2014年7月30日水曜日

「法人税減税と中小企業増税 株価対策と化した成長戦略」(山口義行 『世界』8月号) : 「政権支持率は株価に連動する - そう信じて疑わない安倍首相が「成長戦略」の名のもとに、またも「暴走」を始めている。」

本論文より、「株価対策と化した成長戦略」の現状と問題点について引用させて戴いた。
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法人税減税と中小企業増税
株価対策と化した成長戦略
山口義行
立教大学経済学部教授。金融論。中小企業サポートネットワーク「スモールサン」主宰。著書に『金融ビッグバンの幻想と現実』『誰のための金融再生か』『経済再生は「現場」から始まる』。共著に『ポスト不況の日本経済』『現代経済と金融の空洞化』『バブル・リレー21世紀型世界恐慌をもたらしたもの』『終わりなき世界金融危機 バブルレス・エコノミーの時代』など。

政権支持率は株価に連動する - そう信じて疑わない安倍首相が「成長戦略」の名のもとに、またも「暴走」を始めている。その一つは、法人税の実効税率の引き下げ。しかもそのための財源を中小企業向け増税でまかなおうというのである。そしていま一つは、公的年金の積立金による株式投資である。

(略)

「外資導入で成長」は途上国の戦略

(略)

株価対策と化した成長戦略

 「成長を促すため」と言いながら、安倍首相と政策立案者たちの本音が「株価の引き上げ」にあることは明らかである。

 法人税の実効税率を下げて上場企業の利益を増やせば、配当の増加を期待した資金が株式市場に流れ込む。そうすれば株価が上がるに違いない。こんな「期待」が安倍首相を法人税率の引き下げに走らせている。

 さらにそれだけでは心配だから、国民の大切な年金積立金を株に投じて、それを「呼び水」にして株式投資を誘発しようと考える。

 したがって、「外資の導入」といっても、そこで期待されているのは、株式市場への海外資金の流入にはかならない。

 現在、株式売買に占める海外投資家のシェア(金額ベース)は六~七割に達している。そのため、株価対策は事実上「海外投資家対策」ということになる。

 麻生太郎財務相は衆議院財務金融委員会で、株式市場の動向に関連して、「GPIFの動きが六月以降出てくる。そうした動きが出てくるとはっきりすれば、外国人投資家が動く可能性が高くなる」と述べた。

 GPIFとは現在日本の公的年金の運用を行っている組織、「年金積立金管理運用独立行政法人」のことである。その資産規模は一三〇兆円にものぼる。
現在、その基本ポートフォリオは国内債券六〇%、国内株式一二%、外国債券一一%、外国株式一二%、短期資産五%というものだが、国内株式の運用を二〇%位にまで高めようというのが安倍政権の方針のようである。
それだけでも、一〇兆円近い資金が株式市場に追加的に投じられることになる。こんな話が「六月以降出てくる」から、外国人投資家が株価上昇を見越して株を買い増すに違いない。
そうなれば株価が上がるだろうと、麻生財務相は自分の「読み」を語ったのである。

 要するに、描かれているシナリオは「年金マネーの存在をちらつかせて海外勢の新たなマネーを呼び込み、日本株の一段高につなげる」(日本経済新聞二〇一四年六月一四日)というものなのである。

安倍首相はなぜ「株価引き上げ」に邁進するのか

 株価が上がれば、投資家たちの財布のヒモが緩んで消費が拡大する。そうなれば経済成長にも貢献するはずだ。そんな「資産効果」を根拠に、「株価引き上げ策」を正当化する向きもある。
しかし、株価上昇による「資産効果」が一時的なものでしかないことは、円安を背景に株価が大幅に上昇した昨年の状況を振り返っても明らかである。

 さらにいえば、株価上昇の恩恵をもっとも大きく受けるであろう海外投資家は、株式投資で得た「儲け」を当然のことながら本国へと持ち帰る。とすれば、それが日本経済の成長に役立たないことはいうまでもない。

 こんなことを首相とその周辺が理解できないはずはない。それなのになぜ安倍首相はかくも一生懸命株価を上げようとするのか。
その背後には、「金融資本主義」と化した日本の現実がある。

 最近テレビや新聞で活躍している「エコノミスト」たちの「肩書」に注目すれば明らかだが、今や「証券系エコノミスト」たちが経済メディアの主要な論調をつくっている。
そんな彼らの関心事はいうまでもなく、株価が上がるか下がるかの一点。政府が実施する政策に対する評価も、それが基準になる。

 株価が上がれば、安倍政権の政策運営は絶賛されるが、株価が上がらなかったり、反対に下がったりしたら、政権は「無能よばわり」され、遠慮なくこき下ろされる。
そんな評価が連日マスメディアで流されれば、政権支持率もそれに振り回される。
安倍首相が「成長戦略」と称して「株価対策」に邁進する背後には、こうした現実がある。

アメリカでも公的年金基金を株に投じてはいない

 (略)

 たとえば、いくら株価を上げたいからと言って、国民の大切な年金積立金を株に投じることはそれらを大きなリスクに晒すことになる。
金融大国アメリカでさえ、公的年金の積立金で株を買うことはしていない。

 一九九九年一月一九日、アメリカのクリントン大統領が、一般教書演説で高齢化に対処するためとして公的年金積立金(九七年末六五五五億ドル=約七〇兆円)の株式運用を提案した。しかし、当時FRB議長だったグリーンスパン氏をはじめ、各界からの強い批判を浴びて断念。
以後、現在も一〇〇%国債で運用されている。

 リスク資産への投資が時として多額の損失につながることは、わが国の歴史でも実証済みである。
GPIFの前身である年金福祉事業団が、バブル崩壊とともに不動産や株式投資で巨額の損失を被ったことはいまだ国民の記憶に強く残っている。

 GPIFも、たとえばリーマンショック前後には巨額の損失を負い、二〇〇八ー〇九年度の運用実績は計一五兆円ものマイナスに陥った。
株式投資の比率を高めれば、今後さらに大きな損失が発生する可能性が高まる。

 年金積立金による株式運用の問題点は、たんにそれがリスキーだということには留まらない。
「企業経営に口をはさむ権利」でもある株式を、政府が管理できる資金で大量に保有することは市場経済に対する政府の直接的な関与を強めることになる

 「公的機関が民間企業の経営への関与を強めることは、国策に沿った経営判断を民間企業に強いるリスクがある。GPIFが運用面での独立性を保てなければ、こうした取り組みが弊害を招くとの見方もある」(日本経済新聞二〇一四年五月二二日) 。

 政府から「独立的」であるべき日本銀行を、総裁などの任命権を行使して事実上自分の「言いなり」にさせた安倍政権。
TPP締結に抵抗する農協に対しては解体論を持ち出し、集団的自衛権の行使容認に抵抗する公明党に対しては「政教一致」問題で脅しをかける。
そんな安倍政権の下で、GPIFが「独立性」を維持できようはずもないことは明らかである。

大企業のための減税のツケを中小企業に払わせる

 さらに問題なのは、「株価対策」でしかない法人税の実効税率引き下げのために、その財源を「中小企業向け増税」でまかなおうとしていることである。
株価を上げるために、経済の重要な担い手からその活力を削ごうというのであるから、「本末転倒」も甚だしい。
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(以下略)

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