2021年12月29日水曜日

「行きずりの黒いエトランゼに」 茨木のり子 (『対話』1955年11月所収 初出「詩学」1954年1月 詩人28歳)

 


行きずりの黒いエトランゼに      茨木のり子


路上 何か問いそうな黒人兵のしぐさ


気がつくと

目にもとまらぬ迅さで私は能面をつけ

あなたの質問を遮断していた


澄んだ瞳にありありとのぼる哀愁・・・・・


すれちがつたあと 私の胸に

やみくもに湧く さびしさの雲霧

片道の言葉の通路がふたつあり

あなたの友人がビールかっぱらいの名人で


あなたの白い長官がむすめを拉する達人で


あなたのなかま数人がかたらい

沈丁花の匂うこの町のよるよる

植込みに月の輪熊のようにのっそり潜み

行人をねらつたということが


いいえあなたの属しているものを

決してゆるせないということが


いいえ分析できないもつとなにかが


もしかしたら

あなたには何のかかわりもないそれらが


低いひさしの

炊煙の洩れる

とあるろじで


あなたに小さな哀しみを与えてしまった

ものだ


私の国のだれかも見知らぬ遠い果の

石畳の鋪道でおなじ小さな哀しみを

いくつも受けとつたことだろう


おもえばおかしな世界である


行きずりの黒いエトランゼよ

あなたは口笛とともに

忘れ去ってしまったか


私はあのワンカットが

月日の現像液のなかで

ゆらめきながら・・・・・

次第に鮮明度をましてくるのを感じている。


(『対話』1955年11月所収 初出「詩学」1954年1月 詩人28歳)


・・・一九五四年一月に『詩学』に掲載された「行きずりの黒いエトランゼに」・・・。ここでは「黒人兵」との遭遇が謳われている。「路上 何か問いそうな黒人兵のしぐさ/気がつくと/目にもとまらぬ迅さで私は能面をつけ/あなたの質問を遮断していた」。

「黒人兵」への拒絶の意識。茨木が結婚して居住した埼玉県所沢市の基地のアメリカ兵を具体的な対象としているが、「黒人兵」に向かい、「あなたの友人がビールかっぱらいの名人で」「あなたの白い長官がむすめを拉する達人で」と内面で語りかけるとき、茨木のなかでは占領の光景と重ね合わせられていたはずである。「あなたのなかま数人がかたらい」「行人をねらった」とも書きつけ、茨木は占領の記憶を決して忘れず、たえず想起する。こうしたなかで、「わたしが一番きれいだったとき」が書かれ、敗戦時の葛藤が提示されていった。

茨木においては、あとで見るように、敗戦-戦争責任に集約していくことばと、植民地主義への批判的反省がなされるが、そのはじまりに、敗戦と占領の光景があったということとなる。

(成田龍一「茨木のり子 - 女性にとっての敗戦と占領」(『ひとびとの精神史第1巻 敗戦と占領 - 1940年代』))


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