2014年11月1日土曜日

日銀追加緩和 危ない賭けではないか (東京新聞社説) : 悪化した経済指標 大きすぎる副作用 どう正常化するか

東京新聞 【社説】
2014年11月1日
 
 日銀の追加金融緩和は政策委員の賛否の拮抗(きっこう)が示すように危ない賭けである。株は大幅高となったが「悪い物価上昇」などの弊害は小さくない。

 日銀の黒田東彦総裁は追加緩和を決めた後の記者会見で「消費税増税後の需要に弱さが見られ、原油価格の下落もあって物価の下押し圧力が高まっている。デフレ脱却に向けて正念場だ」との理由を説明した。これまでにも二年で2%の物価上昇目標の達成が危ぶまれれば「躊躇(ちゅうちょ)なく調整に動く」と強調してきた通りともいえる。 

◆悪化した経済指標

 実際のところ、四月の消費税増税後は駆け込み需要の反動減が政府の想定を上回る規模で長引いてきたのである。家計消費は九月まで六カ月連続でマイナス、マンション販売戸数や住宅着工件数も落ち込んだままで、消費の減退から機械受注、鉱工業生産指数といった生産活動も停滞している。在庫の積み上がりから景気後退局面に入ったとの見方も出ていた。

 九月の消費者物価指数は前年同月比で3・0%上昇したが、日銀が判断する、消費税増税の影響分を除いた上昇率は1%程度にとどまる。来年四月で二年を迎える異次元緩和の効果は当初に比べて息切れしているのも確かである。

 だが、問題なのは、金融政策決定会合で政策委員の賛成が五人、反対が四人と意見が真っ二つに分かれたように「なぜ、今なのか」とのタイミングに加えて「果たして効果が期待できるのか」「残された手段がなくなるのではないか」といった本質論にさえ大きな疑問が残るのである。

 十五年続いたデフレからの脱却を目指した量的・質的な金融緩和は「物価は上昇していく」とのインフレ期待を人々に形成させるものだ。このため黒田総裁は消費税増税後に景気が陰り始めても一貫して強気の姿勢を崩さず、景気は回復基調にあると言い続ける必要があった。

◆大きすぎる副作用

 そもそも消費税を5%から8%に上げるかの議論に際して黒田総裁はいち早く「増税すべきだ」と主張したのだから、消費税増税で景気が低迷したとは言い出せないのは当然である。

 「なぜ、今なのか」はこういう事情があったからで、結果的には市場に「良いサプライズ」を与えて円安と株高が加速したが、異次元にさらなる追加緩和を危ぶむ声は少なくない。

 一つは、円安による弊害が深刻化することだ。製造業大手の拠点は海外移転が進んだために円安でも輸出が伸びない経済構造になったうえ、中小企業にとっては原材料の輸入価格が高騰、価格転嫁がままならないために経営を圧迫している。この日決算発表があった大手自動車メーカーが早速「取引先の部品メーカーはこれ以上の円安を望んでいない」と強調したほどだ。

 何より、現在の景気停滞の原因は、国内総生産(GDP)の六割を占める個人消費の落ち込みが大きい。それは消費税増税に加えて円安による物価上昇が家計を直撃しているためだ。さらなる円安は、輸入価格を押し上げ、食料品や生活必需品などの「悪い物価上昇」を招くおそれが強い。賃金の上昇が物価上昇に追いつかず、消費が一段と冷え込めばスタグフレーション(景気後退下の物価上昇)にさえ陥りかねない。

 株価が上がれば、資産効果で富裕層の消費は増えるかもしれない。「経団連銘柄」といわれる大手製造業の業績を後押しするのも間違いない。要するに富む者が潤えば滴が落ちるトリクルダウンを狙った政策といえる。

 家計や中小企業を犠牲にしてでも、日銀が掲げた「二年で2%の物価上昇」を実現することに大義はあるのだろうか。まさか消費税を8%から10%に上げるための環境づくりではあるまい。
 現在の異次元緩和でさえ、日銀当座預金残高が日銀の資金供給と同じような規模で増えており、資金が市場に回らず、活用されてはいないのである。

 追加緩和で長期国債の買い入れを年五十兆円から年八十兆円に増やすが、すでに日銀の国債大量購入により長期金利は0・5%を下回る異常な水準に抑え込んでいる。これは預金者や投資家の犠牲のうえに国の借金の利回りを抑える「金融抑圧」との批判もある。中央銀行による政府債務の肩代わりとの指摘も強まるだろう。

◆どう正常化するか

 怖いのは、これまで温存してきた「緩和カード」を使い切って手詰まり感が出たり、円安が行き過ぎた場合にどう対応するのか。「未知の領域」を進み続けた後に、金融政策の正常化はできるのか。日銀内で足並みが乱れた政策には危うさばかりが漂っている。

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