北の丸公園 2015-07-01
*惨事便乗型資本主義複合体が次に狙うビジネス
請負業者が政府契約に代わる安定収入源を開拓しようと躍起になるなか、そのひとつとして注目されるのが企業向け防災対策というビジネスだ。
・・・このビジネスの初期の成果としては、たとえばニューヨークやロンドンの大型オフィスビルのロビーに見られる、顔写真入りIDカードやX線検査装置を導入した空港のようなチェックイン・システムがある。が、業界の野望はそれだけにとどまらず、グローバル通信ネットワークや緊急医療、電力の民営化、さらには大災害勃発時に世界中の労働力を送り込むための交通手段の設置・提供へと拡大している。
もうひとつ、惨事便乗型資本主義複合体が成長市場として目をつけたのが地方自治体である。自治体の持つ警察や消防署の業務を民間セキュリティー会社が請け負うというのだ。
「ファルージャの中心街で軍隊の代わりにやっていることを、リノ(ネバダ州都)の繁華街で警察の代わりにやろうということだ」。
二〇〇四年一一月ロッキード・マーティン社の広報担当者はこう説明している。
行き着く先に何があるか?:”武装した郊外”、郊外版「グリーンゾーン」
陸軍特殊部隊デルタフォースで秘密工作の司令官を務め、その後経常コンサルタントとして成功しているジョン・ロブという人物が、その未来像を率直に語っている。人手ビジネス誌『ファースト・カンパニー』のなかで、彼はテロとの戦いがもたらす「最終結果」は「新しい、より弾力的な国家安全保障の形」だと指摘する。それは「国家を中心に構築されるのではなく、民間人や民間企業を中心に築かれる。(中略)すでに医療制度がそうなっているように、セキュリティーも住んでいる地域や勤務先ごとに機能するようになる」というのだ。
さらにロブはこう続ける。「現在の集団的システムから真っ先に脱出するのは裕福な個人と多国籍企業である。彼らはブラックウォーターやトリプル・キャノピーといった民間軍事会社に金を払って自宅や会社の施設を守り、日常生活における安全環境を確保する。そして、資産家ウォーレン・パフェツトが運営するネットジェッツ社のようなビジネスジェット事業から発展した民間輸送ネットワークが、こうした富裕層や大手企業を相手に、顧客を安全で設備の整った場所から別の安全な場所へと飛行機で運ぶことになるだろう」。
こうしたエリート層で構成される世界はすでにおおむね確立しているが、中産階級も近い将来これに追随し、「セキュリティーのコストを分担する郊外在住者のグループが形成される」と彼は予想する。こうした「”武装した郊外”では、非常用発電機や通信回線が配備・維持管理され、(中略)企業でしっかり訓練を受け、独自の最先端の緊急対応システムを備えた」民間の傭兵によって警護されるという。
まさに郊外版「グリーンゾーン」と言うべき世界だ。
その一方で、こうした安全圏の外側にいる者は「わずかに残った国の制度に頼るしかない。彼らはアメリカの各都市に流れ込み、至るところで監視の目にさらされ、最低限のサービスに甘んじるか、まったくサービスが受けられないこともある。だが貧困層にとってはそれ以外に避難できる場所はない」という。
惨事便乗型資本主義複合体の描く未来図は、ニューオーリンズの姿と重なり合う
(カトリーナの)災害後に出現したのは、フェンスで囲まれた二つのまったく異質な世界だった。
一方は人里離れた場所にベクテルやフルーアの下請業者が建設した通称「FEMA村」と呼ばれる避難施設で、ここには低所得層の避難民を収容するトレーラーハウスがずらりと並べられ、民間セキュリティー会社の職員が砂利の敷かれた施設内をパトロールする。訪問者は制限され、マスコミの取材もご法度、収容者はまるで犯罪人のように接われた。
もう一方は、オーデュポンやガーデン地区などの高級住宅地にあるゲーテッド・コミュニティーで、がっちりと防護されたこれらの住宅地は完全に国家から切り離されて存在しているかのようだ。こうしたコミュニティーではハリケーン後数週間で水道が復旧し、非常用の大型発電機も稼動した。病気になれば私立病院で治療を受け、子どもたちは新設のチャーター・スクールに通った。もちろん、彼らには公共の交通機関などは必要ない。ニューオーリンズ郊外のセントバーナード郡では警察機能の大半を民間軍事企業ダインコープが請け負い、近隣のほかの地区では民間セキュリティー会社が直接雇い入れられた。
フェンスで囲まれたこの二つの”民営化国家”の間にはニューオーリンズ版レッドゾーンが広がる。ここでは殺人事件が急増し、災害のもっともひどかったあのロウワー・ナインス地区のように人っ子一人いない終末的風景が立ち現れた。カトリーナの去った夏にヒットした、人気ラッパー、ジュブナイルの曲はいみじくもこう歌う。「俺たちゃハイチみたいに政府のない世に生きている」 - それはもはや国家の体をなさないアメリカの姿だった。
アメリカ各地の都市ではニューオーリンズと似たような深刻な事態が起きている
ニューオーリンズ在住の弁護士で活動家でもあるビル・クイグリーはこう訴える。
「ニューオーリンズで起きていることは、アメリカ各地で進行している問題を凝縮し、より生々しくしたものだ。アメリカ各地の都市ではニューオーリンズと似たような深刻な事態が起きている。どの都市にも放棄された居住地が存在し、公教育や公共住宅、公的医療制度、刑事司法制度などが部分的に切り捨てられている。われわれが今ここで立ち上がらなければ、公的な教育、医療、住宅に反対している人々がアメリカ中をロウワー・ナインス地区にしてしまうだろう」
災害アパルトヘイト社会のもうひとつの例:全米初の「民間運営の市」サンディ・スプリングス
ジョージア州アトランタ近郊の裕福な共和党支持者が多く住む地区では、住民が郡の行政サービスに長年不満を募らせてきた。自分たちの払った税金が、アフリカ系アメリカ人の多く住む低所得地区の学校や警察のために使われるのは我慢できないというのだ。そこで住民らは人口約一〇万人のサンディ・スプリングスという新しい市を郡から独立して発足させることを住民投票で決定した。だが問題は地方自治体組織をどう作るかだった。税の徴収から土地利用規制、公園緑地やレクリエーション施設管理まで、あらゆる行政機能をゼロから作らなければならない。二〇〇五年九月、ハリケーン.カトリーナがニューオーリンズを襲ったその同じ月、建設大手CH2Mヒルが住民らに他に類を見ない売り込みをかけてきた - われわれにお任せください、初年度二七〇〇万ドルの資金を出していただければ市の体制をゼロから作り上げます、と。
数ヵ月後、サンディ・スプリングスは全米初の「民間運営の市」となった。
市の正規職員はたった四人、ほかはすべて契約事業者の社員だった。CH2Mヒルのプロジェクト責任者リック・ハースコーンは、サンディ・スプリングスを「政府の機能が関与していないまっさらな白紙」だと表現し、別の記者に対しては「業界でもこれだけの規模の市を丸ごと作り上げた前例はない」と胸を張っている。
『アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション』紙は「サンディ・スプリングスが民間業者を雇って新たな市の運営を任せたことは、大胆な実験だと受けとめられた」と報じた。ところがその後一年間に、アトランタ近郊の富裕層居住地域では「民間運営の市」がブームとなり、「フルトン郡北部ではごく当たり前のこと」になった。
近隣の地域では次々とサンディ・スプリングスに倣って住民投票を行ない、独立行政区を発足させ、その運営を民間企業に委託することを決定。そのうちのひとつであるミルトン市は、経験を買ってただちにCH2Mヒルと契約した。ほどなく、新しい民間運営の市が集まって独自の郡を立ち上げようという運動が起きた。そうすれば自分たちの税金が近隣の貧しい地区に流れることを防げるというわけである。この”飛び地”案に対して、周辺地城からは猛烈な反対が沸き起こり、政治家たちは富裕層からの税収なしには公営の病院も公共交通システムも維持できないと主張した。郡を分割すれば一方では政府機能が崩壊し、一方では過剰なまでのサービスを得るという状況が生まれるというのだ。これはまるでニューオーリンズそのものであり、バグダッドにも少し似ている。
統治の民間委託、「国家の剥奪」CH2Mヒル、イラク ー スリランカ ー ニューオーリンズ ー アトランタ
こうしてアトランタ近郊の高級住宅地では、コーポラティズム改革運動が三〇年にわたって追求してきた「国家の剥奪」とも言うべき目的がついに果たされた。
単に政府の行なう公共サービスがすべて外部委託されただけでなく、統治という政府機能そのものが民間に委託されたのだ。その新天地を切り拓いたのがCH2Mヒルだというのは、大いにうなずける話だ。というのも同社はイラクで、他の請負業者を監視するという政府の中心機能を数百万ドルの契約金で委託され、津波に襲われたスリランカでも港湾施設や橋の建設ばかりでなく、「インフラ再建計画の包括的管理という業務」を托されていたからだ。さらにハリケーン・カトリーナに見舞われたニューオーリンズでは「FEMA村」の建設を五億ドルで受注し、次の災害時にも同様の対応が取れるよう待機状能だ置かれた。緊急事態における国家の民営化の達人とも言うべき同社は、今や平時において同じことを手がけるようになったのだ。イラクが究極の民営化の実験場だったとすれば、テスト段階は確実にクリアしていたのである。
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