安保法制懇 私が委員だったら(『東京新聞』こちら報道部2014-05-16)
十五日、集団的自衛権の行使容認を求める報告書を安倍晋三首相に提出した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)。
容認派の「お友だち」らを首相が好き勝手に人選した私的な会議に正統性はあるのか。
このままズルズルと「解釈壊憲」を許していいのか。
「もし私がメンバーだったら…」。
安倍タカ派路線に批判的な識者に聞いた。
(篠ケ瀬祐司、林啓太)
①改憲派として知られる小林節・慶応大名誉教授は、安保法制懇について「憲法を論ずる構成になっていない」と批判する。
安保法制懇は第一次安倍政権時のメンバーをほぼ引き継いだ。政府は、社民党の福島瑞穂参院議員の質問主意書に対する答弁書で「深い見識を有し、著しく公平性を欠いていない」と説明しているが、小林氏は「結論ありきの人選だ。憲法学者は一人(西修・駒沢大名誉教授)だけ。これで
は、憲法学界の議論が正しく伝わらない。日本の良識は反映されていない」と手厳しい。
小林氏は、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認を「憲法泥棒」と呼ぶ。時の政権が、権力者を縛る憲法を事実上書き換えるに等しいからだ。安保法制懇のメンバーに選ばれていれば、そうした点を突いた。
「憲法下での海外派兵は、九条の文面からも、歴史的経緯からも無理だ。尖閣諸島を守ることや北朝鮮のミサイルへの対処は、警察権や個別的自衛権でできる。それでも海外派兵が必要というなら、理由を示し、解釈変更ではなく憲法改正の手続きをとるべきだ」
②安倍政権の姿勢に危機感を抱く学者グループ「立憲デモクラシーの会」の呼び掛け人の一人、愛敬浩二・名古屋大教授は、メンバー入りしていれば広い視野での議論を呼び掛けた。「重大な政策変更につながる議論をするのだから、集団的自衛権の行使反対派も含めて広く意見を聞くことが大事だ」
その上で、真の狙いを問うた。「何をしたくて集団的自衛権の行使に踏み込もうとするのか。尖闇や北朝鮮だけが理由なのか。(首相の会見でも)外国から避難する邦人を運ぶ米艦船の護衛の話も出たが、自衛隊に頼らずとも、米艦船が自ら迎撃するだろう。米国の戦争に軍隊として参加した
り、南シナ海での中国とフィリピン、ベトナムの対立に軍事介入したりすることはないのか、目的をはっきりさせたい」
今語るべきは「軍事よりも生活」と考える。「一人一人が安全な生活を営むにはどうするか。尖閣諸島をめぐる話よりも、社会の格差解消や、若年労働者が減る中で生産や社会保障をどう維持するかなどを話し合う時だ」
③「イラク自衛隊派遣差し止め訴訟」を担当した弁護士の川口創氏(名古屋市)は「メンバーになったら(法的根拠のある)審議会に格上げしてくれと言う。国家の根幹にかかわる問題を、私的な機関で議論していいはずがない」と主張する。
その名の通りの運用も促した。「『法制懇』なのだから、内閣法制局の意見も聞き、メンバーが顔を合わせてきちんと法律、憲法の議論をしましょうよ、と」。第二次安倍内閣での安保法制懇開催は、わずか七回だ。
④非政府組織や国連の職員として東ティモールや西アフリカ・シエラレオネの紛争処理などに携わった伊勢崎賢治・東京外語大教授(平和構築学)は、安保法制懇について「国際貢献の在り方を理解しているとはいえない」と断じる。
安保法制懇は、国連平和維持活動(PKO)での武器使用などの集団安全保障への取り組みについても検討した。報告書は「自衛隊がPKOなどの国際活動で武器を使用することは武力の行使にはあたらない」などと武力行使を前提にした書きぶりだ。
だが、伊勢崎氏は「米国はテロとの戦いで、テロリストを生まない環境をつくることの重要性に気付いた。貧困や格差問題の解決こそが大事だ。日本は武力を行使しなくても、非軍事で責献できる分野がある」と指摘する。
伊勢崎氏が非軍事分野で重視するのは「平和のためのインテリジェンス(情報活動)」である。独自の情報網を紛争地域の平和構築の活動に生かしている国もある。「本当に必要な情報を取るには命がけのこともある。使命感を持った外交官を育てなければならない。ドイツのように情報収集力のある国には米国も一目置いている」
⑤元駐レバノン特命全権大使で外交評論家の天木直人氏は「日本が頼るべき外交の武器は憲法九条」と言い切る。「今の世界で国同士の全面戦争はあり得ず、日本が求められるのは国際紛争への対応だ。衝突の予防や素早い事後処理をする上で、平和を国是に掲げた日本には利点がある」
⑥軍事評論家の前田哲男氏は「集団的自衛権の行使容認は日本の対米従属をいっそう深める」と懸念する。「私が安保法制懇のメンバーの立場ならば、集団的自衛権で米国の戦争に協力する代わりに、在日米軍基地を大幅に削減するよう求めるだろう。メンバーにはそんな発想さえないのか」
⑦金子勝・慶応大教授(財政学)は「首相がお友だちを選んで作った私的な懇談会の報告書を基に、憲法九条の解釈変更という国の根幹に関わることを閣議決定だけで変えようとしている。悪い冗談だとしか考えられない。日本は独裁国家になったのか」と皮肉る。
もしメンバーであれば「こんな懇談会で国の基本政策を決めてはならないと報告書に明確に書き込む」と話す。「そんな殊勝な考えの有識者は懇談会に一人もいないだろう。集団的自衛権を認める世論はまだ少数派だが、彼らは首相の権威を使ってやりたい放題だ。結論ありきの『色』が付いた『有色者』だ」
⑧作家の落合恵子さんは「どうして日中の軍事的な緊張が高まったのか。どうしたら緩められるのか。それを問うことなく、安保法制懇は武力行使に前のめりな結論を出した。福島の原発問題などが解決を見ないまま、集団的自衛権の議論が進むのは非常に問題だ」と吐き捨てるように言う。
⑨全国の0・6%の面積に74%の米軍専用施設が集中する沖縄は十五日、くしくも「本土」復帰から四十二年を迎えた。沖縄県で暮らす芥川賞作家の大城立裕氏は「沖縄からすれば、目の前の米軍基地をどうするのかが喫緊の課題だ。県外移転を求める県民の声に冷淡な本土との間には構造的差別がある」と沖縄の声を代弁する。
もし安保法制懇のメンバーに選ばれていれば…。「約四十年前に沖縄国際海洋博覧会の開催内容などについて政府の有識者として議論に加わったが結局、沖縄の思いをくみ取ってもらえなかった。有識者会議はこりごりだ」と嘆いた上で、こう訴えた。
「安保のために沖縄を犠牲にすることは許せない。有識者だけでなく、国民全体が、沖縄に対する構造的差別を許していいのかどうかに関心を向けてほしい」
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