2014年3月26日水曜日

「西部戦線異状なし」と愛国心 乗り越えたドイツ、 右にかじ切る日本 (神奈川新聞)

神奈川新聞 カナロコ
西部戦線異状なし」と愛国心 乗り越えたドイツ、 右にかじ切る日本
2014年3月20日

 100年前の1914年7月、第1次世界大戦が始まった。戦死者1千万人といわれる初の大戦を、映画もさまざまに描いた。代表作が「西部戦線異状なし」(30年)。なかで「愛する国に命をささげよ」と扇動する老教師が強烈な印象を残す。この反戦映画の名作が生まれて間もなく、ヒトラーが台頭。ドイツは第2次大戦の戦端を開く。戦後のドイツは、民族主義や愛国心をどのように乗り越えてEU(欧州連合)統合のリーダーになったのか。一方、憲法改正に突き進むわが国は大きく右にかじを切った。昨年末、閣議決定した国家安全保障戦略は「愛国心を養う」とうたう。 

◆「甘美なる死」
 ドイツの作家エーリッヒ・レマルクは、第1次大戦でドイツ軍に従軍した体験を小説「西部戦線異状なし」として29年に発表。日本など多くの国で翻訳され、米国で映画になった。若きドイツ兵の死を描くが、映画の言語は英語。

 冒頭、老教師が熱弁をふるっている。「君たちはドイツの鉄の男たちだ。偉大な英雄になってくれ」「祖国が君たちを呼んでいる。個人的な野心は捨てるべきだ」「犠牲も出るだろう。しかし、祖国にささげる死は甘美である!」

 感激した生徒たちは、勇んで志願兵になる。が、主人公のポールらが戦場で見たのは恐怖と苦痛と死。

 ポールは負傷して一時帰郷する。あの老教師が、相変わらず生徒たちをたきつけていた。話を頼まれたポールは答える。「塹壕(ざんごう)で過ごし、戦闘を繰り返す。そして必ず誰かが死ぬ。それだけだ。それが事実だ」「どれだけの人間の命が失われたか。僕は悟った。命を犠牲にして祖国のために戦う必要はない、と」

 ラスト、再び前線に戻ったポールは敵狙撃兵の銃弾に倒れる。その日、ドイツ軍前線から司令部へ報告が上がる。「本日、西部戦線異状なし」

◆ナチスと聖戦
 映画の公開から3年後の33年、ヒトラーが政権に就いた。独裁者は、自民族の優秀さとユダヤ人への憎悪をかき立てた。再び老教師のような激烈な扇動が繰り返されたことだろう。

 ナチスドイツと手を組んだ日本でも老教師のように「神州」「皇軍」「聖戦」と教え、子どもたちを戦場に送った。朝鮮人・中国人への蔑視、米・英国人を「鬼畜」とする憎悪。国のために死ぬことを唯一の生き方(死に方)と説いた。

 再生への覚悟
 2012年、EUがノーベル平和賞を受賞した。60年以上にわたって欧州の平和と和解に貢献したことへの評価。長年敵対してきた国々が、緊密なパートナーになった。中核を成したのが、ドイツとフランスである。

 フェリス女学院大・矢野久美子教授(思想史、ドイツ政治文化論)によると「多くのドイツ国民は、第1次大戦を真摯(しんし)に反省しなかった。その原因になったのが“あいくち伝説”と呼ばれる主張だ。前線では勝っていたのに“背後のあいくち”つまりユダヤ人や社会主義者の裏切りで負けた、と」。そこに、ヒトラーのつけいる隙があった。

 第2次大戦は前大戦と比較にならない規模の犠牲と国土の荒廃をドイツにもたらし、ホロコーストを突き付けた。

 「否定しようのない過去と向き合わなければ、国際社会で生きられない。信頼を得るには、負の歴史を学ぶことが必要とドイツは考えた」と矢野教授。根強いネオナチなどの反発があっても、国家としてのスタンスは一貫していた。

 再生ドイツの覚悟を示すのがドイツ憲法(ドイツ連邦共和国基本法)。第1条は「人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である」と宣言する。

 矢野教授が指摘するもう一つの背景が移民。人口約8200万人のうち約19%が外国人・移民(2009年調べ)で、今後も増える見込みという。ネオナチによる移民への暴力事件が多発したことに対して、12年、ヨアヒム・ガウク連邦大統領は訴えた。「ドイツは移民国家である。将来も外国人に対する不安感を持つ人はいるだろうが、その解答は憎悪ではなく連帯であるべきだ」

◆憲法愛国主義
 では、愛国心をどう位置付けるか。矢野教授は一つの成果として「憲法愛国主義」を挙げる。

 ドイツが東西に分裂していた1980年代、哲学者ユルゲン・ハーバーマスが「運命共同体としての国家や伝統などでなく、憲法の規範的な価値にドイツ人のアイデンティティーを求めるべきだ」と主張した。ナチスが喧伝(けんでん)した「人種」や「血」でなく、「自由と民主主義に基づく秩序」への忠誠。この「憲法愛国主義」が現代ドイツに浸透していると同教授は見る。

 国際社会の信頼を得るべく、誠実な反省に基づき、民族主義と国境を乗り越えてEU統合の軸になったドイツ。“美しい日本”をうたい、負の歴史を消し去ろうとする安倍晋三政権が求める愛国心は憲法愛国主義の逆を向いていないか。

 故郷や祖国への愛着は、自然発生的なものだろう。為政者は、それを利用してきた。愛国心に排他主義、敵愾心(てきがいしん)を抱き合わせて。英国の詩人サミュエル・ジョンソンは、こんな箴言(しんげん)を残した。「愛国心は悪党の最後の避難場所である」

◆映画「西部戦線異状なし」 米ユニバーサル作品。ルイス・マイルストン監督。第3回米アカデミー賞の作品賞と監督賞を受賞した。第1次大戦を描いたそのほかの映画にはジャン・ルノワール監督「大いなる幻影」(1937年、仏)、スタンリー・キューブリック監督「突撃」(57年、米)などがある。

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