2026年1月10日土曜日

大杉栄とその時代年表(731) 1907(明治40)年5月14日~31日 「五月二十八日(火)、『東京朝日新聞』に『虞美人草』の予告を発表する。前人気大きく、三越呉服店は虞美人草浴衣、玉宝堂は黒田撫泉の虞美人草金指輪を売り出す。」(荒正人)

 

虞美人草帯留

大杉栄とその時代年表(730) 1907(明治40)年5月4日~13日 「大会が始まって間もないある日のこと、私は教会の控え室で1人の男に呼びとめられた。・・・私が話していた相手こそ、マクシム・ゴーリキーだった。・・・ 当時ゴーリキーはボリシェヴィキに近い立場にあった。いっしょにいたのは、有名な女優のアンドレーエヴァだった。私たちは連れ立ってロンドン見物に出かけた。」(トロツキー『わが生涯』) より続く

1907(明治40)年

5月14日

スウェーデン議会、男子普通選挙制導入。正式発行は1909年。

5月15

東京、全国織物業者大会。16日も。

織物消費税廃止貫徹と、次期総選挙では業者の利益を尊重する代議士選出を決議。

5月16日

第1回京都競馬開催(島原競馬場)。

5月16日

東京~青森間の鉄道開通(直通列車1日1回運転開始)

5月16日

英・仏・スペイン、効力の弱い3国同盟を締結(カルタヘナ条約)。

地中海の現状維持(独のバレアレス諸島とカナリア諸島に対する野心を牽制する目的)。地中海・大西洋沿岸現状維持同意

5月18日

大杉栄「エスペラント語講義 第一四回」(『語学』)

5月19日

漱石『吾輩ハ猫デアル』 (下篇)

 〔5月19日、大倉書店・服部書店。菊判。橋口五葉装帳、浅井忠挿画(石版)218ページ。巻末に「批評一班」(19ページ)を付す。〕

5月22日

韓国、朴斉純内閣、統監府と「一進会」により総辞職。

李完用内閣、成立。李完用派と宋乗畯ら「一進会」の連立。

伊藤統監の当面の政策に併合予定がないと判ると、宋乗畯・内田良平らは伊藤の統監辞職と李完用内閣打倒を画策。

5月22日

中国革命同盟会、広東省黄崗で蜂起。

6月2日に広東省恵州の七女湖でも蜂起。~12月。

5月22日

大杉栄、裁判所に出かけ「青年に訴ふ」発禁事件の公訴を取り下げる。

5月25日

大杉栄、午前9時、堀保子、横田兵馬とともに東京控訴院第三号法廷で開かれた石川三四郎筆禍事件(『平民新聞』28豪(同2月19日発行)の控訴審公判を傍聴に行く。裁判所で幸徳秋水に会う。

週刊『社会新聞』宛てに入獄告知分「お別れ」執筆

5月25日

ビルマの独立運動家・首相ウ・ヌ、誕生。

5月26日

(漱石)

「五月二十六日(臼)、小宮豊隆と共に上野から浅草へ散歩し、吉原神社の祭礼にあい、吉原遊離を歩く。娼妓に出逢う。(中村蓊(古峡)宛手紙に、「いづれも人間の如き顔色なく悲酸の極なり。」と啓く)引手茶屋で芸者たちテコ (手古)舞をしている。橋場の渡しを通り、向島に行き、藤棚の下で上野で買った鯛飯を食べて昼疫する。帰りに森川町で虞美人草の鉢を二つ買い、花の名を今度書く小説の題名にする。『虞美人草』の予告を執筆する。


明治三十九年七月、大塚楠緒は『虞美人草』という題名の小説を『心の華』に発表する。漱石が『虞美人草』という題名にしたのは偶然ではなく、以前から十分に作品の構想を練っていたものと思われる。虞美人草の鉢を買ったので思いついたのではなく、意識下で考えていたものが、虞美人草の鉢で突如として現れたものと解釈される。(荒正人、前掲書)


5月26日

米、ジョン・ウェイン、誕生。

5月27日

奉天新民屯間鉄道及び附属固定物件及輪転材料授受結了に関する日清公文書に調印。

5月27日

琺瑯鉄器株式会社創立。三重県桑名。

5月下旬(28日以前)

(漱石)

「五月下旬(二十八日(火)以前)、瀧田哲太郎(樗陰)来て、『十八世紀英文學』の草稿を出版したいと持ち帰る。瀧田哲太郎は、金尾文淵堂と交渉し、出版の約束をする。」(荒正人、前掲書)


5月28日

(漱石)

「五月二十八日(火)、『東京朝日新聞』に『虞美人草』の予告を発表する。前人気大きく、三越呉服店は虞美人草浴衣、玉宝堂は黒田撫泉の虞美人草金指輪を売り出す。金尾文淵堂の金尾種次郎来て、『十八世紀英文學』出版承諾の礼を云い、瀧田哲太郎(樗陰)が野上豊一郎と原稿整理をやりたがっているが、大丈夫かと尋ねられたので、瀧田哲太郎が持ち帰ったから彼に相談してみるとよいと云う。また、瀧田哲太郎が面倒臭がったら、森田草平に頼めばよいと伝える。金尾稲次郎は、広告文のことなども話す。渋川種次郎(玄耳)宛手紙で税務署への申告について問い合せる。

五月二十九日(水)、渋川柳次郎(玄耳)から僅かばかりの所得なのにと一喝され恐縮する。」(荒正人、前掲書)


5月28日

日本基督教婦人矯風会大阪支部、大阪婦人ホーム設立。

5月29日

大杉栄、午後2時、「青年に訴ふ」発禁事件の刑の執行のため、出頭。東京府北豊島郡巣鴨村の巣鴨監獄に送られる。襟番号は1098。隣の監房には石川三四郎がいた。

5月30日

日清間大連海関設置及び内水汽船航行に関する協定調印。

5月31日

大杉栄、大審院第一刑事部で「新兵諸君に訴ふ」発禁事件判決。新聞紙条例33条(秩序壊乱)罪適用を破棄し、32条(朝憲紊乱)違反で、軽禁錮4ヵ月、罰金50円とされる。なお編集兼発行人山口孤独剣は軽禁錮各4ヵ月(計8ヵ月)、罰金各50円(計100円)、印刷人の大脇直寿は軽禁錮4ヵ月、罰金50円。

5月

本間雅晴、陸士卒業、新潟新発田連隊配属。同期には今村均(仙台榴ヶ原歩兵第4連隊)、山中峯太郎(近衛歩兵第3連隊第2中隊に戻る)。

12月、少尉に任官。


つづく


0 件のコメント: