1904(明治37)年
2月20日
第1次旅順口閉塞隊が出撃(輸送船5隻)。
2月20日
ソ連の政治家・首相コスイギン、誕生。
2月21日
「特別任務班」第1班、北京発、北上。
2月9日、北京の日本公使館で「第1期特別任務班」(第1~4班)編成。
「特別任務班」
清国駐在武官青木宣純大佐が組織、内田康哉公使、清国政府顧問・警務学堂監督川島浪速らが参画。この日、北京を出発した第1班は、承徳を経て28日「蒙古カラチン王府」に到着。
①第1班:伊藤柳太郎大尉ほか11人。鉄橋・トンネルなどの爆破を担任。途中で、ハイラル、チチハル2組に分かれる。
②第2班:井戸川辰三大尉ほか9人。馬賊団の組織を担任。
③第3班:津久居平吉大尉ほか4人。牡丹江の鉄橋爆破を担任。
④第4班:橋口勇馬少佐ほか10人。馬賊団の組織を担任。
■第1班12人。
▽伊藤柳太郎大尉(33歳):元「蒙古カラチン王府」練軍教官。
▽横川省三(39歳):元『東京朝日新聞』記者、米国留学、クリスチャン、内田公使私設顧問。
▽大島与吉(32歳):法学院(のちの中央大学)卒、内田公使私設顧問。
▽沖禎介(29歳):東京専門学校(のちの早稲田大学)英語経済科中退、北京・文明学堂教習。
▽松崎保一(30歳):歩兵少尉、直隷省保定・定武中学堂教習。
▽田村一三(22歳):宮崎県宮崎中学校卒、宮崎高等小学校教員、北京・文明学堂教習。
▽吉原四郎(32歳):歩兵曹長、東京専門学校法律科卒、青木大佐雇員。
▽中山直熊(23歳):熊本県済々学中学校卒、北京・振華学堂教習、『北支那毎日新聞』記者。
▽脇光三(23歳):日本中学校卒、台湾協会専門学校清語科中退、北京・東文学堂教習、『北支那毎日新聞』記者、号・華堂、父は華族女学校幹事浅岡一。
▽若林龍雄(27歳):済々学中学校卒、砲兵軍曹、浙江・潯渓公学堂教習。
▽前田豊三郎:不評。
▽森田兼蔵:不評。
2月21日
『平民新聞』15号発行
幸徳秋水「何ぞ言はざる」
資本家よ、何ぞ国家の為めと言はずして、金利の為めと言はざる。将校よ、何ぞ国家の為めと言はずして、金鵄(きんし)勲章の為めと言はざる。新聞持主よ、何ぞ国家の為めと言はずして、売高の為めと言はざる。
英文欄「戦争ついに起る」
2月8日小村外相が新聞記者を招いて日露交渉を説明した記事。
「一九〇三年(明治三十六年)八月十二日、日本の駐露公使はロシア政府に次の提案をおこなった。
一 日露両国政府は支那と朝鮮の独立および両国の領土保全を約束する。
二 日露両国政府はあらゆる国に対して、支那および朝鮮における商業および産業をおこなぅ機会均等の原則を守ることを約束する。
三 ロシア政府は朝鮮における日本の最高権益を認め、日本政府は満洲における鉄道に関してロシアの特殊権益を認める。両国政府はおのおの第一項の原則に反せざる限り、上述の如きその権益を保護する適宜の手段をとり得ることを認める。
四 ロシア政府は朝鮮の改革と円満な施政に関して、助言または援助を与える日本政府の独占的権利を認める。
五 ロシア政府は朝鮮鉄道が東清鉄道と連絡するように、満洲南部に延長することに反対せざることを約束する。
この提案に対してロシア政府は十月三日、初めの二項目に示された提案の承認を拒み、且つ満洲とその沿岸線が日本の権益の範囲外なることを認めるように要求した。朝鮮に関しては、ロシア政府は日本政府が必要ある場合は朝鮮に出兵し得るも、しかし軍事目的のために領土のいかなる部分をも用いてはならぬと主張した。その上ロシア政府は朝鮮に、北緯三九度以北の一地域を包括する中立地帯の設置を提案した。
その後の交渉の結果、ロシア政府はその戦争準備継続のために、問題を平和的に解決する意図なきことが明白となった。こうして、両国間の開戦は不可避となったのである。」
日本の開戦理由は支那の領土保全、朝鮮の独立維持にあるのではなく、ロシアとの間に、支那と朝鮮とを分割支配しようとする帝国主義的野心の相剋、資本主義的利害の衝突に他ならない。
2月21日
参謀本部、臨時軍用鉄道監部を編成。京城・新義州間鉄道建設にあたる。
2月22日
韓国、李址鎔外相の記名調印した「日韓議定書」に林権助公使が調印。日本では枢密院諮問を省略。
2月22日
(漱石)
「二月二十二日(月)、東京帝国大学文科大学で、午前十時から十二時まで「英文学概説」を講義する。
二月二十三日(火)、東京帝国大学文科大学で、午前十時から十二時まで King Lear を講幾する。(Macbeth 以上の人気を博し、第二十番教室は満員になり、聴講者を制限する)」
「「夏目先生の『リア王』の講義が今日から始った。第二十番の大教室は押すな押すなの人波のはんらんであった。『マクベス』以上の大入繁昌札止め景気であった。文科大學は夏目先生たゞ一人で持つて居らるゝやうに感じた。すばらし景気だ。」(金子健二『人間漱石』)」(荒正人、前掲書)
つづく

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