ゴヤ 自画像 1773
*さてしかし、ゴヤは”成功”をした
「さてしかし、ゴヤは”成功”をした。
聖母教会工事委員会は、「最高の色調と、驚くべき効果」を出した、と誉めてくれた。
師のルサーンをすでにはるかに抜いてしまった。彼が競争柏手が二万五〇〇〇と値をつけたところを出し抜いて、一万五〇〇〇に”割り引き”で描いた絵が、このしたたか者のアラゴンの青年に、次第に声名を与えて行くことになる。声名はサラゴーサ第一の聖堂エル・ヒラールの天井からおりて来た。アラゴンには、直訳して”生きられぬようにしてやる”という、われわれの側での、村八分めいた言い方があるものであった。この前に突如としてマドリードへと去ったときには、どうやら彼は、この”生きられぬようにされた”ものらしかったが、今度は立場が逆になったのである。」
この金で彼は何をしたか
「ゴヤは一七七二年の七月三一日に、残金の五〇〇〇レアールを受けとっている。この金で彼は何をしたか……。
アルコ・デ・ラ・ナオ町(船の拱門町)に家を借りた・・・。
そうしておそらく、サラゴーサで手に入る限りの上等の服やシャツを買い入れたものであろう。この男の成り上り者根性は、服飾の金ビカ趣味にもっともあらわれているかもしれない。指には宝石も光りはじめたであろう。そうすることが生きること自体であった世紀にわれわれは立会っているのである。・・・」
1773年27歳のゴヤが描いた自画像
「ここに一枚の自画像がある。
一七七三年に描かれたものである。ゴヤは二七歳である。
・・・この最初期の自画像にゴヤ自身の手になるコピー・・・、その一枚が、自身侯爵夫人であって、同時に公爵未亡人でもある、マドリードのスルヘナ夫人のコレクション中にあった。」
このいちばんはじめの自画像は、われわれに何を物語ってくれるか
「ゴヤは二七歳。
イタリアで箔をつけて来て、エル・ピラールの天井画を描いた。フレスコ画の技術もまずまずであり、作品は教会の工事委員会及び市民の賞賛をえた。一万五〇〇〇レアールの画料ももらった。他の教会の仕事や、肖像画の注文も、どしどしとは言えないまでも、とにかくそれはつづいて来て食うにあまりある金が入って来た。
その頃の、最初の自画像てある。
ゴヤは一八二八年、八二歳で彼自身の死を迎えるまでに、約一一点の自画像を描くのであるが、それらは、まことにその時期時期の彼自身の在り方、内面も外面もを表現し切っていると言ってよいものである。
このいちばんはじめの自画像は、われわれに何を物語ってくれるか。」
童顔といってよい気配がのこっている。しかし、自画像を描くことそれ自体、一種の内省をすでに彼がそなえていると看做すことが出来る
「やや丸顔な顔全体に、また童顔といってよい気配がのこっている。フエンデトードス村の餓鬼面がのこっている、と言ってよいであろう。まだ運命は、彼にさほどに苛酷な負荷を課してはいないのである。夢は、この顔全体の奥にあって風をうけた帆のようにこの顔を前へ前へと押し出して来る。
前へ前へと押し出して来ることはたしかであるが、しかし、自画像を描くことそれ自体、一種の内省をすでに彼がそなえていると看做すことが出来るであろう。もう彼はアラゴンの貧しい鍍金師の倅ではないのである。」
「えらの張った顎・・・肉づきのよい二枚の唇・・・。
・・・部厚い鼻・・・。
・・・広く、がっしりとした額・・・。
それから耳は・・・。どうしたことであろうか。耳はない。・・・何か不吉lな未来を、彼の耳にかかわって、何かを予言してはいないであろうか。・・・
肩まである長い黒い髪・・・。」
「私はそれを見た」(Yo lo vi.)として見て行かなければならぬ
「そうして最後に、眼は?
・・・その眼は、まず第一に画家それ自体を見ている。ついで絵の鑑賞者自体を見ている。さらに、モデルがモデル自体を見ている。眼は、ときには人に馴れない動物のそれを思わせることがある。彼がこれから生きて行く人生と世界は容易なものではない。世間も、たとえば宮廷といえども、バロック風でもロココ風でもありえないであろう。醜い、残酷な人間の世界なのである。「私はそれを見た」(Yo lo vi.)として見て行かなければならぬ・・・。
それを見る、見抜く、見切って行くためには、眼自体に力がなければならないであろう。外見だけのことでだまされたり、ごまかされたりしたのでは、肖像画家、いや画家そのものでさえありえないであろう。」
むき出しになっているものは、裸の野心、である
「しかしこの自画像には、何か足らないものがある。それは、いわば青年、あるいは若さ、青春そのものがもっている筈の、即自的な美しさ、というものである。
彼自身は、おそらく自身を美しく、せめて美しいものに描きたかったてあろう。何分、ホセーファとの結婚が待っているのである。
むき出しになっているものは、やはり正直なものである、裸の野心、である。」
この第一号の自画像の全体に漂っている不在感の根本・・・。私はこの絵が好きだ
「この男に芸人根性はふんだんにあつても、奴隷根性だけはない。時世の好尚にあわせ、モデルは忠実に描写し、お得意には喜ばれるようにつとめるであろう。
しかし、そういう現実の彼自身を超えさせてしまうものが、彼自身のなかにあるということを、この自画像は、まだ自ら知ってはいない。そのことが、おそらくこの第一号の自画像の全体に漂っている不在感の根本のものであろう。私はこの絵が好きだ。」
われわれの眼前にある彼の眼は、とにもかくにも是が非でも、何が何でも何かを獲得してやろうとして狙っている、猛禽類の眼である
「彼の、その眼の奥にあるものが、そんなにも早く爆発されては困るのてある。いま、われわれの眼前にある彼の眼は、とにもかくにも是が非でも、何が何でも何かを獲得してやろうとして狙っている、猛禽類の眼である。悲しみや諦めなどは、まだ知らない眼である。名声もほしい、地位もほしい、金もほしい、彼と彼の家族が、長く長くおかれて来たみじめで貧乏たらしいありようからだけでも、何としてでも脱出したい。」
さしあたっての最大の目標は、フランシスコ・バイユーの妹を嫁にもらうことである
「さしあたっての最大の目標は、フランシスコ・バイユーの妹を嫁にもらうことである。何が何でもあの娘を獲得しなければならぬ。ベラスケスでさえも、師のパチェーコの娘を嫁にもらっているではないか。兄貴のフランシスコ・バイユーは、すでにアカテミイの会員である。それは出世の道のりにもつながっているのだ。
バイユーの妹を獲得することは、同時に、アカデミイへの道であり、従って宮廷とその社交界への道でもある。
それは、幼ななじみ以来の、愛による紡婚であったが、ここでも同時に、フランス語で言う mariage de raison ”理由のある結婚”、つまりは政略的結婚であったことにも間違いはないであろう。」
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