特集ワイド:指標で読むアベノミクス 個人消費、すでに震災以来の落ち込み
毎日新聞 2014年11月04日 東京夕刊
日銀が先週末、追加金融緩和を決め、株価は急騰、円安が加速している。判断の裏に何があったのか。政府・日銀は景気への強気の見方を続けてきたが、経済指標を読み解くと個人消費は落ち込み、景気の後退期入りを示しているようだ。【内野雅一】
◇追加緩和で円安デメリットも/雇用はこれから悪化か
「アベノミクスの三本の矢を放った結果、賃上げ率は15年間で最高、有効求人倍率も22年ぶりの高水準になっています」。10月半ば、イタリア・ミラノでのアジア欧州会議の首脳会議などで安倍晋三首相は、日本経済は好調だとアピールした。まだまだ「バイ・マイ・アベノミクス」と言いたげだった。
だが、海外の目は冷ややかだ。10月末、米連邦準備制度理事会の取材で米国を訪れた東短リサーチ社長でチーフエコノミストの加藤出(いずる)さんは「欧米の中央銀行が世界経済の景気の先行きを警戒し始めているのに、なぜミスター・クロダだけは日本経済はうまくいっていると笑いながら言うのか」との声を現地で耳にした。黒田東彦日銀総裁が同月8日、ニューヨークで行った講演で「日本経済に対する慎重な見方が多くなっているが、消費税率引き上げによる一時的な減速を乗り越えて回復を続けていく」と発言したことへの批判だ。昨年のアベノミクス歓迎ムードとは格段の差だ。
それもそうだろう。国内総生産(GDP)成長率の大幅マイナスなど、景気の悪化を示す指標は少なくない。世界的な経済不安から株価の乱高下も起きている。さすがにここに来て、景気への強気の見方を維持できなくなり、日銀が踏み込んだのが、モルヒネともいわれる追加緩和だが、「経済の好転にはつながらない」と加藤さんは言う。
「すでに後退期に入っている可能性がある」。景気の現状をこう厳しく見るのは明治安田生命保険チーフエコノミストの小玉祐一さんだ。別表を見てほしい。実質消費支出(2人以上世帯)は6カ月連続の減少で、東日本大震災後の2011年3〜11月に次ぐ落ち込みだ。ほかの指標も4月との比較で「悪化」が目立つ。スーパーやコンビニの売り上げも6カ月連続で減少するなど、消費増税に伴う駆け込み需要の反動減だけでは説明し難い個人消費の冷え込み。小玉さんは「春闘ではベア実施と威勢のいい話が目立ちましたが、わずかなベアで終わり、中堅中小企業への広がりを欠いた。定期昇給や所定外賃金を加えても物価上昇に賃金が追いついていない」と指摘する。
「15年間で最高、と首相が言ったのは連合がまとめた賃上げ率2・07%のこと。1999年以来の2%台ですが、働いている人すべてがこれだけ上がったわけではありません」と話す三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員の片岡剛士さんは、特に消費が冷え込んでいる層として、低所得層、30〜40代、地方の人を挙げる。「アベノミクスの第一の矢でやっと非正規の仕事についた人を消費増税が襲いました。年収250万円前後では少しでも安いものを買うしかなく、住宅ローンを抱える30〜40代は返済のため支出を抑えざるを得ません。地方にアベノミクス効果は及んでいない」
日本総合研究所副理事長の湯元健治さんは「反動減だけなら、ボーナスがでる夏場から消費が回復してもおかしくない。しかし、好調だった軽自動車販売が上期落ち込み、白物家電も振るいません。政府は天候要因で済まそうとしていますが、円安による物価上昇の打撃は大きく、景気は警戒モードです」と話す。
最近は労働需給の逼迫(ひっぱく)による人手不足が話題になる。これは賃金上昇の引き金にならないのか。安倍首相も「有効求人倍率は22年ぶりの高水準」と強調したではないか。「求人倍率の中身をよく見ると、建設・不動産は求人が多いが事務的な仕事は少ない。正社員の求人倍率は0・67倍と低い。業種の偏り、非正規中心の雇用増は続き、賃金は上がりにくい」と小玉さんは実相を解説する。片岡さんは「雇用情勢は景気の変化に遅れます。今の景気の悪さが雇用面に表れてくるのは年末か年明けあたり。すでに非正規の契約を延長しないとの動きが出ています」と話し、雇用は厳しさを増すと予測する。
アベノミクスの生命線の一つは株高である。6月に安倍政権が発表した「日本再興戦略」の改定版では、高ROE(株主資本利益率)経営を後押しする政策を前面に打ち出した。ROEは利益を資本金や剰余金などで割った比率のことで、資本をいかに有効活用し利益を生み出したかを見る指標。それを高めて外国人投資家に日本株を買ってもらい、株価を上げる。イタリアでも「(ROEは)政権発足時から約5割改善し、6年ぶりの高水準」と首相は胸を張った。
こうした“ROE教”を経済評論家の山崎元さんは心配する。「ROEを強調しすぎると、それを高めるだけのために増配や自社株買いをしたり、経費を削るリストラで利益を出したりするようになりがちです。資本がどのくらい必要かは業種や企業の成長段階によって違いますから、ROEが何%だからいいというものではない。それを経営者の尻たたきの道具にするのはいかがなものか」
“ROE教”に心酔する経営者は「売り上げより利益重視に傾斜していきました。雇用を減らせば簡単に利益が出ますから、ある意味、経営はやりやすい」(片岡さん)。雇用の非正規化の流れは止まらない。株価を上げるためのROEが賃金上昇を抑え、消費を冷やすという皮肉な経路に、首相は気づいているのだろうか。
かつてない金融緩和で株高・円安を誘導して大企業中心に利益を押し上げ、賃金増をもたらし、それにより個人消費が回復して企業業績がさらに上がる。それが安倍首相が描いた経済の好循環だったが「消費者は財布のひもを締めてしまい、アベノミクスは壁にぶつかった」と言い切る加藤さんは「追加緩和でしばらく株価ははしゃぐでしょうが、円安が110円を超えていくとマイナス面が大きくなる。円安倒産も出てくる」と先行きを懸念する。
「デフレマインドが再び広がりかねない」。小玉さんの不安だ。追加緩和決定の記者会見で黒田総裁が「正念場」と言ったように、アベノミクスは2年ともたず賞味期限切れの可能性を高めつつある。
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