2013年9月9日月曜日

日本経済は、スタグフレーションに突入へ(野口 悠紀雄、東洋経済オンライン) 「日本銀行の異次元金融緩和は空回りを続けている。」

YAHOOニュース
日本経済は、スタグフレーションに突入へ
8時00分配信 東洋経済オンライン

 日本銀行の異次元金融緩和は空回りを続けている。本連載の第35回でそう述べた。このように判断する根拠として示したのは、マネーストックが増えていないという事実だ。

 このことは、最近になっても変わっていない。マネーストック残高の7月の季節調整済み前月比年率は、M2でもM3でも1%台にすぎない。6月には比較的高い伸びを示したが、7月は元に戻ったわけだ。

 対前年同月比で見ると、M2で3.7%、M3で3.0%だ。これらの値は、これまでよりは高めである。しかし、2009年後半や11年11月から12年1月にかけても、M2の対前年比は継続して3%を超えていた。この程度の伸び率では不十分とされて、異次元緩和政策が鳴り物入りで導入されたのだ。しかし、状態が目立って変化したとは言えない。

 異次元緩和政策の導入からすでに4カ月が経過したが、このように、金融市場にその影響は及んでいない。つまり、金融緩和政策は機能していないということだ。

 マネーストック残高が伸び悩んでいる反面で、マネタリーベース残高は、日銀による国債買い上げの結果、猛烈な勢いで増えている。5月以降の対前年同月比は、継続して30%台後半という高い値だ。5月の季節調整済み前月比年率は、実に137.7%に達した。つまり、マネーストック残高の伸び率は、マネタリーベース残高増加率の約30分の1から140分の1ということになる。


 残高の対前月増加額で見た状況は、下図のとおりだ。この図に示されているように、マネーストックの対前月増加額は、マネタリーベースの増加額に追いついていない。

 残高増加額について、マネーストック(M3)のマネタリーベースに対する比率を見ると、1前後の場合が多い(7月は3.53という高い値になっているが、高い値は過去にもあった。10年の8~10月には2~3だった。なおM2とマネタリーベースの比は、かなり変動している)。今年の4月以降、その値は若干低下した。つまり、これまでと同じ傾向が続いているということだ。

 この結果、マネタリーベースに対するマネーストックの比率は低下している。この比率は、量的緩和が終了する06年ごろまで、M2で6~7、M3で9~10程度だった。07年以降はM2で8、M3で11~12程度だった。10年に包括的金融緩和政策が導入されてから低下し、13年7月はM2で5.0、M3で6.8になった。これは異常な事態である。


■ 金融機関のポートフォリオが劣化する

 金融緩和政策とは、マネタリーベースを増大させることでマネーストックをその数倍の規模増加させることだ。それがマネー市場における需給を緩和し、実質金利が低下することによって経済活動に影響が及ぶことを期待する。しかし、マネーストックが増えないのでは、そもそも金利押し下げ効果が働くはずはない。

 こうした状態では、金融政策が為替レートに影響を与えることもない。なぜなら、為替レートに対する影響は、内外金利差の変化を通じて働くものだからである。

 新聞報道などで、「日銀が4月に導入した異次元金融緩和のために円安が進行し」というような解説が当たり前のようになされている。しかし、そうしたことは、現実には生じていないわけだ。円安が進行しているのは、前回、前々回に述べたように、欧州からの資金流入が頭打ちになったためと、海外投資家による円安投機が行われているからである。これを「アベノミクスの成果」と言うのは、すりかえである

 ところで異次元緩和政策は、効果がないだけではない。現在の状況が続くと、銀行のポートフォリオは異常な形となり、収益性が低下する。

 すでに述べたように、マネーストックの対前月増加額はマネタリーベースの増加額より少ない。金融機関全体で見れば、国債が減って当座預金が増えるが、貸出増が国債減をカバーできていないことになる。つまり、資産の収益性が減っているのだ。

 マネーストック増加額とマネタリーベース増加額の比率が1であれば、金融システム全体として見れば、国債が減る反面で貸出が増えるので、収益性は基本的には不変だ。しかし、いまの状況が続けば、国債という収益資産が減り、当座預金という非収益性資産が増える。これは不健全なポートフォリオだ。

 そうならないよう、ある段階で金融機関は日銀による国債購入に応じなくなる可能性がある。そうなれば、マネタリーベースの増加さえできなくなる。


■ スタグフレーションをコントロールできない

 8月の月例経済報告は、「デフレ状況ではなくなりつつある」とした。しかし、実際には、円安によって、エネルギー関係費が増加し、そのために消費者物価指数の上昇率が高まっているだけのことだ

 電気料金の値上がりはとくに深刻だ。現在の制度では、燃料費が増加すると料金に自動的に転嫁されるような仕組みになっているため、円安による輸入燃料の値上がりは、自動的に電気料金に転嫁される。

 電気はあらゆる経済活動で用いられるので、その価格上昇は生活と産業活動を圧迫する。産業活動の中では製造業が電気を比較的大量に使用するため、大きな影響を受ける。

 また、円安にもかかわらず、貿易赤字は拡大している。7月の貿易赤字は、ついに1兆円を突破した。現在の状況が続くと、所得収支の黒字で貿易赤字とサービス収支赤字をカバーできず、経常収支が赤字になる可能性を否定できなくなった。

 他方、輸出数量はここ数カ月増加はしているものの、これまでの落ち込みの反動にすぎない。7月の輸出数量指数は、やっと12年9月の値に戻った程度だ。自動車の輸出が好調というが、7月の輸出台数の対前年比を見ると、自動車全体で0.2%にすぎず、乗用車はマイナス0.7%だ。欧州経済は持ち直す可能性があるが、中国経済の行方は、依然として混沌としている。Jカーブ効果でこれから輸出が増えるという見方には賛同できない(本連載の第20回を参照)。

 これまでは、消費税の駆け込み需要で住宅建設が増加し、1月の大型補正予算による公共事業の増加があった。こうした需要はいずれフェードアウトする。「設備投資に動意が見られる」という指摘があるが、4~6月期のGDP統計では、実質設備投資の減少が依然として続いていることが明らかになった。

 ドイツ連邦銀行が8月の月報で、アベノミクスについて批判的な分析を公表したと報道された。「一時的に成長を押し上げるが、中期的には景気への効果はつかの間のものであることがはっきりする」というものだ。13年にはGDP成長率を1.25%押し上げるが、15年にはマイナスの効果になるとした。

 こうして、日本経済は、経済活動が伸びない一方で物価が上昇するというスタグフレーションに突入しつつある。しかも、この状況は、日本政府の経済政策でコントロールできない状態だ。なぜなら、日本経済の命運を決める為替レートが、ヘッジファンドなどの円安投機で動く状態になっているからだ。

 (週刊東洋経済2013年9月7日号)
野口 悠紀雄

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