カワヅザクラ 北の丸公園 2014-02-06
*逆の賠償
自由憲章で約束されたことが守れなかった唯一最大の理由はアパルトヘイト時代の債務負担だった
スーカ(人権基金理事長)は、企業による賠償を求めた真実和解委員会の提言をANCが拒否したことは、極めて不公正な結果を招いたという。何故なら、その結果、政府がアパルトヘイト時代の負債を払い続けることになったからだ。
新政権発足から数年間、政府は毎年300億ランド(約45億ドル)の負債を返却した。これに対して、政府は、1万9000人以上のアパルトヘイト時代の拷問や殺害の犠牲者とその家族には、最終的に総額8500万ドルを支払ったにすぎない。
ネルソン・マンデラは、自由憲章で約束されたことが守れなかった唯一最大の理由はこの債務負担だったとしている。
「政権に就く以前に私たちが計画していた住宅の建設、子どもを最良の学校に通わせること、失業問題に取り組んで誰もが職に就き、まともな収入を得て愛する家族に住む家と食べる物を提供できるようにすることが果たせなかったのは、三〇〇億(ランド)のせいだ。(中略)前政権から引き継いだ債務によって大きな制約を負っていたのです」
少しでも債務不履行の動きを見せれば市場にショックを引き起こす怖れがある
アパルトヘイト時代のツケの支払いが政府にとって膨大な負担であることをマンデラ自らが認めたにもかかわらず、ANCは債務不履行の提案にはことごとく反対した。
南アの債務は「汚い債務」であることを示す法的根拠は十分あるとはいえ、もし少しでも債務不履行の動きを見せれば、投資家に南アが危険なまでにラディカルであると受け取られてしまう。
その結果、ふたたび市場のショックを引き起こす恐れがあると考えられた。
ANCの長年のメンバーでロベン島の刑務所に収監されていたデニス・ブルータスは、この壁にもろに突き当たった。
1998年、彼をはじめとする南アの活動家グループは、新政権を経済的重圧から解放するための最善の方法は「債務帳消し」を求める運動を始めることだと考えた。
「自分の考えが甘かったと言わざるをえない」と、現在70代のブルータスは私に話した。
「草の根運動が債務の問題を取り上げてくれたと、政府から感謝されると思っていましたよ。政府の債務問題を助けてくれてありがとう、と」。
ところが事実は正反対だった。
「政府は私たちを拒否しました。「おまえたちの手を借りる必要はない」とね」
ANCは当初の約束を反故にし、前政権の債務支払のために国有財産を売るという正反対のことをした
ANCが債務の支払いを続ける決断を下したことに、ブルータスのような活動家は猛烈に怒った。それによって払われる犠牲があまりにも大きい。
例えば、1997年~2004年に、政府は18ヵ所の国営農場を売却し、40億ドルの利益を得たが、その半分近くが債務の支払いに消えた。
ANCは「銀行、鉱山および独占産業の国営化」というマンデラの、当初の約束を反故にしたばかりでなく、自分たちを抑圧した前政権の借金を払うために国有財産を売るという、まさにその反対のことをした。
債務支払いの40%は、アパルトヘイト政権時代の職員の大規模な年金基金
そのうえ、債務が具体的に何に使われる金なのかという問題がある。
体制移行の交渉の際、デクラーク大統領側は全公務員に移行後も職を保障すること、退職を希望する者については多額の生涯年金を支給することを要求した。
これは、社会的セーフティーネットが存在しない国においては、法外な要求だったであったが、ANCはこの要求をはじめ幾つかの要求を「専門的」問題としてデクラーク側に委ねた。
この譲歩によって、ANCは自らの政府と、すでに退陣した影の白人政府という二つの政府のコストを負うことになり、これが膨大な国内債務としてのしかかっている。
南アの年間の債務支払いの40%は、この大規模な年金基金に振り向けられ、年金受給者の大多数は、アパルトヘイト政権の政府職員で占められている。
*そればかりか、このアパルトヘイト時代の残した重荷は南ア全体の債務を拡大させると同時に、毎年何10億ラントもの公的資金を利用不能にしている。
1989年に実施された「専門的」な会計上の改正により、南アの年金制度はその年に支払われた保険料で給付金を賄う方式から、支払うべき年金総額の70~80%の資金を常に準備しておくという方式に変更になった。
その結果、1989年に300億ランドだった年金基金は、2004四年には3000億ランド以上に膨らみ、まさに債務ショックに匹敵する状況が生じている。
年金基金として別個に管理されたこの膨大な資金は、住宅や医療など基本的な社会サービスのために使うことはできない。
この年金に関する取り決めの交渉をANC側で行なったのはジョー・スロヴォというかつての南ア共産党の伝説的指導者であり、この事実はいまだに今日の南ア国民の大きな憤りを買っている。
最終的に南アには、主客が逆転したねじれた状況が生じることになった。
つまりアパルトヘイト時代に黒人労働者を使って膨大な利益を得た白人企業はびた一文賠償金を支払わず、アパルトヘイトの犠牲者の側が、かつての加害者に対して多額の支払いをし続けるという構図である。
しかもこの多額の金額を調達するのに取られたのは、民営化によって国家の財産を奪うという方法だった。
それはANCが交渉に同意するにあたって、隣国モザンビーク独立の際に起きたことをくり返さないために断固として回避しようとした「略奪」の現代版にほかならなかった。
もっともモザンビークでは、旧宗主国の政府職員が機械類を破壊し、ポケットに詰められるだけのものを詰めて去って行ったのに対し、南アでは国家の解体と資産の略奪が今日に至るまで続いている。
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