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普天間・辺野古(+キャンプシュワブ、ゲート)・高江、オスプレイに関する情勢 2014.7.28-
2014年7月27日夜からの動きです。
この前の動きは、以下にまとめています。
2014年6月1日からの動きです。
(キャンプシュワブ・ゲートと辺野古での強行を含む)
http://togetter.com/li/676659
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●2010年11月28日に行われた沖縄県知事選挙から2011年3月6日まで
http://togetter.com/li/73761
●2011年3月6日から、米上院軍事委員会のレビン委員長らの辺野古案見直しを求める声明、国頭村安波での誘致の動きな どを経て、6月21 日まで
http://togetter.com/li/110035
●2011年6月21日に開かれた日米安全保障協議委員会(「2+2」閣僚会合)以降の動き
http://togetter.com/li/153057
●2011年10月25日に行われたパネッタ米国防長官と玄葉外務大臣・野田首相・一川防衛大臣との会談以降、田中沖縄防衛局長の問題発言を経た動き
http://togetter.com/li/205486
●2011年12月12日に、米議会の上下両院の代表者が、グアム移転関連予算を全額削除することで合意した以降の動き
http://togetter.com/li/227459
●2011年12月28日、環境影響評価書が不完全な形で届けられた前後の顛末(さまざまな方のツイート)
http://togetter.com/li/233704
●2012年1月4日、沖縄県が環境影響評価書を受理した以降、真部沖縄防衛局長の選挙工作が発覚した後までの動き
http://togetter.com/li/238100
●2012年2月2日に「グアム移転と普天間「移設」のパッケージを切り離す」という報道がされて以降の動き
http://togetter.com/li/253181
●2012年3月27日に沖縄県がアセス評価書に対する知事意見を提出して以降、民主党の議員10人が「嘉手納暫定移設案」を提案した動き、現地時間6月13日にオスプレイが墜落してからの動き
http://togetter.com/li/288786
●2012年6月26日に、米政府がフロリダでの事故が起きたにもかかわらずオスプレイの配備を正式に通告する事がわかった以降の動き(7月23日の岩国基地へのオスプレイ陸揚げを含む)
http://togetter.com/li/327821
●森本防衛大臣が訪米した、2012年8月3日以降の動き(9月9日の沖縄県民大会を含む)
http://togetter.com/li/350109
●本格的な阻止行動が始まり、基地の全ゲートを市民が閉鎖、その後、警察の暴力による強制排除が行なわれた2012.9.26-30の記録 【普天間閉鎖】
http://togetter.com/li/382631
●2012年10月1日、普天間基地にオスプレイが配備された以降の動き
http://togetter.com/li/383599
●2012年10月15日以降の動きです。(10月16日に起きた米兵2人によるレイプ事件も含みます。)
http://togetter.com/li/390295
●2012年10月20日以降の動きです
http://togetter.com/li/392800
●2012年10月31日以降の動きです。(11月2日に起きた米兵による中学生殴打事件も含みます。)
http://togetter.com/li/399273
●2012年11月12日以降の動きです。
http://togetter.com/li/406471
●2012年12月3日以降の動きです。(12月18日に防衛省が辺野古での基地建設に向けた環境影響評価の補正文書を沖縄県に提出。安倍政権になり、2月22日に日米首脳会談。)
http://togetter.com/li/417965
●2013年3月11日に名護漁協が辺野古埋め立てへの同意を決め、3月22日に防衛省が沖縄県に辺野古での埋め立て申請、4月5日に日米両政府が嘉手納以南の米軍基地の統合・返還計画について「またはその後」と発表、などの動き。
http://togetter.com/li/471392
●2013.4.16からの動き。5月31日に沖縄防衛局が埋め立て申請の補正書を提出。
(その後、多忙だったためにあまり紹介しきれていません。)
http://togetter.com/li/489730
●2013年7月30日に、オスプレイが岩国基地に陸揚げされ、2012年に続いて普天間基地に配備されそうになってからの動き
http://togetter.com/li/541451
●2013年9月17日からの動き(グアム移転と嘉手納以南の基地返還は、辺野古での米軍基地建設計画と切り離して進めると決めた10月3日の日米合意を含む)
http://togetter.com/li/541451
●2013年12月23日からの動き(12月27日、仲井真知事、辺野古での埋め立て承認を含む)
http://togetter.com/li/606752
●2013年12月28日からの動き(2014年1月20日の名護市長選挙を含む)
http://togetter.com/li/609266
●2014年2月9日からの動き
http://togetter.com/li/628646
※以下もぜひ参考にしてください。
●普天間「移設」、辺野古(へのこ)での現計画がダメな理由
http://togetter.com/li/61733
●沖縄 辺野古(へのこ)での米軍基地建設計画の経緯(詳細版)
http://togetter.com/li/61078
2014年7月28日月曜日
ガザ : UN Security Council calls for "immediate unconditional humanitarian ceasefire"— BBC
#Gaza: UN Security Council calls for "immediate unconditional humanitarian ceasefire" http://t.co/K4NV3uh0vY pic.twitter.com/ifIS4LYLMB
— BBC Breaking News (@BBCBreaking) 2014, 7月 28
安倍政権の横暴性 県民にこそ正当性がある (琉球新報) : 「これほど沖縄と敵対する政権が過去あっただろうか。住民運動へのどう喝、かく乱、だまし討ち。普天間飛行場の名護市辺野古への移設を強行する安倍政権の横暴性が、いよいよ露骨になってきた。・・・」
琉球新報 社説
安倍政権の横暴性 県民にこそ正当性がある
2014年7月27日
これほど沖縄と敵対する政権が過去あっただろうか。住民運動へのどう喝、かく乱、だまし討ち。普天間飛行場の名護市辺野古への移設を強行する安倍政権の横暴性が、いよいよ露骨になってきた。県民はいま「県内移設ノー」の訴えを平然と押しつぶす政権の横暴と差別性を目の当たりにしている。
海底ボーリング調査に向け、夜間や未明にキャンプ・シュワブへ資材が搬入された。住民からは「だまし討ち搬入を許さない」という抗議の声が上がった。基地反対運動の裏をかく沖縄防衛局の常とう手段であり、県民の声を切り捨てる安倍政権の抑圧的な性格もここに表れている。
中城海上保安部がシュワブ沖500メートルにある長島に設置した「使用・立入禁止」と記した看板も不可解だ。上陸時に利用する桟橋の使用を禁じたものだ。長島は常時立ち入り禁止とされる「臨時制限区域」の境界線近くに位置する。
保安部は「島自体への立ち入りを禁止するものではない」と説明する。ところが桟橋を使わなければ上陸は困難といい、保安部の説明は全く理解できない。島自体への立ち入りを事実上禁止しており、抗議行動を封じ込める狙いがあることは明らかである。
これらを見るだけでも、普天間飛行場の辺野古移設に固執する安倍政権には民主主義を踏まえた正当性が存在しないことが分かる。辺野古沿岸部を埋め立て、新基地を建設するためには手段を選ばないという乱暴さが前面に出ている。
このようなことが日本の他地域で許されるとは到底思えない。もしも沖縄ならば可能だと安倍晋三首相が考えているのであれば、この政権が抱える差別性の極みである。
「辺野古の海を守ろう」という県民の訴えは海外でも共感を広げている。海外識者による米軍普天間飛行場即時返還と辺野古新基地建設反対の声明には1万1700人余が賛同の署名を寄せた。
昼夜を問わず抗議行動を続ける住民と、それを支える県民世論にこそ正当性がある。沖縄防衛局がボーリング調査を強行しようとしている今、そのことをあらためて確認したい。
シュワブ第1ゲート前では基地移設に反対する住民と県警の激しいもみ合いが連日続いている。県民と敵対する政権は許されない。安倍政権は沖縄への抑圧や差別性を改め、直ちにボーリング調査を断念し、移設計画を見直すべきだ。
安倍政権の横暴性 県民にこそ正当性がある
2014年7月27日
これほど沖縄と敵対する政権が過去あっただろうか。住民運動へのどう喝、かく乱、だまし討ち。普天間飛行場の名護市辺野古への移設を強行する安倍政権の横暴性が、いよいよ露骨になってきた。県民はいま「県内移設ノー」の訴えを平然と押しつぶす政権の横暴と差別性を目の当たりにしている。
海底ボーリング調査に向け、夜間や未明にキャンプ・シュワブへ資材が搬入された。住民からは「だまし討ち搬入を許さない」という抗議の声が上がった。基地反対運動の裏をかく沖縄防衛局の常とう手段であり、県民の声を切り捨てる安倍政権の抑圧的な性格もここに表れている。
中城海上保安部がシュワブ沖500メートルにある長島に設置した「使用・立入禁止」と記した看板も不可解だ。上陸時に利用する桟橋の使用を禁じたものだ。長島は常時立ち入り禁止とされる「臨時制限区域」の境界線近くに位置する。
保安部は「島自体への立ち入りを禁止するものではない」と説明する。ところが桟橋を使わなければ上陸は困難といい、保安部の説明は全く理解できない。島自体への立ち入りを事実上禁止しており、抗議行動を封じ込める狙いがあることは明らかである。
これらを見るだけでも、普天間飛行場の辺野古移設に固執する安倍政権には民主主義を踏まえた正当性が存在しないことが分かる。辺野古沿岸部を埋め立て、新基地を建設するためには手段を選ばないという乱暴さが前面に出ている。
このようなことが日本の他地域で許されるとは到底思えない。もしも沖縄ならば可能だと安倍晋三首相が考えているのであれば、この政権が抱える差別性の極みである。
「辺野古の海を守ろう」という県民の訴えは海外でも共感を広げている。海外識者による米軍普天間飛行場即時返還と辺野古新基地建設反対の声明には1万1700人余が賛同の署名を寄せた。
昼夜を問わず抗議行動を続ける住民と、それを支える県民世論にこそ正当性がある。沖縄防衛局がボーリング調査を強行しようとしている今、そのことをあらためて確認したい。
シュワブ第1ゲート前では基地移設に反対する住民と県警の激しいもみ合いが連日続いている。県民と敵対する政権は許されない。安倍政権は沖縄への抑圧や差別性を改め、直ちにボーリング調査を断念し、移設計画を見直すべきだ。
国連人権委はサヨクなのか?! ⇒ 国連人権委、ヘイトスピーチ禁止勧告 日本に実行求める— 衆議院議員・田沼たかし
しかし慰安婦問題での謝罪要求はおかしい。国連が率先して日韓基本条約を反故にするのか?!全く賛同できない。他にも特定秘密への勧告等も、内政干渉に感じる。国連人権委はサヨクなのか?!
⇒国連人権委、ヘイトスピーチ禁止勧告 日本に実行求める http://t.co/lUEmB60pKY
— 衆議院議員・田沼たかし (@tanumatakashi) 2014, 7月 26
七十二候「土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)」7/28〜8/1頃。 熱気がまとわりつく蒸し暑い頃。私たちは、この暑さを打ち水などでしのぐことしかできませんが、木や草花は緑をますます濃くして夏を歓楽しているようです♪— 暦生活
七十二候「土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)」7/28〜8/1頃。
熱気がまとわりつく蒸し暑い頃。私たちは、この暑さを打ち水などでしのぐことしかできませんが、木や草花は緑をますます濃くして夏を歓楽しているようです♪ pic.twitter.com/MR12dPCKl3
— 暦生活 (@543life) 2014, 7月 28
2014年7月27日日曜日
日曜討論での原発推進派の言い分がすごい。いわく、避難計画は、再稼働してから、整備すればいい。今年の夏は暑そうで、火力発電所に事故があれば、九州や関西で大規模な停電になる。・・・
日曜討論での原発推進派の言い分がすごい。いわく、避難計画は、再稼働してから、整備すればいい。今年の夏は暑そうで、火力発電所に事故があれば、九州や関西で大規模な停電になる。・・・よくこんなことを、堂々とテレビで発言できるものだ。推進派の感覚は、一般市民にはおよそ理解できない。
— 菅波 完 (@SUGENAMI) 2014, 7月 27哀れ見事に馬鹿を晒した御仁@kingo999: 日曜討論…
http://t.co/3mj5d0mhvw
「避難計画は稼働してからでも遅くない。運転しながらやっていくべき話だ思っている。それのほうがリアリティーに富んでいる。」ハァ? pic.twitter.com/Gl7fsDukpv”
— ポッキー 憲法改悪原発再稼働許さない (@pokky0808) 2014, 7月 27てゆうか、夏、川内原発が動くわけないのに、何を訴えているんでしょうね。RT @study2007: #NHK 東工大の柏木さんら「夏の電力がひっ迫」「避難計画は動かしながらでも」⇨未だにこんな人居るんだ? pic.twitter.com/gjACLQ0CLZ
— 高橋裕行 (@herobridge) 2014, 7月 27前IEA事務局長「安全性は高まった。あとは安心。」えっ!#日曜討論 pic.twitter.com/KVkFN7bJKd
— Shizuyo.H (@real_20100129) 2014, 7月 27
アメリカ国務省の友人がくれた公式お土産。どーする安倍ちゃん?憲法壊して集団的自衛権貢いだのにこのザマだよ(笑) — 中野晃一
アメリカ国務省の友人がくれた公式お土産。どーする安倍ちゃん?憲法壊して集団的自衛権貢いだのにこのザマだよ(笑) pic.twitter.com/4zekPXdLAB
— 中野晃一 Koichi Nakano (@knakano1970) 2014, 7月 24RT @sunlight9501 @hopi_domingo: 中国の脅威を煽ってるけど、中国は米国と仲良く軍事演習 China joins world's… http://t.co/C9QJ91YwZl … pic.twitter.com/dmJxJpXKKP"
— 平和への道@彡トシピコ彡 (@toshipiko1) 2014, 7月 27
恒例、わが町の夏祭り・盆踊り 2014-07-27
連日、熱暑の日が続いている。
そんな中、昨日・今日は、わが町内会の夏祭り・盆踊り。
今日は、幸か不幸か、午後4時頃から夕立(予報通り)があった。
6時過ぎの子どものダンスショーは、まだ小雨の降る中であったそうだ。
(今年は見そびれた)
6時半頃、ようやく雨も止んで、お祭りらしく盛り上がってきた。
例によって、盆踊りとはいっても、踊っているのはヤグラの上のご婦人だけ。
屋台はどこも大繁盛。
昨日、今日と、生ビールとヤキソバを戴いた。
そんな中、昨日・今日は、わが町内会の夏祭り・盆踊り。
今日は、幸か不幸か、午後4時頃から夕立(予報通り)があった。
6時過ぎの子どものダンスショーは、まだ小雨の降る中であったそうだ。
(今年は見そびれた)
6時半頃、ようやく雨も止んで、お祭りらしく盛り上がってきた。
例によって、盆踊りとはいっても、踊っているのはヤグラの上のご婦人だけ。
屋台はどこも大繁盛。
昨日、今日と、生ビールとヤキソバを戴いた。
明治37年(1904)9月16日~24日 幸徳秋水「日露社会党の握手」(週刊『平民新聞』第45号) 旅順口第2回攻撃:死傷4,849(内死者924)。4目標中3つを占領
北の丸公園 2014-07-22
*明治37年(1904)
9月16日
・清国の夏延義の乱、鎮圧。
*
9月16日
・社会主義大演説会。YMCA。山口、幸徳、堺、西川、木下ら。
*
9月16日
・大本営、参謀総長名で満州軍総司令官に対し、外国通信員の処遇に便宜を図るよう電報を打つ。
外国人特派員の従軍をなかなか認めず、本国に引き揚げたり、ロシア軍に従軍する者が続出、大統領に助ガを頼むアメリカ人記者もいた、という。
従軍後も、①戦地で戦況の公報が示されない、②通信発送の便宜が得られない、③観戦の不自由、④原稿の三重四重の検閲など、不満は絶えない。
*
9月18日
・週刊『平民新聞』第45号発行
「自由恋愛私見」(旭山生)
幸徳秋水「日露社会党の握手」
(8月14~20日、第2インター第6回アムステルダム大会。片山・プレハーノフ副議長。片山演説をローザ・ルクセンブルクがドイツ語に、ジャン・ジョレスがフランス語に翻訳)。
「記せよ、読者諸君。この握手や、是れ実に世界の社会党発達の歴史に於て、永く特筆大書せざる可らざる重大の一事実なることを。何となれば是れ単に一個の片山氏とー個のプレハーノフ氏との撞手広あらずして、実に日露両国の社会党団体が、各々その派遣せる代表者を通して公然の握手をなせるものなればなり」と書いている。
「イタリー社会党の形勢」
(ボローニャ大会、改良派提出の入閣決議案否決)
*
9月16日
・アルバート・アインシュタイン、ベルン特許局での試傭が本採用に切り替えられる。
*
9月18日
・満州軍総軍参謀長児玉源太郎大将、第3軍司令部に現れる。
第3軍参謀長伊地知には「何もない」と述べる。
*
9月19日
・旅順口第2回攻撃開始
攻撃目標4つ。
龍眼北方保塁は第9師団第18旅団(平佐良蔵少将)、水師営第1保塁・南山坡山・203高地は第1師団(松村中将)。各保塁の近くまで交通壕を掘り突撃陣地を構築。
午後5時10分、水師営第1保塁に対して第1師団第2旅団(中村覚少将)第3連隊(牛島本蕃大佐)が突撃。敵塁前には落とし穴的に水をたたえた外濠(高さ2・幅5m)が構築され、飛び降りた兵士は機銃に背射され、退却。
午後5時30分、第1連隊第1大隊の突撃隊が南山坡山に突撃。突撃縦隊2組が最下段のロシア軍散兵壕に突入するも、ロシア軍の攻撃のため動けなくなる。屋根を鉄板にした掩蓋陣地のため手榴弾で破壊できず。
午後6時20分、203高地に対して後備第1旅団(友安治延少将)が突撃。ロシア軍の銃火に阻止され身を潜める状況。
その頃、龍眼北方保塁に対し第9師団第18旅団第36連隊(福谷幹雄中佐)が突撃。第2大隊が塁の一角に突入するも十字砲火の下で立ち往生。
午後7時50分、日没。戦線は進展せず。
*
9月19日
・ベルギー国王レオポルド二世の私有地「コンゴ自由国」、労働状態の調査及び残虐行為の申し立ての調査のため国際調査委員会設置。英からの圧力。
*
9月20日
・午前3時、龍眼北方保塁に対して新たに投入された第19連隊第1大隊第2中隊が南側散兵壕を占領。
午前4時、第9師団第18旅団長平佐少将は突撃続行は無理と判断し現在地確保を命令、掩体構築を急ぐ。
午前5時、龍眼北方保塁のロシア軍が退却、保塁の弾薬に放火。
5時30分、第19・36連隊が突入し龍眼北方保塁は陥落。他保塁のロシア軍も後退し、午前9時~11時50分、水師営保塁郡陥落。
午後4時45分~5時30分、南山坡山占領。
午前5時、203高地に対して後備第1旅団第16(新妻英馬中佐)・15(代理戸枝百十彦少佐)連隊が突入。約300が第2線散兵壕西南角に突入。しかし、ロシア軍の銃火激しく、前進不能・増援派遣不能のまま夜を迎える。
午後9時、第15連隊が2波の突撃を敢行するが、逆襲され退却。
*
9月20日
・田山花袋、半年ぶりに帰国の途につく。
8月15日、遼陽会戦の少し前、花袋は海城の箭楼子で発熟して倒れた。森鴎外が彼を宿舎に見舞い、軍医部に来て寝ていたらどうだ、と言ってくれたので、花袋は言われるままにそこへ行って寝ていた。熱がなかなか引かなく、チフスになる怖れがあった。鴎外がやって来て、「まだとれないかね、熟が」と言って花袋をいたわった。
花袋はやがて病癒え、遼陽会戦後の9月20日、半年ぶりで帰国の途につく。
*
9月20日
・米、オハイオ州、ライト兄弟「フライヤー2世号」で1Km超える飛行成功
*
9月22日
・午前1時10分、ロシア軍が山上より殺到し、第16連隊長新妻中佐・第15連隊長代理戸枝少佐負傷。
午前3時、新手の後備第1連隊第2大隊と第15連隊第1大隊が突撃、失敗。
午前4時、新妻中佐・戸枝少佐負傷のため、後備第15連隊長香月三郎中佐が攻撃指揮官となる。
午前5時~5時20分、2波の突撃。失敗。攻撃中止。
午前10時、香月中佐は、これ以上の攻撃は無理と判断し、必要な命令を下し、後備第1旅団長友安少将に報告。
午後3時、第1師団長松村中将は後備第1旅団長友安少将に203高地攻撃再開命令。友安少将は香月中佐に攻撃準備命令。
午後5時、老馬家南山に到着のロシア軍野砲が203高地斜面を砲撃。日本軍死傷者続出し陣地は混乱。第1師団長松村中将は203高地攻撃を断念し、これを後備第1旅団長友安少将に退却を下命、第3軍司令官乃木大将に報告。
*
9月22日
・満州軍総参謀長児玉大将辞意表明。山県元帥宛。
*
9月22日
・白馬会第9回展に、青木繁「海の幸」出品。
*
9月22日
・(露暦9/8)露、ゼムストヴォ大会ビューロー会議。第3回大会開催決定
*
9月23日
・旅順口第2回9月期攻撃終結。203高地撤退。死者274、傷者947。
第2回攻撃死傷4,849(内死者924)。4目標中3つを占領。
*
9月24日
・橘周太中佐の戦死の模様が伝えられる。
(見出し)「壮烈鬼神泣く」
八月三十一日深夜に首山堡の堅塁に攻め上った橘大隊は、敵の反撃にあって前進を阻まれた。「之を見し橘大隊長切歯一番自ら身を挺(ぬきん)でゝ猛進、配下を叱咤指揮し且つ阿修羅王の如く卒先勇躍濠内に飛込み、百錬の日本刀を振翳(ふりか)ざし群がる敵兵と刃々相交(あいまじえ)て瞬刻に三名を斬棄たり。配下の将卒之に感激鼓動され、『大隊長を殺すな』と絶叫しつゝ皆急潮の如く続て濠内に斬入り、遂に敵塁を奪」った。
しかし、敵はこれを奪い返そうと反撃を加えてくる。
「豪胆不敵の橘大隊長は弾霰(だんせん)丸雨の底、従容迫らざる嘗て旅順の閉塞に於ける廣瀬中佐に似て、宛然(えんぜん)軍神の如く自ら創痍を包み果ては塁頭に吃立微動だも」しなかった。これを見た内田清一(記事では「内山」、実際には内田)軍曹が「危険です大隊長殿、敵は逆襲するやうです、一時退却せねは全滅です」と声を掛けたところ、彼は「部下の此う倒るゝのを見ると、己も耐へられ無い、併し軍曹考へて見よ、今日は八月三十一日で畏多くも東宮殿下の御誕生日である、此の貴とき日に部下の三分(の)一を殺し、ヤツト敵塁を奪ひながら、再び敵の十字火に葬られて之を見捨るのは、帝国軍人の面目に関するでは無いか、許せ軍曹、辛くとも己と枕を並べて戦死して呉れよ、天皇陛下の為め、帝国陸軍のために」といったという。
軍曹はこれを聞いて、「感涙滂沱(ぼうだ)迸(ほとばし)つて襟(えり)に満」ちた。
しかし、この直後に橘は再び敵弾を浴びて昏倒する。内田軍曹は大隊長の体を背負って退却を図るが、さらに銃弾を浴びて橘は瀕死の状態に陥ってしまった。
内田は「大隊長殿、創(きず)は浅いです、御気を確乎(たしか)に」と叫ぶが、彼は「己は最早駄目だ、是れ乃ち軍人の本分だが、唯だ多数の部下を殺したのが国家に相済まぬ、又た一度奪ひし敵塁を再び敵に取返へされたのは実に恐縮の儀で、天皇陛下に対し奉り、冥土に在りても申訳が相立たぬ」と語る。軍曹は「感極って耐る能はずワツト男泣きに泣き弾飛丸下の底、猶ほも大隊長を背負ひ双々淋漓(りんり)たる鮮血に塗(まみ)れつゝ倒れ且つ行く、千秋万古軍人の亀鑑たる真相を発揮して惨絶又た壮絶」なありさまだった。
橘大隊長には伊藤金次郎という従卒がいた。
橘は彼に、吶喊の声が盛んに起こり銃声が絶えたら、いくさに勝ったのだから馬を連れて来い、もしも、銃声が絶えなければ苦戦して自分が戦死しているだろうから、屍を背負って帰れと命じたという。
ところが、砲銃声が猛烈に続くため、「金次郎狂気の如く軽装急遽戦線に向つて駈出せしに」、大隊長を背負った内田軍曹と邂逅する。
「一見涙を垂れ飛付きさま大隊長を己が背に移し」後方の陣地に帰るが、この時すでに大隊長の息は絶えていた。
(『報知新聞』9月24日)
*
9月24日
・堀合節子、母トキ・妹らと渋民に来り宝徳寺にこの日(24日)まで滞在。
*
*
速報:イスラエルが陸、海、空によるパレスチナ攻撃を再開 — フィフィ
速報:イスラエルが陸、海、空によるパレスチナ攻撃を再開
pic.twitter.com/XxMWoGGJ9Y pic.twitter.com/LhLIC1yuGL
— フィフィ (@FIFI_Egypt) 2014, 7月 27
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