずに叩き破って闖入した。「ソレ灯を持って屋根へ上った」「ソチラへ逃げた」「コチラへ逃げた」と、はては屋上から床下まで捜索するが誰もいない。よくよく事情を聞いてみると、炊事場の煙突から火の粉が揚ったのを誰かが見て駆けつけてくれたのがもとであった。
〔略〕夜になると警戒がいよいよ厳重だ。空を焦す大火の炎は相変らず続いている。町内の人々は昨夜と同様電車線路や護国寺前の広場に露宿している。電灯もない暗闇の道を屡々騎兵の列が通る。道の辻々には銃剣を持した兵士が固めている。午後に戒厳令が敷かれたのだ。昨夜から続々として絶える間のない避難者の列は、夜になっても一向に減らぬ。
富士見坂上から護国寺前まで、宅の前の通り2町余りの間に5箇所の警固所ができた。○○が50人ばかり林町方面へ入り込んだから警戒せよといい継いで来る。〔略〕自転車上から赤筋の入った提灯を振りかざして、「ただ今松坂屋の火が本郷3丁目までやって来た、皆さん避難の用意をなさい」と触れながら駆けて来る人がある。〔略〕新聞の号外が続々電柱や板塀に張出される。いずれも恐ろしい記事の限りで、中には○○が200人抜刀で某所へ切り込んだなどと麗々しく書いたものもある。流言蜚語頻りにいたるで、人心恟々、何が何だか少しもわからぬ。
(「震災日誌」『社会史研究』1923年11月→琴秉洞『朝鮮人虐殺に関する知識人の反応1』緑陰書房、1996年)

つづく



2018年11月25日日曜日

横浜 日本大通り、山下公園前通りのイチョウ / 今日の片瀬東浜と西浜 2018-11-25

11月25日、はれ
今日は、朝8時頃、自宅近くの富士山ビューポイントから富士山が見えたので、うまく行けば富士山見放題の湘南海岸散歩、との希望的感想をもって江ノ島に行ったけれど、お昼前、富士山は殆ど見えなくなっていた。
すごく暖かかったので、半分くらいはムリかなと思ってたけど.....と負け惜しみを言っておこう。

しゃーないので、片瀬東浜と西浜で暫く海を眺めて、横浜に取って返した。
お目当ては山下公園周辺のイチョウ。

こちらは、ほぼお目当て通りのイチョウを見ることができた。
更に、山下公園では、飛鳥Ⅱがゆっくりと大桟橋に着眼するところに遭遇した。
山下公園の秋薔薇を撮りたかったので、大桟橋には行かなかった。

ケータイの万歩計によれば、今日は1万5千歩超歩いたことになっている。
が、体重計に乗ったとき、フゥとため息が出た。

(写真は全てスマホP20)

▼片瀬西浜
写真のセンター辺り、少し白いところが富士山の冠雪部分
ボードはライフセービングの訓練のようだ

▼片瀬東浜

▼横浜スタジアムの日本庭園

▼日本大通り

▼山下公園から大桟橋方面を見たところ
飛鳥Ⅱの煙突からまだ煙が出ている




▼朝の富士山


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五輪・万博、夢をもう一度!(パリは早々と辞退して、結局エカテリンブルクとバクーに勝ったと大喜び) → 万博、重い民間負担 埋め立て地、どう防災 / 大阪万博、切った経済カード 100カ国に支援240億円 / 「『金が欲しい』以外に動機ない」 万博に懸念の声も / 「国、自治体、経済界の負担方法は一部しか決まっていない」 / <想定される費用>判明してるのをざっくり足しただけで1兆円(自民党大阪市議による) / 経済衰退にトドメか?「大阪万博2025」は悪夢でしかない(山田順) / 万博の開催は2025年、そのとき日本がどうなっているかというと団塊の世代がみんな75歳以上になり3人に1人が65歳以上になる / 大阪万博“カジノ利権”の証明! オフィシャルスポンサーに安倍首相がトランプにねじこまれた米カジノ企業3社が / 会場建設費は「たいしたお金じゃない」(橋下)   



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▼無責任!





2018年11月24日土曜日

マゴちゃんのお泊り 2018-11-23、24

11月23、24日
三連休と云うことで長男家族が泊まりに来た。
マゴちゃんも二回目のお泊り。

もともと次男が久しぶりに帰宅する予定だったので、
じゃ長男家族も合流ということになってたんだけど、
次男はなにやら仕事があって帰宅できなくなってしまった。
デートがあるからとかだったら、ま、許せるけど、仕事が理由じゃね、、、、、。

マゴちゃん、ほんの暫くの間だったのに、かなり会話が成り立つようになって、
ホント、楽しい。
ナマウタもしっかり聴かせてもらった。

来た日(23日)のお昼から酒盛り(↓)が始まって、
帰る日(24日)の3時には、こんな(↓)スイーツ・テロル。

明日からお茶漬けや、というのがこういう時の関西のギャグ。
元々は、ハレの日の散財の後のことを言うのだが、
ワタシの場合、食べすぎ・呑み過ぎの後にあてはまる。

明日は何処か歩きに出よう。



水道民営化促進で内閣府に出向した人の正体 7日成立予定の改正水道法に不透明な背景(東洋経済); 道民営化のため任用の大臣補佐官福田氏の登用は竹中氏の意向..... / 東京新聞望月記者「菅長官に仕えてた福田隆之元補佐官が、去年の6月12日から16日まで、毎日スエズ社の車で、ヴェオリア社の副社長と単独で会食、ワイナリーツアーにも行っていた可能性が指摘。水ビジネスで利権を得るこのようなたび重なる行為、問題あるのでは?」 菅官房長官「問題ない」 / 突然辞任した菅官房長官の右腕補佐官。 永田町では、その福田氏の詳細な出張旅程と、世界的水メジャー・ヴェオリア社(フランス)からの接待疑惑が書かれている「怪文書」が流出した。 今国会で成立?の水道民営化法案、骨格は福田氏が作ったという。







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「徴用工判決」で報じられない「不都合な真実」(山本晴太); 韓国最高裁の徴用工判決を「国際法上あり得ない」と批判した安倍首相の方が「国際法上あり得ない」ことを法的に解説した記事。判例集や国会議事録を精査せず安倍首相のいうままに韓国が一方的に約束を反故にしたと振り撒いて隣国への憎悪を煽った日本マスコミの責任は重い。




2018年11月23日金曜日

膨らむ増税対策「理屈どうにでも」 金持ち優遇の懸念も ;「今回は何でもやればいいんだ。理屈はどうにでもなる」 / ポイント還元、ほぼ「減税」 与党内からもバラマキ批判 / 8%→10%なのに、5%還元したら、実質3%の減税になるけれど、それじゃ何のための増税? / 消費税対策で首相「還元率5%・9か月間」(TBS系(JNN)) / 消費増税 ポイント還元は5%に(NHK) ; 「せっかく社会保障を安定的にするための財源だったはずが、景気対策によってそれが壊れてしまう。消費税の議論は低所得者への対策という話だったが、最後の最後になって、お金持ちに対する優遇措置が入ってきた」



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モノクロ&サイレントで記録された第一次世界大戦中の映像を、色鮮やかに、音声もつけてリストアした前代未聞のドキュメンタリー映画「They Shall Not Grow Old」予告編。「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン.....