10月27日(木)、晴れのち曇り
大船フラワーセンター。
コスモスが依然元気。まだどんどん花の数を増やしている。残念なのが秋バラ。気のせいかな、枝ぶりが貧弱でさびしいように見える。
▼明日(10/28)から菊花大会 写真は準備中の菊
▼秋バラ 上が「春の舞」、下が「トーナメント・オブ・ローゼス」
10月27日(木)、晴れのち曇り
大船フラワーセンター。
コスモスが依然元気。まだどんどん花の数を増やしている。残念なのが秋バラ。気のせいかな、枝ぶりが貧弱でさびしいように見える。
▼明日(10/28)から菊花大会 写真は準備中の菊
▼秋バラ 上が「春の舞」、下が「トーナメント・オブ・ローゼス」
「政府税制調査会」で、複数の委員から「消費税率をアップすべき」との意見が相次ぎました。庶民が生活苦に喘いでいることも知らないのでしょうか。本来、国民生活を守るために消費税は「増税」ではなく「減税」するのが当たり前なのでは?https://t.co/uhH0h1V1p8 #日刊ゲンダイDIGITAL #日刊ゲンダイ
— 日刊ゲンダイDIGITAL (@nikkan_gendai) October 27, 2022
森本毅郎さん「とうとう岸田さんが支持率回復のために電気料金やガス料金にバラ撒きを始めましたね。でも財源がないので国債発行。結局は国民に借金を背負わせてのバラ撒き。そして、その裏では消費税の増税を言い出しました」(TBS「スタンバイ!」)
— きっこ (@kikko_no_blog) October 27, 2022
寿永2(1183)年
12月19日
・藤原定家(22)、八条院の年給により正五位下に叙任。
12月22日
・西国出撃遠征拒絶論掃討(粛清①)
有力御家人(三大功人の一人)上総権介広常、大倉御所に出仕し、双六に事寄せ、朝の密命受けた梶原景時により誅殺。広常嫡男能常、自殺。広常旗下の周西助忠など上総伊南・伊北・庁南・庁北・周東・周西の武士達は御家人となる。翌年1月8日、上総一宮奉納の甲の願文で上総広常の忠誠心が明らかになる。
「その介の八郎を梶原景時してうたせたる事、景時がかうみやう云ばかりなり。双六うちて、さりげなしにて盤をこへて、やがて頸をかいきりてもちきたりける。まことしからぬ程の事也。」(「愚管抄」)。
「まことしからぬ程の事也。」; 本当にあった事とは思えないほどだ。
広常の言葉、「なんでう朝家の事をのみ身ぐるしく思ぞ、ただ坂東にかくてあらんに」(「愚管抄」)。王朝側との関係修復への転換をめざす頼朝の政治方針は、広常にとっては東国の実力占拠を放棄した中央への屈伏とみえる。この前後、寿永2年の宣旨・治承年号の放棄など、この時期、頼朝は簒奪による反乱政権の限界を感じ、王朝への歩み寄りを始める。
建久元年(1190)上洛した頼朝が後白河に語った事として『愚管抄』が記す。
「広常は東国きっての有力者で、頼朝にとって功績ある者だったが、何かというと、頼朝はどうして朝廷や王家のことばかりみっともなく気にするのだ、ただわれわれが坂東でこうしてやっていこうとするのを、いったい誰が「引はたらか(力を及ぼ)」すことができるというのか、などと放言するような「謀反心」を持つ者だったので、かようなものを郎従にしておれば、頼朝まで神仏の加護を失うことになると思って殺した」
12月24日
・この日、兼実のところに大外記(げき)清原頼業(よりなり)が来て、世事を語りあった。外記は太政官の事務部門の一局、議政官の書記役で、詔書の検討、奏文の作成、公事・儀式への奉仕などをつかさどり、大外記はその長である。
頼業は安徳天皇が京都に還ってきたら、現在の後鳥羽天皇はどうなるのでしょうか、ことによると六条天皇のような形になるのでしょうかと問う。六条は20年近く前の永万元(1165)年6月、父二条天皇の病による退位をうけて2歳で即位した天皇で、仁安3(1168)年2月には、位を後白河上皇の皇子憲仁親王(高倉天皇)に譲って上皇になった。滋子を母とする皇子を即位させるためであるが、後白河からいうと天皇(高倉)は子(8歳)で上皇(六条)は孫(5歳)という例のない変則な事態であった。頼業は、兄の安徳が復帰すれば、弟の後鳥羽は数カ月の在位で、元服の式もないまま放置され13歳で亡くなった六条同様、まったく実権のない上皇に追いやられるのでは、と観測した。
こういう話題が出るのは、平家の京都奪還が現実味を帯び始めた証拠。
のちに捕虜となった重衡は、尋問を受け平家は兼実が「天下を知る(治める)べきの由」を決めていたと述べている(『玉葉』元暦元年2月19日条)。平家が天下の権を奪回した時は、兼実を幼主安徳の摂政とする天皇親政、つまり後白河を治天の君から追放する政権構想を固めていたことを意味する。
12月25日
・藤原定家(22)、賀茂臨時祭舞人を勤仕。
山際前経済再生相は更迭されましたが、いまだ岸田内閣は安泰とは程遠い状況。統一教会との接点など問題がある政務三役がまだ33人もいるというのだから驚きです。なかでも“更迭候補”として急浮上しているのが大串正樹デジタル副大臣で…。 https://t.co/zXFo1Sjy0n #日刊ゲンダイDIGITAL #日刊ゲンダイ
— 日刊ゲンダイDIGITAL (@nikkan_gendai) October 27, 2022
https://t.co/73OIShlh6D「野党が真っ先にターゲットに挙げるのは、親族を通じた政治資金還流が取り沙汰される秋葉復興相だ…寺田総務相にも同様の脱税疑惑が浮上…「教団との関係の説明責任を果たしていない点では、細田衆院議長も萩生田政調会長も“同罪”です」」
— 本田由紀 (@hahaguma) October 26, 2022
「ホンマにやりたい放題や」…関係者も呆れる「大阪万博」の理解しがたい実態 @gendai_biz https://t.co/gkXKxOkqHj #現代ビジネス
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) October 27, 2022
大阪万博の「闇」第4回
【追及スクープ】「大阪万博」が汚れた東京五輪の二の舞に…シャワーヘッド「ミラブル」を売る新興企業の正体 @gendai_biz https://t.co/vKM2RQJktq #現代ビジネス
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) October 27, 2022
大阪万博の「闇」第3回
大阪万博の「闇」第2回【追及スクープ】「大阪万博・大阪パビリオン」プロデューサーの顧問先企業が”最高位”スポンサーに決定した「不可解」(森 功, 週刊現代) @gendai_biz https://t.co/wH7b5uSzSX #現代ビジネス
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) October 18, 2022
大阪万博の「闇」第1回【追及スクープ】「大阪ワクチン」失敗のお騒がせ男が、「大阪万博」総合プロデューサーになっていた! (森 功, 週刊現代)@gendai_biz https://t.co/7Xr6WAA9mx #現代ビジネス
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) October 18, 2022
— MKIUC41 (@mkiuchi41) October 19, 2022
杉田水脈《統一教会の信者の方にご支援、ご協力いただくのは何の問題もない》とTwitterに投稿していた。「支援を受けるのは、今でも問題ないと思っていらっしゃいますか」の質問に「見解の表明は差し控える」と返答。
— あらかわ (@kazu10233147) October 27, 2022
杉田政務官 総務省「資格も資質もない」と怒りの声 https://t.co/PoYCERwWrY
総務政務官が総務省の誹謗中傷対策を知らない。というか、誹謗中傷しまくっている人が総務政務官てどう考えてもおかしい https://t.co/LCsOXV2xqz
— 本田由紀 (@hahaguma) October 26, 2022
杉田水脈・総務政務官、総務省のSNS誹謗中傷対策「存じ上げない」 https://t.co/NXxndsGKta
— 毎日新聞ニュース (@mainichijpnews) October 26, 2022
「#NoHeartNoSNS ご存知ですか?」
— がもうのかけ小 (@AfYjpB3h5Hp0n6g) October 26, 2022
杉田水脈議員「存じ上げません」
「大丈夫ですか?それ総務省がやっている行動ですよ⁈」
杉田氏「質問通告をいただいておりませんので…」
杉田議員は『総務省政務官』
そりゃ誹謗中傷ツイートに『いいね』を
連発するわな!この程度か💢😩#報道ステーション pic.twitter.com/IT10WBno89
杉田水脈政務官、初答弁で「控えたい」繰り返す 過去の発言や判決に:朝日新聞デジタル https://t.co/BCtJTsWIdA この「控えたい」を許さないロジックを野党はぜひ
— 本田由紀 (@hahaguma) October 26, 2022
源馬議員「東京高裁は伊藤詩織氏への中傷投稿にいいねしたことを侮辱行為と判断。受け止めは?」#杉田水脈 政務官「係争中。詳細控える」
— 国会ウォッチャー (@kokkaiwatcher1) October 26, 2022
源「伊藤氏の気持ち想像しなかったのか?」
杉「答弁控える」
源「反省も、答弁もできない人が、政務官に適任か?」
杉「答弁控える」https://t.co/JsPf4gmZxU pic.twitter.com/XPq64KACCB
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杉田水脈氏、中傷ツイートに「いいね」で名誉毀損判決 総務政務官続投でも「いいね」なの?
— 東京新聞編集局 (@tokyonewsroom) October 22, 2022
東京新聞 TOKYO Web https://t.co/cAuXgKpNdM
小川たまかさんの記事で経緯を改めて知る。決して「いいねを押しただけで……」という話ではない。そして、いまだに杉田議員が差別ツイートに「いいね」をしていることを知る。現在、総務政務官。なぜこの立場のままいられるのだろう。https://t.co/bVrpaujeRE
— 武田砂鉄 (@takedasatetsu) October 22, 2022
伊藤詩織さんに「女として落ち度」 杉田水脈氏の差別発言の数々 https://t.co/RvhAaq1KSp
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) October 20, 2022
心から尊敬する、佃克彦先生が獲得された判決。
— 弁護士神原元 (@kambara7) October 20, 2022
きちんと事実と証拠に基づいて具体的な判断をしているとのこと。
裁判所の努力にも敬意を表したい。 https://t.co/vYW7xTq7Pq
ジャーナリストの伊藤詩織さんが、ツイッター上で自身を中傷する多数の投稿に「いいね」を押され、名誉を傷つけられたとして、自民党の杉田水脈衆院議員に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は請求を棄却した一審判決を変更し、杉田氏に55万円の賠償を命じました。https://t.co/D3QOrOs2MS
— 時事ドットコム(時事通信ニュース) (@jijicom) October 20, 2022
先日、総務政務官に任命された方。
— 武田砂鉄 (@takedasatetsu) October 20, 2022
「杉田議員に55万円の賠償を命じた」
「『枕営業の失敗』などとする複数の匿名の投稿がされた。杉田議員は18年6~7月、こうした投稿25件に『いいね』を押した」
伊藤詩織さん逆転勝訴、杉田水脈氏に賠償命令https://t.co/Wa8ZHR1rvb
中傷ツイートに「いいね」 杉田水脈衆院議員に賠償命令 東京高裁 伊藤詩織さん側敗訴の地裁判決を変更:東京新聞 TOKYO Web https://t.co/5wNcALrvH5
— 東京新聞編集局 (@tokyonewsroom) October 20, 2022
判決は「中傷ツイートに『いいね』を押す行為は、伊藤さんを侮辱する内容の書き込みに好意的 肯定的な感情を示すために行われたと認められる…伊藤さんへの揶揄や批判を繰り返してきた杉田議員が、中傷ツイートに『いいね』を押して賛意を示すことは名誉感情を侵害する」と。https://t.co/l8yZmZqb57
— 冨永 格(たぬちん) (@tanutinn) October 20, 2022
〈杉田議員は、ツイッターで「枕営業の失敗」「ハニートラップ」「売名行為」などと伊藤氏を中傷した第三者の投稿25件に「いいね」を押した。伊藤氏側は、多数のフォロワーがいる衆院議員の影響力は大きく、多くの中傷に「いいね」を押したことは名誉感情の侵害だと主張した〉https://t.co/XzzhCA3NVx
— 冨永 格(たぬちん) (@tanutinn) October 20, 2022
10月26日(水)
七里ヶ浜からの富士山(午後1時頃)。
昨日は、かなり下の方まで雪が積もった富士山だったが、今日はだいぶ解けたようだ。
「立候補者の公認などは「各都道府県連が指針に基づいて判断することになる」(党幹部)見通しだ。事実上、地方組織に丸投げする形で、東海地方の自民党市議は「地方議員の中には現役の信者と思われる人物もいる。何かがあった時、党本部に責任が飛び火しないよう予防線を張ったのでは」と話す。」
— 本田由紀 (@hahaguma) October 26, 2022
年金“65歳まで納付”に?5年延長で負担100万円増 「信じられない」「諦めの境地」と不安の声…老後の暮らしどう守る(FNNプライムオンライン)#Yahooニュースhttps://t.co/jiimHevNwO
— 黙翁 (@TsukadaSatoshi) October 26, 2022
厚労省が社会保障審議会の年金部会で、国民年金保険料の納付期間を、現行の20歳から59歳までの40年間から、64歳までの45年間に延長する議論をスタートさせました。 年間約20万円、5年間で約100万円も国民の負担が増えることになります。 https://t.co/QbrB5PX07Q #日刊ゲンダイDIGITAL #日刊ゲンダイ
— 日刊ゲンダイDIGITAL (@nikkan_gendai) October 26, 2022
寿永2(1183)年
12月
・大江広元、鎌倉へ下向。
大江広元:
文官貴族の家に生れる。中原親能(後白河院と頼朝の交渉使者)の弟。若い頃、外記局最高責任者・大外記清原頼業の補佐をする。
清原頼業:
清少納言の家系。藤原頼長に認められ、大外記・明経博士・高倉天皇侍読となる。後白河院・平家に批判的で九条兼実とは意気投合。
12月1日
・義仲、院御厩別当(いんのみうまやのべつとう)に就任。院御厩に集まる馬は宮廷儀礼や神事のために諸国から献上された儀礼用の馬であったが、義仲は軍馬の入手先として強引に要求。
12月2日
・義仲、摂関家領のうち85ヶ所を、5日には平家領全てを管領することを認めさせる。
「一所の御庄々八十五所、義仲これを申し給う。前の摂政御家領(高陽院・京極殿已下すでに多し)、元の長者に付けず。所々押し籠め御沙汰有りと。」(「吉記」同日条)。
「伝聞、義仲一所を賜い八十六個所を領すと。また新摂政政所始め去る二十八日と。」(「玉葉」同3日条)。
12月2日
・軍事的に劣勢となり、頼朝と平家に東西から挟撃され苦境に立った義仲は、翌年正月中旬まで、平家との間に和平の途を模索する。京都では平家入京近しの噂が頻々と流れた。いったんは義仲は後白河を平家に預け近江に下って頼朝軍を迎撃、平家は寿永3(1184)年正月13日に入京するという合意が成立したが、義仲が後白河を連れて本拠の北陸に下ると聞くに及んで、ご破算になる。
〈平氏の勢力恢復 前進基地一ノ谷陣地を構築〉
平氏側は、義仲の使者を播磨の室泊で迎えている。平氏は次第に勢力を恢復して、瀬戸内海沿岸を東に進み、諸処の要地を支配下に入れながら、寿永2年(1183)末頃には、播磨から摂津にまで、その勢力を及ぼして来ている。そして、京都を舞台に源氏同士の争いが展開されている間に、摂津の福原に前進基地の構築をすすめていた。いわゆる一ノ谷陣地である。
「伝聞、義仲使を差し平氏の許(播磨の国室泊に在りと)に送り和親を乞うと。また聞く、去る二十九日平氏と行家と合戦す。行家軍忽ち以て敗績し、家子多く以て伐ち取られをはんぬ。忽ち上洛を企つと。また聞く、多田蔵人大夫行綱城内に引き籠もる。義仲の命に従うべからずと。」(「玉葉」同日条)。
「平氏一定入洛すべしと。行家去る二十八日合戦の由、世ニ嗷々す。」(「吉記」同3日条)。
12月5日
・「伝聞、平氏猶室に有り。南海・山陽両道大略平氏に同じをはんぬと。また頼朝と平氏と同意すべしと。平氏竊に院に奏し可許有りと。また義仲使を差し同意すべきの由を平氏に示すと。平氏承引せずと。」(「玉葉」同日条)。
12月7日
・義仲は、近江・伊勢まで軍勢を進めた頼朝と戦うべく覚悟した時から、平氏と和平を結び、平氏の軍勢を京都に迎え入れて連合することを考えるようになった。九条兼実や吉田経房の掴んでいた情報から、平氏がこれを京都に帰るひとつの方法として、最大限に利用しようと交渉していたことがわかる。この日、平氏は義仲の提案を無下に却下せず、上洛を視野に入れた交渉に入ったと伝える情報が京都に流れている(『玉葉』)。
12月8日
・「亥の刻に及び、或る人告げて云く、明日延暦寺を攻むべしと。驚奇極まり無し。凡そ日来山門衆徒蜂起す。甚だ以て甘心せられず。世の時として、訴訟も遺恨も有るべき事なり。近日の事、ただ知らざるが如く見えざるが如くにて有るべきの処、大衆蜂起の條、還って後鑒の恥を為すべき所たるか。当時またこの蜂起に依って、寄せ攻めらるべしと。」(「玉葉」同日条)。
「山僧東西の坂に城を構えんと欲す。また近江の通路これを塞ぐ。」(「吉記」同9日条)。
「山門既に城郭を構う。仍って城中に籠もるの條、甚だ穏便ならず。しかのみならず、山門既に城郭を構う。仍って城中に籠もるの條、甚だ穏便ならず。しかのみならず、なり。而るに山門追討の儀、また忽ち然るべからずと。仍って義仲に触れらるるの処、案の如く許有り。・・・この夜臨時の除目を行わる。義仲左馬の頭を辞退す。また天台座主(俊尭僧正)を仰せ下さると。」(「玉葉」同10日条)。
「伝聞、山の大衆蜂起す。和平相半ばすと。」(「玉葉」同12日条)。"
12月10日
・義仲、法皇を強要し、院庁下文により頼朝追討使に任命される。
15日には、鎮守府将軍秀衡にも陸奥・出羽の兵を率い、義仲と共に頼朝を討つよう院庁下文が発給される。
「院の廰御下文到来す。鎮守府将軍(秀衡)に仰せらるる状に云く、早く左馬の頭源の義仲相共に陸奥・出羽両国の軍兵を率い、前の兵衛の佐頼朝を追討すべしと。」(「玉葉」同15日条)。
12月10日
・後白河、延暦寺の院家無動寺(むどうじ)に百ヵ日参籠すると称して登山し、義仲に身柄を拘束される前に京都を離れる。
12月10日
・藤原隆房(36)、参議兼右兵衛督となる。 この日の臨時除目は新任摂政師家(12歳)に代って父の(松殿)基房が執り行い「善政相交じはる」と評判が良かった(「吉記」)。
つづく