樋口一葉日記抄 明治27年(1894)
7月8日
八日 平田君来訪。田中ぬしが「かまくら紀行」、いづくの雑誌にか記載のこと頼む。「これより森鴎外君のもとに趣けば、同君にたのみて、『しがらみ草紙』などに出さばや」とてかへる。午後、中島くら殿来訪、物語多し。夜食を馳走してかへす。樋口のくらも来る。「明早朝、一番汽車にて帰郷したし」とあるに、今宵はみやげ物などとゝのふる為、本郷通へ諸共に行く。
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一葉は、友人田中みの子の紀行文の雑誌掲載を平田禿木を介して世話する。
「かまくら紀行」は、明治25年7月1日~5日、師匠の中島歌子と鎌倉に旅行した折の紀行文。
「しがらみ草紙」は鴎外が主宰する雑誌で、この年7月号(第58号)に掲載される。
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7月9日
九日 早朝、くらを送て上野に行。上野丁の小松星といへる旅店に、知人の待合せ居りて、共に帰県をなすよしに付、同家までゆく。上野よりにはあらで、新宿の汽車にて行よしなれば、我れはこゝより帰宅。朝飯をしまひて、無沙汰み舞に伊東、田中の両家を訪ふ。日ぐれまで遊ぶ。田中ぬしのもとにありける『艶道通鑑』とて、五冊ものゝ随筆めける、小出ぬしの蔵書のよしなるをかりる。
*
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7月10日
十日 禿木子より状(ふみ)あり。「森君のもとにて、田中ぬしの紀行よろしきよしに付、本名、宿処、報道あり度し」となり。返事つかはす。奥田君来訪。
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7月11日
十一日 師君のもとへ行く。田中ぬしも盆礼として来訪。雑誌の事を語るに、喜色あふるゝやう也。師君いかなるにか、衣類その他を質入して金子をとゝのへ給へるよしにて、加藤の妻より、我れは金子をうけとる。師君ははやく出稽古に趣給ひぬ。此日、日ぐれ前より雷雨、中々に晴がたし。夜に入りてより帰宅。佐藤、盆礼に来たりしよし。
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どうしたことか、師匠は、衣類などを質入れして一葉のお手当てを工面したようだ。
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7月12日 桃水を訪問。
十二日 到来物のありしかば、半井君を訪ふ。
めづらしくこゝろよげにて、にこやかに物がたらる。
されども、来客のありければ、長くもかたらで帰るに、「いづれちかくに御音(おおと)づれ申べし。十五、六の両日のうちに、雷雨なくはかたらず」といふ。
たけくをゝ敷此人のロより、かみなりの恐ろしきよしを聞こそをかしけれ。
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*
久しぶりに半井桃水を訪問する。彼は元気であったが、来客もあり長居はしなかった。
桃水は、「いずれ近いうちにお訪ねするつもりです。十五日か十六日のうち、雷や雨がなかったら必ずお訪ねしますよ」と言う。
強そうで男らしいこの方の口から、雷が恐ろしいなどと聞くのは、可笑しい気持ちであった。
*
*
静かにかぞふれは、誠や、此人とうとく成そめぬるは、をとゝしのけふよりなり。
隔たりゆく月日のほどに、幾度こゝろのあらたまりけん。
一度は、これをしをりにして悟道(ごどう)に入らはやとおもひつる事もあり。
一度は、
「ふたゝびと此人の上をば思はじ。
おもへばこそさまざまのもだえをも引おこすなれ。
諸事はみな夢、この人こひしとおもふもいつまでの現(うつつ)かは。
我れにはかられて我と迷ひの淵にしづむ我身、はかなし」
と、あきらめたる事もありき。
そもそも思ひたえんとおもふが我がまよひなれば、殊更(ことさら)にすつべきかは。
冥々の中に宿縁ありて、つひにはなれがたき仲ならばかひなし。
見ては迷ひ、聞てはこがれ、馴ゆくまゝにしたふが如き我れならば、遂に何事をかなしとげらるべき。
かく計(ばかり)したはしく、なつかしき此人をよそに置て、おもふ事をもかたらず、なげきをももらさず、おさへんとするほどにまさるこゝろは、大河をふさぎてかへつてみなぎらするが如(ごと)かるべし。
悟道を共々(ともども)にして、兄の如く妹のごとく、世人(よびと)の見もしらざる潔白清浄なる行ひして、一生を送らばやとおもふ。
*
*
一葉は、変わらぬ桃水への思慕を語り、「潔白清浄」に生きて貞節を守ると願う。
*
*
この人との間が疎遠になり初めたのは一昨年の今月からである。
その後、月日がたつにつれて私の心は何度変わったことか。
一度は、これを栞として悟りの道に入ろうと思ったこともある。
一度は、
二度とこの人のことは思うまい、思うからこそ色々の悩みが湧いてくる。
人生はみな夢のように消えるのだから、この人を思う現実の心も何時まで続くとも思われない。
こんな迷いの中に沈んで行くことの何とはかない事よとあきらめた時もあった。
しかし、あきらめようと思うこと自体が迷いなのだから、わざわざあきらめる必要もないように思う。
それぞれに前世からの因縁があって、 離れられないものならば、それも仕方がない。
逢っては恋しく、声を聞いてはますます焦がれて行く私は、一生を何もしないで終わるのだろうか。
慕わしく懐かしいこの人に対し、思う事も言わず、愚痴も言わずに、ひたすら気持ちを抑えてばかりいると、恋の心はかえって大きくなり、大河の流れを塞いでかえって水を溢れさせてしまう。
互いに悟りの道に志し、兄のように、妹のように、世間の人が誰も知らないような潔白清浄な関係でこの一生を送りたいと思う。
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2011年7月9日土曜日
東京 北の丸公園 ムクゲ咲く 竹橋にサルスベリ咲く
昨日(7月8日)、東海地方の梅雨明け。
平年よりも13日早いとのこと。
今日あたり関東地方も梅雨明けかもしれない。
▼北の丸公園にムクゲが咲き始めました。
いよいよ本格的な夏到来。
ムクゲは、「槿」と書きますが、韓国の国花で韓国では「無窮花(ムグンファ)」と書きます。
*
▼八重のムクゲ
*
▼サルスベリ(百日紅)
退勤時に気がついたのですが、竹橋の毎日新聞社前にサルスベリの木が植わってますが、そのうちの一本に花が咲いていました。
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平年よりも13日早いとのこと。
今日あたり関東地方も梅雨明けかもしれない。
▼北の丸公園にムクゲが咲き始めました。
いよいよ本格的な夏到来。
ムクゲは、「槿」と書きますが、韓国の国花で韓国では「無窮花(ムグンファ)」と書きます。
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▼八重のムクゲ
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▼サルスベリ(百日紅)
退勤時に気がついたのですが、竹橋の毎日新聞社前にサルスベリの木が植わってますが、そのうちの一本に花が咲いていました。
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2011年7月7日木曜日
東京 江戸城 東御苑 キキョウ ヒメヒオウギズイセン ハナゾノツクバネウツギ(アベリア)
今日(7月7日)は最高気温が30℃を下回り、比較的過ごし易く、昼休みには久しぶりに江戸城東御苑に行きました。
▼キキョウ
秋の七草ですが、もう咲くんですね。
▼ハナゾノツクバネウツギ(アベリア)
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▼キキョウ
秋の七草ですが、もう咲くんですね。
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▼ヒメヒオウギズイセン(アヤメ科)
*▼ハナゾノツクバネウツギ(アベリア)
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2011年7月6日水曜日
「広島と長崎であれだけ被害を受けた日本人が、なぜ原発には反対しなかったのか。」(作家米谷ふみ子)
在米の作家米谷ふみ子の新著の書名は「だから、言ったでしょっ!」だという。
以下、「朝日新聞」7月5日付け夕刊より
*
*
「米国で反戦・反核運動を続けてきた作家、米谷ふみ子(80)は、「なぜ今になって」と感じる。
原爆被害の怖さを知るはずの日本人が、なぜ「原発は安全」と信じて疑わなかったのか。
そんな思いを、新著の書名にした。
「だから、言ったでしょっ!」
様々な雑誌に書いてきた反戦活動の記録を再構成し、一冊にまとめた。
編集を終えたこと、原発事故が起きた。
「まさか」という世に反応に、米谷は「広島と長崎であれだけの被害を受けた日本人が、なぜ原発には反対しなかったのか。故障して放射能が漏れたら何が起きるか、自分の頭で考えていなかったのではないか」と言う。
原爆投下から半世紀以上たち、日本社会の核への拒否反応が薄れてきたように思えてならない。
毎年8月になると盛り上がる日本の反戦運動には「法事みたいに年中行事化している」と手厳しい。
・・・(後略) 」
*
*
反原発ゆえに冷や飯を食わされ続けた研究者などもまたきっと、同じように「だから、言ったでしょっ!」という感じを持たれたんでしょうか。
以下、「朝日新聞」7月5日付け夕刊より
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「米国で反戦・反核運動を続けてきた作家、米谷ふみ子(80)は、「なぜ今になって」と感じる。
原爆被害の怖さを知るはずの日本人が、なぜ「原発は安全」と信じて疑わなかったのか。
そんな思いを、新著の書名にした。
「だから、言ったでしょっ!」
様々な雑誌に書いてきた反戦活動の記録を再構成し、一冊にまとめた。
編集を終えたこと、原発事故が起きた。
「まさか」という世に反応に、米谷は「広島と長崎であれだけの被害を受けた日本人が、なぜ原発には反対しなかったのか。故障して放射能が漏れたら何が起きるか、自分の頭で考えていなかったのではないか」と言う。
原爆投下から半世紀以上たち、日本社会の核への拒否反応が薄れてきたように思えてならない。
毎年8月になると盛り上がる日本の反戦運動には「法事みたいに年中行事化している」と手厳しい。
・・・(後略) 」
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反原発ゆえに冷や飯を食わされ続けた研究者などもまたきっと、同じように「だから、言ったでしょっ!」という感じを持たれたんでしょうか。
「ドイツとスイスとイタリアに次いで、原子力からの賢明な撤退を選ぼう。」(作家池澤夏樹)
「朝日新聞」7月5日付け夕刊に掲載された、池澤夏樹さんの意見。
*
*
タイトル
「ぎりぎりまで居座ればいい」
池澤さんは、菅内閣を巡る政争について、
「・・・あまりかんぐりたくないと思いながら、この「政局の混乱」というのは要するに、電力政策の転換への抵抗が理由なのではないかと考える。
主体は、産業界、経済産業省、自民党、ならびに民主党の一部であるのだろう。」
とみる。
「・・・。産業界の求めるものと環境問題に関心のある市民の求めるものは違う。
その間で何らかの結論を出さなければならない。」
その両勢力のせめぎあいが、現在の政局の混乱の根本にあるとみる。
菅直人については、
「会ったことはないが、ひょっとしたら友人にしたくないような人なのかもしれない。」
としながらも、
だけど、
「首相の性格はどうでもいい。
政策だけで政治を見よう」
と言う。
菅が、「初当選した翌々年の一九八二年に、衆院科学技術委員会で再生可能エネルギーの普及を訴えた。」
これ以降の「この問題への彼の姿勢は一貫している。」と評価する。
結論は・・・。
「今、菅首相には罵詈雑言に耐えて電力政策の転換の基礎を作ってほしい。
とんでもない人事を実行し、ぎりぎりまで居座り、改革を一歩進めてほしい。
なぜならば、福島の惨状を見れば明らかなとうり、原発に未来はないからだ。
ドイツとスイスとイタリアに次いで、原子力からの賢明な撤退を選ぼう。」
*
*
先に論壇時評で取り上げられた、「鼻をつまんで菅を支持する」と同じ理屈。
菅の後のことを考えると、この意見には傾聴するべきものがある。
*
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タイトル
「ぎりぎりまで居座ればいい」
池澤さんは、菅内閣を巡る政争について、
「・・・あまりかんぐりたくないと思いながら、この「政局の混乱」というのは要するに、電力政策の転換への抵抗が理由なのではないかと考える。
主体は、産業界、経済産業省、自民党、ならびに民主党の一部であるのだろう。」
とみる。
「・・・。産業界の求めるものと環境問題に関心のある市民の求めるものは違う。
その間で何らかの結論を出さなければならない。」
その両勢力のせめぎあいが、現在の政局の混乱の根本にあるとみる。
菅直人については、
「会ったことはないが、ひょっとしたら友人にしたくないような人なのかもしれない。」
としながらも、
だけど、
「首相の性格はどうでもいい。
政策だけで政治を見よう」
と言う。
菅が、「初当選した翌々年の一九八二年に、衆院科学技術委員会で再生可能エネルギーの普及を訴えた。」
これ以降の「この問題への彼の姿勢は一貫している。」と評価する。
結論は・・・。
「今、菅首相には罵詈雑言に耐えて電力政策の転換の基礎を作ってほしい。
とんでもない人事を実行し、ぎりぎりまで居座り、改革を一歩進めてほしい。
なぜならば、福島の惨状を見れば明らかなとうり、原発に未来はないからだ。
ドイツとスイスとイタリアに次いで、原子力からの賢明な撤退を選ぼう。」
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先に論壇時評で取り上げられた、「鼻をつまんで菅を支持する」と同じ理屈。
菅の後のことを考えると、この意見には傾聴するべきものがある。
東京 北の丸公園 ネムノキの花 八重のクチナシ
まだ梅雨はあけていないが連日の猛暑
荷風さん流に言えば、「溽暑九十度」(華氏90度は摂氏32.3度)
聞くところによると、梅雨前線はまだ存在しているが、それが遥か太平洋上にあり、我々の視界に入らないだけ、ということらしい。
北の丸公園では、そろそろムクゲが咲き始め、そのうちにサルスベリも咲き始めると思います。
▼ネムノキ
図鑑などを見ると、もっときれいにピンと張った姿をしてますが、現実には雨風もあり、そうもゆきません。今日などは、まだきれいな方です。
*
▼クチナシ(八重)
もう花びらが落ちてしまっているものが多い。
武道館前駐車場の脇にあります。
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「★東京インデックス」 「★四季のうつろいインデックス」 をご参照下さい。
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荷風さん流に言えば、「溽暑九十度」(華氏90度は摂氏32.3度)
聞くところによると、梅雨前線はまだ存在しているが、それが遥か太平洋上にあり、我々の視界に入らないだけ、ということらしい。
北の丸公園では、そろそろムクゲが咲き始め、そのうちにサルスベリも咲き始めると思います。
▼ネムノキ
図鑑などを見ると、もっときれいにピンと張った姿をしてますが、現実には雨風もあり、そうもゆきません。今日などは、まだきれいな方です。
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▼クチナシ(八重)
もう花びらが落ちてしまっているものが多い。
武道館前駐車場の脇にあります。
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2011年7月4日月曜日
キョウチクトウ(夾竹桃)咲く
先週土曜日(7月2日)、外出した際、近所のとある会社の外周に咲いているのを見つけました。
シロバナとアカバナの夾竹桃
アカバナは八重です。
八重のアカバナの方がポピュラーだと思いますが如何でしょうか。
キョウチクトウが咲くとなると、そろそろサルスベリ(百日紅)の季節でしょうか。
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シロバナとアカバナの夾竹桃
アカバナは八重です。
八重のアカバナの方がポピュラーだと思いますが如何でしょうか。
キョウチクトウが咲くとなると、そろそろサルスベリ(百日紅)の季節でしょうか。
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疣蛙(いぼがえる)棄民を拒む面構え (福島市)中村晋 「朝日俳壇」7月4日
「朝日俳壇」7月4日より
疣蛙(いぼがえる)棄民を拒む面構え (福島市)中村 晋
朝顔やフクシマからの転校生 (山形県白鷹町)紺野 蘆白
*
*
「朝日歌壇」7月4日より
「福島を出ます」とおさな子を連れし背が去りゆく雨の向こうに (福島市)美原 凍子
*
*
今週は少ないので、ワタクシの即興駄作でも。
フクシマの嘆き届かぬゲンカイかなし 黙翁
***
①メディアを通じての福島の現実は一応ご存知のはず。
②「安全性」対策の付け焼刃的応急措置も、多分、ご存知のはず。
それでも、「国が全責任を持つ」の言葉を信じ、雇用と交付金を選択した現実「かなし」、です。
菅・海江田ラインの罪は重い。
疣蛙(いぼがえる)棄民を拒む面構え (福島市)中村 晋
朝顔やフクシマからの転校生 (山形県白鷹町)紺野 蘆白
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「朝日歌壇」7月4日より
「福島を出ます」とおさな子を連れし背が去りゆく雨の向こうに (福島市)美原 凍子
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今週は少ないので、ワタクシの即興駄作でも。
フクシマの嘆き届かぬゲンカイかなし 黙翁
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①メディアを通じての福島の現実は一応ご存知のはず。
②「安全性」対策の付け焼刃的応急措置も、多分、ご存知のはず。
それでも、「国が全責任を持つ」の言葉を信じ、雇用と交付金を選択した現実「かなし」、です。
菅・海江田ラインの罪は重い。
2011年7月3日日曜日
「原発事故は人間の思い上がりを象徴するものです。」(城南信用金庫吉原毅理事長)
7月2日「朝日新聞」夕刊に、浜岡原発廃止を求める訴えに関する小さい記事があった。
*
*
見出し
浜岡廃止求め 住民らが提訴
城南信金理事長も
東海地震の想定震源域にある中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)をめぐり、同県の弁護士や住民ら34人が1日、中部電力を相手に、同原発の廃止(運転終了)などを求める訴えを静岡地裁に起こした。
原告団には、城南信用金庫(東京)の吉原毅理事長や同県湖西市の三上元(はじめ)市長らが参加。訴状では、岡原発は大地震時の津波対策が不十分で、安全性が確保できないと主張。廃炉が決まっている1、2号機を除く3~5号機の廃止と、1~5号機の使用済み核燃料棒の安全性確保を求めている。 (植松佳香)
*
*
この記事中にある、城南信用金庫の吉原毅理事長への比較的長いインタビュー記事が、その前日(6月29日)の「朝日新聞」に掲載されていました。
*
きわめてまっとうな経営者としての姿勢に感動しました。
*
*
以下、インタビュー記事の内容です。
*
インタビュー「脱原発宣言のわけ」城南信用金庫理事長 吉原 毅さん
見出し
思い上がりの象徴
信金の原点考え
原告団にも加わる
信用金庫としてトップクラスの城南信用金庫が、経済界では異例の脱原発宣言をしている。ホームページで宣言文を掲げ、吉原毅理事長が動画サイトで「地道に行動に移していこう」と訴える。その内容はツイッターでも広まった。浜岡原発(静岡県)の廃炉を求め、7月1日に提訴する原告団に加わる吉原さんに、真意を聞いた。
---脱原発宣言には「原子力エネルギーは私たちに明るい未来を与えてくれるものではない」といった表現もあり、刺激的です。ただ、時流に乗った側面はありませんか。
「いえ、逆に不安の方が強かった。あちこちから『よけいなことをするな』とたたかれたらどうしよう、と。
経済界のほとんどが原発問題について沈黙するなかで、社会的なメッセージを打ち出すのは勇気が必要でした。
私たちだけでなく、ほかの金融機関や大企業にも発言してほしいのです。
うちが世の中を変えてやろうじゃないか、という人がどんどん出てきてくれれば、これほどうれしいことはありません」
---とはいえ「節電プレミアム預金」などの商品を発表しています。収益アップを期待したのでは?
「この2カ月間で、『節電』関連の申し込みは定期預金が16件、ローンが20件だけです。
ソーラーパネルやLED照明などを10万円以上買った方に100万円までの定期の利息を年1・0%に優遇しています。こうした投資のためのローンは最初の1年間は無利子。
収益より脱原発の姿勢を示すことが大事なんです」
---浜岡原発の運転終了や廃止を求める弁護団が、中部電力を相手取って訴訟を起こします。原告団に加わっていますね。
「そこまでするべきか、とも考えました。
でも弁護団から力を貸してほしいと頼まれたとき、何も逃げる必要はないと思ったんです。
今回の原発事故は人間の思い上がりを象徴するものです。
このような技術文明は近代合理主義の行き着いた果ての姿かもしれません。
経済発展は、無理のない着実な程度がよいのです。
それなのに大局観もなく突き進み、成長のために原発はやめられないと思いこんだところが問題でした」
---脱原発によるエネルギー不足や経済活動への影響は心配しないのですか。
「断定的には言えませんが、原発がなくても十分間に合うのでは。
まず、停止中の火力発電所や水力発電所をフル稼働させる。天然ガス発電や地熱発電にも大急ぎで取り組む。一方で、節電は『最大の電力源』ですから、一般家庭はライフスタイルを見直し、企業は省電力化に努める。
私たちは原発への依存をなくす意味で『3割節電』を目標に掲げ、この3カ月間、はば実現しています。いかに無駄に電力を使っていたのか、と気づきました」
「今回のような事故を二度と起こしてほならないと考えるならば、すべての原発はいったん運転を止めるべきです。
一斉点検し、老朽化したものは廃炉にする。
できるだけすみやかに、です」
---電力会社や大企業とのしがらみがない信金だから好きなことが言えるのではありませんか。
「たしかに、ごまめの歯ぎしりかもしれません。でも共感してくれる人は増えています。
三井住友銀行の西川善文名誉顧問はネット上で、城南信金の脱原発宣言を『英断』と書いてくださいました。これはありがたい。『国として脱原発に取り組むのであれば、こうした動きが大銀行をはじめ全金融機関に波及することを期待する』とのコメントもいただき、意を強くしました」
「メガバンクは電力会社の大株主であり、債権者です。
総理大臣は電力会社に原発停止の要請しかできないけど、メガバンクが右を向けと言えば、電力会社は石を向く。絶大な力です。
新しい方向性を打ち出してくれれば世の中を変えることができますよ」
---脱原発で電気料金が上がり、経済活動にも影響があるのでは?
「適正に計算し直すと、原発のコストは高い。
地域への交付金や放射性廃棄物処理、事故対策などの費用に加え、事故があったときの補償費も、私たち金融機関からみると『経常費用』として計算に入れなければなりません。
純民間ベースなら原発事業に融資する銀行は一つもないはずです」
「原発廃止の費用を除いて代替エネルギー導入のコストを計算すれば、電気料金はそれほど上がらずに済むかもしれない。70年代の石油ショックを受けて、省エネ技術の開発が進みました。努力もしないで、原発はなくせないと言い張るのはおかしな話です。
これほど致命的な事故の可能性があるものに、なぜ依存しなければならないのでしょう?」
---しかし、城南信金は震災以前から原発を問題にしていたわけではありませんよね。
「正直いって私自身、不安に思っていませんでした。反原発運動に対しても、なぜそこまで反対するのだろう、と思っていました。いま、申し訳ない気がしています。ちゃんと考えなければいけませんでした」
---金融機関が脱原発を公言するのは意外です。何か下心でもあるんじゃないかと・・・。
「私たち信用金庫には、中小企業や個人客を大切にし、地元の発展に貢献する使命があります。利益や株主への配当を重視せざるをえない銀行とは違います。
城南信金は、顧客に損失を与える恐れのある商品や消費者向けのカードローンなどを扱いません。金もうけのために存在するのではないという自負がある。
信金のルーツは19世紀に英国で生まれた協同組合運動です。産業革命で貧富の格差が広がり、お金に振り回されて倫理や道徳が失われる恐れが出てきた。それを是正し、みんなが幸せに暮らせる社会をつくろうという理想を掲げたのです」
「昨年11月に理事長に就任したとき、信金の原点に立ち返ろうと考えました。そこに大震災が起きたのです。こんなときに損得勘定や事なかれ主義は許せない。実際には無力かもしれないけど、社会の役に立とうという気持ちは大切にしたいと思っています。そこが私たちのアイデンティティーなんです」
---宣言に踏み切る直接のきっかけは何だったのですか。
「福島県と岩手県の信金から、就職が内定していた学生らを採用してもらえないかと相談されたんです。計10人。福島の信金は原発事故の影響で6店舗を閉鎖するほどの事態だというのです。信金は地域に根付いた金融機関ですから、事故が起きても移転するわけにはいきません。同業の仲間として、どんな思いだろうかと痛切に胸に響きました」
「ひとごとではないと、より実感したのは、東京の水道水から放射性物質が検出されたときです。若い職員は避難させた方がいいのでは、という話も出ました。原子力に強い違和感を覚えるようになり、メッセージを発信しなければと考えました」
---経済界の異端児ですね。
「とんでもない。私は常識人ですよ。ご近所のみなさんや中小企業の経営者の方々が思っているような、ごく当たり前のことを言っているだけです。例えば電車の中で、誰かがからまれていたら『やめなさいよ』と言うでしょ。
私は、企業は人間と一緒だと思うんです。お金を稼ぐだけじゃなくて、理想もあるはずだし、魂もある。
企業だって、正しいと思ったことは発言すべきです。そこで働く人たちの誇りにかかわることなのです」
(聞き手・磯村健太郎、山本晴美)
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見出し
浜岡廃止求め 住民らが提訴
城南信金理事長も
東海地震の想定震源域にある中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)をめぐり、同県の弁護士や住民ら34人が1日、中部電力を相手に、同原発の廃止(運転終了)などを求める訴えを静岡地裁に起こした。
原告団には、城南信用金庫(東京)の吉原毅理事長や同県湖西市の三上元(はじめ)市長らが参加。訴状では、岡原発は大地震時の津波対策が不十分で、安全性が確保できないと主張。廃炉が決まっている1、2号機を除く3~5号機の廃止と、1~5号機の使用済み核燃料棒の安全性確保を求めている。 (植松佳香)
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この記事中にある、城南信用金庫の吉原毅理事長への比較的長いインタビュー記事が、その前日(6月29日)の「朝日新聞」に掲載されていました。
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きわめてまっとうな経営者としての姿勢に感動しました。
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以下、インタビュー記事の内容です。
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インタビュー「脱原発宣言のわけ」城南信用金庫理事長 吉原 毅さん
見出し
思い上がりの象徴
信金の原点考え
原告団にも加わる
信用金庫としてトップクラスの城南信用金庫が、経済界では異例の脱原発宣言をしている。ホームページで宣言文を掲げ、吉原毅理事長が動画サイトで「地道に行動に移していこう」と訴える。その内容はツイッターでも広まった。浜岡原発(静岡県)の廃炉を求め、7月1日に提訴する原告団に加わる吉原さんに、真意を聞いた。
---脱原発宣言には「原子力エネルギーは私たちに明るい未来を与えてくれるものではない」といった表現もあり、刺激的です。ただ、時流に乗った側面はありませんか。
「いえ、逆に不安の方が強かった。あちこちから『よけいなことをするな』とたたかれたらどうしよう、と。
経済界のほとんどが原発問題について沈黙するなかで、社会的なメッセージを打ち出すのは勇気が必要でした。
私たちだけでなく、ほかの金融機関や大企業にも発言してほしいのです。
うちが世の中を変えてやろうじゃないか、という人がどんどん出てきてくれれば、これほどうれしいことはありません」
---とはいえ「節電プレミアム預金」などの商品を発表しています。収益アップを期待したのでは?
「この2カ月間で、『節電』関連の申し込みは定期預金が16件、ローンが20件だけです。
ソーラーパネルやLED照明などを10万円以上買った方に100万円までの定期の利息を年1・0%に優遇しています。こうした投資のためのローンは最初の1年間は無利子。
収益より脱原発の姿勢を示すことが大事なんです」
---浜岡原発の運転終了や廃止を求める弁護団が、中部電力を相手取って訴訟を起こします。原告団に加わっていますね。
「そこまでするべきか、とも考えました。
でも弁護団から力を貸してほしいと頼まれたとき、何も逃げる必要はないと思ったんです。
今回の原発事故は人間の思い上がりを象徴するものです。
このような技術文明は近代合理主義の行き着いた果ての姿かもしれません。
経済発展は、無理のない着実な程度がよいのです。
それなのに大局観もなく突き進み、成長のために原発はやめられないと思いこんだところが問題でした」
---脱原発によるエネルギー不足や経済活動への影響は心配しないのですか。
「断定的には言えませんが、原発がなくても十分間に合うのでは。
まず、停止中の火力発電所や水力発電所をフル稼働させる。天然ガス発電や地熱発電にも大急ぎで取り組む。一方で、節電は『最大の電力源』ですから、一般家庭はライフスタイルを見直し、企業は省電力化に努める。
私たちは原発への依存をなくす意味で『3割節電』を目標に掲げ、この3カ月間、はば実現しています。いかに無駄に電力を使っていたのか、と気づきました」
「今回のような事故を二度と起こしてほならないと考えるならば、すべての原発はいったん運転を止めるべきです。
一斉点検し、老朽化したものは廃炉にする。
できるだけすみやかに、です」
---電力会社や大企業とのしがらみがない信金だから好きなことが言えるのではありませんか。
「たしかに、ごまめの歯ぎしりかもしれません。でも共感してくれる人は増えています。
三井住友銀行の西川善文名誉顧問はネット上で、城南信金の脱原発宣言を『英断』と書いてくださいました。これはありがたい。『国として脱原発に取り組むのであれば、こうした動きが大銀行をはじめ全金融機関に波及することを期待する』とのコメントもいただき、意を強くしました」
「メガバンクは電力会社の大株主であり、債権者です。
総理大臣は電力会社に原発停止の要請しかできないけど、メガバンクが右を向けと言えば、電力会社は石を向く。絶大な力です。
新しい方向性を打ち出してくれれば世の中を変えることができますよ」
---脱原発で電気料金が上がり、経済活動にも影響があるのでは?
「適正に計算し直すと、原発のコストは高い。
地域への交付金や放射性廃棄物処理、事故対策などの費用に加え、事故があったときの補償費も、私たち金融機関からみると『経常費用』として計算に入れなければなりません。
純民間ベースなら原発事業に融資する銀行は一つもないはずです」
「原発廃止の費用を除いて代替エネルギー導入のコストを計算すれば、電気料金はそれほど上がらずに済むかもしれない。70年代の石油ショックを受けて、省エネ技術の開発が進みました。努力もしないで、原発はなくせないと言い張るのはおかしな話です。
これほど致命的な事故の可能性があるものに、なぜ依存しなければならないのでしょう?」
---しかし、城南信金は震災以前から原発を問題にしていたわけではありませんよね。
「正直いって私自身、不安に思っていませんでした。反原発運動に対しても、なぜそこまで反対するのだろう、と思っていました。いま、申し訳ない気がしています。ちゃんと考えなければいけませんでした」
---金融機関が脱原発を公言するのは意外です。何か下心でもあるんじゃないかと・・・。
「私たち信用金庫には、中小企業や個人客を大切にし、地元の発展に貢献する使命があります。利益や株主への配当を重視せざるをえない銀行とは違います。
城南信金は、顧客に損失を与える恐れのある商品や消費者向けのカードローンなどを扱いません。金もうけのために存在するのではないという自負がある。
信金のルーツは19世紀に英国で生まれた協同組合運動です。産業革命で貧富の格差が広がり、お金に振り回されて倫理や道徳が失われる恐れが出てきた。それを是正し、みんなが幸せに暮らせる社会をつくろうという理想を掲げたのです」
「昨年11月に理事長に就任したとき、信金の原点に立ち返ろうと考えました。そこに大震災が起きたのです。こんなときに損得勘定や事なかれ主義は許せない。実際には無力かもしれないけど、社会の役に立とうという気持ちは大切にしたいと思っています。そこが私たちのアイデンティティーなんです」
---宣言に踏み切る直接のきっかけは何だったのですか。
「福島県と岩手県の信金から、就職が内定していた学生らを採用してもらえないかと相談されたんです。計10人。福島の信金は原発事故の影響で6店舗を閉鎖するほどの事態だというのです。信金は地域に根付いた金融機関ですから、事故が起きても移転するわけにはいきません。同業の仲間として、どんな思いだろうかと痛切に胸に響きました」
「ひとごとではないと、より実感したのは、東京の水道水から放射性物質が検出されたときです。若い職員は避難させた方がいいのでは、という話も出ました。原子力に強い違和感を覚えるようになり、メッセージを発信しなければと考えました」
---経済界の異端児ですね。
「とんでもない。私は常識人ですよ。ご近所のみなさんや中小企業の経営者の方々が思っているような、ごく当たり前のことを言っているだけです。例えば電車の中で、誰かがからまれていたら『やめなさいよ』と言うでしょ。
私は、企業は人間と一緒だと思うんです。お金を稼ぐだけじゃなくて、理想もあるはずだし、魂もある。
企業だって、正しいと思ったことは発言すべきです。そこで働く人たちの誇りにかかわることなのです」
(聞き手・磯村健太郎、山本晴美)
「朝日 論壇時評」 高橋源一郎「原発と社会構造」
6月30日付け「朝日新聞」の「論壇時評」は、高橋源一郎さんが纏めた「原発と社会構造」をテーマとしたものだった。
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取り上げられた論文などは以下。
1.木下武男「東電の暴走と企業主義的統合」(POSSE11号)
2.今野晴貴「現代労働問題の縮図としての原発」(同)
3.開沼博『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)
4.「週刊東洋経済」の特集「身を守る科学知識」(6月18日号)
5.「宣伝会議」の、科学技術の専門家への疑問に関する論考(6月1日号)
6.鷲田清一「見えないもの、そして見えているのにだれも見ていないもの」(科学7月号)
7.宮崎駿氏から首相へのメッセージ
http://www.youtube.com/watch?v=fOrIuDBaivI
8.6.11★新宿・原発やめろデモ!出発前02●小熊英二さん(社会学者)
http://www.youtube.com/watch?v=Ki2KI9pmXto
9.作家・矢作俊彦の「鼻をつまんで菅を支持する」
http://togetter.com/li/153442
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1について。
原発事故の原因の一つが労働組合だと書いた。
「労使癒着」によって「チェック機能の完全喪失」が生じたのである。
木下は、戦後の労働運動の歴史を振り返る。1950年代に起きた民間大企業の争議で、産業別労働組合を中心にした労働運動側は敗れた。
その結果、「労働者は企業ごとに横に分断され、つぎは、この閉ざされた空間のなかに、縦へ上昇する『競争』システムが組み込まれることになった」。
「労働者」は「カイシャイン」になったのである。
この「企業主義的統合」は、やがて新しい「格差」を産む。
正社員は中間層として、下請け労働者を管理する存在となる。
木下は、東電のある社員の「ラドウェイ作業(廃棄物処理)は、被ばく量が多いので請負化してほしい」ということばに、「企業的統合」の行き着く先を見ている。
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2について
その請負労働(被曝労働)の中身を見つめる。
原発は、様々な「被曝労働」を必要としている。
その中でもっとも危険なものの一つは、定期点検中の清掃作業で、それを担当する下請け作業員は「農村や都市スラムから動員される」のだ。
そして、彼らの姿は、「電力の消費地帯としての東京」からは見えないのである。
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3について
開沼博は原発と地域社会の関係に注目する。
なぜ、原発は「福島」にあるのか。その謎を徹底的に追及した。
まだ20代の、福島県出身の大学院生の修士論文が一躍脚光を浴びることになったのは、ぼくたちがもっとも知りたかったことが書かれているからだ。
福島に原発が到来した理由を調べることは、「原子力」を鏡として、戦後そのものを、あるいは、近代140年の歴史を見つめ直す試みでもあった。
3月11日の直前に完成した、この長大な論考は、その日を予期したかのような発見に満ちている。
著者がいう「原子力ムラ」は、いわゆる、中央の、原子力を囲む閉鎖的な官・産・学の共同体のことではない。
福島のような、原発と共に生きることを選んだ地方の「ムラ」のことだ。
「成長は中央はとってのものであり、ムラにとってのものではなかった」。
その中で「原発誘致」が始まる。
「福島第一原発建設計画は『東北のチベット』と自称しながら困窮に悶えるムラの発展をかなえる『夢』」として提示された。
確かに原発は一時の繁栄を「ムラ」に与えた。
だが、結局は、「ムラ」を「原発依存症」にしただけではなかったか。
気づいた時にはもう他の選択肢はなかった。ぼくたちに、そんな「原子力ムラ」のぽんとうの姿は見えなかったのだ。
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開沼博「なぜ私たちの社会が戦後を通して原発を是とし維持してきてしまったのかという問いに冷静に、真摯に向き合うこと」はコチラ
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6に関して、
原発事故は、ぼくたちが「見えない」ものに囲まれていることを明らかにした。
「原子力の世界」の内幕が「見えない」、「原子力工学の研究者」の考え方が「見えない」。
多くのものが「見えない」ままだ。
だが、「見えているのに見てこなかった」ものはさらに多いのではないか、と筆者は付け加える。
木下や今野はぼくたちが「見てこなかった」労働者を白日の下にさらし、開沼は「見てこなかった」ムラを提出する。
ぼくたちひとりでは「見えない」ものも、専門家は見せてくれることができる。
だが、専門家が見つけたものにはそれを「見よう」という強い意志を持つ、ぼくたちのような素人が必要なのだ。
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7、8、9に関して
それらのことばは、一見、関係ないようでいて、彼らの「専門」との深い関連を感じさせる。
共通しているのは、忘れられていた「みんなで上(未来)を向こう」という思いではなかったか。
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高橋源一郎「朝日 論壇時評」
8月25日掲載分はコチラ
9月29日掲載分はコチラ
10月27日掲載分はコチラ
11月24日掲載分はコチラ
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2012年4月26日分
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玄海原発の再稼動に関して、立地県側の知事・町長は「安全問題はクリア」されたといって、国が求める再稼動を受け入れる方向だ。
これに対して、保安院の示す安全基準の杜撰さを指摘するムキが多い。
これはこれで指摘する必要がある。
さらに、安全基準の中身とは別に、一体、保安院は安全チェック機関なのか、原発推進機関なのかという、いま正に提出されつつある問題をそのまま引きづったままの保安院の存在自体も問題だ。
しかし、いま佐賀県や玄海町に、特に上記の3と同じような構造があるとしたら(ある筈だと思うが)、これを誰がどういう角度で批判するのだろうか、或いは批判することができるのだろうか、と思う。
つまり、必要性だの安全性を前面に出して入るものの、それらはつまるところの「原発依存症」(交付金や雇用など)を覆っているだけだったとしたら、安全性・必要性を批判するだけで問題は解決するのだろうか、と思う。
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取り上げられた論文などは以下。
1.木下武男「東電の暴走と企業主義的統合」(POSSE11号)
2.今野晴貴「現代労働問題の縮図としての原発」(同)
3.開沼博『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)
4.「週刊東洋経済」の特集「身を守る科学知識」(6月18日号)
5.「宣伝会議」の、科学技術の専門家への疑問に関する論考(6月1日号)
6.鷲田清一「見えないもの、そして見えているのにだれも見ていないもの」(科学7月号)
7.宮崎駿氏から首相へのメッセージ
http://www.youtube.com/watch?v=fOrIuDBaivI
8.6.11★新宿・原発やめろデモ!出発前02●小熊英二さん(社会学者)
http://www.youtube.com/watch?v=Ki2KI9pmXto
9.作家・矢作俊彦の「鼻をつまんで菅を支持する」
http://togetter.com/li/153442
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1について。
原発事故の原因の一つが労働組合だと書いた。
「労使癒着」によって「チェック機能の完全喪失」が生じたのである。
木下は、戦後の労働運動の歴史を振り返る。1950年代に起きた民間大企業の争議で、産業別労働組合を中心にした労働運動側は敗れた。
その結果、「労働者は企業ごとに横に分断され、つぎは、この閉ざされた空間のなかに、縦へ上昇する『競争』システムが組み込まれることになった」。
「労働者」は「カイシャイン」になったのである。
この「企業主義的統合」は、やがて新しい「格差」を産む。
正社員は中間層として、下請け労働者を管理する存在となる。
木下は、東電のある社員の「ラドウェイ作業(廃棄物処理)は、被ばく量が多いので請負化してほしい」ということばに、「企業的統合」の行き着く先を見ている。
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2について
その請負労働(被曝労働)の中身を見つめる。
原発は、様々な「被曝労働」を必要としている。
その中でもっとも危険なものの一つは、定期点検中の清掃作業で、それを担当する下請け作業員は「農村や都市スラムから動員される」のだ。
そして、彼らの姿は、「電力の消費地帯としての東京」からは見えないのである。
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3について
開沼博は原発と地域社会の関係に注目する。
なぜ、原発は「福島」にあるのか。その謎を徹底的に追及した。
まだ20代の、福島県出身の大学院生の修士論文が一躍脚光を浴びることになったのは、ぼくたちがもっとも知りたかったことが書かれているからだ。
福島に原発が到来した理由を調べることは、「原子力」を鏡として、戦後そのものを、あるいは、近代140年の歴史を見つめ直す試みでもあった。
3月11日の直前に完成した、この長大な論考は、その日を予期したかのような発見に満ちている。
著者がいう「原子力ムラ」は、いわゆる、中央の、原子力を囲む閉鎖的な官・産・学の共同体のことではない。
福島のような、原発と共に生きることを選んだ地方の「ムラ」のことだ。
「成長は中央はとってのものであり、ムラにとってのものではなかった」。
その中で「原発誘致」が始まる。
「福島第一原発建設計画は『東北のチベット』と自称しながら困窮に悶えるムラの発展をかなえる『夢』」として提示された。
確かに原発は一時の繁栄を「ムラ」に与えた。
だが、結局は、「ムラ」を「原発依存症」にしただけではなかったか。
気づいた時にはもう他の選択肢はなかった。ぼくたちに、そんな「原子力ムラ」のぽんとうの姿は見えなかったのだ。
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開沼博「なぜ私たちの社会が戦後を通して原発を是とし維持してきてしまったのかという問いに冷静に、真摯に向き合うこと」はコチラ
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6に関して、
原発事故は、ぼくたちが「見えない」ものに囲まれていることを明らかにした。
「原子力の世界」の内幕が「見えない」、「原子力工学の研究者」の考え方が「見えない」。
多くのものが「見えない」ままだ。
だが、「見えているのに見てこなかった」ものはさらに多いのではないか、と筆者は付け加える。
木下や今野はぼくたちが「見てこなかった」労働者を白日の下にさらし、開沼は「見てこなかった」ムラを提出する。
ぼくたちひとりでは「見えない」ものも、専門家は見せてくれることができる。
だが、専門家が見つけたものにはそれを「見よう」という強い意志を持つ、ぼくたちのような素人が必要なのだ。
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7、8、9に関して
それらのことばは、一見、関係ないようでいて、彼らの「専門」との深い関連を感じさせる。
共通しているのは、忘れられていた「みんなで上(未来)を向こう」という思いではなかったか。
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高橋源一郎「朝日 論壇時評」
8月25日掲載分はコチラ
9月29日掲載分はコチラ
10月27日掲載分はコチラ
11月24日掲載分はコチラ
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2012年4月26日分
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玄海原発の再稼動に関して、立地県側の知事・町長は「安全問題はクリア」されたといって、国が求める再稼動を受け入れる方向だ。
これに対して、保安院の示す安全基準の杜撰さを指摘するムキが多い。
これはこれで指摘する必要がある。
さらに、安全基準の中身とは別に、一体、保安院は安全チェック機関なのか、原発推進機関なのかという、いま正に提出されつつある問題をそのまま引きづったままの保安院の存在自体も問題だ。
しかし、いま佐賀県や玄海町に、特に上記の3と同じような構造があるとしたら(ある筈だと思うが)、これを誰がどういう角度で批判するのだろうか、或いは批判することができるのだろうか、と思う。
つまり、必要性だの安全性を前面に出して入るものの、それらはつまるところの「原発依存症」(交付金や雇用など)を覆っているだけだったとしたら、安全性・必要性を批判するだけで問題は解決するのだろうか、と思う。
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