2016年5月20日金曜日

おでんやのいる風景 (石垣りん 1963年12月) 心の町角に 欲望という名のおでんやがくると ついあの味を思い出してしまう。

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おでんやのいる風景   石垣りん


子供が背伸びしてのぞいている
屋台、
その顔に
おでんの湯気がけむる。

精神と名の付くものを
ことごとく煮え立つ鍋に向けて
目を輝かせている。

子供は指さす
ちくわ、こんにゃく、がんもどき
一本の串にさされ
手渡されるときの恍惚、
私はあの味におぼえがある。

心の町角に
欲望という名のおでんやがくると
ついあの味を思い出してしまう。

私がおでんやによらないのは
気取っているからではなく
ほんの少し
おこづかいが足りないからだ。

今日も
横目で通りすぎようとすると
「オイ、大臣の椅子」
などと言っている男がいる。


詩集未収録(1963年12月3日)
詩人43歳



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