2014年5月30日金曜日

特集ワイド : 「忘災」の原発列島 再稼働は許されるのか 「世界一の規制基準」新たな安全神話に (毎日新聞)

毎日新聞 2014年05月28日 東京夕刊

 ◇「多重防護に欠陥」専門家ら疑問の声

 安全神話が重大事故を招く−−これが東京電力福島第1原発事故の教訓だろう。安倍晋三政権は「世界で最も厳しい水準」をクリアした原発から「再稼働させる」と明言している。だが今、その「世界一」こそが新たな安全神話では、と疑う声が上がっている。【浦松丈二】

 「客観的に世界最高水準なんかではない」。脱原発派・菅直人元首相はそう言いながら手元のタブレット端末をたたいた。フィンランドのオルキルオト原子力発電所3号機の写真が画面に広がる。小泉純一郎元首相が視察して有名になった核廃棄物最終処分場オンカロの近くに建設中の巨大原発だ。菅元首相は3月にここを視察した。

 「フランスのアレバ社の原発だが、飛行機の衝突にも耐えられるよう格納容器が二重になっており、メルトダウンに備え、溶けた核燃料を受け止めるコアキャッチャーも入れた。ただし、建設費は大幅に増えて1兆円近くになりそうだと言っていた」

 しかし日本の原発はここまでの改良はなされない。「格納容器を二重にし、コアキャッチャーをいれる費用は、原発を新設するより高い。全国の原発48基全てを改良するのは無理なので、言葉でごまかそうとしているのではないか。要するに世界一はインチキなんだよ」と喝破する。

 「世界一」の源流は昨年6月、原子力規制委員会の田中俊一委員長が「世界一厳しい基準を目指した」と語ったことだ。その意味は、過酷事故対策のほか、火山や竜巻への対応も新たに盛り込んだこと。安倍首相は今年1月の施政方針演説で「規制委員会が定めた世界で最も厳しい水準の安全規制を満たさない限り、原発の再稼働はありません」と「世界一」を強調。4月に政府が策定したエネルギー基本計画も「世界で最も厳しい水準」という言葉を使っている。

 世界一の根拠を菅元首相が質問主意書でただしたところ、安倍政権は閣議決定した答弁書で「国際原子力機関(IAEA)や諸外国の規制基準を参考にしながら世界最高水準となるよう策定した」と説明。菅氏は「世界最高水準になるように策定したから世界最高水準だと同義反復しているだけだ」と批判する。

 安倍首相は今月1日夜(日本時間2日朝)、訪問先ロンドンの金融街シティーで「世界のどこにも劣らないレベルの厳しい安全基準を満たした所から、原子力発電所を慎重な手順を踏んで稼働させていくことにした」と講演した。これは「世界一」を世界に宣言したに等しい。だがそれは本当なのか。

 「世界にも類をみない欠陥基準だ」と厳しく批判するのは、経済産業省、資源エネルギー庁で官僚として働いた経験がある泉田裕彦・新潟県知事だ。

 泉田知事は「IAEAが求める多重防護の第5層(住民避難など原発施設外の緊急時対応)が日本ではそっくり抜けている。世界では、メルトダウン事故が起きることを前提に被害を最小限にとどめる対策を定めているが、規制委員会はそこは自分の担当ではないと逃げている」と指摘する。

 IAEAの多重防護には五つの階層がある=表。それぞれの階層が、前階層の防護が破られても独立して機能するよう対策を求められている。日本では過酷事故は起きないとの「安全神話」から事実上、第4層(過酷事故の拡大防止)、第5層(放射性物質の放出の影響緩和)の取り組みはされてこなかった。新基準でも、第5層に含まれる住民避難計画は、災害対策基本法で自治体にまかされており、規制委の審査対象外だ。

 東電柏崎刈羽原発を抱える新潟県には教訓がある。07年の中越沖地震。原発敷地内で火災が発生したが、東電の消防隊は消火に失敗し、避難した。新潟県庁への連絡用ホットラインは機能しなかった。地震で施設のドアがゆがみ、東電社員らが中に入れなかったのだ。

 「非常時に連絡が取れないと困ると言って、新潟県が東電に作らせたのが免震重要棟。当時の規制基準にはなかった。その後、新潟だけにあるのはおかしいと福島第1原発に作られた。完成は東日本大震災の8カ月前だった。あの要求がなかったら今、東京に人が住めていたかどうか疑わしい」

 泉田知事はおもむろに規制委設置法の抜粋を差し出した。規制委の仕事として「原子力利用における安全の確保」とある。新潟県は同法に基づき、規制委に第5層の住民防護策などについての質問を出したが、きちんとした回答は返ってきていない。「規制委の田中委員長は法律を知らないのではないか。認識を確認するために面会を申し込んでいるが拒否されている」と泉田知事。田中委員長は知事からの批判に対し「私がコメントすることではない」。「世界一」の基準は、地元を納得させることすらできていない。

 福島原発事故の前から地震と原発事故の複合災害「原発震災」を警告していた石橋克彦・神戸大名誉教授(地震学)は「欠陥だらけの新基準では第二の原発震災が起こりかねない」と憂慮する。

 「新基準が世界一厳しいというのはうそで、IAEAの多重防護を実現していない。耐震性に注目した場合、地震による損傷を予防する第1層が致命的に甘い。まるで、過酷事故が起きてもよい、そのときは新設の過酷事故対策(第4層)で破局を食い止める、と考えているみたいだ。しかし、第4層の応急策も施設の充実よりも作業員頼みで大地震時に機能するかどうかわからず、非常に危険だ」

 石橋氏が指摘するのは、耐震設計のための地震の揺れ「基準地震動」の設定が低すぎること。「3・11後、原子力安全・保安院の人たちは『基準地震動を抜本的に引き上げなければ』と反省していたのに、規制委が発足して忘れてしまったかのようだ」

 再稼働の優先審査が進む九州電力・川内原発は、基準地震動を審査申請時(昨年7月)の540ガルから620ガルに引き上げ、新基準で大筋妥当と認められた。しかし石橋氏は「活断層がなくてもマグニチュード7前後の地震が発生し、揺れが1000ガルを超えることはありうる。現在の『科学的予測』は過小評価のおそれがあるから、少なくとも過去に全国で観測された最大の揺れを、全原発で一律に考慮すべきだ」と訴える。

 事故の教訓から生まれたはずの「世界一」の規制基準。新たな安全神話が列島に忍び寄っている。=「『忘災』の原発列島」は随時掲載します。

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