2016年9月4日日曜日

【増補改定版】 大正12年(1923)9月6日~7日 寄居警察分署での殺戮 関東戒厳司令部が「有りもせぬことを言触らすと処罰されます」というビラ10万枚を配布 「下野新聞」の見出し(「鮮人と主義者が掠奪強姦をなす」) 流言浮説取締令

大正12年(1923)
9月6日
午前2時 寄居警察分署(埼玉県寄居町)
ある隣人の死
埼玉県用土村(現・寄居町)の住民たちは「不逞鮮人」襲撃に向かう緊張と高揚に包まれていた。それは、前日に熊谷などで繰り広げられた惨劇の「高揚」に感染したものだった。

事件のきっかけは、5日、誰かが怪しい男を捕まえてきたことだった。自警団が男を村役場に連行。遂に本物の「不逞鮮人」を捕らえた興奮に100人以上が集まったが、取調べの結果、男は本庄署の警部補であることがわかった。
がっかりする人々を前に、1人の男が役場の土手の上に立って演説を始める。「寄居の下宿屋には本物の朝鮮人がいる。殺してしまおう」。新しい敵をみつけた人々はこれに応え、手に手に日本刀、鳶口、棍棒を準備し、寄居町へと夜道を駆け出していった。途中、他村の人々も合流し、勢力は膨れ上がっていく。

朝鮮人のアメ売り具学永が寄居警察分署に保護されていることを知った人々は、寄居分署に押し寄せた。朝鮮人を引き渡せと叫ぶ彼らに対し、星柳三署長は玄関先で、わずか3人の署員たちとともに説得に努めた。そのうちに寄居の有力者である在郷軍人会の酒井竹次郎中尉も駆けつけ、「ここにいる朝鮮人は善良をアメ売りである」と訴えるが、興奮した彼らは聞く耳をもたまい。群衆は署長らを竹槍で脅して排除すると署内になだれ込んだ。

具学永は留置場の中に逃げ込んだが、男たちは格子の間から日本刀や竹やりを突き入れる。具は泣き叫び、牢の中を逃げまどう。そのうちに具が血を流して倒れると、男たちは彼をずるずると引きずって玄関先まで運んだ。具はそこで、外で待ちかまえていた群衆にさらに暴行され、息絶えた。
6日深夜の2時から3時の間の出来事だった。人々は、絶命した具をその場に放置して、村に帰っていった。

翌日、医師が警察署に行ってみると、そこにはむしろを掛けられた具の遺体があった。遺体には合計62箇所の傷があった。「とにかくちょびりちょびりいじめいじめやったと見えてひどい傷でした」と医師は証言している。

10月、用土村の自警団12人が逮捕・起訴された。
被告の1人は法廷で「留置所に入れてある位だから悪い事をした鮮人と思ってたたきました」と弁明した。
具学永の遺体は、宮澤菊次郎というあんま師が引き取ったという。具の墓が、今も寄居の正樹院に残っている。

6日
・関東戒厳司令部、関東各県に命令し、「有りもせぬことを言触らすと処罰されます」というビラ10万枚を各地で配布する。

「注意 一、朝鮮人ニ対シ、其性質ノ善悪ニ拘ラズ、無法ノ待遇ヲナスコトハ絶対ニ慎メ、等シク我同胞ナルコトヲ忘レルナ。 
二、総テノ鮮人ガ悪イ企テヲシテ居ル様ニ思フハ大マチガヒデアル。コンナ噂ニアヤマラレテ之ニ暴行ヲ加へタリシテ、自ラ罪人トナルナ。一二ノ悪者ノ謀ニ、煽動ニ乗セラレル様ナ馬鹿ナ目ニ遇道フナ。 関東戒厳司令部」

6日
・この日付「下野新聞」。「東京府下下大島付近」「鮮人と主義者が掠奪強姦をなす」との見出しを掲げる。

社会主義者は「鮮人や支那人を煽動して内地人と争闘をなさしめ、そして官憲と地方人との乱闘内乱を起させようと努めて居る許りでなく、多数躍災民の泣き叫ぶのを聞いて、彼等は革命歌を高唱しているので、市民の激昂はその極に達している」(「現代史資料6関東大震災と朝鮮人」)。
6日
・平沼騏一郎、司法大臣に就任。岡野敬次郎、文部大臣に就任。

7日
・四川第1軍、日本の宣陽丸を掠奪。日本人2名殺害、2名が拉致される。

7日
・流言浮説取締令(または治安維持令)、緊急勅令で公布施行。
狙いは、朝鮮人虐殺や社会主義者迫害等に対する国民の批判を禁圧し、5日の警備部決定を推進させること。またこれは、犯罪そのものではなく、「煽動」「流布」「流言浮説」に重刑を科すという点で、朝憲紊乱などの宣伝・勧誘を罰する過激社会運動取締法案につらなるもので、政府は第45議会で審議未了になった過激法案に代えて、これを震災のどさくさの中で緊急勅令によって公布。10年以下の懲役、禁錮、又は3千円以下の罰金。

7日
・この日付「下野新聞」。
第14師団井染禄朗参謀長、「今回の不逞鮮人の不逞行為の裏には、社会主義者やロシアの過激派が大なる関係を有するようである」と述べ、「神戸付近にロシア過激派の購買組合があって不逞鮮人と連絡をとり、ヨッフェ滞在中も不逞鮮人とロシア過激派と社会主義者のあいだで連絡があった」と語る。
第14師団はシベリア出兵部隊で、井染は北部沿海州特務機関長で、反革命軍首領セミョーノフ贔屓として知られる。

・東京市内の夜間通行禁止

・地方の社会主義者グループの検挙や急進的自由主義者への弾圧。
岩鼻火薬所陸軍技手藤田悟、自警団に参加しないとの理由で家宅捜索。
藤田が建設者同盟高津渡らと「群馬青年社会科学研究会」を作り、機関誌「上毛叛乱者」を出していたことが判明、治安警察法等違反で検挙。

・流言を打ち消すビラ。
しかし、一般人は未だ朝鮮人来襲説に怯え、武器を携行して通行人を検問し、全国で朝鮮人を殺傷。
「有リモセヌ事ヲ言触ラスト処罰サレマス」「朝鮮人ノ狂暴ヤ、大地震ガ再来スル、囚人ガ脱監シタナゾト言伝へテ処罰サレタモノハ多数アリマス」

・政府、震災地関係の手形で流通困難になると思われる21億円の内、決済の著しく困難と判断できる5億円について1ヶ月の支払猶予(モラトリアム)を決める。これ位では解決できない。

・日本銀行、ニューヨーク代理店監督役に対し、大震災(1日)の報により資金難に陥った為替銀行救済のため、横浜正金銀行に在外資金を払い下げるよう訓電。
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