2026年9月20日日曜日

1931(昭和6)年9月18日 午後10時20分頃、奉天独立守備隊島本大隊川島中隊の河本末守中尉は、部下数人と柳条湖(奉天北8Km北大営南6~700m)の満鉄線レール(長さ約80cmほど)爆破。列車は転覆せず、北大営から中国軍も出て来ない。河本中尉は、仕方なく北大営に向けて射撃を命じ、川島中隊長へ「北大営の支那兵が鉄道を爆破、交戦中」との伝令を出す。折から演習中の独立守備隊島本大隊川島中隊100名は現場へ急行。、、、、、 19日未明、独立守備歩兵第2大隊、北大営占領。第2師団歩兵第29連隊、奉天城侵入。引続き長春占領。営口、鳳凰城、安東占領。

 

1931(昭和6)年9月15日 参謀本部第1部長建川美次少将、東京発満洲に向かう。南陸相から本庄関東軍司令官に宛てた親書持参。但し、建川は、本庄司令官に会う前に板垣と会うことになっている(事変当日の18日夜)。16日、石原が、三谷・今田・川島に対して18日夜決行を指示。17日、 石原・板垣の役割確認。 より続く

1931(昭和6)年

9月18日

奉天の森島守人領事と木村鋭一満鉄理事、建川来奉や奉天城占領演習情報などから、事態切迫を予感し、林久治郎奉天総領事に事前防止措置進言。林は、危機切迫を認めず、本庄司令官に宛てて速達の私信を送るのみ。また、この私信は旅順で片倉参謀が握り潰す。

9月18日

朝、板垣、遼陽から奉天へ引返し柳条湖爆破準備完了を確認し、本渓湖へ建川を迎えに行く。

9月18日

午後2時、本庄司令官、巡視を終え石原と遼陽から旅順に向かう。

9月18日

午後、奉天領事館で中村大尉事件に関する秘密会議。~午後8時、終了。森島領事は土肥原・花谷を探す。

9月18日

午後7時5分、建川と板垣、奉天到着。花谷が出迎え、料亭「菊分」へ直行。板垣は宴席には加わらず特務機関へ急ぐ。

「私もなにか起きるということで、その晩、最後に領事館で会議を開いて、終えたのが八時半か九時ごろでしたね。私はその日、建川少将のいるところを捜そうとしたんです。建川と話をしなければならんということで、あらゆる料理屋から、旅館から、心あたり全部電話をかけたりしまた。彼は料理屋で一杯飲んでおったが、陸軍は隠してたのです」(奉天総領事森島守人「昭和政治経済史への証言」)。奉天特務機関に行けば、建川の所在はわかる筈なのに、「探す」にしては動きは鈍重。

建川は「君らの事が半分あばかれた。中央は止めよという。自分の意見はうまくやるならやれ、駄目なら止めた方がよかろう」と述べ、酔いつぶれて寝込む。建川の口ぶりに板垣・花谷は本気で止めようとしていない腹の内を察し、計画通りに実行。建川もまさか、その夜やるとは思っていない。

林総領事は、この日、津久井平吉(日露戦争の沖・横川ら挺身破壊班の同士)の通夜に出かける。林は、関東軍の計画的行動を暴露し、政府による軍の行動緊急差止めを要請した至急極秘電を打ち、19日「午前」と「午後」に到着し、真相を中央へ伝える決定的な役割を果す。

しかし、林は、事変後、関東軍から再度の詰問を受け、中央へ報告した諸情報の取消しを強要され、再三、本庄軍司令官に対して陳謝させられ、遂には軍との協調を図ることになる。武力の前に立たされた外務官僚の現実追随の象徴。

9月18日

夜、大阪・中之島公会堂で「対支国民大会」、国粋大衆党主催。「権益確保のため帝国威武の発動」を求める。講師として登壇した朝日新聞外報部中平亮は、猛烈なやじで立ち往生。

9月18日

午後10時、本庄新関東軍司令官、満州各部隊の巡視から旅順の官邸に戻る。午後8時に大連に着き、野田画伯の家で出来上がった自分の肖像画を見る。

9月18日

午後10時20分頃奉天独立守備隊島本大隊川島中隊河本末守中尉は、部下数人と柳条湖(奉天北8Km北大営南6~700m)の満鉄線レール爆破。しかし列車は転覆せず、北大営から中国軍も出て来ない。河本中尉は、仕方なく北大営に向けて射撃を命じ、川島中隊長へ「北大営の支那兵が鉄道を爆破、交戦中」との伝令を出す。折から演習中の独立守備隊島本大隊川島中隊100名は現場へ急行

爆破の急報は、特務機関と島本(正一、中佐)大隊本部へ届き、「軍は軍の主力をあげて奉天付近に集中し、一挙に在奉天軍の中枢に一撃を加え、彼の死命を制し、至短期間に解決す」という作戦大綱が、板垣高級参謀によって迅速に実施。島本大隊は北大営へ進撃平田幸弘第29連隊長は、非常呼集を命じ、奉天城へ進撃

破壊されたレールの長さは約80cm(秦郁彦「柳条湖事件の再検討」)。19日には平常運行に戻る。

森島総領事代理は、特務機関からの急報で駈けつけ、外交交渉による解決の説得を試みるが、板垣から、指揮権に干渉するなと怒鳴りつけられ、「菊文」から戻っていた花谷が、抜刀して「干渉する者は殺す!」と脅迫。林総領事は、ようやく、電話で板垣に戦闘中止を勧告するが、板垣は「軍は既定の方針どおり事を進める」と、はねつける。その時には既に、24糎流弾砲は北大営を砲撃。

9月18日

午後10時30分、本庄関東軍司令官、板垣参謀より奉天での日支両軍衝突、独断で独立守備隊出動命じたとの連絡受ける。

参謀本部作戦部長建川美次少将、酔いつぶれ役立たず。

9月18日

深夜、朝日新聞奉天通信局長竹内文彬、支局員「K君」と共に喝采を叫ぶ(「満州・上海事変全記」)。

勃発の瞬間、武内は入浴中。「ドーン」とガラス戸が被れ、家を揺るがす大音響がとどろき、次々に重砲の爆音、機関銃の銃声が響く。電話が鳴り、妻の「アナタ電話です。国家の一大事だそうです。お風呂どころの騒ぎじゃないです」との伝言に、武内は飛び出し、第1報を本社に打電。徹夜で約8時間、計28通の至急電報を打ち、「朝日」開闢以来の記録を作る。奉天通信局員のK君が自動車で駆け付けて来る。「イヨイヨやりよったネ」と話しかけると、「とうとうやりましたネ」とK君も顔を真っ赤にして答える。

9月18日

夜遅く、旅順の関東軍司令部に柳条湖鉄道爆破の急報が入ると、司令部の参謀連中(情報の新井匡夫、作戦補佐の武田寿、輸送動員の中野良次の各参謀、幕僚付け片倉衷、調査班長竹下義晴ら)が参謀長官舎前に集り、板垣・石原が幕僚を無視して事件を起こしたことに不服で、事件に協力するかどうか、議論を交す。

この時、片倉と新井が大乗的見地から板垣・石原に協力するよう説き幕僚達を纏める

石原が遅れて参謀長官邸に着。彼は、急報を聞き、軍司令官官舎に行き、遼陽の第2師団に対する奉天出動命令の決裁を受けてからやって来た。そして参謀長官邸から遼陽に電話で、第2師団長にその命令を伝え、三宅参謀長以下はやがて軍司令部に移る。



9月19日

午前0時、本庄関東軍司令官、司令部着。

9月19日

午前0時28分頃、第2報が届く。

作戦主任石原は、「・・・最早一刻を猶予すべからず。断乎として軍全力の行動を起こし、短切に敵中枢の死命を制すべきである」との参謀長以下の結論を伝える。本庄は瞑目して沈思黙考5分、開眼すると「宜しい。本職の責任に於てやろう」と断案を下す。本庄より「全線全関東軍出動、奉天軍攻撃」を命令。軍司令官も奉天に出動と決定(19日午後2時、奉天に異動)。同時に、参謀長以下の進言により林銑十郎朝鮮軍司令官に増援を要請。

9月19日

午前1時7分、関東軍からの第一報、陸軍中央に届く南陸相は、夜半過ぎ、宿直将校に起され、奉天特務機関の軍機電報で事件発生を知る。

「十八日夜十時半ごろ、奉天北方、北大営西側において、暴戻なる支那軍は満鉄線を破壊し、わが守備兵を襲い、駈けつけたるわが守備隊の一部と衝突せり。報告により、奉天独立守備第二大隊は現地に向い出動中なり。」

9月19日

午前2時、公主嶺独立守備隊司令官守中将、関東軍司令官より奉天前進命ぜられる。

9月19日

午前2時頃、小磯軍務局長、陸軍省からの電話で事件発生を知る。そのまま就寝。

5時頃、塀を乗り越えて訪れた朝日新聞記者高宮太平の質問に「(事件は)大きくなりそうだ」と答える。

9月19日

午前2時20分、第一報の「電通報」が「大阪朝日」本社に入電。

9月19日

午前2時30分頃、「東京朝日」編集局に第1報が入る(「満州・上海事変全記」)。

第1報。「奉天で日支軍衝突」「原因は支那正規兵の満鉄線爆破・・・」「深夜の奉天市内は今や砲声轟く戦火の巷となった・・・」が入電。

「はり出しのため主要地方通信局への速報、号外準備の動員など編集局の神経は高圧電気を通した電線の如くになった」

「翌一九日には早くも編集局の論説委員会が開かれて、事件に対する正しい見解と態度が決定された。日露戦争以来の日本の建て前と正当な権益の擁護、新聞編集には単に日本国内の読者のみを対象とせず、世界の世論を考慮に入れることーこれが事変を中心としての我々の新聞製作の標識であった」(社会部長鈴木文史朗)。

9月19日

未明、独立守備歩兵第2大隊、王以哲軍兵営北大営占領。第2師団歩兵第29連隊、奉天城侵入。引続き長春占領営口、鳳凰城、安東占領

9月19日

午前3時、長春駐剳部隊司令官歩兵第3旅団長長谷部照悟少将、第4旅団長大島陸太郎大佐に命じ第2大隊(黒石大隊)の南嶺(長春南6㎞、奉天直系の歩兵1連隊・野砲1連隊、計3600・火砲36門)攻撃下命。

5時、南嶺砲兵営奇襲するも、応戦により後退。

9月19日

午前3時30分、本庄関東軍司令官、旅順発。午前11時、奉天到着。

9月19日

午前6時、公主嶺独立守備隊司令官森中将、第1大隊(小河原中佐)を南嶺へ派遣。

森中将は、前夜(18日)11時10分頃、奉天付近の戦闘の報告を受け、部隊に出動準備を命じ、19日午前2時頃、関東軍司令官から、第1、5大隊主力を奉天へ前進させる命令を受け、午前6時には公主嶺駅(長春南94km)に搭載完了。しかし、奉天での戦闘行動は成功しているのが、長春付近では苦戦中と知り、小河原中佐の意見具申を容れ、独断で小河原中佐の第1大隊を長春の応援に赴かせる。

9月19日

午前7時、陸軍中央部首脳会議。全面的に関東軍支持。

9月19日

早朝、北京、張学良ら東北関係者会議、張の主張確認、「あらゆる軍事・外交はすべて全国的問題・・・抗戦を主張するがそれは全国的抗戦でなければならない」

9月19日

午前7時過ぎ、若槻首相・幣原外相ら、事変発生を知る


つづく

歌舞伎のアトラクション アジア大会(時事) / 【アジア大会】中村勘九郎親子が名古屋城バックに宙を舞う 聖火最終ランナーは室伏親子(東スポWEB) / 中村屋一家の宙乗り・連獅子・女形(動画)

 

麻生太郎氏はいつまで権力にしがみつくのか… 自民大物OBも引退勧告「86歳で現職、伝統から外れている」(デイリー新潮); 山崎拓氏「かつて自民党には“70歳定年制”という考え方がありました。中曽根康弘さんや宮澤喜一さんも高齢が理由で引退しています。86歳になっても現職にとどまる麻生さんの姿勢は、自民党の伝統から外れているし、在職が長過ぎると思います。常識的に考えて、高齢化に伴って判断力が低下する可能性もある。私自身、間もなく90歳です。政界を引退してから十数年になります」


 

留任した経済財政政策担当の城内実が、「ショック」を招いた骨太の方針発表前にリフレ派・高橋洋一や会田卓司に密かに相談していた事を語った。もう少しまともな人に相談する頭はなかったのか。それを言ってしまう事に恥ずかしさは感じないのか。そして、そんな城内を留任させた高市のリアル浅はかさ。(佐藤章)

中国製AI 75%、米国を圧倒 開発者向けサービス利用量(共同);「生成人工知能(AI)を使い分けられる開発者向けのサービスで、直近1カ月の利用量上位10モデルのうち、8モデルを中国企業製が占めたことが19日分かった。上位20モデルを米中が独占し、中国製の利用量は計約75%に達した。サービスを提供する米大手オープンルーターがデータを公表した」

AIバブルはこうして終わる 金利高と収穫逓減「死の交差」(日経 会員限定); AIバブルはこうして終わる。AIの最大の試練は収穫逓減。性能向上ほど半導体・電力への巨額投資が膨らむ一方、追加収益は追いつかない。投資を止めれば競争に敗れ、続ければ資本利益率が資本コストを下回る「死の交差」が迫る。成長神話の裏でバブル崩壊の条件は整いつつある。

データセンタの電気代問題(データセンタ建設に伴う電気代UP分は誰が負担するのか); 9月16日、アメリカ下院では、賛成417、反対3で法案を通過。大型のデータセンターには、発電所も送電線も自分で払わせる。 その基準を州に示す、という決議。

 


 【データセンターの電気代問題:賛成417、反対3。アメリカは決めた。日本は、まだ誰も言い出していない】

うちのビルのエレベーターでも、お店のレジ前でも、ジムでも、電気代の話をしている人がいます。

ニューヨークで電気代が高いのは昔からだけど、変わったのは、それを口に出す人の数のほうです。

「家庭にはAIデータセンターの電気代を転嫁しない」と約束した年に、うちの請求額はめっちゃ上がった。前回書いたのは、そこまででした。

アメリカは、そこで揉めました。

規制当局に任せてもまとまらず、9月16日、下院が法案を通しました。

賛成417、反対3。大型のデータセンターには、発電所も送電線も自分で払わせる。

その基準を州に示す、という決議


では、日本はどうなっているか。

いま日本では、送電網を太くする費用の大半は「一般負担」といって、そのエリアで電気を使う人全員の託送料金に入ります。(アメリカでも同じ、AI使わない人も払ってる)

つまり、このままなら日本の家庭にも回ります。

7月10日、送配電8社が料金の引き上げを申請しました。5年で8,845億円。理由の一つが、データセンター需要を見据えた増強で・・・。

承認されれば11月1日から。月230kWhの家庭で、東京は月246円、沖縄は月458円ほど増えます。

じゃ、アメリカのように誰かが決め直すのか。

法案はありません。エネルギー基本計画に「接続の規律を確保する」と書かれ、まだ国の審議会で検討されている段階です。

データセンター反対運動はあります。印西、白井、流山、日野、江東。

でも争点は、騒音と排熱と圧迫感。

日本で揉めているのは、建物のことです。電気代を誰が払うのかは、まだ国会でも誰も持ち出してません。

日本でも、請求書のほうが先に来ます。11月1日です。




2026年9月19日土曜日

1931(昭和6)年9月15日 参謀本部第1部長建川美次少将、東京発満洲に向かう。南陸相から本庄関東軍司令官に宛てた親書持参。但し、建川は、本庄司令官に会う前に板垣と会うことになっている(事変当日の18日夜)。16日、石原が、三谷・今田・川島に対して18日夜決行を指示。17日、 石原・板垣の役割確認。  

 


1931(昭和6)年9月4日 河本大作(予備役大佐)、参謀本部第5課長重藤千秋大佐の要請により、奉天で特務機関花谷正少佐に開戦謀略資金5万円を渡す。高級参謀板垣征四郎大佐、石原莞爾中佐(関東軍作戦参謀)と会談 より続く

1931(昭和6)年

9月10日

張学良、中村事件で穏便解決意向表明。

9月10日

旅順要塞の28センチ砲を北大営の支那兵舎砲撃用に分解して運び込み、奉天駐屯軍兵舎に据え付け。

9月10日

国民政府行政院副院長兼財政部長宋子文重光葵駐華公使会談。日中懸案の平和的解決につい張学良の排日政策の転換説得など。20日に宋・重光は上海を出発、10月の吉林将軍張作相の母の葬儀参列名目で満州に赴き、途中北平で張学良に会い説得、大連で満鉄総裁内田康哉と3者会談する計画。

実際は、満州事変が先に勃発。勃発後も、2人は局地解決のため満州入りし事態収拾しようと、重光は幣原に意見具申、回答を督促するが、承認の返電はようやく21日に到着。宋子文に会うが、中国側はその日既に国際連盟へ提訴した後であった。

9月10日

奉天特務機関長土肥原大佐、上京。

11日、幣原外相・谷アジア局長と会談。幣原、軍部の自重要請。

同日、土肥原大佐は、二宮参謀次長・杉山陸軍次官・永田軍務課長と実力行使打合せ。続いて、土肥原は、金谷参謀総長の諮問に応答。

9月10日

原脩次郎、鉄道大臣に就任。若槻禮次郎、拓務大臣に就任(兼任)。

9月10日

満蒙問題各派連合大会

9月10日

スコットランド北部のインバーゴードン港で、イギリス大西洋艦隊水兵の暴動発生。

9月10日

イギリス、軍縮財政法案成立。失業手当削減に反対してロンドン・グラスゴーで暴動発生。

9月11日

奉天軍栄臻参謀長、朝日新聞記者に中村大尉事件は事実との公表。

同日、林久治郎奉天総領事と湯爾和との間で奉天交渉開始。

9月11日

天皇、「軍紀粛正」につき南陸相に下問。南は、下問内容を予め奈良武官長より知らされており、よどみなく答える。

9月11日

帝大航空研が開発した飛行船の水素ガス爆発防止法に対して、フランス政府が権利買収を正式に申込む。

9月11日

夜、料亭「竹葉」で、3省2部(外務、陸、海、参本、軍令部)の満蒙関係課長から成る少壮派「十日会」会合。出席者20名。永田鉄山軍事課長が陸軍側の方針を説明、中村事件を機として鉄道問題など懸案一切を解決する、という事に意見一致。永田は、十年来抱懐してきた大経略の片鱗を初めてのぞかせる。

9月12日

国民党中央緊急会議、国際連盟への提訴、国内団結、広州国民政府との敵対中止の基本方針決定。

9月12日

南陸相、御殿場の西園寺公望に軍制改革の経過報告。西園寺は軍紀について厳しく注意。

「元来、満州の土地に無頼の徒、所謂ごろつきとか浮浪人とか、或は右傾の暴力団のような者を送っておくことが、頗る面白くない。殊に軍部でかくの如き者を利用するというに至っては、国家の面目上、また日本軍の威信の上からいっても頗るよくないことである。もし彼等を軍部が使嗾したとするならば、外国から、日本の軍隊を、彼等と同等の価値のものと認められても仕方がない。これは陛下の軍隊の面目を庇つけるものである・・・」

殊に満蒙の土地と雖も支那の領土である以上、事外交に関しては、すべて外務大臣に一任すべきものであって、軍が先走ってとやかく言うことは甚だけしからん話である。閣下の如きは、輔帝の兼任上、また軍の首長として、充分慎重な態度を以てこれを取締るべきである」。

西園寺は、南を全く信用せず、15日、御殿場~京都の車中で、「(南は)べらべらと一人でしゃべっていた」と吐き捨てる様な言い方で会見の模様を原田に伝える。

「まるで暖簾に腕押しのようで、どうもあゝいう大臣では困るな。唯今甘酒を飲んで参りました、というような顔をしてしきりに述べ立てていたが、どうも実に頼りのないこと夥しい」。

9月13日

広州の反蒋軍、湖南省に侵攻、蒋軍と交戦。

9月13日

オーストリア、右翼軍事団体郷土防衛団、蜂起。警察と軍隊の協力を得られず失敗。

9月14日

関東軍三宅参謀長、建川第1部長に宛てて、現状視察(張学良政権の暴圧侮辱ぶり)を要請。

9月14日

張学良の顧問柴山兼四郎少佐、上京。中村大尉事件で張の遺憾の意を軍首脳に伝える。

9月15日

林久治郎奉天総領事、関東軍の軍事行動の気配(軍の集結、爆薬資材の搬出)を幣原外相宛に打電。幣原は南陸相に厳重に注意

前日の14日、撫順守備隊長川上大尉が、撫順警備会議席上、「撫順守備隊は十八日午後十一時半頃同地出発、牛相屯下車、飛行隊を襲撃する計画あるにつき、満鉄は列車を準備せられたく、なお、守備隊出発後の炭鉱等の警備は在郷軍人等を主とする防衛隊に拠られたし」と訓示。席上これ聞いた満鉄理事伍堂卓雄が、この情報を林総領事に伝えたる。幣原外相は閣議で南陸相に質するが、南は調べなければ信じられぬ、と逃げを打つ。

9月15日

共産党軍、国民政府軍の第3次包囲攻撃戦(7月1日~)を粉砕した、と主張。

9月15日

午後9時45分、参謀本部第1部長建川美次少将、朝鮮経由満州へ向かう為、背広姿で東京発南陸相から本庄関東軍司令官に宛てた親書持参。この20分前、奉天特務機関長土肥原は軍服の正装で列車に乗りこみ西下(建川の私服渡満の陽動作戦)。土肥原は途中下車し、事変勃発時は朝鮮を通過中。

「十一日に、陛下から軍紀に関して御注意があり、殊に満蒙における軍隊の行動については、更に一層慎重なるべきことを言われた」として、「一年間の隠忍自重をさらに説く」手紙。

建川は、出発直前、今村作戦課長には大臣・総長から自重を促すように指示されたと語るが、秘かに大川周明と連絡をとり、本庄関東軍司令官に会う前に、板垣・石原の意向を確かめる方法を大川と相談。大川は部下の中島信一を飛行機で大連に飛ばせ、板垣か石原に先に連絡をとらせる手を打つ。参本からは、関東軍三宅参謀長宛に、建川派遣を打電するが、関東軍参謀大尉片倉衷によれば、「板垣か石原かを途中まで迎えによこせ」とあったという。石原供述(東京裁判)では、「板垣か石原かを奉天に残すように」とあったという。いずれにしても、建川は、本庄司令官に会う前に、板垣・石原のどちらかには会えることになっている

9月15日

深夜~未明、奉天特務機関に関係者が集る。決行説の今田と中止説の花谷が対立板垣・石原は決行を決意しながら、士官らの肚を確かめる。

建川来訪を橋本欣五郎の電報(「計画露見、第一部長そちらにいく」)で知り、関係者が最後の協議

板垣、石原、三谷(憲兵隊長)、今田大尉(張学良顧問柴山兼四郎補佐官)、川島正大尉(独立守備隊第2大隊第3中隊長)、小野大尉(第1中隊長)、花谷少佐、児島少佐(独立守備隊第2大隊付)ら。議論は果てしなく、午前2時頃、鉛筆を立ててクジをやり、結果、中止と出て、今田は憤然として、「俺一人でもやる」と、席を蹴って退出。橋本欣五郎から板垣宛ての電報には、建川来満の任務が不明のため議論は続く。板垣・石原は決行と決めている。建川の来着を待つ必要はあるが、建川が来着しても勃発には間に合わないようにする必要がある。

9月16日

朝、奉天の瀋陽館に宿泊の石原が、三谷・今田・川島を呼び、17日迄の決行を求める。しかし、24糎流弾砲の駐退機の故障の為、1日遅れ18日夜と決定

9月16日

王外交部長、中村事件で妥協の線提出

9月16日

初度巡視中の本庄繁関東軍司令官、板垣・石原を従え奉天から遼陽に行く。板垣は、司令官が旅順に戻った後、奉天に戻る手筈。

9月16日

撫順炭坑襲撃事件。

9月16日

奉天、蔵式毅が省内各知事に排日運動取締令を出し、中村事件の責任者関玉衡を留置、17日軍法会議開廷を決定。

9月16日

軍事参事官会議臨時召集。白川・菱刈参事官(双方とも元関東軍司令官)は一挙解決を主張。現職出席者の南陸相・杉山次官・金谷参謀総長。二宮次長は、即時武力行使差控え決める。但し、現地部隊を拘束する措置はとられていない。

これより先、貴族院の火曜会・研究会・公正会・同和会などの有志が、外務省の中村事件解決方針は生ぬるいと批判。政友会も幹部会を開き、若槻内閣の外交を強硬外交に転換させることで一致。武力行使は、もはや時間の問題と考える傾向が、軍部以外の場でも貴族院・政友会から政治的に打ち出される

9月16日

リビア、反イタリア抵抗運動指導者ウマル・ムフタール、イタリア軍捕虜となり処刑。ムフタールの部下達はユースフ・アブー・ラーヒルを指揮官に選び、更に半年間抗戦。しかし、ラーヒルはエジプト国境越えで戦死。1932年、イタリア総督は全リビア征服・占領宣言(イタリア軍の次の征服地はエチオピア)。その後、イタリアはリビアに莫大な投資を行い、植民地時代にリビアに入植したイタリア人の多くは、第2次世界大戦後のリビア独立後、1970年迄地主として居座る。

9月16日

アメリカ、スウォーブが経済再建案を発表。

9月17日

奉天総領事館、撫順の寺田警察署長が出向いて来て、撫順守備隊から、18日未明に奉天城占領の想定の下に演習をするので、警察が居留民保護や避難の計画を立てるように指示して来た、との報告を受ける。

9月17日

遼陽、大川周明の部下中島信一が、板垣に、建川が本渓湖で下車して板垣に会いたい旨連絡。建川は18日13時奉天着予定であるが、11時29分に本渓湖で下車、板垣が迎えに出かける。

夜、遼陽の白塔ホテルで石原(旅順の軍司令部の意見統一)・板垣(奉天関連)の役割確認

9月17日

「大阪朝日」社説「満蒙権益の擁護、若槻首相の与えた言葉について」(編集局長高原操)。

「吾人は若槻首相に望む。昨今、満蒙問題の論議、漸しく激化せる折柄、軍部の昂奮を善導して意外の脱線行為なからしめ、対支外交に清鮮味を加え、その基礎の上に国際正義に基づく近代的外交の殿堂を築き上げんことを。・・・これが成し遂げられなければ、徒らに退嬰の結果による衰頽か、または猪突主義による顛落か、日本の運命は二者その一つを出でないであろうと確信する」

9月17日

曽野綾子、誕生。

9月17日

イギリスで金本位制停止。

9月17日

ロンドン第2次英印円卓会議。ガンジーが出席するが、協定は不成立。 


つづく


日本人の身長、なぜ中国・韓国に抜かれたのか 栄養だけじゃない要因(日経 会員限定); 【この記事でわかること】 ・中韓とのエネルギー摂取量の差  ・日本で低出生体重児が多い背景  ・3歳までの差に着目「第3の仮説」...

食費1日500円下回る 困窮世帯、物価高の影響強く―NGO調査(時事); 経済的に困窮し食料支援に申し込んだ世帯の1日の平均食費が、1人当たり500円を下回っていることが19日までに、国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」(東京都千代田区)のアンケートで分かった。物価高の影響で十分な食料を購入できない実態も浮かび上がった。

〈アジア大会、どうしてなのか?問題だらけ〉 〈アジア大会開幕直前、韓国側が運営ミスに正式抗議〉 → 愛知・名古屋で19日開幕のアジア大会を前に、韓国側が複数の運営不手際に対しアジア・オリンピック評議会と組織委に抗議書簡を送りました。15日のクルーズ船歓迎行事で豊臣秀吉に扮した演武や、18日のホッケー韓国戦前の北朝鮮国歌流出ミスが問題視され、組織委は謝罪に訪れました。また、分散宿泊のベッド不足や水漏れ、食事の不満も相次ぎ、選手の集中環境整備が急務となっています。関係者は再発防止を約束し、大会イメージへの影響を最小限に抑えようと対応を急いでいます。


 アジア競技大会の混乱、ひどい計画の後に続く:


- 中国の体操選手チャン・ボーヘン、オリンピック銀メダリスト2回および世界チャンピオンは、着陸後に彼とチームメイトが8時間以上待ったと語った

- 多くのアスリートにとって、朝食は午前7時。次の食事は午後7時近くになってようやく提供された

- 部屋が準備できていないため、一部のアスリートは諦めて自分でホテルを予約した

- 北京のナゴヤ総領事館は、シャトルとチケットの問題の後、地元の中国住民にバドミントンチームの送迎を依頼したほど

- テニススターのスン・インシャら他は、適切な施設がないため空港でストレッチを余儀なくされた

- 韓国のオリンピック委員会は今、歓迎式典について苦情を申し立てた

- その式典では、1590年代に日本による朝鮮侵略を率いた戦国大名・豊臣秀吉に扮した人物が登場した

- その選択が韓国で反発を呼んだ

- この大会は単に組織が悪いだけでなく、競技が始まる前から人々を怒らせている。


「見つめすぎ」高市首相 改造内閣発足の写真撮影直線に細野復興大臣を凝視…10秒以上も見つめる様子にSNSでは驚きの声(女性自身)

〈ソウル市、2028年までに全歩道を日陰でつなぐ「日陰を歩く権利」計画発表〉 → ソウル市は2028年までに市内全歩道を日陰でつなぐ大規模計画を発表。街路樹の植栽やキャノピー、日よけ構造物を組み合わせ、住宅地から駅、学校、病院、公園へ続くルートを整備します。2026年からパイロット事業を開始し、平均日陰率44.4%の現状を改善。現地では巨大パラソルや無料日傘が日常を支え、日本在住者から「どんどん快適」「行政が羨ましい」との声が上がっています。一方で日本の街路樹減少との対比も話題です。

一時1円以上円高方向に 日銀が“為替介入の準備段階”レートチェック実施か(TBS) ← またも効果望めない介入(準備高減らすだけ)の繰り返しなのか? / 円の対ドル下落率が1%超、157円台半ば-利上げペース加速の思惑後退(Bloomberg) / 植田総裁の曖昧な発言が円安に拍車をかけ、長期金利も上昇。利上げそのものより、インフレと闘う覚悟への疑念が市場を揺さぶる。 / ベッセント発言もあり、今回は浅田氏も佐藤氏も「空気を読んで」賛成票を入れるとの見方があった しかし、リフレ派のスタンスを頑なに維持した。高市首相の意を汲んだのだろうか これで来年7月にタカ派の2人(高田委員と田村委員)が退任すると代わりにリフレ派が送り込まれ、利上げは難しくなる。少なくともそんな見方が市場に広がりそう ← 日銀の独立性への疑問ということか?  


 日銀が0.25%の利上げ決定。しかし、リフレ派の浅田委員と佐藤委員は「利上げは適切ではない」と反対票

これはちょっとしたサプライズ。ベッセント発言もあり、今回は浅田氏も佐藤氏も「空気を読んで」賛成票を入れるとの見方があった

しかし、リフレ派のスタンスを頑なに維持した。高市首相の意を汲んだのだろうか

これで来年7月にタカ派の2人(高田委員と田村委員)が退任すると代わりにリフレ派が送り込まれ、利上げは難しくなる。少なくともそんな見方が市場に広がりそう

円安が進むね、おそらく。



2026年9月18日金曜日

〈VOGUE JAPAN、読者7千件超の声から平和の言葉を紹介〉 → VOGUE JAPANは終戦の日を機に始めたシリーズで、7,000件を超える読者アンケートから戦争を考えさせる言葉を公開しました。平和とは「歴史を学び考えること」「違いを認め合うこと」「政治を監視し声をあげること」「対話を続けること」といった日常の積み重ねだとまとめています。読者からは感謝の声が相次ぎ、編集長辞任の話題の中でも一貫した姿勢を「かっこいい」と評価する反応が見られます。この取り組みはファッション誌が社会課題に取り組む意義を示しています。



 

1931(昭和6)年9月4日 河本大作(予備役大佐)、参謀本部第5課長重藤千秋大佐の要請により、奉天で特務機関花谷正少佐に開戦謀略資金5万円を渡す。高級参謀板垣征四郎大佐、石原莞爾中佐(関東軍作戦参謀)と会談

 


1931(昭和6)年の今日(9月18日)、柳条湖事件(満州事変の発端)が起る。

夜10時20分頃、奉天郊外の柳条湖付近の南満州鉄道線路上で爆発が発生。実は関東軍の謀略だ合ったが、関東軍はこれを張学良の東北軍による破壊工作であるとして中国軍を攻撃する。


〈1931(昭和6)年9月の年表〉

9月

上海で抗日大集会。

日本全国労農大衆党、対中国出兵反対闘争委員会結成。

日本商工会議所、在中国権益擁護・排日運動絶滅声明。

新興キネマ株式会社が創立。松竹資本により帝キネの業務を代行。

鈴木伝明、高田稔、岡田時彦ら、松竹を退社し不二映画を創立。

蔵原惟人(谷本清)「芸術的方法に就いての感想」(「ナップ」)、~10月)。

中野重治「今夜おれはおまえの寝息を聞いてやる」(「中央公論」)。

小林秀雄(29)「眠られぬ夜」(佐藤春夫編「古東多万」創刊号)

谷崎潤一郎「盲目物語」

藤沢恒夫「少年」

インヴァゴードンのイギリス大西洋艦隊水兵反乱。

イギリスの金本位体制の停止による金輸出再禁止を見通して、三井財閥などのドル買いが激化。日本銀行と横浜正金銀行、協議の上無条件で売りに応じる。11月、問題化。

アメリカ、銀行恐慌、全国に拡大。この年だけで2千以上の銀行が倒産。

9月1日

関東軍司令官本庄繁中将、着任第一声として隷下一般に訓示。

「本職深く期する所あり。精鋭なる我が将卒に信頼し、戮力協心(りくりょくきょうしん)匪窮(ひきゅう)の節を効し、以てこの変局に処し、相偕に国運伸展の大業に寄与せんことを庶幾う」。

9月1日

上越線の清水トンネル開通。工事期間9年4ヶ月、全長9702m世界最長、上越線が開通

9月2日

アメリカ、ラジオ番組「ビング・クロスビー・ショー」の放送が始まる。 

9月3日

外交部長王正延、中村大尉事件を中国側の犯行とみて謝罪を求める日本に対し「事実無根」と声明。

この頃、中国政府は、今後の対日方針を示す「対日方法建議案」を採用。中国は、日本の満蒙侵略政策を徹底的に抑制する強硬姿勢を打ち出す。

9月3日

大阪大丸、第1回服飾研究生として初めて女子店員をパリに派遣。

9月3日

ユーゴスラヴィア、新憲法施行('41年迄ユーゴ基本法として存続)。議会復活。ユーゴスラヴィア王国と改称。

9月3日

イギリス、外国為替制限令を公布。

9月4日

河本大作(予備役大佐)、参謀本部第5(支那)課長重藤千秋大佐の要請により、奉天で特務機関花谷正少佐開戦謀略資金5万円を渡す。

3日、河本は参謀本部第2課長(実際は第5=支那課長)重藤千秋大佐の求めにより、奉天特務機関(長は土肥原賢二大佐、A級戦犯として絞首刑)に柳条湖における開戦謀略資金5万円を渡すことになり、4日朝羽田を出発、京城経由で夕刻奉天着、特務機関花谷正少佐に5万円を渡し、料亭で高級参謀板垣征四郎大佐(河本の後任、A級戦犯として絞首刑)、石原莞爾中佐(関東軍作戦参謀)と会談。

8日午後奉天~空路大連へ、大連大広場の大和ホテルに宿泊し、星ヶ浦の大和ホテルで満鉄理事・経済調査局委員長十河信二(戦後の国鉄総裁)と会い、板垣・石原との会談結果を伝え、「十河に頼んで満鉄総裁内田康哉に働きかけ、関東軍が軍事行動に出た時ただちに積極的に協力させることとした」という。

9日早朝大連発、空路京城に行き、朝鮮軍参謀中山大佐に、関東軍からの開戦後即時救援依頼を伝え、その日のうちに空路福岡に帰着、鉄道で11日に帰京。

河本大作は、参謀本部・関東軍・満鉄・朝鮮軍を結ぶ連絡役として、満州事変の開戦謀略の最後の仕上げを行う(1953年8月2日、太原戦犯管理所における河本大作(同月25日病没)の供述調書)。

9月4日

この日、原田熊雄、若槻首相・幣原外相に、満州での浪人の暗躍の様子を伝え、近く陸軍が武力行動に出るのではないかと注意を促す。翌日、幣原は奉天の林久治郎領事に暗号電報で浪人取締りを訓令。

4日付け原田の日記。

「とにかく(軍部は)現在の政治の状態に頗る不満であるから、実際において統制のとれていない陸軍においては、いつ何事が起こるかもしれない。この点は頗る憂慮に堪えないのである」と満州事変直前の危機的状況を予感(「原田日記」第2巻)。

4日付け訓令。

「最近関東軍板垣大佐等は、貴地方面に於て相当豊富なる資金を擁し、国粋会其他支那浪人を操縦し、種々策動に努め居り。特に中村事件の交渉捗々しからざるに顧み、本月中旬を期し具体的運動を決行することとなれりとの聞込あり・・・」。

9月4日

陸軍、軍制改革案の大綱を発表。

9月5日

幣原外相から林奉天総領事へ訓電。

「最近関東軍板垣大佐ラハ・・・浪人連ラノ策動取締り上、コノ上トモ御手配アリタシ」。

4日頃、外務省へ、奉天領事館以外の現地から電報が入り、関東軍の少壮士官が満洲で武力発動を計画中と伝える。この露顕は、特務機関に雇われている男からとも、花谷が酒に酔って放言した為とも云われ、大川周明ら内地の右翼団体の一部からも噂が流れる。料亭に入りびたる国士らが、問題の周辺を徘徊しているので、洩れない方が不思議なくらい

9月5日

独墺関税同盟構想、ハーグ国際司法裁判所で違反判決。

10月2日、独クルティウス外相辞任、ブリューニング首相が外相を兼任。

9月6日

関東軍石原参謀、特務機関花谷少佐・今田新太郎大尉(張学良顧間柴山兼四郎の補佐官)・三谷清少佐(奉天憲兵隊長)らに、9月下旬の柳条湖計画は中止と煙幕を張る。奉天総領事館が彼らの動向に注目し始めたため。

9月6日

国際無産デーのこの日、反戦を叫ぶ130人が検挙。

9月7日

本庄繁関東軍司令官、各部隊巡視(初度巡視)開始。旅順、大石橋、鞍山、連山関、奉天、鉄嶺、長春、更に奉天、遼陽の各部隊を巡祝し、18日午後10時頃、旅順に戻る。

途中13日、長春での独立守備隊に対する訓示。「近時匪賊の跳梁甚しく、鉄道の運行を妨害し、剰え我が付属地を窺うもの多きは、誠に寒心に堪えざる所なり。我が威武を軽視する是等不逞の徒輩に対しては、進んで断乎たる処置をとり、鉄道守備を完うすると共に、帝国在留民の不安を一掃することを努むべし。」

9月7日

天皇、中村大尉事件で出兵不許可言明。

9月7日

安保海相、参内。軍紀について下問され、「軍紀の維持作興」について言上して退出。

9月7日

陸軍、省部の間で、中村事件に関して強硬態度をとるとの公式決定に達す。

9月7日

大川周明・津久井竜雄・赤松克麿、日本国家社会主義研究所を設立。

10月1日、「日本社会主義」を創刊(1932年6月「国家社会主義」と改題)。

9月7日

第16師団(京都)の「醒めよ国防に !」というビラを福井・金沢・富山・松本に撒く。10万枚散布

9月7日

ジュネーブ、国際連盟第12回総会開催。

9月7日

ロンドン、第2次英印円卓会議、開催。~12月1日。

14日、ガンディー、国民会議派代表として参加。少数派教徒の代議権について合意に達せず。

9月8日

この日付東京朝日社説、「共存共栄の原則」が中国側から蹂躙されつつある、「国策発動の大同的協力に向つて、その気運の促進と到来とを・・・痛切に希望する」と論じる。社論は対中国強硬論に転換しつつある。別の個所では、「軍部の反動的強硬論にも国民は無条件的賛意を表しかねる」と武力行使を牽制するが、それも及び腰。

9月9日

奉天、東北辺防軍司令部、第2回中村事件調査隊呉根香、奉天軍栄臻参謀長に「屯墾軍第三団の関玉衝が部下に命じて中村らを殺害し金品を強奪した形跡あり」と報告。


つづく


ウフィツィの不快:カラヴァッジョのバッカスに「雨」が降る / 9月17日の午後、豪雨でウフィッツィ美術館が浸水。カラヴァッジョの有名な『バッカス」』を含む17世紀絵画が収蔵されている部屋にまで水が流れ込んだとか。絵画を保護するケースのおかげで外側に水しぶきがかかったものの、作品自体は無事。本当に良かった。

 

〈簗和生農水相、過去のLGBT発言を避ける対応に批判〉 → 第2次高市早苗内閣で農林水産相に就任した簗氏は、2021年の自民党会合でLGBTを「種の保存に背く」としたとされる過去の発言について、会見で「党の会議は非公開」と繰り返し触れず、認識も「農水省所管外」と述べた。Xでは斉藤正美氏や松岡宗嗣氏らが現在の見解を問う声や否定しない姿勢を疑問視し、打越さくら氏も「誤りだった」と認めるべきと指摘。一方、簗氏は派閥パーティー収入1746万円の不記載で役職停止処分を受けていた過去もあり、説明責任を求める声が広がっている。

「トランプが一番の同盟国カナダを追いやった」 「世界はアメリカに対抗して団結し始めている」 と米民主党内で受け止められているカナダの EU準加盟国構想。  カーニーのこの欧州議会での演説はスタンディングオベーションで迎えられ、米国の理不尽な要求に抵抗する姿勢に評価が高まっているとも。

新たな副大臣・政務官に「裏金」関与の10議員 維新からも初起用(朝日) / 「暴走加速内閣」と批判も 野党、「不記載」議員の入閣を問題視(毎日);「文部科学相に起用された関氏が、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との接点を指摘されている点などを挙げ「これでも適材適所というのか、大変疑問だ」」 / 第2次高市改造内閣、閣僚に裏金議員を初起用 維新「私たちも了承」…「政治とカネ」にけじめなく(東京); 言語道断。犯罪事実が認められた裏金議員2名が大臣になる国。破廉恥政権はどこまで主権者をばかにするのか。簗和生 農相と、関芳弘 文科相は、政治資金規正法違反容疑による東京地検特捜部の捜査で起訴はされなかったが、犯罪事実を認めつつ裁量で起訴を見送る「起訴猶予」(東京新聞労組) / 過去に逮捕・有罪→入閣は29年ぶり 維新・中司氏 佐藤孝行氏以来(毎日) / 内閣支持44%、最低更新 「裏金」登用に7割反対―時事世論調査(時事)



 

2026年9月17日木曜日

〈日本の貧困化の直接的で具体的で哀しい表現ですね〉 ローソン、具材1種の「一点突破すぎ!」商品を発売(日経); ご飯の上にソーセージや焼とうもろこしだけを載せた弁当を販売。具材の質や量にこだわったシリーズも併せて展開し、具材量が約2倍の「贅沢すぎ!肉づくし冷し中華」など販売します / ローソンの一点突破298円弁当、「日本が貧しくなった」「物価高」に尽きます(藤井セイラ)

竹中工務店、AIで手書き図面からCADデータ 技能者の現場作業支援(日経 会員限定);「竹中工務店と爽美(大阪市)は共同で、手書きの図面から建築内装仕上げ材の加工に使うCADデータを自動で生成するシステムを開発した。技能者が描いた図を撮影するだけで、人工知能(AI)が仕上げ材加工用のCADデータへ変換する。部材を加工する際などに、技能者がCADデータを作成する手間が省ける。」

アジア開発銀行の神田総裁「もう誰も日本を超大国と思っていない」…YIES講演会で「新陳代謝」必要と訴え(Infoseek) ;「00年のアジア・太平洋地域のGDPに占める日本の割合は5割を超えていたが、25年には1割に低下。代わりに中国が5割弱を占め、インドが日本と肩を並べる。神田氏は「もう誰も日本を超大国と思っていない。生産性を上げて新陳代謝を進めるべきだ」との見解を示した。」

辺野古が完成したら本当に普天間は返還されるのか? 米国が突きつける「もう一つの返還条件」(布施祐仁);「辺野古移設が普天間の危険性を除去する最も早い解決策」と主張する古謝玄太氏が沖縄県知事選に当選しました。しかし、米国は辺野古が完成しても普天間を返還しない可能性がある、という話を書きました。 

数日前トランプ大統領が「AI の制御には高 IQの大統領で十分」と発言したのを受け、SDGs の生みの親で経済学者ジェフリー・サックス教授が、「現政権には AI 技術リスクを理解できる人材は皆無で『中国に勝つ』という競争論理だけで動いている。危険きわまりない」と批判 ← 高IQの大統領? 誰? 

「男女平等ランキング2026」、日本は117位で前年1上げ。G7ダントツ最下位(SustainableJapan); 日本のジェンダーギャップ指数、145カ国中117位。G7では変わらず最下位

高市首相の「国会軽視」強まる恐れ ベテラン差し置き「好都合」村井英樹氏を国対委員長に抜擢…その狙いは(東京) / 国対委員長を梶山弘志から村井英樹に交代させるのは、高市が国会に出来るだけ出なくて済むようにしたいことが理由? / 《高市首相の強権ぶり目立った国会が閉幕》梶山弘志国対委員長“怒りの理由”「もうたくさんだよ」とため息…(週刊文春7/29) 

〈私は自民党総裁だけど、人事権は持ってないと、シレーッと、、、〉 高市首相、参院・石井幹事長の交代巡り「人事権は私にはなく今朝伺った」(読売) / 高市首相「聖域」に介入か 参院幹事長交代、政権火種に(時事) / 高市総理「政権公約の実現に向け総力をあげた実行体制」自民党役員人事を説明「参院役員の人事権は私にない」【全文掲載】(FNN) / 自民の調整役・石井準一参院幹事長交代の波紋…官邸主導の強硬路線に与野党は戦々恐々(東京);「納得いかない。更迭される理由はない」。自民の参院ベテランは石井氏の交代に怒りを隠しませんでした 

2026年9月16日水曜日

「何度でも書く。凶悪で残虐な人たちが善良な人たちを殺すのではない。普通の人が普通の人を殺すのだ。」(森達也)(鷲田清一『折々のことば』(朝日新聞2026-09-16)) ; 占領地や植民地で、あるいは災害時に、人が起こす虐殺。個として善良であろうとも、集団になると人はしばしば凶暴さを抑えきれなくなる。しかも加害と被害はたえず反転し、連鎖する。、、、、、辻野弥生『福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇』への寄稿から。

 


韓国 夜の光化門広場で読書会 / ①②図書館付きの電車 ③公園に置かれた本棚 / 「映える系図書館」 / 清渓川のパブリック野外図書館って、こんな感じなんだ。どれもいいね!

ドキュメンタリー『チリの闘い』(1975~78)の監督、パトリシオ・グスマンが亡くなった(1941~2026)

1973年9月16日、米国とCIAの支援を受けたピノチェトの軍事クーデター派の軍人たちが、チリ共産党の伝説的な歌手・ソングライター、ビクトル・ハラをチリ・スタジアムで暗殺しました。

 


 1973年9月16日、米国とCIAの支援を受けたピノチェトの軍事クーデター派の軍人たちが、チリ共産党の伝説的な歌手・ソングライター、ビクトル・ハラをチリ・スタジアムで暗殺しました。

ピノチェト支持者たちは、ビクトル・ハラの指を銃床で叩き壊して二度とギターを弾けないようにし、舌を切り取って二度と歌えないようにし、胸に至近距離で44発の銃弾を撃ち込んで人民への共感を二度と感じられないようにした後、彼の遺体を墓地の横の茂みに投げ捨てました。

暗殺前に、ファシストたちはビクトル・ハラを銃殺の模擬演習にかけ、心理的に破壊し、数日間、食料も水も与えずに孤立させました。その危機的な状態で、彼は最後の詩「Somos cinco mil」(我々は五千人)を書きました。

「ファシズムの顔はどれほど恐ろしいか! 彼らは狡猾な正確さで計画を実行し、何も気にかけない。血は彼らにとって勲章だ。虐殺は英雄行為だ」(ビクトル・ハラの詩「Somos cinco mil」より一部)。

ファシズムの顔を忘れてはなりません。それは「違う考えを持つ」ことでも「別のアイデアを持つ」ことでもなく、人類に対する犯罪であり、どんな社会でも許してはなりません。

記憶のない民は、未来のない民です。

「国保逃れ」計1万1千人超、45事業所で疑い 厚労省が調査(朝日); 低い報酬で形式的に役員に就かせ、かわりに会費を徴収するビジネスが広がり、国保逃れとして問題となった。日本維新の会や参政党でも、こうした国保逃れの実態が明らかになっている。

 


〈全文〉

 Shoji Kaoru ☘️大阪の政治☘️@Shoji_Kaoru

#国保逃れ について厚労省が調査結果を発表

受止めを聞かれ「議員だろうがなかろうがダメ」としつつ「(該当者)全員除名した」とドヤる #吉村洋文

#日本維新の会 議員・特別党員約800人のうち364人が国保以外に加入が発覚に端を発した騒動

(第三者委員設置など行わず)自主申告のアンケートで発覚した中、特に悪質な6人のみ処分で「全員処分」とドヤるって⁉

全くの無反省にしか見えないのは私だけ?

「国保逃れ指南」にまで手を染めた #佐竹りほ さえ除名とはせず、離党に留めるほど大甘処分の維新にドヤる資格あるの?

皆さんはどう思いますか?




 国保逃れレク。1万1610人が被保険者資格喪失。改めて怖い話をすると加入時に遡って社会保険の資格が喪失するのでその時点にまで遡って国保料と国民年金保険料の納付が生じますが保険料納付は2年までしか遡れないので2年より以前は保険料未納扱いとなりその期間に医療を受けていれば10割負担の支払いを求められます。高額医療を受けていればとんでもない額です。国民年金も遡って納付できない期間分は将来の受け取り年金額が一生涯減額になります。国保逃れはそれだけ重大な事態を招く不正であったわけですが、不満のある方は最もこの違法行為を利活用しお墨付きを与えてきた公党、維新の会に文句を言いましょう。

2026年9月15日火曜日

横浜スカイビルの「湯葉と豆腐の店 梅の花」で松茸のランチ 2026-09-15

 9月15日(火)曇り→晴れ→雨/曇り

今日は雨予報だったが、家を出る時点では朝方の雨で濡れた道路も乾いていたので、一応「雨雲レーダー」で当面雨雲なしを確認したものの、外出に際しては、ま、一応の用心として折りたたみ傘を携行した。

その後、昼頃には青空が広がって、横浜スカイビル29Fからの眺めも、気持ちのいいものだった。

しかし、、、帰路、午後2時過ぎ、ポツリポツリと雨が降り出した。

今日は、そんな一日だった。

で、本題。

今日は、横浜スカイビルの「湯葉と豆腐の店 梅の花」で松茸のランチ。

少しずつの料理だけど、締めてみると結構お腹いっぱい。

昨年よりはダウンサイズしたメニューにして正解だった。

松茸ごはん、美味しい。





トランプ氏の長男の結婚式費用、プーチン氏に近い「オリガルヒ」が負担していた…夫妻のため祝宴を開催(読売) / プーチン氏と関係あるロシアの実業家、トランプ氏長男の結婚パーティー費用数千万円を負担(日テレ) / Financial Times記事と東野篤子さんのX投稿  


 トランプ大統領の長男とベッティーナ・アンダーソンのバハマでの結婚式後の祝賀行事で、ロシア人実業家で国際ボクシング協会(IBA)会長のウマル・クレムレフが費用を負担していたことが明らかに。夫妻自身がインスタグラムでクレムレフのことを「私たちの親愛なる友人のウマル」と呼び、「2晩にわたる素晴らしい祝賀」を主催してくれたと明記。

発端となったProPublicaの調査によれば、クレムレフ側が負担したのは数十万ドル規模で、プライベート島の貸し切り、宿泊、花火などが含まれるとのこと。資金の一部はIBAが金融取引に利用しているドバイの関連組織から支払われたとのこと。

なおクレムレフは、プーチン体制下で国家・治安機関・国有企業との関係を通じて急速に地位と富を獲得した人物。

2026年9月14日月曜日

鎌倉散歩 大巧寺(コムラサキ、シュウメイギク、オカトラノオ、フヨウ、タマスダレ、ホトトギス) 寿福寺(参道、ハギ) 英勝寺(彼岸花の芽が出始めたとの告知) 海蔵寺(ハギ、キキョウ、ホトトギス、リンドウ、タマアジサイ、シオン) 2026-09-14

 9月14日(月)晴れ

暫くぶりの晴れで、明日からまた暫く雨か曇りが続くらしい。

今日は、最高気温31℃。やや躊躇したけど、久しぶりの鎌倉散歩。

大巧寺~本覚寺~寿福寺~海蔵寺のミニマムコースだった。

なので、歩数は1万2千歩。

▼大巧寺

コムラサキ。門前のものは写してみるとピンクみたい。

白色曼珠沙華、期待してたけど、もう終わってた。



▼シュウメイギク。まだ咲き始め。

▼オカトラノオ

▼フヨウ

▼タマスダレ

▼ホトトギス

▼寿福寺参道

珍しく人がいない。

▼ハギが少し

▼英勝寺

門前通過失礼しました。

彼岸花の芽が出始めたとの告知あり。楽しみ。

ご住職だろうか、亡くなられたような立て看板あり(写真なし)。合掌。

▼海蔵寺へのアプローチ

久しぶりの青空が気持ちいい

▼海蔵寺のハギ

まだ咲き始め。

▼キキョウ

▼ホトトギス

▼リンドウ

▼タマアジサイ

もう終盤。残ってるのが珍しいのでは、、、

▼シオン

高いところに少しだけ