2013年7月26日金曜日

長元5年(1032) 甲斐守源頼信、美濃守に就任し、美濃国に軍事拠点を築く。 のち、河内源氏と首藤氏との重代相伝の主従関係が形成される

北の丸公園
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長元5(1032)
この年
・藤原実資『小右記』の記述が終了。
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・資子内親王の年給として、紀成重を越前大目に任じる。
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・フランス、ブルゴーニュ王国、ロドルフ3世、没
(ルードルフ、ヴェルフ家、位993~1032、888~1032(144年間)ヴェルフ家がブルゴーニュ王国を統治)。
皇帝コンラート2世(位1024~1039)、ブルグンド王位を要求
(要求の根拠:1006年ハインリヒ2世とルードルフ3世の相続協定)。
ルードルフ3世甥シャンパーニュ伯オドー2世も相続権主張(ブルグンド貴族の中にはオドー2世支持するものが少なくない)。
アンリ1世弟ロベール、ブルゴーニュ公領を継ぐ。
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・イタリア、カープア候パンドゥルフス4世、南イタリアでの最強の君主となる。
ガエータ占領。
モンテカッシーノを支配下におく(モンテカッシーノ大修道院長テオバルドゥスをカープアの牢獄に投獄)。
ライバルのナポリ公セルギウス4世に仕えていたが、ノルマン人アヴェルサ伯ライヌルフスと同盟締結、ナポリ公とカープア候の力関係が逆転。
ソレント、ナポリ公国から分離・独立。カープア候、サレルノ候・ソレント公と同盟締結。
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2月8日
・甲斐守源頼信、平忠常追討の功績により望みどおり美濃守に就任。長元9年には別人が在任しているから、任期は1期4年だった。
美濃守就任によって頼信は同国に軍事拠点を築くことになる。
『尊卑分脈』によると、頼信は美濃国池田郡司を継承してきた紀維貞(きのこれさだ)を女婿に迎えている。美濃の豪族を家人化する動きである。

時代は下るが、美濃国の席田(むしろだ)郡司であった守部氏出身の資清(すけきよ)を従属させ、その子孫首藤(すどう)氏と河内源氏が重代相伝(じゆうだいどうでん)の主従関係を形成するのも、美濃進出の結果である。

これ以後、美濃国は河内源氏にとって重要な軍事的拠点となり、京での活動を支える基盤となる。
首藤氏の他にも、源氏一門の満政(みつまさ)流、青墓宿(あおはかのしゆく)の内記(ないき)氏など、同国を基盤とする重要な同盟軍・家人も登場する。
逆に、同国では頼光流の美濃源氏との間で、世代を超えた対立も継続する。
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3月5日
・この頃、年初の地震のため、大赦。調庸を免じ、老人・僧尼に穀物を支給。
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10月
・教皇ベネディクトゥス9世(11)、即位(位1032~1044)。
父アルベリク3世が金をばらまき教皇に即位させる。不品行な教皇。
ベネディクトゥス9世弟は「ローマ人の元老院議員」と称しローマ市を支配。一族でローマを「掠奪・殺人」で満たす。
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12月8日
・京都の法住寺、全焼。
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12月16日
・富士山、噴火。嶺より山脚まで延焼。
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