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瓦解したアベノミクス、解散した”真の目的” 消費増税先送りで財政膨張に歯止めなし
東洋経済オンライン
11月18日夜。安倍晋三首相は消費増税の先送り(2017年4月)と、21日の衆院解散・総選挙(12月14日投開票)を決定した。これは“安倍首相のための解散”であり、首相の言葉と裏腹に、「経済再生と財政再建」は賭けが裏目に出て風前の灯火だ。方便に使われたアベノミクスの実態はまやかしである。
会見で印象深かったのは、安倍首相が一時的な景気浮揚の効果ばかりをアピールしたこと。「政権発足以来、雇用は100万人以上増えました。今や有効求人倍率は22年ぶりの高水準です」と訴え、「この春、平均2%以上給料がアップしました」と官製ベアの成果を強調した。
一方で、肝心の成長戦略については、「力強く実施する」「岩盤規制にも挑戦してまいりました」と、述べるだけ。具体的な成果を示すことはできなかった。
振り返ると2013年度の2.2%成長は、12年度補正予算の10兆円に始まる「財政の大盤振る舞い」と、13年4月から日本銀行が開始した「異次元の金融緩和」が招いた、円安・株高の資産効果によるもの。だがその恩恵は長続きしなかった。
13年10~12月期は早くも息切れでマイナス成長。14年に入ると、人手不足や資材価格高で予算執行が遅れ、公共投資効果が薄れた。民間消費は、消費増税前の駆け込み需要のあった1~3月期の後、冷え込んでいる。円安でも輸出は伸びない。
ただ、安倍首相が消費増税延期の判断材料とした、7~9月期のGDP(国内総生産)のマイナス成長(年率1.6%減)は、企業の在庫削減の影響が大きく、今後は改善に向かう公算が大きい。
そもそも、「社会保障の安定財源の確保及び財政の健全化」を目的とする消費税法の改正に、経済指標次第という附則をつけたことが奇妙だ。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長は当初から「増税1年前の経済指標を増税の判断材料にするのは意味がない。増税は景気を当然下押しする」と指摘。「財政再建のために増税は避けられないとしながら、増税判断時の指標をよくするために、大型の補正予算を編成するのは本末転倒」と批判していた。
日本経済が1990年代から直面した最大の問題は潜在成長率の低下だ。労働力人口が減少に転じ、資本ストックも余剰となり、調整の過程で需給ギャップが拡大しデフレとなった。デフレは病の結果であり、根本原因ではない。
しかし安倍政権は「デフレ脱却」を何より優先し、黒田東彦日銀総裁は10月31日に追加緩和を決めた。理由は原油価格の下落。総裁自身、「原油価格下落はやや長い目で見れば経済活動に好影響を与える」としながらも、「デフレマインドの転換が遅延する」ことを重く見た。何としてでも「2%の物価目標」を実現する構えだ。
追加緩和が生んだのは、株高、円安、インフレ。その反面、円安でも輸出は伸びず、物価高と増税が消費を下押しする。実体経済への効き目は薄く、かつ、格差は広がる。
二人以上の世帯のうち、有価証券を保有するのは、16.8%のみ(金融広報中央委員会、2014年調査)。株高の恩恵にあずかれる人は一部で、経済全体への寄与は大きくない。官製ベアで名目賃金が増えたのも、輸出企業を中心とする、一部の大企業の社員。多くは蚊帳の外だ。14年上半期の現金給与総額の増加は前年比で1.3%、消費税を含む物価上昇率は3%を超え、実質賃金は低下している。
格差は拡大している。みずほ証券の末廣徹マーケットエコノミストによると、「定期収入上位層の収入の伸び率は高いが、定期収入下位層の伸び率は足元でマイナス」。さらには「賃金を事業所の規模別に見ると、14年度は、500人以上の事業所と30人未満の事業所の格差が、顕著に拡大している」という。円安と消費税は低所得層にさらに重くのしかかる。
安倍首相は追加の2兆~3兆円の補正予算を組むとし、商品券を発行、低所得者に補助金を出すなど、「消費刺激のための円安対策」のとりまとめを指示した。ならば円安・インフレ政策をやめればよい。矛盾した政策を繰り返す一方で、成長戦略関連の法案審議は、解散で先送りとなる。
BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは、「来年半ばからインフレ率は高まるが、トレンド成長率は低いまま、スタグフレーション(不況下の物価高)の色彩が強まる。財政破綻を避けるため日銀による金利の抑圧が続き、インフレが加速して実質マイナス金利が拡大する。預金者にインフレタックスを課すことで、公的債務は圧縮へ進む」と見る。
なぜ解散は「今」なのか。会見で安倍首相は「税制において重大な決断をした以上」、「経済政策については賛否両論がある」ため、「国民の皆様の声を聞かなければならない」と述べた。これは言い訳だ。すでに3党合意の一角である、野党・民主党も延期法案を出すとしていた。あえて解散する必要はない。
解散の理由は、別のところにある。
安倍首相は今年6月、集団的自衛権行使を可能にするため、憲法解釈変更の閣議決定を行った。実際の行使に必要な関連法の改正は、来年の通常国会で審議する予定だ。
クレディ・スイス証券の市川眞一チーフ・マーケット・ストラテジストは「6月の憲法解釈変更の閣議決定後、大手メディアの世論調査で、安倍内閣の支持率は大きく低下した。このテーマは国民に受けがよくない」とし、「今解散しなければ、15年半ばから世論は安全保障一色になり、円安進行による国民の痛みも増す中で、9月の自民党総裁選を迎えてしまう。今しかなかった」と解説する。
安倍首相が集団的自衛権の行使という、憲法解釈にかかわる重要な問題について、国民に信を問うことなく閣議決定を強行したのを、忘れてはならない。首相になった最大の目的はホームページに高らかに宣言されている。「戦後レジームからの脱却」であり、憲法を改正、第9条に「自衛軍の保持」を明記すること、と。
近い将来、日本の若者はインフレに苦しみ、日米同盟下で戦地に送られるのか。有権者の審判が下る。
(「週刊東洋経済」2014年11月29日号<11月25日発売>掲載の「核心リポート01」を転載)
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