1907(明治40)年
4月16日
救世軍創設者のウィリアム・ブース大将が来日、その後約40日にわたって日本各地を「転戦」する。
20日、参内拝謁。
4月17日
師範学校規定公布。師範学校附属小学校に身体障害児童の特別学級設置を勧奨。
4月18日
(漱石)
「四月十八日(木)か二十五日(木)、木曜会。鈴木三重吉の発案で、小宮豊隆・中川芳太郎が助手になり、童話をつくる。頬被りや鉢巻きして、座敷で花見気分になる。高浜虚子・坂本四方太・篠原温亭らも客として招かれる。」(荒正人、前掲書)
4月18日
大杉栄「エスペラント語講義 第一二回」(『語学』)
4月19日
越佐汽船、新潟~ウラジオストク間の定期直航航路開設。
4月19日
都築馨六、万国平和会議委員・全権大使に任命。
4月19日
石川啄木(22)、高等科の生徒を引率、村の南端平田野に赴いて校長排斥のストライキを指示。即興の革命歌を高唱させて帰校。万歳を三唱して散会。
果然問題紛糾し、村内騒擾の末、翌20日遠藤校長に転任の内示(6月5日付で岩手郡土淵尋常高等小学校訓導兼校長に転出)、啄木も21日付で免職の辞令が出た。
4月19日
フランスの飛行家ローイス・ブレリオにより初めて単葉飛行機が発明される(試験飛行中に破損失敗)
4月20日
清国、盛京将軍を東三省総督設置。
4月20日
明治13年の旧刑法廃止。改正刑法公布。社会防衛主義、教育刑主義。
4月20日
(漱石)
「四月二十日(土)、午後、東京美術学校の文学会で、『文藝の哲學的基礎』と題して講演する。(初めに正木直彦校長、夏目漱石・上田敏話す)
「志賀直哉日記」には、「午后、美術學校に夏目先生と上田先生の話を聞く 夏目さんのは一貫してゐてカタのコルやうな話であるにかゝはらず大に得た所があった 上田さんのは Walter Pater といふ人の事で知らぬ人の事で知った以上得る所なし、」(四月二十日(土)『志賀直哉全集』第十巻 岩波處店 昭和四十八年十-月十九日発行)
四月二十二日(月)、「夏目金之助/依願東京帝國大學/講師嘱託ヲ解ク/明治四十年四月二十二日/東京帝國大學」と辞令あり。
四月二十三日(火)、東京美術学校文学会長大村西崖から礼状に添ぇ、銅瓶一箇貰う。平井駒次郎(晩村)から、東京帝国大学文科大学で講師をしていた頃に依頼されていた『野葡萄』の序文を催促され、失念していたことを済まなく思い、執筆の返事を出す。
四月二十三日(火)または二十四日(水)、『文藝の哲學的基礎』の速記原稿送ってくる。二倍ほどに書き改め、『東京朝日新聞』に掲載する。
四月二十四日(水)、野上豊一郎宛葉書に、「花食まば鶯の糞も赤からん」と書き送る。
四月二十五日(木)、木曜会。外出中に平井駒次郎(晩村)来る。」(荒正人、前掲書)
4月20日
露、史上最悪の飢饉。2千万人が飢えに苦しむ。
4月24日
新刑法公布(1908年10月1日施行)。
4月24日
コロンビア、カケータ川河口とリオネグル源流地域をブラジルに割譲。
4月25日
幸徳秋水「平民主義」(隆文館)。非戦論の旧稿・「余が思想の変化」。即日発禁。
4月25日
石川三四郎、山口孤剣の入獄見送り。途中、日比谷公園の芝山で記念撮影40余名。
4月25日
長崎高等商業学校開校(現在の長崎大学)
4月25日
山本健吉、生まれる
4月26日
樺太海豹島のオットセイ捕獲禁止
4月27日
(漱石)
「四月二十七日(土)、雨。午後、白仁三郎(坂元雪鳥)来る。白仁三郎は、このあと東京朝日新聞社に行き、渋川柳次郎(玄耳)に会い、四時に帰宅する。(「坂元雪鳥日記」)
四月二十八日(日)、小雨。『虞美人草』の素材覚え書と、散歩の感想・見聞を断片的に記す。(この日、実際に荒川堤などを歩いたかもしれぬ)(「断片」小宮豊隆校訂)
四月末から五月初めにかけて(推定)、連日上野公園で開かれている東京勧業博覧会を見に行く。いろんな服装で行くので、不思議に思われる。
五月三日(金)『国民新聞』の「文芸界消息」による。」(荒正人、前掲書)
4月28日
東京高等師範学校職員有志、湯島聖堂で維新後最初の孔子祭を行う。
4月28日
北海道幌内炭鉱争議。軍隊出動。~29日。
4月28日
幸徳秋水(35)、湯河原・天野屋に滞在。5月9日帰京。
保養のかたわら、Arnold Roller 「Social General Strike」というパンフレットを翻訳。「社会的総同盟罷工論」として出版を企てるが、引受ける出版社なし。題名を「経済組織の未来」とし秘密裏に謄写印刷、明治41年1月上旬、全国に密送。
4月28日
大杉栄「小説 釣鐘物語(ジュール・ルメートル)」(『読書の栞』)
4月29日
中原中也、誕生。山口市湯田、旅順衛戍病院附属軍医の長男。
4月29日
パリ、ストライキ、クレマンソー首相による弾圧。
4月末
東京地方裁判所で大杉栄「青年に訴ふ」発禁事件判決。新聞紙条例33条(秩序壊乱)違反で軽禁錮1ヵ月15日とされる。エスペラント語学校の運営問題が残っているため控訴。
(新聞紙条例32条(朝憲紊乱)で告発されたが、判決はより軽い33条(秩序壊乱)違反とされた)
4月末
大杉栄、自宅(淀橋町柏木)で、幸徳秋水、神川松子、坂本清馬よ無政府主義者による秘密の会合を開こうとしたが、招待していない堺利彦、赤羽巌穴、管野すがが来たため流会都市、雑談をして別れる。
つづく
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