2013年8月15日木曜日

自衛隊を軍隊にして誇りを取り戻そうと言う人がいる。 ・・・ 他の国と同じで何が誇らしいのだろう。 不安と闘いながら世界に理念を示し続けたこの国に生まれたことを僕は何よりも誇りに思う。(森達也)

 しかし第2次世界大戦後にこの国は、新しい憲法で武力放棄を宣言した。
その憲法が公布される前の衆院本会議で共産党の野坂参三議員が、「侵略の戦争は正しくないが自国を守るための戦争は正しいのでは?」との趣旨で質問し、これに対して吉田茂首相は、「正当防衛や国家の防衛権による戦争を認めるということが結局は戦争を誘発する」との趣旨で答弁した。
記録ではこのとき議事堂では、与野党を超えた議員の大きな拍手が響いたという。

 もちろん日本の背後には、世界最強の軍隊と大きな核の傘を持つアメリカがいた。
だから不安や恐怖を押し殺して痩せ我慢ができた。
極論すれば憲法9条の1項は、すべての国に共通する理念でもある。
でも現行憲法には、軍事力と交戦権を放棄することを宣言した2項がある。
アメリカに軍事的に庇護される国は数多いが、ここまでラディカルな宣言をした国はない。

 その後に冷戦の時代が幕を開ける。
ご近所はすべて銃を持っている。
でも暴力に対して暴力の抑止は成り立たない。
自衛の意識が戦争を起こすのだ。
だから我が家は銃を持たないと決めた。
アメリカからは何度も改正を要求されながらも、結果として日本は9条を60余年間にわたって守り抜いた。
いろいろ妥協もしたけれど直接的な戦争には一度も参加せず、国民総生産(GNP)世界第2位を達成した。

 改憲派は平和ボケなどと嘲笑するけれど、9条は抑止論にとらわれた世界への、とてもラディカルな提言となっている。
スペインのグランカナリア島には、9条の碑が設置されている。
戦争地域ではよく、「日本は9条の国だ」と話しかけられる。
世界に対して日本は、身をもって稀有な実例を示し続けている。

 この街から銃が消える日はまだ遠い。
でもこの精神だけは手放さない。
誰もが銃を持たない社会。
その実現のために、我が家は街で最初に銃を捨てる宣言をした。
怖いけれど高望みを維持し続けてきた。

 自衛隊を軍隊にして誇りを取り戻そうと言う人がいる。
意味がわからない。
他の国と同じで何が誇らしいのだろう。
不安と闘いながら世界に理念を示し続けたこの国に生まれたことを僕は何よりも誇りに思う。
(もり・たつや 56年生まれ。映画監督・作家。明治大特任教授。近著に『虚実亭日乗』)
「朝日新聞」2013-07-25「オピニオン 9条の国 誇り高き痩せ我慢」

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