44年生まれ。専門は戦間期日本経済史、政治思想史。戦前のジャーナリスト清沢洌の研究でも知られ、「暗黒日記」 (岩波文庫)編者。
『朝日新聞』安全保障を考える 日本のこれから2014-07-02
集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことは、平和主義を掲げた日本国憲法に基づく戦後体制の百八十度転換です。
自衛隊はそもそも、日本が自主的に作った存在ではなく、朝鮮戦争で手薄になった日本防衛の穴埋めに、米国の求めに応じて作られたことが始まりです。
だから戦力の不保持を定めた現行憲法で、ぎりぎりの解釈として、専守防衛という枠組みを作ったわけです。
その自衛隊が本格的に海外で軍事行動ができるようにするというのは、現行憲法の根幹を潰すこと以外の何物でもありません。
それはまた、ポツダム宣言やその延長線上にあるサンフランシスコ講和条約の考え方を否定することです。
アジア・太平洋戦争に敗れた結果、連合国はポツダム宣言で日本に民主主義の実現と平和的国家の構築を求めました。
こうした考えを受け入れた日本は憲法第9条で具体化させ、天皇制を含む統治機構を存続させました。
戦後60年余、この考えに基づいて外交や防衛をしてきました。
今回の閣議決定で、平和国家という日本の国柄は、戦争ができる国、憲法という言葉だけで平和を唱える国へと、大きく変わります。
戦後社会の根幹だった9条の正式な改正を提起することなく、内閣の解釈変更で空洞化させるのは、安倍政権による「憲法クーデター」と言ってもいいでしょう。
安倍政権は一方で中国などに法の支配を求めながら、自らは平気で法の破壊を行おうとしています。
こうしたごまかしを積み重ねることで、政治体制や法制度に対する国民の不信感が大きくなるでしょう。
社会規範が守られず、「強い者に従っていれば取り繕える」と言う風潮を助長していくに違いありません。
■扇動する政治家
それにしても、国民や野党の間に、これだけの転換に対する拒否反応がいま一つ出てこないのはどうしたことか。
雇用が回復したといっても不安定な非正規の職場の有効求人倍率が高まっているだけで、人々は日々の不安に追われています。
集団的自衛権で懸念されるような戦争や徴兵制といった「将来の危機」については、目が行きにくいのかもしれません。
安保闘争などかつて国論を二分するテーマで市民を束ねる大きな力になった労働運動が、旧国鉄の民営化を手始めにしてガタガタになってしまった。
日教組にもかつての活力は残っていません。
加えて、メディアの責任も大きい。こうした本質的な問題の提起より、面白い話題、おかしなニュースが、日々、氾濫しています。
こうした背景の中で、政治家の劣化が進み、批判力を失うどころか、扇動者にすらなっている。
戦前にもあったことですが、海軍の軍縮を進めようとした浜口雄幸内閣を攻撃するため、軍の統帥権を聖域化させたのは、反対党の犬養毅や鳩山一郎でした。
日中戦争でも議会が「暴支膺懲」を声高に唱え、国民をけしかけました。
いま、アジアでの安全保障環境が険しさを増しているとか、シーレーン防衛の必要性を掲げ、朝鮮半島有事の時に「赤ちゃんを抱えたお母さんが米軍の艦船で帰ってくる時、自衛隊が守れない」などと言っています。
しかし、米軍は「自国民は守るが、他国民はその国の責任」と言っているわけで、結局は危機感をあおる扇動です。
扇動は政治家の仕事ではありません。
危機があれば顕在化させないよう全力を振るうのが責務です。
■標的になる日本
国柄を転換させた後、日本が向かうのは欧米と同じ、「敵」を抱える普通の国でしょう。
日本のNGOも単独の組織とは見なされず、自衛隊の別動隊と見られるでしょう。
アルジェリアのプラント建設で日本人が殺されましたが、こうしたテロや攻撃の標的になるケースがドンと増えるでしょう。
平和憲法の国という特殊性を捨てた日本が待っているのは、そうした苛烈な世界です。
ただ、私は望みは捨てていません。
今回の憲法クーデターの結果、「憲法とは権力を縛る国民の道具だった」と理解する人たちが出てきたからです。
国民自らが考え、作り、守る憲法。真の立憲主義が日本に根付く契機になるなら、安倍さんの功績でしょう。
(聞き手・駒野剛)"
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